第24話 生産クエスト その2
「制限時間は今日の『若夜』まで、ね」
受けて立ちます、と笑顔で答えた悠吾に、ルルはそう告げた。
機工士職のマスターである匠からのクエスト。リストにないアイテムを生成するクエストだ。
よくよく考えると凄く難易度が高い気もするけど、今日の若夜がタイムリミットなら結構時間はある。
あとは、アイデアだ。
「この工房は自由に使っていいわ。アドバイスは出来ないけど、判らないことがあったら言って頂戴ね」
「はい、ありがとうございますルルさん」
「ルル、でいいわよ?」
悠吾君は特別に。
対戦相手を油断させるつもりなのか、挑発的にルルがそう言った。
誘惑しようとしても無駄ですよ。僕の目的はこの勝負に勝ったら手に入るレアアイテムに設定されたんです。例えルルさんが色っぽいお姉様でも、その挑発には乗りません。
だが、そう自分の心に言い放ちながらもつい表情が崩れてしまう悠吾だった。
「……あ、あの、ちなみになんですが」
「なに?」
直接的なヒントはもらえないと思うけれど、間接的なヒントになり得る情報はもらえるかもしれない。
パシパシと頬を叩き、煩悩を排除し、気合を入れながら悠吾はそう思った。
「ベルファストの事を教えて欲しいのですが、この村にあるのは機工士の工房だけなんですか?」
「う〜ん、そうね、機工士の他に、マイハウスの家具を作る事ができる『木工師』に、『裁縫師』の工房があるわ」
結構色々あるんですね。
でも、それだけ有るなら各工房を回れば、何かこのクエストに関するヒントがあるかもしれない。
例えば、裁縫師で制作できる、機械兵器用の服とか。
……すいません、無いですね。
「ありがとうございます。後は…‥ええと、生産用の素材は……」
「ん、素材が買えるマテリアルブティックはその道真っすぐ行った先にあるわ」
ルルが気だるそうに工房の前を通る道を指さし、そう言った。
え、ちょっと待って下さい。それって……
「素材は自分で購入するんですか?」
「ええ、そうよ。悠吾君が初心者だからといって、そこまでは面倒見れないわ」
初めて依頼されたクエストだから、てっきり生産素材は支給されるとばかり思っていました。
よくよく考えると、このクエストは初心者用のクエストじゃないんですよね。
「すいません、もう一つ。今までルルさんとこの『遊び』をやったプレイヤーって居るんですか?」
「もちろん、結構居るわよ」
まぁ、当然か。
ルルさんは機工士の匠なんだ。ノスタルジアが統治していた時からこの村にかなりのプレイヤーが来ているはず。
……そういえば、僕達が転生する前って、プレイヤーはこの世界に居たんだろうか。ルルさんの話を聞く限り、僕が転生する前からプレイヤーは居たと考えてもおかしく無いけど、そうするとこの世界には定期的に転生が行われていた、もしくは今も永続的に転生が行われているって事になる。
──クエストとは関係ないけど、少し聞いてみよう。
「それって、どの位前からです?」
「どの位? ……質問の意図がよくわからないけど、少し前からよ。丁度前回の交戦フェーズが始まる前くらいかしら」
「その人達って間違いなく、プレイヤー……探索者だったんですよね?」
「たぶんね。聞かなかったから良くわからないけど。でも、貴方たち探索者が現れるようになったのもそれ位だから、多分そうだったんじゃないかしら」
「現れるようになった……。成る程……」
はぐらかす素振りもなく、本当に知らないと言いたげに答えるルルに、悠吾は深く頷いた。
ルルさんのその返答でわかった事が幾つかある。
まず、僕たちの転生はこの世界の住人にとっても予期せぬ突然の出来事だった可能性がある事。多分、プレイヤーはこの世界に居なかった存在で、この世界は地人達だけが住む世界だったんだ。
そして2つ目。転生は前回の交戦フェーズ付近を皮切りに始まった。ユニオン連邦がノスタルジアを滅ぼした前回の交戦フェーズ。転生が、作為的なのか自然的なのかはわからないけれど。
「良くわからないけど、勝負についての質問はもういいの?」
「あ……すいません、もう1つあります」
思わず思考の世界に入り込んでしまっていた悠吾が慌てて頭の中をクエストの事に戻した。
「ええと……そのプレイヤー達が作ったアイテムや兵器の事なんですが、それはあのカタログに追記しているんですか?」
一番聞きたかった質問。それによって考えるべき事が結構変わる。
「……へぇ、良い質問ね」
その質問の意味を理解できたのか、悠吾の質問に、ルルはふと真剣な眼差しを悠吾に送った。
これは重要な質問だ。
もしあのカタログに追記しているなら、このクエストはかなり難易度が高くなる。ありきたりなアイデアだったらすでにあのカタログに追記されているだろう。その隙間を縫って、リストに無いアイテムを作るのはかなり至難の業だ。
ルルの眼差しを受けながら、悠吾はそう思った。
「ん〜、追記はしてないわ。……悠吾君は、私と勝負してクリアした探索者にヒントでも貰うつもりなのかしら?」
だとしたらいい考えね、とルルが言う。
追記されてないことに安心したけど、その発想は無かった。確かに、すでにクリアしたプレイヤーに情報を聞きに行くのはアリかも知れないな。
制限時間内に会える可能性はゼロだと思うけど。
