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第23話 生産クエスト その1

 トラジオ、小梅と別れた悠吾は1人、先ほどのアイテムブティックの店主が言っていた機工士エンジニアの工房を目指していた。

 それにしてもなんというか、本当に時間がゆっくりと流れている村だな。

 心なしかすれ違うプレイヤー達も穏やかな気がする。トラジオさんが言っていた、生産職に温厚なプレイヤーが多いというのはあながち嘘じゃなさそうだ。


『未読のメッセージが1件あります』


 トレースギアがそう言ったのは、悠吾がトラジオ達と別れてすぐだった。

 誰からのメッセージか大体想像できた悠吾はしかめっ面でそのメッセージを確認する。


『買い食いしたら殺すかンね』


 予想通り。小梅さんからのメッセージだ。

 しかもご丁寧にボイスメッセージで送ってきていらっしゃる。君じゃないんだから小梅さん。

 小梅から送られてきたメッセージに悠吾は『少しだけだよ!』と返信したあとそっとメニューを閉じた。


 トラジオさんと小梅さんはベルファスト近郊に出るという草食動物の野生動物モブを狩ると言っていた。ユニオンプレイヤーに絡まれなければ危険はないだろう。

 それよりも、帰ってきた小梅さんに「あんたあんなに時間があって作ったのこれだけなの!?」と小言を言われないように生産を頑張らないと。


 あのアイテムブティックを通り過ぎて、直ぐに機工士エンジニアの工房はあった。

 多分生産した兵器を調整したり、いじったりするためだろうか、大きく開けた入り口と高い天井、他の家屋とは違うトタン作りのこれぞ整備工場という風貌の工房だった。

 あの店主が言っていた通り、今は探索フェーズだからだろうか、利用しているプレイヤーは居ない。


「……こんにちは〜」


 工房に足を踏み入れた悠吾が恐る恐るそう言葉を口にした。

 工房には誰もいない。使い込まれた溶接器具やプレス器具などがただひっそりと佇んでいるだけだ。

 その中で1脚、黒い作業台の前に悠吾は立った。


『初心者へのアドバイスです。工房での生産はデフォルトでボーナスが付きます。強化フェーズでの匠からのボーナス効力と加算して生産しましょう』

「へぇ、なるほどね」


 デフォルトで少しボーナスが付くのか。でもそのことはトラジオさんは言っていなかったな。ひょっとしてこれも相違点なのかな。

 トレースギアから発せられたアドバイスを聞きながら悠吾はそんな事をぼんやりと考えていた。

 と──


「あら、初心者ビギナーの方?」

「……ッ!」


 突如背後から聞こえた女性の声に思わず悠吾は作業台から飛び退いてしまった。

 

「探索フェーズなのに、工房に来る探索者シークが居るなんて」

「だだ、だだだ、誰ですかっ!?」


 悠吾の背後に立っていた女性。その姿に悠吾は挙動不審に陥ってしまった。

 誰だっ! この綺麗な女性はっ……!

 栗色のロングストレートヘアに透き通るような白い肌。はだけた作業着から覗いている胸元の「秘境」につい悠吾の鼓動が高なってしまう。

 作業着を着こなしているものの、こんな工房には似つかわしくない麗人だった。


「あら、あなた機工士エンジニアね?」

「あ、は、はい、生産をしたくて」


 目を泳がせながら麗人に悠吾が答える。

 目の行き場所に困ります。とりあえずその胸元を閉まってもらえませんでしょうか。


「へぇ、初心者ビギナーで最初に機工士エンジニアを選ぶなんて、あなたセンスがあるわ」


 そう言って麗人が艷やかな笑みを浮かべた。


「あ、ありがとうございます」

「ベルファストの機工士エンジニア工房『ルルのアトリエ』へようこそ」


 歓迎するわ、と言いたげに麗人が両手を広げる。

 ルル、というのは多分このお姉様の名前だろう。しかし『ルルのアトリエ』って、何処かできいた事があるような気がするのは気のせいだろうか。

 ほら、ゲームか何かで。


「ええと、貴女が……」

「ええ、機工士エンジニアの匠、ルルです」


 やっぱり。まぁ、見たところこの工房には彼女しか居ないから、そうだろうと思っていたけど。


「貴方、ベルファストは初めて?」

「はい、といいますか、この世界に来たのもつい先日でして」

「……ああ、成る程ね」


 何が「成る程」なのか悠吾にはよく判らなかったが、とりあえず愛想笑いを浮かべた。


「ベルファストの別名、ご存知かしら?」

「え?」


 転がっていた椅子に腰掛け、ルルが気だるそうに悠吾に問いかけた。

 その動作一つ一つが色気にあふれている。

 誠にけしからん。

 質問内容も忘れ、悠吾はただ目を泳がせる。


「ベルファストは通称、『鐘の音が止まぬ村』と呼ばれているわ。生産職の探索者シークが集まる村で、鉄を叩く槌の音が鐘の音のように毎日鳴り響いていた事からその名が付けられたのよ」

「へぇ、強化フェーズになればそんなに沢山のプレイヤーが来るんですね」

「……ノスタルジアに統治されていた時の話だけどね。ユニオンになってからはどうなるか判らないけど」


 ルルの声のトーンが落ちたのが悠吾には判った。

 このプロヴィンスの統治国家がノスタルジアからユニオンに変わったのがつい先日の交戦フェーズだから、新しくユニオンの統治下になってからは一度も強化フェーズを迎えていない。

