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第20話 廃坑からの脱出 その2

 小梅さんが不機嫌だ。触るもの皆斬りつける空気がより増している気がする。

 ユニオンプレイヤーのアジー達に先導されながら廃坑の出口を目指す悠吾は、前を歩くツインテール肉食獣の背を見ながらため息を漏らした。


 何故不機嫌なのかは判ってる。

 気絶していたからだ。多脚戦車パウークから逃げるために足場からジャンプして、弓師アーチャーのロディさんのおかげで間一髪トラジオさんの手を掴んだその時に。


 結果的にあの多脚戦車パウークの猛攻を切り抜け、助かることが出来たから僕を怒るに怒れなく、行き場を失った怒りと自分に対する情けなさが彼女をお腹を空かせた獣のようにしているんだと思う。

 なりふり構わず、僕に殴りかからなかったのは賞賛に値します


「えーと……」

 

 小梅の直ぐ横を歩く聖職者プリーストのルーシーが困惑した表情で目を泳がせながら呻き声に近い声を上げた。

 な、何なのだろうか。この子は。

 先導する戦士ファイターのアジーも同じく、小梅の異様な空気を察知し、救いの手を悠吾に求めるようにちらちらと視線を送っている。

 御免なさい、勘弁して下さい。今の小梅さんに触れる勇気は僕には無いです。


「で、出口ですよ、皆さん!」

「……おおっ!」


 重い空気を払いのけるようにアジーがそう声をあげ、前方を指さした。

 その先、うっすらと明るい光が差し込んでいる廃坑の入り口が見える。

 一体どのくらいこの中に入っていたのだろう。すでに懐かしく感じる廃坑の入り口からは青みがかった薄明の空が覗いている。


「……本当にありがとうございました、アジーさん」

「いえ、気にしないでください。僕達もトラジオさんに助けられましたし」

 

 そう言ってアジーが屈託のない笑顔を見せた。

 助けてもらったのは多脚戦車パウーク戦だけじゃない。アジーさん達のおかげで、幾度と無くすれ違ったユニオンプレイヤーから攻撃を受けること無くこの出口に到着する事が出来た

 すでに貸しが有るどころの話ではない。


「お前達の腕を見たところ、俺の手助けなど必要じゃ無かったのではないか?」

「いいえ。危なかったですよ。あそこで包囲されていたら、僕かルーシーはやられていたはずです」


 アジーはロディの名を出さなかった。

 熟練者であれ、数の暴力ではどうしようも無くなる。レベルの差があったとしても、三倍の敵の数があれば単純計算で1発撃つ間に3発撃たれることになるからだ。

 それはトラジオも良く解っていた。

 しかし、あの弓師アーチャーの女性、ロディはその戦力差すら覆しかねない実力を持っているようにトラジオには見えていた。


「さぁ、ここまでくればもう大丈夫でしょう」


 廃坑の入り口から現実世界の朝と同じ、透き通った香りを伴わせながら目の覚めるようなキンと冷えた空気が流れこんできている。


 ──助かった。

 悠吾と小梅、トラジオは思わず安堵し、お互い顔を見合わせ笑顔をこぼした。

 

「これで貸し借りは無し、ですが、僕達は可能な限り君達を援助したいと思っています」

「え?」


 そう切り出したアジーに悠吾と小梅は目を丸くした。

 援助ってまさか、弾薬やアイテムを融通してくれるってことなんだろうか?

 その提案に悠吾はつい何も考えず嬉しくなってしまったが……トラジオは違っていた。

 