「でもね、この勝負はリストに無い物を生成して『私を驚かせる』事よ? つまり、クリアかクリアじゃないかは私が判断するって事」
「それって、リストに載っていないアイテムを生成しても、ルルさんを驚かせることができなかったら失敗、ってことですか?」
「そうなるわね」
ルルの言葉に悠吾はつい塞ぎこんでしまった。
ただリストに無い物、という事であれば、例えば色々な職の工房を巡ってアイデアを頂戴し、それを参考にアイテムを生成するという方法が取れたかもしれないけど、驚かせる事に重きを置くとなると話が変わってくる。
生成したものがなんの役にも立たない「無駄なアイテム」だったらルルさんが驚くこともないだろうから、クエスト失敗になるという事だ。
要はリストに無く、かつ、実際に使えるアイテムか兵器を作らないと駄目、という事だ。
それってやっぱり凄く難易度が高い。更に僕には豊富な資金があるわけじゃない。
「まぁ、若夜まで何度もチャレンジできるから頑張ってよ、悠吾君」
そう言ってルルがウインクした。
すんごくビハインドスタート。アイデア無し、資金なし、知識なし。
だが、そんな状況の中、何故か悠吾はこの女性をぎゃふんと言わせてやりたいと心の底から思った。
この生産クエストは必ず受ける必要が有るものでもなければ、本当に重要なアイテムがゲット出来るクエストだと言い切れる裏付けも無い。普通であれば諦めて金策の生産に移った方がずっと良いはず。
だが、悠吾はそんな状況だからこそ、逆に闘志に火がついてしまった。
高い障害や逆境があるからこそ、燃えてしまう。それが悠吾という男だった。
「……クリアしてみせますよ、ルルさん」
「フフ、いい目。さぁ、お姉さんを驚かせて頂戴」
腰に手を当て嘲笑するように笑みを浮かべたルルに、悠吾は不敵な笑みを浮かべ返した。
***
とは言ったものの、悠吾にはアイデアのかけらも無かった。
ルルのアトリエに設置された作業台の前に立ち、トレースギアの生産リストを睨みながら悠吾はすでに困り果てている。
リストに無い物といっても、誰でも思いつくようなものは駄目だし、突拍子も無いものでも駄目だ。
誰も作った事がなくて、インパクトがあるもの。
野球のストライクゾーンど真ん中じゃなくて、外角低め、ストライクとボールのギリギリの所を攻める必要がある。
「う〜む」
だが、何が「ストライク」で何が「ボール」なのか悠吾には全く見当も付かなかった。
もう一度トレースギアに表示されているリストをスワイプさせ、ぼんやりとそれを眺める。
通常の投擲武器である「グレネード」に、煙幕をはることが出来る「スモークグレネード」。廃坑で多脚戦車に使った「ECMグレネード」に、弾薬生成で使う「ガンパウダー」。そして、多分何かを固める時に使うのであろう「凝固剤」に、逆に滑りをよくする「潤滑剤」、機械の自動制御装置の心臓部と言える「サーボモーター」、「シリンダ(油圧)」、「シリンダ(空圧)」、「シリンダ(水圧)」──
そこに表示されていたのは主に投擲武器から、今後弾薬生成や兵器生成で活用することになるであろう生産素材の名前だった。
「とりあえずは、マテリアルブティックで生産素材を購入して何か作ってみるか」
このままぼーっとリストを見ていても何も始まらない。
でも、作るとなると、今後生産で使う素材よりも、それ1つで効果がある兵器が良い。となると、グレネード系か。ECMは一度作ったから、通常のグレネードか、スモークグレネードか……。
リストからグレネードとスモークグレネードの生成に必要な素材を覚えた悠吾は、ひとまず工房を後にした。
***
それから数時間──
悠吾がトラジオ達と別れたのがまだ日が薄い早朝だったが、すでに太陽は天高く上り、ジリジリとした日差しを大地に降り注いでいる。
すでにお昼を回ってしまった。
工房の作業台に突っ伏し、アイデアをメモ帳に書きなぐりながら悠吾は少しづつ焦りを見せていた。
作業台の上に転がっているのは、幾つかのグレネードと、真っ黒く焦げおちている鉄くず達──
リストに無いアイテムの生成は、適当に組み合わせれば良いというものではなかった。
多分、すでに組み合わせは決まっていて、その通りに素材を組み合わせなければ、生産素材はこの眼の前に転がっている「鉄くず」になってしまう。
鉄くずの価値はもちろんゼロだ。そこそこの費用がかかった大事な素材が一瞬のうちにゴミと化す。
すでに金貨数枚を素材購入に当てたが、成果は見えないまま只時間だけが過ぎていた。
「苦戦してるみたいね」
「……ええ、ものすごく」
様子を伺いに悠吾の元へ来たルルはそう囁きながら、作業台の上に置かれた悠吾のメモを手に取った。
これまでの生成結果と、考えうるアイデア。その両方が書かれたメモ帳はすでに10枚近くになっている。
「うん、良い線行ってると思うんだけど、もう少し深く考えた方がいいと思うわ」
「……深く考える? 何をですか?」
「う〜ん、なんて言えばいいかわからないけど、その、実際にアイテムや兵器を使う人の事、かしら?」
「……!」
考える。使うプレイヤーの事を。
その言葉を聞いて、悠吾はいつもの様に両手を合わせ、天を仰いだ。
例えば、生産職が生成するアイテムで重要なメソッドは何だろう。
効果? コスト?
