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第28話 狩人 その2

 これは質問じゃない。

 銃を持ったグレイスが放つその言葉は、現実世界であれば効果があっただろうけど、この世界では滑稽以外の何者でもない。

 勝ち誇ったような表情のグレイスがピエロの様に見えてしまったアジーは思わず吹き出してしまった。


「……何笑ってやがる」

「別になんでも無いですよ。ただ……ノスタルジアプレイヤーの彼らの居場所を知っていても、君には教えるつもりは無い」

「……ッ!」


 言ってやった。さぁどう出る。

 勝ち誇った表情から、明らかに怒りに満ちた表情へと変わりつつ有るグレイスを見てアジーはほくそ笑んだ。


「良い度胸じゃねぇかアジー」


 怒りの沸点に達したグレイスが、動く。

 タボールAR21を瞬時にシューティングポジションへと運び、トリガーへ指をかける。銃口がアジーへと向いたその時、先手を取ったのは──アジーだった。


 地面にへたり込む形になっていたアジーが椅子を蹴りあげ、そのままグレイスの右膝へと蹴りこむ。丁度椅子の足先が膝にめり込んだグレイスは激痛とともに、アジーに向けていた銃口を逸らしてしまった。


「ぐっ!」


 グレイスのタボールAR21が放つ乾いた発砲音が辺りに響き渡る。が、その弾丸はまるで見当違いの方向へと放たれ、食事処の壁面に穴を穿った。


「ルーシー、ロディ! 逃げるぞッ!」


 その瞬間、身を起こしアジーが叫ぶ。

 この狂った男に付き合う必要は無い。

 そのアジーの声に真っ先に反応したのは、ロディだった。


 ロディは、瞬間的にアイテムポーチから2つスモークグレネードを取り出し、ピンを取ると、そのままテーブルの上に転がす。


「うわっ!」


 テーブルの上に転がったスモークグレネードを、通常のグレネードと勘違いしたグレイスの付き人達が身をすくめ悲鳴を上げた。

 戦闘経験が無いプレイヤーだ。

 瞬時にそう判断したロディが動く。

 グレイス達と自分達の間に遮蔽物を作るように、テーブルを持ち上げると、ホルスターから取り出したハンドガンSIG P220をテーブルの裏側に押し付け、発砲した。

 SIG P220はドイツで開発された拳銃で、警察でも使われている。ロディが使っているのはP220 Carryというモデルで、全長を3.9インチに短くした扱いやすいタイプだ。


 壁越しに発砲したロディだったが、まるで裏側が見えているかのように、P220の9mmパラベラム弾は2人のワルキューレメンバーを撃ち抜いた。


「うがっ!」


 仕留めては居ない。だが、動きを止めるには十分だ。

 ロディの予想通り、突然撃たれた事によるショックと激痛により、撃たれた2人のメンバーはその場に倒れこむ。 

 そして、うずくまる2人の姿をかき消すように、低い破裂音と共にスモークグレネードの煙幕が辺りを乳白色に支配した。


「……野郎ッ!」


 グレイスの怒りに満ちた声がロディの耳に届いた。

 だが、視界は完全に失っている為、こちらを捕捉していは居ない。

 逃げるなら今だ。


「走れアジー、ルーシー」

「……くっ、逃すかッ!」


 ロディの声を遮るようにグレイスの声とタボールAR21の物だろうか、甲高い発砲音が辺りに響き渡る。

 そして、その発砲音が混乱の始まりだった。

 

 木霊す怒号とテーブルが倒れる音──

 傍観していたプレイヤー達が、己の身を守るために一斉に動き出した音だった。


「あいつ撃ちやがった!」

「逃げろッ!」

 

 立ち込める煙幕と、混乱状態に陥ったプレイヤー達。

 その中からグレイスがアジー達を捕らえることは不可能に近かった。


「くそッ! 中だッ! 中に入って来いッ!」


 走りだすアジーの背中からグレイスの叫び声が聞こえた。

 この食事処の近辺に別のクランメンバーを待機させていたんだ。逃げれば外に待機しているメンバーが捕まえるという訳ですか。


「殺せッ! 殺せばマイハウス付近で待機している奴らが捕獲する!」


 全くもって用意周到な男ですね。

 さらに響き渡ったグレイスの声にアジーはそう思った。

 何がなんでも僕達を捕まえて、悠吾君達の居場所を吐かせるつもりなんだ。彼らに執着する意味が判らないけど、理由は何にしても捕まるわけにはいかない。

 食事を取っていたユニオンプレイヤー達を押しのけアジー達は出口を目指す。

 が──


「アジー! 出口に奴らが!」

「……ッ!」


 出口を指さし、ルーシーが叫んだ。

 出口付近からこちらに銃口を向けている男が2人見える。グレイス達と同じようにタボールAR21を装備している事から同じワルキューレのメンバーだろう。この視界が悪い状況で僕達に弾を命中させるのは無理だと思うけど、店内を抜けるにはあのワルキューレメンバーを横を抜けていくしか無い。

 決死の覚悟で行くしかないか。

 アジーがそう思ったその時、背後から頼もしい女性の声が放たれた。


「問題無い。そのまま行け」


 そう言ってロディはSIG P220を構える。

 だが、狙っている方向は前方の2人ではなく──天井だった。

 