「……何故そこまでする? 目の前でノスタルジアプレイヤーが死ぬ所を見て、と言っていたが本当にそれだけか?」


 たとえ目の前でノスタルジアプレイヤーの末路を見てしまったとしても、ここまでやる必要も義理も無いはず。

 疑いの目で見るトラジオを前に、アジーとルーシーはお互いの顔を見合って黙りこんでしまった。

 まるで何かを言うべきかなやんでいるようにも見える。


「む、言いにくいのであれば、これ以上は詮索しないが」


 そう付け加えるトラジオだったが、意外にも言葉を返したのは──


「話そう」


 ぽつりとそう呟いたのは、一行の最後尾を独り歩いていたロディだった。


「……ッ! 良いのかロディ?」


 制止するように問いかけるアジーをチラリと一瞥し、続ける。


「私の過去に関係がある」

「か、過去?」


 過去って何よ。この世界にずっと前から居た、なんて言うんじゃないでしょうね。

 あの腕はかなりの熟練者だったから、それもありうるかも、と考えてしまう小梅をよそに、ロディの口から発せられた言葉は予想しなかった言葉だった。


「私は……以前ノスタルジアのプレイヤーだったのだ」


***


 以前、というのはどういう意味なんだろう。

 ロディの言葉に首を傾げたのは悠吾だった。


 PC版の戦場のフロンティア時代にノスタルジア所属だった、と言うことなのかな? でも、そもそも所属国家の変更なんてできるんだろうか。

 ……出来るなら僕もやりたいっス。切実に。


「移籍したと言うことか?」

「そうだ」

「交戦状態に有り、さらに滅亡してしまったノスタルジアからユニオンへ移籍はできんとおもうのだが」


 信じられん、とトラジオがロディに詰め寄る。

 話の内容が見えない。「移籍」という所属国家を変更する手段があるものの、交戦状態にある国家からは移籍出来ないってことだろうか。


「……小梅さん」

「何?」

「移籍って何ですか?」


 トラジオとロディの会話を邪魔しないように悠吾がこっそり小梅に移籍について問いかけた。

 当の本人に聞けば判るだろうけど、邪魔したくないでしょう?


「移籍ってのは文字通り、所属国家を変更することよ。ただし、交戦状態にある国家間では出来ないの。この場合、交戦状態にあるノスタルジアとユニオン間では無理、って事」


 判った? と悠吾の顔を覗きこむ小梅に悠吾は静かに頷いた。

 成る程、それでトラジオさんは移籍は出来ないと言っていたのか。確かに、移籍出来ないのであれば、今ユニオンに所属しているロディさんが以前ノスタルジアに所属していたという話はおかしい。


「ロディが移籍したのは、ユニオンじゃないんです。いえ、そもそも『ユニオン連邦』という国家は無かった」

「……ッ!」


 以前トラジオが言った事と同じ事を口にしたアジーに悠吾は息を呑んだ。

 トラジオさんが言っていた通りだ。ユニオン連邦という国家はPC版には存在せず、この世界にのみ存在している国家。


「私がノスタルジアから遠くはなれた『リーフノット』という国に移籍したのはこの転生事件が起きる2日前だ」

「リーフノット?」


 聞き覚えがあるのかトラジオがトレースギアからMAPを開き、記憶を元にその位置を確認した。

 俺の記憶違いではなければ、その場所は現在ユニオンの領土の一部になっている。


「ユニオンに吸収された?」

「……私がノスタルジアで所属していたクランはそこそこの実力があるクランだった。だが、内部で起き問題が原因で私はクランとノスタルジアを去った。そして、この世界に転生した時にはすでにユニオンの所属プレイヤーとして交戦フェーズに参加し、つい数日前まで祖国だったノスタルジアを攻めることになったのだ」


 ロディさんは、ノスタルジアを滅亡させた前回の交戦フェーズに参加していた、という事か。

 つい質問を投げかけたくなった悠吾だったが、ひとまずそれをぐっと飲み込んだ。

 