 先ほどの店主も言っていたけど、地人じびとにも生活があり、僕達プレイヤーと変わらない毎日を送っているようだ。彼らはゲーム内の単なるNPCノンプレイヤーキャラクターじゃなく、一人ひとりがちゃんと生きている。

 統治国家がノスタルジアから変わった事で、この村を訪れるプレイヤーが減ってしまえば収入が減り、由々しき事態になってしまうのだろう。


「ノスタルジアが統治していた時も、探索フェーズでベルファストを訪れるプレイヤーはこのくらいの数だったんですか?」

「まさか」


 椅子の背もたれに両肘を乗せ、ルルが続ける。


「ノスタルジア時代、特にこのプロヴィンスには生産職の探索者シークが多くてね。探索フェーズ、強化フェーズ変わらず沢山探索者シークがこの村を訪れてたもんさ」

「……そう、なんですか」


 やっぱりいまの段階で深刻な問題なんだ。 

 ノスタルジアと比べ、ユニオンには生産職のプレイヤーが少ないのか、それとも別の街を拠点に生産を行っているのかは判らないが現実としてこの村を訪れるプレイヤーの数は減っている。これが全くのゲームであれば問題ないだろうが、生活がある地人じびとは、食い扶持を求めて村を離れる必要があるのだろう。

 ルルの言葉からはそんな失意がにじみ出ているように悠吾には感じた。


「ねぇ、貴方、名前は?」

「悠吾と言います」

「悠吾君、ね」


 ルルはそう言うと椅子から立ち上がり、工房に設けられたカウンターからなにやらカタログのようなものを取り出した。


「悠吾君、お姉さんと遊ばない?」

「え? あ、遊ぶ?」

 

 ルルの言葉に悠吾は火が付いたように赤面してしまった。

 それって、その、大人のほうの遊びって事ですか?

 

「ふふ、ヤダ、何想像してるの?」

「しし、してませんよ!」


 慌てふためく悠吾をからかうようにルルが言う。


「遊びって言うのは、私と生産で勝負しましょう、って意味」

「生産で……勝負?」

 

 そう言ってルルは手に持ったカタログを開いた。

 何やら、文字がぎっしりと書かれたカタログだ。


「悠吾君はまだレベル5でしょう? 5だったら……素人クラスね」


 パラパラとカタログをめくり、「素人クラス」と書かれたページでルルは手を止めた。

 これは、生産リストだ。トレースギアで見た兵器生成スキルで生成できる兵器のリストだ。


「悠吾君、お姉さんが1ついいコト教えてあげる」

「な、なんでしょう」


 思わず後ずさりしながら悠吾が答える。

 悠吾は、すでにルルの掌で弄ばれているようなそんな気がした。


「生産はリストにあるものが全てじゃないのよ」

「……え?」


 リストにあるものが全てじゃない。

 悠吾はその言葉を理解するのに時間がかかってしまった。

 ということは、このリストに載っていない物もある、ということ?


「例えば、弾薬生成」


 そう言ってルルはカタログに乗っている弾薬生成の項目を悠吾に見せた。

 まだ悠吾には覚えていないスキルだったが、そこに書いてあった生成素材は「ガンパウダー」と「鉛玉」、「硝石」、「ダークマター☓5」と書かれている。

 

「この生成方法はスキルを覚えればトレースギアの生成リストの中に表示されるもの。だけど……」


 そう言ってルルは指をつつ、とその下に運ぶ。

 

「『ガンパウダー』と『硝石』それに、この森に生息している『アラクネ』という蜘蛛が落とす『神経毒』を掛け合わせると10%の確率で相手を麻痺させることができる麻痺属性が付いた弾薬を生成できるの。これ、リストには載ってない生成物よ?」

「……ええっ!」


 思わず悠吾が声を荒げる。

 すごい。それが本当なら、アイデア次第でいろんなアイテムが作れるって事なのかな?

 それって、PC版からあった機能なのだろうか?


「こんな風に、リストに載っていない生成できるアイテムは無数にあるの」


 不敵な笑みを浮かべ、ルルがパタンとカタログを閉じた。

 見えてきた。遊びっていうのは──


「悠吾君のアイデアでこのリストに載っていない兵器を生成してお姉さんを驚かせて頂戴。リストに無いアイテムを生成できたなら……ご褒美をあげるわ」

「ごご、ご褒美!?」


 思わず悠吾は鼻の下を伸ばしてしまった。

 いかん。どうしてもこのルルという人の前だと男の血が騒いでしまう。

 

「フフ、また何を想像しているのかしら?」

「や、やめて下さい!」

「あはは、ごめんね。悠吾君があまりにも可愛くて。ご褒美っていうのは、私が生成したオリジナルのパッチの事よ」


 オリジナルのパッチ。

 その言葉を聞いて、悠吾は浮ついた感情が一瞬で消え失せた。

 ちょっとまって、これって──


「詳細は秘密だけど……生産職には生唾物のパッチだとおもうわよ?」


 どう? やる?

 吸い込まれそうな瞳を悠吾に投げかけるルルに、悠吾は思わず笑みがこぼれてしまった。


 生産クエスト──

 これは、いわゆる「生産クエスト」だ。

 そして多分このクエストをこなす事で手に入るアイテムは──相当なレアアイテムのはず。


 レベルアップと資金稼ぎ、そしてレアアイテムのゲット。

 その3つを一斉に目の前に差し出された悠吾にはルルの提案を断る要素など何もなかった。

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