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第27話 狩人 その1

新章スタートです。

 探索フェーズが始まり、すでに1週間が過ぎていた。

 あと数日もすれば、「探索フェーズ」が終了し、各狩場シークポイントで取得できる経験値とドロップアイテム、出土品に制限がかかり、各地の工房での取得経験値にボーナスが加算される「強化フェーズ」が始まる──

 ここ、旧ノスタルジア王国の都市「ラムザ」は来たる強化フェーズの為に生産職プレイヤー達で溢れかえっていた。


 強化フェーズは正に生産職が主役となるフェーズであり、さらに各国家にとって重要なフェーズに当たる。来たる「交戦フェーズ」の為の臨戦態勢「徴用」が始まるからだ。

 戦場のフロンティアの世界の徴用とは、現実世界とほぼ同じ意味で「物資の上納」を行うことを指す。徴用が始まると、生産職は生産した弾薬や武器、兵器、アイテムを国家に納品し、その対価として報酬金や限定アイテムを貰い受ける。

 徴用によって集められた弾薬や武器は交戦フェーズにより、各クランに配給されるため、強化フェーズは交戦フェーズの勝敗を握る大きなカギと言えるものだった。


「この前の交戦フェーズで占領した西方の小国プレイヤー20人が殺されたみたいだぜ」


 そう小さく言葉を放ったのは、聖職者プリーストのルーシーだった。

 だが、そこに居るのはルーシーだけではない。

 ラムザの大通りに面した一角、これから探索に向かうプレイヤー達がテーブルを埋め尽くしている喧騒に包まれた食事処にアジー達の姿はあった。

 

「くそっ、同じこの転生事件の被害者なのに何故なんだ……っ」


 口惜しそうに、ふさぎ込みながらアジーがそう吐き捨てる。

 悠吾達と別れ、ラムザに戻ったアジー達は以前にも増して、とある活動に熱を入れるようになっていた。

 ──ノスタルジアプレイヤーをはじめ、「亡国者」の称号を持つプレイヤー達を保護する活動だ。


 もともとこの世界に住む地人じびと以外のプレイヤーは皆同じこの転生事件に巻き込まれた被害者。だとしたら、同じ目的「現実の世界に戻る」為に協力できるはず。

 その理念の元、アジー達は祖国を失ってしまったプレイヤーの保護と国外への脱出をサポートするクラン「暁」を立ち上げ活動を行っていたが、直ぐに彼らは行き詰まることになった。


 ユニオンプレイヤー達は皆、血眼で本当にあるかも判らないとある「アイテム」を追いかけていたからだ。


 この世界に転生したプレイヤー達は、まず個人レベルで現実世界に戻るための方法を探した。

 どうやったら現実世界に戻れるのか──


 最初にプレイヤー達の中で流れたのは「死ぬことで現実世界に戻れるのではないか」という噂だった。だが、彼らに突きつけられたのは、死んだとしても現実世界に戻ることはなく、復活リスボンするだけという事実。


 そうして次に噂されたのが「現実世界に戻るためのアイテム」の存在だった。

 その真意を確かめるため、幾つもの国家を越えたプレイヤー同士の情報ネットワークが生まれ、頻繁に探索が行われるようになった。

 しかし、その噂を確かめるには膨大な時間と労力が必要になった。情報も無く、推測で世界中の狩場シークポイントを調査する必要があるからだ。

 終わりが見えない探索と成果が見えず、無駄に過ぎて行く時間──


 そして、この世界で初めて迎えた「交戦フェーズ」で彼らの想いは打ち砕かれる事になった。その存在すら知らなかった国家、ユニオン連邦による侵攻だ。

 ユニオン連邦はまたたく間に周囲の国家を吸収し、伝説的クラン、オーディンを抱えるノスタルジア王国すら陥落させた。


 プレイヤー達にとってそれはあまりに衝撃的な出来事だった。

 半ば強制的に転生させられた状況で周囲に侵攻を始めたユニオン連邦という存在はあまりにも異質でプレイヤー達を恐怖に陥れた。

 そして、ユニオン連邦の侵攻で国家を越えて繋がっていたプレイヤー同士の情報網は遮断され、プレイヤー達は自国内に閉じこもる事になった。


 そして続く探索フェーズで広大なプロヴィンスを手に入れたユニオン連邦の国家レベルでの探索が始まった。

 滅亡させたプレイヤーに付与される「亡国者」という称号の存在を知りながらも、探索の邪魔になるプレイヤー達を排除しながら──


「真の非常事態に陥った人々は、まず他人への思いやりを失う。正にそれだね」


 アジーがため息混じりにそう呟いた。

 荒廃したこの世界が人の心までも蝕んでいる。

 