いや違う、生産でお金を稼ぐ必要があるから、重要なのは「高額で売れるかどうか」だ。
だとすると、高額で売れるアイテムってどんな物なんだろう。
例外はあるとしても、そのアイテムを購入したり、使ったりするのは戦闘職のプレイヤーだ。つまり、戦闘において有効な効力があるモノほど人気が高くなり、高額で売れるということになる。
そこからリストに無いアイデアは……
何か浮かびそうになった悠吾だったが、またしても頭を抱えてしまった。
──難しい。
需要があるなら、その方向性は普通に考えたらまず行き着く。そこで突出したアイデアのアイテムを作るなんて針の穴にラクダを通すより難しい。
まてよ、逆に考えて、生産職が自分で使うアイテムってのはどうだろう。
兵器と呼んでいいのかわからないけど、例えば、生産が便利になるアイテムや兵器……いや、これも普通に考えて戦闘職のアイテムの次に行き着く方向性だ。
「う〜ん、今のルルさんの言葉で何かひらめきそうになったんですけどね」
「そう簡単にはいかないわよ……あれ、悠吾君、レベルが7に上がってるわよ? おめでとう」
ルルの言葉に何気なく悠吾はトレースギアを開く。
確かにレベルが2上がって7になり、スキルポイントが付与されている。スキルメニューを見たところ「弾薬生成Lv1」がアンロック出来るようになっている。目標の1つになっていた弾薬生成スキルだけど、今となってはそれほど感動も無い。
「弾薬……」
ぽつりと悠吾がつぶやく。
弾薬はどうだろう。
……いや、先ほどルルさんが言っていた「麻痺属性の弾薬」みたいに、何か効果が付与されているものはすでに数多く発見されているはず。
二番煎じもいいところだ。
「私との勝負、特にルールは無いからね。誰に相談してもいいわよ。煮詰まっているなら、お仲間に相談してみたらどうかしら?」
「相談……ですか」
確かに、トラジオさんや小梅さんに話したら意外な所からヒントになる情報がもたらされるかもしれない。
そう考えた悠吾は、とりあえず小隊会話でトラジオに連絡を取ってみた。
『トラジオさん、聞こえますか?』
『……あれっ? 悠吾?』
『おお、悠吾。小隊会話が届く距離に居たか』
トラジオと小梅の驚く声が悠吾の耳に入ってきた。
僕もまさかつながるとは思っていなかった。PC版と違って、距離に制限があると言っていたが、一体どの位の距離まで可能なんだろうか。
一応今後の為に通信可能距離は測っていたほうがいいかもしれない。
『トラジオさん、今どの辺にいらっしゃいます?』
『うむ……ベルファストから北東に4キロといった所か。4キロの距離でもつながるとはな』
『あの廃坑でつながらなかったのは、階層のせいなのかもしれませんね』
あの廃坑で3階と4階に分かれてしまったとはいえ、距離的に言えば数百メートル離れている位だった。
繋がらなかったのは単純に距離だけの問題じゃないのかもしれない。
『かもしれんな。こっちは順調に野生動物狩りをやってる』
『小梅さんのお兄さんは?』
そう問いかける悠吾に、小梅が直ぐに返す。
『駄目だったわ。兄には繋がらなかった。トレースギアのフレンド画面に表示された兄の状態は「オフライン」の表示になっているわ』
オフラインになっていると言うことは、今現在位置を表示出来ない場所にいるか、もしくは自分を「見えない」様にしているかのどちらかだ。
『成る程、時間を置いてまた連絡してみたほうがいいかもしれませんね』
『そっちはどうだ、悠吾』
『実は今、「生産クエスト」をやっている所でして』
『……生産クエスト?』
そう問いかけるトラジオに悠吾はこれまでの経緯を説明した。
機工士の匠が居る工房に行ったこと。そこで匠が「遊び」に誘った事。今悩んでいること。
だけど、ルルさんが綺麗でセクシーなお姉さんだということは伏せときました。
一応。
『成る程、な』
『何かアイデアありませんかね、トラジオさん、小梅さん』
そう投げかける悠吾の耳に、トラジオと小梅が小さく唸る声が響く。
