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第22話 集落へ その2

 何処の国にも所属していない地人じびとが作ったとされる集落。

 幾層にも重なった深い森の中、木々を切り倒し、木製の柵に囲まれたその集落は悠吾達の想像通りに、家屋が数える程しか無い寂れた村だった。

 住民は100人も居ないんじゃないかな。

 集落の入り口らしき門に立つ悠吾は集落を一望しながら、そう思った。


「なんていう村なんですかね」

「ベル……ファスト?」


 トラジオのトレースギアの現在位置にはそう表示されていた。

 なんだかゆったりとした時間が流れていて、これがゲームの世界だということを忘れてしまいそうになる。良い場所だ。

 しかし、1つだけ気になる所が悠吾にはあった。


「……あれ、ひょっとしてユニオンプレイヤーですか?」

「だね」

 

 ぽつりと呟く悠吾に何処か上の空で小梅が答えた。

 地人じびととは明らかに違う、個性的な服装に、千差万別のヘアスタイル。

 この村までの道中では全く会うことも無かったユニオンのプレイヤー達の姿がそこにはあった。

 それも、明らかにこのベルファストに住む地人じびとの数よりも多い数の──


「逃げた方が良くない?」


 そう小梅が続ける。

 確かにここまでユニオンプレイヤーが居るとは思わなかった。

 正面を向いたまま少しづつ後ずさりする悠吾と小梅だったが、トラジオの太い腕が彼らを止めた。


「な、なによクマジオ」

「安心しろ、奴らは『生産職』のプレイヤーだ」

「……へ?」

 

 トラジオから発せられた言葉に思わず小梅は気の抜けた声を漏らしてしまう。

 見ろ、と腕を差し出すトラジオのトレースギアを見たところ、確かに周囲に居るプレイヤーのクラスは悠吾と同じ「機工士エンジニア」や銃を生成できる「鍛冶屋ブラックスミス」、防具を生成出来る「裁縫師テーラー」と言った生産職のプレイヤーだらけだった。


「なんでこの村、生産職ばっかなの?」

「判らん。だが、中立の地人じびとに生産職のプレイヤー。ひょっとすると、ここはこのプロヴィンスで一番安全な場所かもしれんぞ」


 確かに。

 トラジオの言葉を聞いて、悠吾もそう思った。

 戦場のフロンティアにおいて、生産職は比較的単独ソロプレイヤーに好まれるクラスだとトラジオさんは言っていた。その理由は、生産によって経験値を取得することができるからだ。武器やアイテムを失ってしまう可能性がある危険な狩場シークポイントに潜るよりも安全に、そして「お金」になる生成は単独ソロプレイヤーにピッタリらしい。

 だから、生産職は戦闘職よりも温厚な性格のプレイヤーが多く、例え敵対する国に所属するプレイヤーが居ても攻撃を仕掛ける事はそうないと言う。

 それはそうだ。もし相手が戦闘職プレイヤーだった場合、返り討ちに会いせっかく生成したアイテムを失う可能性が大きい。性格云々の話の前にリスクが大きすぎる。


「安全なら、とりあえずはお店に行こうよ。アイテムブティックかな?」

「アイテムブティック??」


 小梅の口から出た聞きなれない単語に悠吾は首を傾げた。

 

「『アイテムブティック』とは、アイテムや『パッチ』を売買出来る店舗の事だ。店舗の種類には他に生産素材を売買できる『マテリアルブティック』、防具を売買できる『アーマーブティック』、銃の売買が出来る『ガンブティック』や兵器を売買する『ギアブティック』がある」

「へぇ、何か色々有るんですね」


 半分は聞き逃してしまった悠吾が当たり障りのない返答を返す。

 だがひとつ、またしても聞き慣れない単語があったことに悠吾は気がついた。


「……えーと、パッチって何ですか?」


 確かアイテムブティックの説明のところで言ってた。

 パッチって多分、戦闘服にベルクロで着ける階級章や部隊章の事だと思うけど。


「……うむ、言葉で説明するよりも実際に見た方が良いかもしれんな。とりあえずはアイテムブティックに行くか」


 アイテムも売れるし丁度いい。

 そう言うトラジオを先頭に、悠吾達はベルファストの中へと足を踏み入れていった。


***


 まるでコテージのような味わいのある木組みの家屋にトラジオのいうアイテムブティックはあった。

 森を切り開いて作った村だからだろうか、アイテムブティックの扉を開いた時に鳴り響いた優しいドアベルの音と共に芳しい木の香りが悠吾達の鼻腔をくすぐった。

 

「いらっしゃい」


 静かな店内に店主ものらしき優しい声が響いた。

 店内はそれほど広くない。小さなテーブルに陳列された大小のアイテムと、先ほどトラジオさんが言っていたパッチだろうか、小さいワッペンのようなものが所狭しと並べられている。