「自分達が現実世界に戻るために敵対するプレイヤーは邪魔というわけか」

「邪魔なのはプレイヤーの存在だけではない。敵対国プレイヤーに対して否応なしに襲いかかる地人じびとの存在は彼らにとって邪魔なのだ」


 ロディが静かに現実を口にした。

 判る。アイテムを探すためにプロヴィンスを跨ぐ際、国境を守る敵対国の地人じびとは邪魔以外の何者でもない。

 それは判るが──


「だがなアジー」


 反論しようとしたアジーの言葉をロディが遮った。


「いつか彼らにもわかる日が来る。それまで私達は……言い続けるしかあるまい」


 ユニオンに敵対する彼らも自分達と同じ被害者であり「人」であるのだ、と。

 静かにそう締めくくったロディにアジーとルーシーは静かに頷いた。

 そうだ、僕達はプレイヤー皆の考えを変えようとしているんだ。並大抵の事じゃ出来ない。

 それが本当に出来るのかどうかも判らない。だけど、僕達はやるんだ。


「少なくとも私達に賛同してくれているプレイヤーも居る。諦めるな。アジー」

「……そうだね」


 悠吾君達と別れて、活動を始めてからすでに数名のメンバーがクラン「暁」の理念に賛同し、合流してくれた。

 諦めるのはまだ早い。

 そう思い、アジーが果実酒らしきグラスをロディのグラスに当てたその時だった。


 突如として騒がしかった食事処が、まるで凍りついたかのように静まり返った。

 その原因はひと目で判る。

 食事処の入り口に立つ、お揃いの赤い戦闘服に身を筒んだ男たちが現れたからだ。


「……アジー、ワルキューレの連中だ」


 押し殺した声でルーシーがそう言った。

 ワルキューレ。戦乙女の名を語るクラン。だが、その実体はワルキューレの神話とはかけ離れた醜い物だった。


 残党狩り集団── 

 なぜ彼らが亡国者の称号を持つプレイヤー達を狩っているのかは誰も知るよしもなかったが、彼らが亡国者の称号を持つプレイヤー達を狙い、殺し回って居る事は誰もが知る事実だった。


