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第25話 生産クエスト その3

 ルルのアトリエに変な探索者シークが居る。

 そんな噂が地人じびとやユニオンの生産職プレイヤーの中で囁かれはじめたのはすぐだった。


「おいルル、あの探索者シークは一体何をやっているんだ?」

「さぁ?」


 ルルのアトリエの作業台に向かってもくもくと生産に勤しむ悠吾を指さし、ベルファストに住む地人じびととルルがそう話している。

 今は只の生産に勤しんでいる生産職にしか見えないが、10分も経たない内に悠吾は工房を飛び出し、木工師カーペンターの工房とアイテムブティック、それに食事処を往復するという意味不明な行動を取っていた。


「アイテムブティックは生産素材を買いに行ってるんだと思うけど、木工師カーペンターの工房と食事処は何なのかしら」

「探索フェーズだっつーのに、変な探索者シークだぜ。襲われないように注意しろよルル」


 そう言って工房を後にする地人じびとを笑顔で送り出した後、ルルは頬付けをついて不思議そうに悠吾の姿に視線を戻した。

 何かが閃いたって言ってたけど、何なのかしら。


「……でも、すっごい楽しみ」


 悠吾の背中を見ながら、ルルはそう囁いた。


 それからも悠吾は幾度と無く木工師カーペンターの工房とアイテムブティック、食事処を往復した。

 その度に工房の作業台の上には鉄くずとメモが増えていく。だが、その行動は当てずっぽうな動きではなく、何かを目的に動いていて、少しづつゴールに近づいている──

 ルルにはそんな風に見えていた。


「……出来たっ」


 悠吾の手が止まったのはそれからしばらく経ち、すっかり日が陰り、午後の空が1日の終わりを告げようとしていた時だった。

 穏やかな風が工房に舞い込み、ついまどろんでいたルルは悠吾の声に我に返る。


「ルルさん、出来ましたよっ!」

「あら、そう」


 見せてもらおうかしら。

 身を反らせながらひとつ伸びをしたルルはゆっくりとカウンターを出ると、期待に高鳴る心を抑え、悠吾の元へと足を進めた。


「さて、悠吾君のアイデアが詰まったアイテムはどれかしら?」

「それでは早速……」


 最初に色々と説明しようかと一瞬考えた悠吾だったが、何事にも「流れ」が必要だと考え、トレースギアのアイテムポーチからまずは1つアイテムをタップした。

 この感覚、何か懐かしい感じがするな。なんだっけ。

 そうだ、仕事で僕が作った企画を上司にプレゼンテーションした時のあのドキドキ感だ。


「まずはこれです」


 そういった悠吾の手のひらに現れたのは、何の変哲も無いグレネードだった。


「これは? グレネード?」

「はい。でももちろん只のグレネードじゃありません」


 ここで使っていいです? と問いかける悠吾に、どうぞ、とルルは笑顔で答える。

 グレネードからピンを抜きその場に転がし、数秒待った次の瞬間、グレネードの頭の部分からシュウシュウと薄黄緑色の煙が噴き出してきた。

 不快な色ではない、まるで森の中の木々の様に鮮やかで清々しい色だ。


「これって……」

「はい、スモークグレネードを利用した広範囲に効果がある回復アイテムです。キュアレーションは飲んだプレイヤーにしか効果が無いので、これを使えば小隊パーティ全員を同時に回復することが出来ます」


 閃いたっていうのはこの事だったのかしら。

 悠吾の説明を聞いて、ルルは──少し落胆してしまった。


「残念だけど悠吾君、このアイテムはリストには無いけれど、以前別の探索者シークが作った物よ」

「成る程」


 ルルの言葉に、特に落胆した様子もなく、悠吾が続ける。


「それではこれはどうでしょう?」


 悠吾が持っていたそれは弾丸だった。一見、何の変哲もない弾丸。


「それは……5.56mm NATO弾ね?」

「はい。ですが、もちろんこれも只の弾丸ではありません。回復効果が追加された弾丸です」


 そう言いながら悠吾は作業台の上にそれを乗せる。

 ああ、やっぱりそうきたのね。

 その弾丸を見て、またしてもルルは落胆してしまった。


「良い線言ってるけど、それ意味ないわよ? 悠吾君。キュアレーションの回復量だったら弾丸のダメージで相殺されちゃうわ」


 方向性としては良い。遠距離で味方を回復する事ができるのは大きいけど、弾丸に回復効果を付与するなら、もっと回復効果が高い「ハイキュアレーション」以上の物を使う必要がある。