「僕は10日前、ルーシーは5日、ロディは20日前からこの世界にいます。一番古いのはロディなのですが……」

「俺達は全員リーフノットに所属していたプレイヤーなんだ」


 成る程。彼らが即席の小隊パーティじゃないように見えたのはやっぱりそういうことだったんだ。

 アジーとルーシーの言葉に悠吾は妙に納得してしまった。


「つい数日前まで所属していた祖国を滅ぼす手助けをしてしまった。だから、私はノスタルジアのプレイヤーを助けている。そういう事だ」


 それがせめてもの罪滅ぼし。

 会った時から回りに対して干渉しない冷酷な性格の女性かと思ったけど、そうじゃないみたい。

 悠吾はロディとの間に作っていた壁が少し解けたような気がした。


「ちょっと良い?」


 これまで興味無さそうにしていた小梅が突如ポツリと言葉をロディに投げかける。


「貴女が所属していたクランって……オーディンじゃない?」

「……っ!」


 どこからそんな情報が出てくるんですか。

 何故か自信あり気に腕を組み言い放つ小梅に悠吾は感心してしまった。

 だが──


「そうだ」

「……えぇッ!?」


 即答するロディに悠吾はさらに度肝を抜いてしまった。

 オーディン、ってあの伝説的クランのことですよね? 僕は知らないですが。


「やはり、か。ノスタルジアに所属していたと聞いてまさかとは思っていたが」


 あの腕と動きは只の熟練者ではないと思っていた。

 点と点がつながり、結論として出された答えに、溜飲を下げるようにトラジオが唸った。


「……お前の疑問に対する答えはそれだ。だから私達はお前達を助けた」


 問題はないだろう。

 静かに語るロディの顔からはそんな言葉がにじみ出ているようだった。


「判りました」

「悠吾?」


 そこまで言ってくれるのであれば、受けない理由は無い。

 そう心で囁きながら、悠吾はトラジオに大丈夫、とゆっくりと頷いた。


「ありがとうございます、皆さん。お気持ちはよく判りました」

「目立った動きを取ってしまうと君達の身が危険なので、あまりできることは無いと思いますが情報は提供出来ると思います」


 情報。それが何より得難いもので、最高の援助だ。

 悠吾はそう思った。


「このプロヴィンスの北部に所属国家が無い、中立の地人じびとが暮らす小さな集落があるらしいです。ユニオンプレイヤーも居るでしょうが、少なくとも地人じびとから攻撃を受けることは無いでしょうから、物資補給に使えるかもしれません」

「中立の集落、か」


 聞いたことが無い。これもまた「相違点」か。

 アジーの言葉にトラジオは落胆に近いため息をひとつつくが、一方で、その集落の情報は今後の脱出作戦を左右する重要な情報だとも思った。


「すまんな。借りを返すどころか、こっちが借りを作ってしまったな」

「気にしないでください。そのうち、きっちり返してもらいますから。5割増しくらいで」

「……たっか! どこの悪徳金融業者よ!」


 小梅の切り返しに、零れ落ちるように笑いが起きた。

 ユニオンプレイヤーのイメージはあのチャラ男のイメージだったけど、やっぱり中にはいろんな人がいていいヒトも居るんだな。

 笑うアジーとルーシー、そしてロディを見つめながら悠吾はそう思った。

 

「貴方達が良い人で良かった」


 本心でそう言う悠吾だったが、その言葉にアジーの顔から瞬間的に笑みが消え、硬い表情になった。



「アジーさん?」

「……気をつけて下さい。ユニオンプレイヤーの中には『この世界に順応した』奴らも居ます」

「順応した……プレイヤー?」

「この世界を楽しんでいるプレイヤー達です。彼らは容赦なく攻撃してくると思います」


 その言葉に悠吾は頭を殴られたようなショックを受けてしまった。

 皆この世界から帰りたいと考えていると思ってた。でも確かに、現実世界が嫌になった人達やいろんな理由で戻りたくない人が中にいてもなにもおかしくない。

 もし、この世界から帰れる方法があったとしたら、彼らは邪魔をしてくるのだろうか。


「……判った、気をつけよう」


 悠吾を代弁するようにトラジオがそう囁く。

 どうやって気をつけるかは判らないが、心の片隅においておく必要があるだろう。


「そろそろユニオンプレイヤー達が多く集まる時間帯です。行って下さい」


 なんだかんだで話し込んでしまった。そう言われればこの廃坑に入ってくるユニオンプレイヤーの数は少しづつ増えている気がする。

 睡眠を取る必要はなくても、やっぱり街に戻るプレイヤーは多いということか。

 眠くないけど僕もクタクタだ。

 突如襲い掛かる疲労感に悠吾はへたり込みたくなってしまった。


「ありがとう。本当に」

「武運を」


 いつの間にかすっかり空は明るくなり、廃坑の回りに張られたテントからは活気のある会話が聞こえ始めている。


*** 

  

