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第21話 集落へ その1

今回から少しの間、生産の話でございます。

 トラジオの現実世界での職業「自営業」とは何の仕事なのか。

 廃坑で別れたアジーが言っていた中立の地人じびと達が作ったと言う集落を目指す道中、小梅はそんなことを話しながら足を進めていた。


「あたしが思うにはね」


 思い当たるフシがある、と自信あり気に小梅が言う。

 繊細な所があるトラジオは意外とデザイナーみたいな仕事をしているのではないか。

 期待を込めてそう続けた小梅だったが──


「違う」


 周囲の警戒を怠ること無く、いつでも射撃ができるように1点スリングでHK416を胸元に吊り下げているトラジオがあっさりと否定する。


「ええ、違うの? じゃぁ……塾の先生とか?」


 急に飛びますね。そしてトラジオさんが塾の先生ですか。意外と抜けている所があるトラジオさんに塾の先生は無理なんじゃないかぁ。

 だが、そう思いながらもスーツ姿で教科書を開くトラジオを想像して、悠吾は思わず吹き出しそうになってしまった。


「違う」

「……もう! 何なのよ一体!」   

「だから、自営業だ」


 まるで子供をあやす大人のように、小梅の矢のような「口撃こうげき」を躱すトラジオの顔から笑みが溢れる。

 余裕の対応。あの小梅さんがいとも簡単にあやされるなんて。その技術、僕にも下さい。

 悠吾は本気でそう思った。


「もういいわよっ! ……悠吾、あんたの仕事を当ててあげるわっ!」

「え? 僕ですか?」


 突如話をふられた悠吾は、つい身をすくませ、小動物のように警戒してしまう。

 

「あたしが思うにはね……」

「健康食品関係の会社です」


 当ててあげるとまた意気込む小梅に悠吾はあっさりと自白した。

 面倒くさい。絶対あたりっこないもん。


「ちょっと! 簡単にネタばらししたらゲームにならないじゃない!」

「え、ゲームだったんですか? これ」


 一体小梅さんは誰とゲームしてたんですか。

 独りゲームって事ですか? 

 だが、首を傾げる悠吾を無視し、小梅は独りゲームを続ける。


「健康食品……うーん、あたしあんまり詳しくないけど……」

「絶対知らないと思いますよ」


 知る人ぞ知る、マイナーな健食ですから。

 天高く登った太陽が照りつける日差しを脳天に感じながら悠吾がそう思った。

 だが──

 

「サプ郎! 悠吾の会社で売ってる商品はサプ郎でしょ!?」

「ぶっ」


 小梅の予想だにしなかった返答に悠吾は壮大に吹き出してしまった。

 なんという事か。

 どうして小梅さんがウチの商品を知っているのか。


「え? もしかしてビンゴ?」

「……なんで小梅さんが『サプ郎』を知ってるんですか」

「え? マジで? うっそ!?」


 あたし凄くね? 凄くね? と目をキラキラさせて言う小梅に悠吾は何故かどっと疲れてしまった。


「サプ郎は昔から愛用している健食だよ!」

「ああ、あの商品は足腰が弱っている老人向けですからね」


 カルシウムやコンドロイチンが多く含まれているから喧嘩っ早い小梅さんにはぴったりですよね。

 皮肉を込めてそう言った悠吾だったが、小梅は何を思ったか


「そうなのよね。あれがあたしのカルシウムの補給源なわけよ」


 と自慢気に語った。

 まぁ、本人が良いのであれば、いいんじゃないかな、うん。

 