 さらに──


「それにさっきのグレネードと同じで、前の探索者シークが作ってたわ」


 小隊パーティ全員に効果がでる回復アイテム、遠距離の味方を回復するための回復アイテム、それはまず誰もが考えつくアイデア。


「悪いけど、全然駄目ね悠吾君。残念だけど……」

「待ってください。本番はこれからです」


 クエストは失敗。そう言いかけたルルを悠吾の言葉が遮った。

 悠吾君の目は落胆の色に染まっていない。そこから察するに、まだ「隠し球」を持っているということね。

 

 そうして、次に悠吾がアイテムポーチから取り出したのは──小さな銃だった。


「それは?」

「はい、木工師カーペンターの工房から購入したリベットガンを素材に作った兵器です」


 リベットガン。圧縮ガスで金属製の杭や釘を射出し、金属製品や木工製品のかしめ作業を行うために使う器具だ。


「先ほどルルさんにお見せした2つのアイテムはこれを作る過程で生まれた『副産物』なんです」

「……小手先の副産物で私を驚かせようとするなんて、そんな探索者シーク、今まで居なかったわ悠吾君」


 私をからかっているのかしら。

 悠吾の言葉に不敵な笑みを浮かべながらルルが言う。


「これは遊び、なんですよねルルさん」

「……私をからかうなんて。お姉さん本気になっちゃいそう」


 フフフ、と妖艶な笑みを浮かべるルルに、悠吾はからかったつもりが逆に動揺してしまった。


「それで、そのリベットガンは何に使うのかしら?」

「そ、その前に少し説明してもいいですか?」

「はい、どうぞ」


 そう答えるルルに悠吾は咳払いをひとつ入れ、続けた。


「最初、グレネードとキュアレーションを掛け合わせる事ができるか、という問題に僕はぶち当たりました。でも、リストにあった『凝固剤』を使う事でそれは簡単に解決出来たんです。ドリンクタイプだったキュアレーションが固形化し、スモークグレネードを生成する素材の中にそれを入れる事で簡単に作る事ができました」


 まずひとつ、凝固剤を使うことで、回復系アイテムは固形化する。

 悠吾は人差し指を立て、そうまとめた。


「そして次に、その固形化したキュアレーションをより実用的にするために、弾丸に掛け合わせることができないかという発想から、弾薬生成レシピにこの固形化したキュアレーションを混合してみたんです。結果は僕の予想どおり可能でした。それが先ほどの弾丸です」


 ふたつめ、固形化した回復系アイテムは弾薬に混合できる。

 中指を立て、悠吾が続ける。


「……ですが、ルルさんの仰っていた通り、ダメージと回復量のバランスが悪く、回復量が相殺されることがわかりました。だから……威力が少しでも弱い弾丸が射出できる銃を探したんです」

「成る程、ね、それがそのリベットガンだった、ってことか」


 ルルの言葉に悠吾は小さく頷いた。

 

「ええ、圧縮ガスで釘やリベットを射出するリベットガンであれば、受けるダメージは軍用ライフルのフルメタルジャケット弾ほど大きくない。予想通り回復量がダメージよりも大きく、体力を回復することができました。ほんの少し、ですが」

「やりたかった事と結果は理解できたけど……悪いけど驚くほどの物じゃないわね。わざわざリベットガンでその回復弾を撃つ必要性が無いもの。だったら、中位クラスの薬師ディスペンサーが作れる『ハイキュアレーション』でさっきの5.56mm弾丸を作った方がまだいいわ」


 だけど、それはすでに実用化されているけどね。

 