「トラジオさん、これがさっきのパッチってやつですか?」


 その小さいワッペンのような物を指さし、悠吾が問う。


「そうだ。目立たなく加工したサブデュードのパッチを戦闘服に貼り付ける事で様々な追加効果が発揮する」

「へぇ、面白いですね」


 それで同じ戦闘服でも、自分好みに性能をカスタマイズできるということか。


「装備している戦闘服によって張ることができるパッチの数は決まっている。俺の戦闘服は5つ貼れるのだが、悠吾の戦闘服は初期の物だから……貼れるのは1つだけだな」

「少ないですね……」


 思わず悠吾はツッコミをいれてしまった。

 まぁ、デフォルトの戦闘服ですからね。少なくて当然といえば当然か。


「貼れるパッチの数以外に、戦闘服には様々な効果があるからな。いつまでも初期装備のままというのはあまり良くない」

「うーん、そうですね。防具の新調もしたい所ですが……」


 防具か。武器はあのチャラ男から手に入れたから良いとして、問題は防具だな。

 でも、何にしてもお金がかかる。今は追われる身だからお金を手に入れる方法は限られてくるけど、どうにかして資金調達もしないと。


「お、ノスタルジアの探索者シークかい。珍しいな」

「……っ!」


 カウンターの向こうに立つ、目尻の下がったいかにも優しそうな中年の店主が言ったその言葉に悠吾達は瞬間的に固まってしまった。

 店舗の中にはユニオンプレイヤーらしき客も居る。ノスタルジアの名前を出されたら襲われる可能性があるじゃないですか。いきなり何を言うんですかおっさん。


「……ああ、すまんすまん。今このプロヴィンスはユニオン連邦が治めているんだったな」


 そう言って店主はカラカラと笑う。


「まぁ、気にするな。あんたらがノスタルジアの探索者シークだったとしても、襲おうなんて考える奴は居ないよ」


 店主のその言葉に悠吾は辺りを見渡したが、アイテムを物色しているプレイヤー達は悠吾達に全く感心を示していない。

 ああ、あれですね、彼らは生産オタクというわけですね。


「トラジオさん、この人が言う探索者シークって何のことですか?」

「俺達プレイヤーの事だ。地人じびとは俺達の事をそう呼ぶ」


 成る程。そういえば初めて林で会ったあの巡回兵も僕の事を探索者シークと呼んでたな。

 嫌な思い出とともに悠吾はその事を思い出した。


「何か探してるのかい?」

「アイテムを買い取って欲しくてな」

「成る程、どれ、見せてみな」


 事前にトラジオに渡していた不要なアイテムを受け取った店主は手慣れた動きで吟味していく。

 今は使い道のない生産素材に、いくつかの銃、それに余ったグレネード達。

 いい値段になればいいけど。

 次々と右から左で運んでいく店主の動きを見ながら悠吾はそう思った。


「1つ聞きたいんだけどさ」


 暇を持て余していた小梅が店主にそう問いかけた。


「何だい嬢ちゃん」

「なんでこの村にこんなに生産職のプレイヤーがいるわけ?」

「……ああ」


 そんな事決まってるじゃないか。

 そう言いたげに店主は手の動きを止め、柔らかい視線を小梅に送る。


「この村に『匠』が居るからだよ」

「匠……!」


 その言葉に驚きを隠せない様子で感嘆の声をあげる小梅だったが、例の如く悠吾は首をかしげる


「匠と言うのは、各生産職を極めたマスターの事で、強化フェーズで各生産職のスキルにボーナスを加味することが出来る地人じびとの事だ。ボーナスが加わると生産による取得経験値と生成するアイテムのクオリティが向上する」


 質問を投げかける前にトラジオがそう悠吾に説明した。

 成る程。トレースギアでアイテムの生成ができることを知って、強化フェーズの必要性が良く判らなかったけどそういう事だったのか。あくまでトレースギアでのアイテム生成は非常時用のもので、通常の生成は先ほどの各生産職の匠が居る街で行うというわけか。


「この村には希少な『機工士エンジニア』の匠が居てな」

機工士エンジニア!」


 なんという奇遇か。僕と同じ職業の匠がこの村にいるなんて。

 トラジオさん曰く、匠というのはそう多く居るものではないらしく、生産職がゲームを始めてまずやることは「自分のクラスの匠が居る場所をリストアップし、その周りで採取できる素材と見比べ、拠点となるベストな街を探す事」らしい。

 ……全然情報を収集しなかったから全く知らなかった。


「人気職じゃないから強化フェーズになっても他の街程探索者シークは多くはならないが、それでも俺達地人じびとに取っては匠サマサマだ」

「その匠はどちらに?」

「あ? あんた機工士エンジニアか?」

「ええ、まあ、一応」


 レベルは5ですけど。


「工房は店の前の道を行った先、ちょうど突き当りンとこにある。今は強化フェーズじゃ無いから行っても特にメリットはないかもしれないけどな」

「ありがとうございます。……トラジオさん後で行ってみてもいいですか?」


 メリットは無いといっても、何か得るものはあるかもしれない。だって、機工士エンジニアを極めたマスターでしょ?