「意外な所で接点があったのだな。悠吾と小梅は」

「そうみたいですね」


 なんというか、世間は狭いんだな。

 改めて考えた悠吾はそう思った。

 狭い世界であるFPSの世界を嗜みながら、同じ健康食品を売る側と買う側という接点。一体どれだけレアな接点だろう。

 これが昼メロだったりしたら「運命なんだ」とときめいたかもしれないけれど、全くそんな気は起きない。

 いや、小梅さんは可愛い方だとは思うよ? 現実世界ではどんな顔なの知らないけど。


「フン。あんたがもっといい男だったら『運命なのね』ってときめいたかもしれないけどさ」

「おお、奇遇ですね。僕もまさにそう思っていました」

「……良い度胸してンじゃないの」


 その鼻っ柱、へし折ってさしあげますわ、と小梅は悠吾につっかかり、それを迎撃せんと2人は即座にほっぺたを抓り合い喧嘩を始める。

 全くもって不毛な子供の喧嘩だ。

 2人を見てそう思ったトラジオは「もう慣れた」と言いたげに彼らを無視するようにトレースギアに視線を落とした。

 周囲に表示されているMAP。付近に建物のような表示が見える。


「取り込み中悪いが、そろそろアジーが言っていた集落に到着するぞ」

「ほえ?」


 お互い頬を引っ張り合った格好で固まった悠吾と小梅がきょとんとした表情を見せる。

 そうだ。くだらない小梅さんのゲームに巻き込まれて忘れてしまっていたけど、僕達は集落に向かっているんだった。


「……できるだけ目立つ事は控えておこう」

「集落での目的は物資の補給、という事でいいんですよね?」

「いや」


 弾薬はすでに十分ある。回復薬にしても、不自由はしていない。

 集落で最優先すべき事は──


「目的は、資金だ」

「お金?」


 トラジオから放たれた意外な言葉に悠吾と小梅は目を丸くした。

 そういえば、弾薬を購入するにしても何をするにしても必要になるのはお金だ。

 廃坑に潜った時に、少し手に入れることができたけど、たぶん全然少ないと思う。


「とりあえず、廃坑で手に入れたものをひと通り店に売ろうと思っている」

「ああ、成る程」

 

 お金、そして売る、という言葉を聞いてふと悠吾は疑問に思うことがあった。

 単独ソロであれば、自分で手に入れたアイテムや装備は自分の物になると思うんだけど、小隊パーティの場合はどうなるんだろう。ドロップ品をメンバーに均等に振り分ける機能があるわけじゃないし。


「そしてこれは俺からの提案なのだが……ラウル市に脱出するまで、小隊パーティ用の財布を作った方が良い気がするがどうだろう?」

小隊パーティ用の……」

「……財布?」


 なにそれ、と小梅と悠吾が首を傾げた。

 小隊パーティ用ということは、共有の財布、ということだろうか。というか、財布ってこの世界にもあるんですね。

 

「うむ、目的は2つある。1つは単純に小隊パーティ内に問題が起きないようにするためだ」


 悠吾が思っていた通り、戦場のフロンティアのシステムとして、「リアル」を追求する上でドロップ品や取得したお金などを自動的に小隊パーティメンバーに分配する機能は無いとトラジオは言う。

 取得したアイテムやお金は小隊パーティ内で話し合いによってプレイヤーの手で分配する必要があるため、場当たり的に集まったいわゆる「野良パーティ」などの繋がりが希薄な場合に問題が起きる事例があるらしい。

 僕は得に気にしないけど、万が一の事を考えてそう言うルールを決めた方がいいとは思う。火がない所に煙は立たないもんね。ちょっと意味が違うけど。


「2つ目は、単純に弾薬や回復アイテムなどの消耗品を小隊パーティ内で共有して、弾薬が無いという事が起きないようにするためだ」

「なるほどね。悠吾とかいざというときに『弾が無い』って言いそうだもんね」

「な、なにを言うんですか」


 忘れ物が多くてよく会社で怒られるなんて、そんな事ないですよ。うん。無い無い。


「大丈夫だと思うが万が一を考えてだ。それにマイハウスに行けない今、金庫に保管してある俺の金は出せないからな」

「あ〜、お金の引き出しなんかもマイハウスでやるんですね」


 そういえば、戦闘中でなければいつでも行くことができるマイハウスに行けないとトラジオさんが言ってたな。

 僕のマイハウスがどんなものなのか1回見てみたい。


「お金だけではない。装備やアイテムもだ」

「え、それって……」


 つまり、アイテムポーチの最大量以上アイテムは持てないと言うことですか。それを考えると不必要な物は売った方が何かといいかもしれないですね。


 というか、同じような経験があるな。なんだっけ?