「色々あったけど、物資も補給出来たし悠吾もレベル上がったし、結果オーライってトコ?」


 廃坑を後にし、再度身を隠すために林の中を歩く中、小梅が嬉しそうに言う。

 さっきまで超不機嫌だったのは誰だったんでしょうね。


「良く言いますよ。気絶してたのに」

「……なんか言った?」

「いいえ、何も」


 まるでキャッチボールをするかのように言い合う2人に思わずトラジオが笑みを浮かべてしまう。


「それで、悠吾。レベルはどの位上がったのだ?」

「それがですねぇ……」


 じゃーん、とトレースギアをトラジオと小梅に差し出し、とこれみよがしにステータス画面を見せびらかす。


「なんだ、レベル5?」

「どうです? 多分レイドボス戦への参加ボーナスだとおもうんですが、あの廃坑に入って2も上がったんですよ」

「ほ〜。んで、覚えたわけ? 弾薬生成スキル」


 棒読みに近い感嘆の声を小梅があげる。

 重要なのはあんたのレベル云々じゃなく、そこでしょ。


「いいえ、まだです」

「……あんた重要なモン覚えてないのに何偉そうに言ってんのさ?」


 あんた馬鹿でしょ、と責め立てる小梅。

 その言葉に思わず悠吾は涙ぐんでしまった。


「い、いいじゃないですか。あと1か2上がれば覚えるんですよ!」

「覚えてから言えっ!」

「……ですよねー」


 判ってますよ小梅さん。嬉しくてつい言っちゃっただけじゃないですか。

 が、しょんぼりと塞ぎこむ悠吾を大事な事を思い出した小梅が更に責め立てる。

 

「あ、てか、あたしのトレースギア早く直してくんないかな?」

「あ、忘れてた」


 そうだった。弾薬もそうだけど、僕達は小梅さんのトレースギアを修理する素材集めの為に放浪しているんだった。


「良い度胸してんじゃないの悠吾」

「いたたっ! ご、御免なさい、直します、直しますけども!」


 一発行っとくか? と襟を掴まれ握りこぶしで威嚇されながら悠吾は命乞いするように小梅をなだめる。


「けども、何よ?」

「……とりあえず、安全な場所で一休みしませんか?」


 それからでも良いでしょう。素材も揃っているんですし。

 どうやら小梅も疲労困憊だったようで、悠吾のその提案に言葉を飲み込んでしまった。


「フッ、小梅、悠吾の言うとおり安全な場所で修理することにしないか。正直な所俺も今回は疲れた」

「フン! クマジオが言うなら仕方ないわね。休んでからでもいいわ!」


 今回の探索で少しは刺が抜けたかと思ったけど、やっぱり気のせいだったか。

 いつものふんぞり返ったポーズで言い放つ小梅に悠吾はトラジオと顔を見合わせ、軽く落胆してしまった。


「とりあえずは、アジーが言っていた集落を目指してみるか」

「そうですね、どちらにしろ強化フェーズに移行したら、またあの廃坑に潜る必要がありますから、色々と準備をしておいたほうがいいかもしれません」


 またあの多脚戦車パウークと対峙することになる。それは探索フェーズが終わる2週間後だ。


 準備をするには十分な時間。だけど、気を抜けば2週間が無駄に終わって脱出出来ないまま次の強化フェーズまで1ヶ月間このプロヴィンスに閉じ込められてしまうことになる。

 そうなったら、多分その次のフェーズを迎えることは出来ない。


 レベル上げに装備の拡充。やることは沢山ある。


「……でも、あんたが生産職で良かったわ、悠吾」

「僕もそう思います」


 と、悠吾達の目前に広がったのは朝露できらめく広大な平原。冷たい風に乗り、鼻腔をくすぐる草土の香りに悠吾は緊張の糸がやっとほぐれた気がした。

 キレイな風景だ。

 その景色を見て悠吾は素直にそう思った。

 

 長い熟夜は終わり、戦場のフロンティアの新しい1日が始まった。

名前:悠吾ゆうご

メインクラス:機工士エンジニア

サブクラス:なし

称号:亡国者

LV:5

武器:Magpul PDR、M9ベレッタ、ジャガーノート(用途不明)、フラッシュパン、ECMグレネード

パッシブスキル:

生成能力Lv1 / 兵器生成時に能力が+5%アップ(エンジニアがメインクラス時のみ発動)

アクティブスキル:

兵器生成Lv1 / 素人クラスの兵器が生成可能

兵器修理Lv1 / 素人クラスの兵器の修理が可能

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