 悠吾の表情からそれを感じたトラジオは快く頷いた。


「構わん、が……」

「あたしのトレースギア、直してからにしてよね」


 あんた、忘れてたでしょ。

 そう言って訝しげな表情で睨む小梅に悠吾は全身の毛が逆立ってしまった。


 御免なさい。

 完全に忘れてました。


***


 悠吾達は結局重い足取りでアイテムブティックを後にすることになった。

 廃坑で手に入れたアイテムはあまり良いお金にならなかったからだ。手に入れた武器のほとんどがアイテム保険に入っていた為に買い取ってくれなかった。


「結局売れたのは拾ったグレネードと、生産用の素材が少し、ですか」

「あてが外れたわね」


 悠吾とあわせて小梅も落胆した声を漏らす。

 悠吾がトラジオから受け取った買い取り金は少なかった。金色の硬化が数枚といった所だ。


「トラジオさん、お金の価値が良くわからないんですが、この数枚の金貨ってどの位の価値があるんですか?」

「ふむ、そうだな」


 そう言ってトラジオはHK416から弾倉を取り出し悠吾の前に差し出す。


「このHK416の弾倉は最大で30発装填できる。この弾倉1つで大体銀貨3枚といった所だ。銀貨は10枚で金貨1枚になる」

「ということは、マガジン3本で金貨1枚ってことですか」

「そういう事になるな」


 手元には4枚の金貨がある。ということは、360発の弾薬費でこの金貨達は消えるということだ。

 3人で分けたら1人120発──

 微妙。ものすごく微妙。あんだけ苦労して手に入れたのに。


「ちなみに、高火力の魔術師ワーロックの武器はもっとコストがかかるわよ。簡単に赤字になっちゃうくらい」

「通常、国家に所属していれば、弾薬費の割引や支給もあるんだがな。ノスタルジアが滅亡してしまった以上、地道に稼ぐしかあるまい」

「ううむ……」


 小梅とトラジオの言葉に悠吾は思わず頭を抱えてしまった。

 運がいいのか判らないけど、この小隊パーティ魔術師ワーロックは居ない。廃坑で拾った物もあるから、弾薬に困ることはしばらく無いと思うけど、何にしてもお金がかかる。


「戦場のフロンティアでの有効な金策は何か判るか悠吾?」

「え?」


 頭を抱える悠吾に、何か答えがあるのか、トラジオがそう言葉をかけた。

 金策ってなんだろう。普通のMMOゲームであれば──


地人じびと野生動物モブを倒すか……生産ですか?」


 何の捻りもない方法。だが、トラジオは頷いた。


「現実世界と同じだ悠吾。お金を得る為に簡単な方法などない。それ相応の時間かリスクを払わなければ手にはいらん」

「……そうですよね」


 時間を使って地道に少ないお金を稼ぐか、大きいリスクを払って多くのお金を得るか。そのどちらかしか方法は無い。


「悠吾、お前はあの店主が言っていた、機工士エンジニアの工房へ行け。俺と小梅は野生動物モブを狩って売れる素材を得てくる」

「……ま、それしかないわね」


 僕は時間をかけて地道に生産によってお金を稼いで、トラジオさんと小梅さんはリスクを負って野生動物モブを狩るということか。

 野生動物モブがリスクかどうかは微妙だけど。


「判りました。それでは一旦別行動、という事ですね」

「廃坑の経験から、離れすぎれば小隊会話パーティチャットは使えんと思う。何かあったらメッセージを送れ」


 メッセージ機能。確かトレースギアの機能でプレイヤーに対してテキストメッセージが送れたような気がする。


「判りました。何かあったら連絡します」

「悠吾、行く前にこれ」


 そう言って小梅が壊れた自分のトレースギアを悠吾に渡した。


野生動物モブを狩りながら、兄に連絡を取ってみるわ。脱出経路の件以外で何か情報を得られるかもしれない」


 そうだ、小梅さんの兄はオーディンのメンバーだ。何か有力な情報が得られる可能性が高い。

 そう思った悠吾は小梅からトレースギアを受け取るとスキルメニューから「兵器修理Lv1 」をタップした。

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