「嫌な奴らと鉢合わせしたな」

「逃げるか、アジー?」


 アジー達「暁」は、ワルキューレとこれまで数回、亡国者プレイヤーの対処について見解の不一致からいざこざを起こした事があった。    

 お互い殺しあったところで復活リスボンしてしまう以上、弾薬の無駄使い以外に何の意味もない争いだ。

 因縁をふっかけられる前に消える。

 それが最善だということはアジーも、そしてルーシーやロディにも解っていた。

 だが──


「やはりここに居たかアジー」 


 そう言って同じ戦闘服を着た男達を引き連れながら、アジー達のテーブルの傍らに立った長髪の男が卑下するような視線をアジー達に放つ。

 狐のような鋭い目つきに、痩けた頬。いかにも軍人というイメージがぴったりと合う、鉄のような表情の男だった。


「……グレイス、君とは出来るだけ会いたくなかったんですけど」


 そちらを見ること無く、アジーが言葉を返す。

 その姿に、グレイスと呼ばれたその男は不敵な笑みを浮かべた。


「アジー、それは同感だ。だがな……」


 グレイスが威嚇するように、ズドンとその手に持たれていたプルバック方式のアサルトライフル、タボールAR21の銃床をテーブルに叩きつけ続ける。


「噂によれば、お前たちが東の狩場シークポイントでノスタルジアプレイヤーの手助けをしたとか聞いた。それは本当か?」


 悠吾君達の事だ。

 グレイスの言葉を聞き、アジーは瞬間的にそう思った。


「……そうですが。何か問題でも?」

「問題? おお、そうか。いや、それは実に大義だ」


 わざとらしく驚いたような表情を浮かべ、「すばらしい」と拍手を送るグレイスだったが──

 次の瞬間、叩きつけたタボールAR21をくるりと回転させ、その銃床でアジーの頬を躊躇すること無く、打ち抜いた。

 強烈な衝撃がアジーの頬を襲い、思わず椅子から転げ落ちる。


「ぐぅっ!」

「テメ……ッ!」

「……動くなっ!」


 咄嗟に短機関銃サブマシンガンを取り出し、グレイスに向けるルーシーだったが、彼の背後に待機していた2人の男が同じタボールAR21の銃口をルーシーとロディに向け、警告を放った。

 一触即発の空気。この場に居る誰もがこの行方をじっと息を殺して見守っている。


「おいおい、落ち着けよお前ら。今のは生意気な事を口走りやがったアジーへの制裁だぜ?」

「この野郎っ……」


 ここで撃ち合うか──

 瞬間的に頭に血が登ってしまったアジーだったが、ちらりと視線を送ったロディが、落ち着けというアイコンタクトを送っている事に気が付き、アジーはその怒りをぐっとこらえた。


「……敵国のプレイヤーを助けて、善人気取りか? お前ら」

「何を言ってるっ。彼らも僕達と同じ人間で、この世界に無理やり連れて来られたプレイヤーだ。被害者同士助けあって当たり前だろう」


 それが僕達のクラン、暁の理念でもある。

 だが、そう言い放ったアジーにグレイスは嘲笑するように笑い声を上げた。


「お前は馬鹿か? 逃したそいつらが次回の交戦フェーズでこのプロヴィンスを奪い返しに来たらどうするつもりだ? あン? 万が一に奪い返されちまったら?」

「それが……」


 どうしたというんだ。こんなプロヴィンス1つよりも人の命は重いはず。

 そう言いかけたアジーをグレイスの言葉が遮った。


「お前が助けたそのプレイヤーのせいで、もしこのプロヴィンスを奪い返されたらどうするつもりだ? そして……このプロヴィンスに『現実世界に戻れるアイテム』が眠っていたら、お前どう責任を取るつもりだッ!?」

「……ッ!」


 現実世界に戻れるアイテム──

 そんなものがこの世界にあるかも判らない。

 だが、その名前に、ざわめいていた店内は再度静まり返り、アジーは息を呑んだ。


「ガキが粋がって慈善活動なんかやってンじゃねぇぞコラッ!」

「アジーから離れろッ!」


 もう一度アジーに銃床の一撃を放とうと振りかぶったグレイスにルーシーが再度叫んだ。

 警告じゃない。

 短機関銃サブマシンガンのトリガーに指をかけたルーシーの空気がそう語っている。


「……オイ。俺を撃てば、お前らは『お上』に楯突くことになンぜ?」

「何だと?」


 そう静かに囁いたのは、これまで沈黙を続けていたロディだった。


「俺達はユニオン連邦GMゲームマスターの意思で動いている。俺達に逆らえば、GMゲームマスター権限でお前らをブラックリスト入りさせて、この街に居れなくさせンぞ?」 


 それでも良いのか? 

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、グレイスがそう吐き捨てた。


GMゲームマスターの……意思だと?」


 ロディと同じく、アジーもまた訝しげな表情を滲ませた。 

 これまでグレイスはそんな事を一度も言ったことはなかった。人の命をなんとも思っていない、単なる狂った男だ。

 だが、その狂った男が口にしたGMゲームマスターの名前。

 グレイスが言っている事が本当なら、この国が、亡国者の称号を持つプレイヤーの排除を推進しているという事じゃないか。


「目的は何だ?」


 わざわざ言い合いにこんなところまで足を運んだのではあるまい。

 そう問いかけるロディに、グレイスは弱者を見下ろす、卑下するような視線のまま、続けた。

 

「俺達の目的は1つ。良いか、これは質問じゃない。尋問だ。……そのノスタルジアプレイヤー達の居場所を吐け」

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