「……はい、そうなんです。ほんの僅かしか回復しない弾丸しか撃てないこのリベットガンを使う必要性はまったく無い。……でも、まだ話は続きがあります」


 そう言って悠吾はまた別の弾丸を取り出した。

 今まで見たことも無い、細く、先の尖った釘のような弾丸だ。


「それは……初めて見るわね」

「これはリベットガン用に作った専用の弾丸です。長くなりましたが、この弾丸がルルさんに見せたかった生成物です」


***


 きょとんとしているルルの前で、悠吾はその弾丸をリベットガンに装填した。ハンドガンのように遊底をスライドさせ、チャンバーにその弾丸をねじ込む。


「今回僕が考えたこの生成アイテムにはコンセプトがあるんです」

「……コンセプト?」

「ええ」


 コンセプト。

 それがこのアイデアを思いつくきっかけになった。

 ヒントをくれたのはトラジオさんだ。

 

「コンセプトは、『非力な生産職が戦場において、一時的に戦闘職の能力を凌駕する方法』です」

「……っ!」


 悠吾の言葉を聞いて、ルルは思わず目をまくるした。

 生産職が、戦闘職の能力を凌駕する……そんな方法は今まで聞いたことも見たこともない。


「生産職が戦場でサポート出来ることは沢山あります。ですが、非力がゆえに、戦闘職からは毛嫌いされてしまう。それをどうにか払拭したいと思ったんです」


 そういって悠吾は左手をルルに差し出した。


「ルルさん、腕を出していただいてよろしいですか?」

「え?」

「説明するよりも、体感していただいたほうがわかりやすいので」


 一体何をするつもりなのかしら。

 不安げな視線を送りつつも、ルルは恐る恐る右手を悠吾に差し出した。


「少し痛いですが、我慢してくださいね」

「え? ちょっ……痛っ!!」


 ルルの声を遮るように、プシュンという圧縮ガスが先ほどの弾丸を射出する音が工房に響いた。

 少し痛いというレベルじゃない。激痛がルルの腕を襲った。


「ちょっと悠吾君! 痛いってレベルじゃ……あっ……」

 

 怒りをにじませるルルだったが、己の身体に起きた異変に気が付き、その表情が固まる。

 身体の芯が燃え上がり、全身から力があふれる。そんな感覚。


「これは……」

「はい。それ、スタミナ増大の付与エンチャント効果がある弾丸なんです」


 悠吾の説明を聞き、ルルは更に驚愕してしまった。


「エ、付与エンチャント!? ちょ、ちょっと待って、そんなアイテム聞いたことないわ!」


 使用する事で能力が増大する。そんなアイテムはこの世界には存在しない。

 そもそも付与エンチャントは──


「アイテムじゃないんです。これ、食事を『固形化』して、弾丸と掛けあわせたんです」

「……っ!」

 

 食事を固形化。そんな事ができるなんて知らなかった。

 そうか。だから、悠吾君はしきりに食事処へ足を運んでいたのね。


「食事の付与エンチャント効果は色々ある、と食事処の店主さんが仰ってました。だけど、その付与エンチャント効果を得るには街で食事を取る意外に方法がないんです。さらに、長い時間その効果は発動するものの、増大する能力は──低い」


 そう、確かに食事は様々な付与エンチャント効果を引き出すけど、戦闘職と生産職のパワーバランスを覆す程の効果は無い。

 だけど……だけど、今感じているこれは、明らかに相当の能力アップが起きている。

 己の身体に感じるそれに、信じられない、とルルは息を呑んだ。


「どうして? どうしてこんなに効力が?」

「凝縮です」

「……凝縮?」


 悠吾はそう言いながら、ルルに小さな紙を渡した。

 色々な食事の名前が羅列している。ざっと数えるに、5種類はある。


「さきほどの弾丸、食事でいえば、5回分の効力が圧縮されています」

「ご、5回分!?」

 

 ルルが驚嘆の声を上げた。

 普通、食事は1回とると、その効力が無くなるまで口にしても追加効果が現れる事は無い。例え5回摂取したとしても実際に効果として現れるのは1回分だけだ。


「5回分の効果が発現するなんて……無理なはずよ?」

「はい。これはこの実験中に発見したのですが、食事の効果は同時に摂取する事でどうやら効果が合わさるみたいなんです」

「嘘。同時に食べても何も起きないわ」


 そんな事誰もが試している。料理の内容を無視して、幾つもの食事を混ぜあわせて食べた探索者シークもいたって話だけど、効果が合わさったなんて聞いたことが無い。

 悠吾の説明にルルは訝しげな表情を浮かべた。


「食べるのでは『遅い』んです。瞬間的に同時に体内に摂取する必要があるんです」

「瞬間的に……!」


 成る程、だからこの針のような弾丸で体内に注入するってわけね。


「5回分の効力を圧縮し、それをプレイヤーの体内に注入するには、先ほどのスモークでは無理でした。より強力な力で直接的に体内に注入する必要があったんです。強すぎず、弱すぎない、適度な威力を出す何か」