いくら戦場のフロンティアの経験が長い2人だとはいえ、簡単にアイデアが湧いて出るわけはないか。
『あると便利なアイテム……う〜む、そうだな……すまん、アイテムとは関係ないかもしれんが、戦闘職の俺からすると生産職が前線に出てくれるのは非情に助かるな』
『……え?』
突拍子もなくトラジオが言い放ったその言葉に悠吾は首を傾げてしまった。
生産職が前線に出る事で戦闘職が助かる、ってどういう事だろう?? 戦闘スキルが無い生産職が前線に出るのは足手まといになって逆に迷惑になりそうな気もするけれど。
『例えば、前線で弾薬が少なくなったとする。そうすると生産職が小隊に居ない場合、一旦戦線を離脱して弾薬補給に向かわなければならなくなる。時間のロスになるが、探索中であれば、まぁ探索を中断して街にもどる程度の話になるが、交戦フェーズだった場合そうもいかん。一般的にクランの中で一番レベルが低いプレイヤーが弾薬を前線に運ぶ役をやることが多いのだが、それでも前線が後退してしまうことになり、プロヴィンスの行方を左右することになりかねん』
『ああ、成る程、ですね』
だから小隊に生産職が居たほうが何かと助かる。
トラジオはそう言った。
『戦う生産職とはまさにお前の事だな、悠吾。基本的に生産職は単独が多いから、どちらかと言うとお前は希少な部類だ』
『それって、褒められてるんでしょうか?』
『もちろん褒めている』
当然だ、とトラジオは付け加え、そう言い放った。
『ま、そこんトコはアタシもクマジオと同じ意見だけどね』
『そ、そうなんですか』
小梅が言い放つ、その意外な言葉に悠吾は思わずどぎまぎしてしまった。
そんな風に思われていたなんて思いもしなかった。戦場のフロンティアを始めたばかりの初心者だし、知識も無い。足手まといだけにはなるまいと思っていたけど、感謝されていたなんて。
『悠吾のようなプレイヤーはそう居ない。俺が察するに、そうなりたいと思っている生産職のプレイヤーは居るとは思うのだが……生産職には争いを避けたがる温厚な性格のプレイヤーが多いし、戦闘スキルが無い生産職プレイヤーが戦闘職プレイヤーと肩を並べるには厳しいものがあるのだろう』
交戦フェーズに備えて街や村で生産に勤しむべき生産職が前線に出たがるなんて戦闘職のプレイヤーに警戒されてもおかしくない。
なんの役にも立たない可能性があるそんなプレイヤーを小隊に入れれば、大きなリスクになってしまうからだ。
だから、生産職が前線でサポートしたいと思っていても、戦闘における実力が伴っていないから断られてしまう。
『生産職が戦闘に……肩を並べる……あ……!』
トラジオの言葉、これまで調べてきた内容。
戦闘職と生産職が求めているもの。
その一つ一つのピースが頭の中でピッタリ合わさる──悠吾の中でふいにそんな感覚があった。
『どうした悠吾? 何かひらめいたか?』
『そうですよ、トラジオさん! 盲点でした!』
戦闘職が戦闘で使うアイテムでもなく、生産職が生産で使うアイテムでもない。
もう一つのポイント──
そしてそこが、野球で言う、外角低め、ストライクとボールのギリギリのラインに違いない。
「何か閃いたみたいね」
「ええ、ありがとうございます、ルルさんっ!」
何かが舞い降りた悠吾は、トラジオに礼を言い、小隊会話を終えると、作業台……ではなく、村の入り口にあった、食べる事で一定時間ステータス向上効果がある地人が経営する「食事処」へ走った。
名前:悠吾
メインクラス:機工士
サブクラス:なし
称号:亡国者
LV:7(up!)
武器:Magpul PDR、M9ベレッタ、ジャガーノート(用途不明)、フラッシュパン、ECMグレネード、革の財布
パッシブスキル:
生成能力Lv1 / 兵器生成時に能力が+5%アップ(エンジニアがメインクラス時のみ発動)
アクティブスキル:
兵器生成Lv1 / 素人クラスの兵器が生成可能
兵器修理Lv1 / 素人クラスの兵器の修理が可能
弾薬生成Lv1 / 素人クラスの弾薬の生成が可能