 そのまま有無をいわさずロディのSIG P220が火を噴く。


「……がッ!」


 突如目の前に立ちふさがっていた2人のワルキューレメンバーの頭上に降り注いだのは、この街ラムザの象徴でもある「鷹」の剥製だった。

 ロディが狙ったのは天井にぶら下がっていた2匹の鷹の剥製だった。


「……くッ! あの女ッ!」


 煙幕によって遮られていた視界が次第に晴れ、うっすらと見えるロディの後ろ姿を見てグレイスが唸り声を上げた。

 あの女、只者じゃねぇ。このままじゃ逃げられちまう。

 

「足だ! 足をねらえッ!」


 苦肉の策でそう叫んだグレイスだったが、店内に入ったワルキューレメンバーがアジー達の足を撃ちぬく事は叶わなかった。

 この混乱の影響か、メンバーが放つ弾丸はあさっての方向へ飛んで行くばかりだった。

 役にたたん無能な奴らめ。

 怒りで身を震わせながらグレイスはそう思った。


「アジーッ! 覚悟していろッ! 俺に楯突いた事を後悔させてやるからなッ!!」


 虚しいグレイスの叫び声が店内に響き渡る。

 この人数で仕留める事が出来なかった負け犬の遠吠え。

 だが、すでに店内から逃げ押せたアジー達はその声を耳にすることは無かった。


***


 ラムザの大通りを走りぬけ、街の入り口に設けられた鷹のレリーフが刻まれた噴水前でアジー達は足を止めた。

 全速力で走り抜けたんだ。スタミナはもうゼロになっている。


 出来るだけ目立たぬよう、行商地人じびと達が並び、その商品を眺めるプレイヤー達でごった返している噴水脇の一角に身を滑りこませ、アジー達は息を整える。


「あ、危なかった」


 走ってきた大通りを横目で見ながらルーシーが言う。

 確かに間一髪だった。ロディが居なかったらあそこで蜂の巣にされていただろう。

 そう思ったアジーはルーシーに無言で頷いた。


「しかし、亡国者プレイヤー狩りはGMゲームマスターの意思だと言っていたな。あの男は」


 肩で息をする2人と対照的にロディは静かに周囲を警戒しつつ、SIG P220の弾倉を交換しながらそう言った。


「戯言さ。亡国者の称号を持っているプレイヤー達を殺す事がGMゲームマスターの意思だなんて馬鹿げてる」

「……しかし、ユニオン連邦に所属している以上、GMゲームマスターの考えに逆らう訳にはいかないのではないか?」


 国の長たるGMゲームマスターの指示に逆らう。自由度が高い戦場のフロンティアではそれすらも自由だった。

 だが、それには相応のリスクが存在する。


 以前の戦場のフロンティアではGMゲームマスターの指示に従うか否かで何か罰則を受ける事は無かった。そのため、各国家は各々で決定する束縛権限のない罰則事項により、自治的な統治を行っていた。

 だが、交戦フェーズを有利に運ぶため、敵国内に別アカウントを作り、GMゲームマスターの指示を無視し破壊活動等の「テロ行為」を行うプレイヤーが後を絶たなかったため、運営はGMゲームマスターの権限で指示に従わないプレイヤーに対し、「国からの支給品の停止」と言った軽いものから、「国家反逆罪による、国籍の強制剥奪」と言った重度の罰則まで様々なリスクをプレイヤーに負わせることが出来るようになった。

 そして、その中で最も行使頻度が多い物が「ブラックリスト」だ。


「ブラックリストを気にしているのかい、ロディ?」

「……動きづらくなるのは得策とは言えん」


 ブラックリストに入れられること、それは所属国家のあらゆるサービスを受けられない事を指す。

 そのサービスには、身の保全たる「街の利用」も含まれている。


「動きづらくなるのは確かだけど、だからといってグレイス達に加担することは出来ない」

「……」


 アジーの言葉にロディは言葉を返さず、ただ大通りの奥、グレイス達がいるであろう食事処の方向をじっと見つめていた。


「……どうするアジー? とりあえずラムザを出るか?」


 恐怖で身を震わせながらルーシーが怯えた目でアジーの顔を覗きこむ。

 GMゲームマスターの件が本当にしても嘘にしても、ほとぼりが覚めるまでラムザを離れた方が良い。あんな奴らに殺されるのは御免だ。

 ルーシーの表情はそう語っているようだった。

 

「ああ、ラムザには居られない。それにはっきりと悠吾君達の居場所が判らないにしても、奴らはあの廃坑付近に罠を張るはず。その事を悠吾君達に伝えた方がいいかもしれない」

「……メッセージを送っておくか」


 そうだ、今彼らと連絡を取る手段はメッセージしか無い。

 PC版であれば、距離に関係無く会話をする事が出来たが、この世界でそれは出来なかった。メッセージに気がついて読んでくれれば良いけど、見過ごしてしまう可能性はある。

 ロディの言葉を聞き、アジーは頭を抱えてしまった。


「……そうだね。強化フェーズまであと少しだ。『暁』のメンバーとして、僕らは可能な限り彼らをサポートしよう」

 

 今僕らにできる事は、悠吾君達に注意を喚起し、グレイス達の存在を知らせる事──

 だが、そう口にしたアジーにロディは賛同の言葉を返す事は無かった。

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