 そうふと思った悠吾。そしてその脳裏につい最近悠吾の身に起こった出来事が浮かび上がった。


「あ、それはあれですね。お盆とかで銀行からお金降ろせなくなって餓死寸前に追い込まれて、みたいな」


 お金は沢山あるけど、手元になくて困る、みたいな。

 はい、それ僕です。


「……なにそれ馬鹿じゃん。あんた経験あるの?」

「あ、あるわけ無いじゃないですか。例えですよ例え!」


 慌てて悠吾がばれないように即答する。

 危ない。また小梅さんに馬鹿だ馬鹿だと突っ込まれる所だった。この娘の前で弱みを見せるべきじゃないな。


「ま、クマジオが言うその案、あたしは異議ないよ」

「僕も良いと思います」


 これから2週間、このプロヴィンスに身を潜めながら、強化フェーズであの多脚戦車パウークが居る廃坑を抜ける必要がある。その「いざという時」は直ぐ来る可能性が高い。


「よし」


 2人の快い返事に、トラジオはひとつ頷くと、財布を共有するに当たり最後の重要な質問を放った。

 重要かつシンプルな問題。

 財布は誰が持つか──


 非情に難しい問題だった。

 小隊パーティの今後を決める重要な決定だ。財布の紐は緩くてはいけないし、硬すぎても駄目だ。程よい金銭バランス感覚の持ち主。

 それが適任者だ。


「じゃ、あたし持つよ?」

「……駄目です」

「無理だな」

「なんでよっ!」


 はい、と手をあげる小梅に、そちらを見るまでもなく、悠吾とトラジオは却下した。

 一番持たせては駄目な人は貴女だと思いますよ小梅さん。

 即否定された小梅が怒りで身を震わせるが、お構いなしにトラジオは話を続ける。


「お前は我儘だからな。欲しいものがあったら協議無しで買ってしまうだろう」

「か、買うわけ無いじゃない! 買っても少しよ!」


 ……いや、買うんかい。

 思わずツッコミを入れそうになった悠吾だったが、必死でそれをぐっと抑えた。


「ふむ、この中で一番しっかりしているのは……悠吾か?」

「え? 僕ですか?」

「ちょっと! おかしいじゃない! なんで悠吾が!」

「……落ち着け、小梅」


 壊れた拡声器のようにぎゃあぎゃあと喚く小梅をトラジオが冷静に諭す。


「まず、言い出した俺が財布役になるのは道理的におかしい。そして、現実世界でサラリーマンをやっている悠吾だ。社会人であればお金に関してはしっかりしているだろう?」


 な? とトラジオの言葉とともに小梅の冷たい視線を浴びた悠吾は、つい顔をひきつらせてしまった。

 絶対言えない。FPSゲームの為に高価なパソコンを大人買いしたなんて。


「えぇ、まぁ、うん、大丈夫だと思いますよ」


 自信あります、僕。

 そう言う悠吾に小梅は不満有りげだったが、トラジオは半ば強制的に「決まりだ」と小さな財布と手持ちの所持金を悠吾に渡した。


「頼んだぞ悠吾」

「……」


 ずっしりとした重量感のある麻袋ですね。

 ……いやいや、アイテムは直接アイテムポーチに送れるのに、お金は手渡しなんですかッ!?

 お金もデータ上のやりとりだと思っていた悠吾は、正常な反応を返すのに時間がかかってしまった。

 

「買い食いしたらゆるさないからね」

「し、しませんよ!」


 ぶつくさと言いながら小梅も同じく麻袋に入ったお金を悠吾に渡す。トラジオの物までとはいかないが、そこそこ詰まっている感じがする麻袋だ。


「ええと……」


 悠吾は両手に麻袋を持ったまま固まってしまう。

 そこそこの量がありますけど、これ、どうすればいいんですかね。


「これ、何処にしまっておけばいいんですか?」

「その財布に入れておけ。お金はアイテムと違って、アイテムポーチに入れる事は出来ん」


 トラジオ曰く、PC版もお金はアイテムポーチとは別に専用の「財布」に入れておく必要があったらしい。

 財布によってお金の最大所持量も決まっていて、生産職の1つである裁縫師テーラーによって作られる財布で増減するとトラジオは言う。

 目で見えるから、つい使い込んでしまったと言うことが無さそうなのは安心だけど、この小さな財布にこんな大きな麻袋が入るんだろうか。


 だが、悠吾のそんな心配をよそに、大きな麻袋に詰まったお金はまるで掃除機に吸い込まれるように簡単に財布の中に吸収されていった。


「さて、資金の件が解決した所で……」


 そう言ってトラジオが前方の小高い丘に立つ。

 いつの間にか開けた平原は終わり、鬱蒼と茂る森が見えている。

 そしてその中に立ち上るのは、一筋の白煙。


「集落に入るとするか」

「警戒しつつね」


 ユニオンプレイヤーも居るだろうから。小梅がそう言う。

 さっきの廃坑を離れてからユニオンプレイヤーは全く見かけなくなった。集落というくらいだから結構小さいんだろうし、何か重要なものがなければわざわざそんな所に人が集まるわけはない。

 だけど、1人でもユニオンプレイヤーが居るなら、復活リスポン出来ない僕達には危険な場所だ。


「そうですね。警戒を怠らずに行きましょう」


 そう言って悠吾達は吹き抜ける風を背に、ゆっくりと丘を下り始めた。

 

名前:悠吾ゆうご

メインクラス:機工士エンジニア

サブクラス:なし

称号:亡国者

LV:5

武器:Magpul PDR、M9ベレッタ、ジャガーノート(用途不明)、フラッシュパン、ECMグレネード、革の財布

パッシブスキル:

生成能力Lv1 / 兵器生成時に能力が+5%アップ(エンジニアがメインクラス時のみ発動)

アクティブスキル:

兵器生成Lv1 / 素人クラスの兵器が生成可能

兵器修理Lv1 / 素人クラスの兵器の修理が可能

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