「それが、リベットガン?」

「そうです。さっきの回復弾と違い、相殺分がないので結構ダメージは受けますが──瞬間的に能力がかなり向上します」


 説明だと信じられなかっただろうけど、体感しているからわかる。

 内容によるけれど、確かに瞬間的に戦闘職を凌駕する能力が得られる── 


「命を削って……能力をあげるって事ね」

「そうです。相応のリスクはあります。ですが、これを使う事で生産職は前線で戦えるようになります。そして……ここからは僕の推測なんですが」


 この先は言うべきか、少し悩む悠吾だったが、声のトーンを下げ続けた。


「これ、ひょっとすると『スキル』も付与エンチャントする事ができるかもしれません」

「……!!! それってまさか……!」


 ルルは悠吾の言葉を聞いて一瞬でピンと来た。


 ──探索者シークを素材に使うって事?


 もしそれが出来たのなら、理論的には一時的にスキルが付与エンチャントされるはず。だけど、探索者シークを素材に使うって事は──


「も、もちろん試してなんかいないですよ!? でも多分、理論上は可能な気がするんです」


 恐ろしい。この子はなんて恐ろしい物を作ったのかしら。

 戦闘職と生産職のパワーバランスを崩すだけの話じゃない。この世界のルールすら覆す、開けてはいけないパンドラの箱じゃないの。

 悠吾の手に持たれた「悪魔の銃」を見つめ、ルルは身震いしてしまった。


「僕はこの銃を『エンチャントガン』と名付ける事にしました」

「すごい可能性を秘めている兵器だと思うわ……」


 可能性というレベルじゃないわ。

 この兵器は、レア中のレア装備「アーティファクト」クラスの兵器だ。


「……オーケー悠吾君。これは驚くってレベルじゃないわ」

「ほ、ホントですか!?」

「ただ、ね……」


 と、ルルが真剣な眼差しを送っている事に悠吾は気づいた。

 

「いい? この事は誰にも言っちゃダメよ? 特に……ユニオン連邦の連中には」

「え? あ、はい。判りました」


 どういう意味なのかは判らなかったが、ルルの空気に気圧されてしまった悠吾はそう返事を返す。


「その兵器を生成するレシピもね」

「そうですね。この銃自体と弾丸、両方とも秘密にしておきます」


 確かに恐ろしい可能性を秘めている、と僕も思う。知れば誰もが欲しがる兵器だろう。

 ルルの言葉に悠吾はこくこくと何度も頷いた。


「……ふふ、はい、良い返事。そして、おめでとう悠吾君。私との勝負、貴方の勝ちよ」


 そう言ってルルの表情が、瞬時に笑顔へと変わった。

 その言葉に、悠吾もまた笑顔がこぼれ落ちる。

 僕の勝ち。

 ──やった。生産クエストはクリアって事だ。


 その嬉しさに悠吾はついルルに抱きついてしまいたい欲求にかられたが、何故か突然脳裏に現れた、怒りに満ち、仁王立ちしている小梅の姿に身体が硬直してしまった。

名前:悠吾ゆうご

メインクラス:機工士エンジニア

サブクラス:なし

称号:亡国者

LV:9(up!)

武器:Magpul PDR、M9ベレッタ、ジャガーノート(用途不明)、革の財布、エンチャントガン

パッシブスキル:

生成能力Lv1 / 兵器生成時に能力が+5%アップ(エンジニアがメインクラス時のみ発動)

アクティブスキル:

兵器生成Lv1 / 素人クラスの兵器が生成可能

兵器修理Lv1 / 素人クラスの兵器の修理が可能

弾薬生成Lv1 / 素人クラスの弾薬の生成が可能

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