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第2話 林と熊男 その1

 悠吾は小高い丘で独りへたり込んだまま、吹き抜ける風に身を任せるようにただ、呆然と己の左腕に巻かれた腕時計をじっと見つめたまま固まっていた。

 これは夢だ。ゲームの世界に入り込むなんてあり得ない。 

 何度その言葉を心の中で繰り返しただろうか。だが、悠吾に降り注ぐ陽の光は暖かく、座り込んだお尻に感じる土は冷たかった。


「……僕は、さっき始めたばかりのゲームの中に居る」

 

 ぽつりと口にだしたその言葉が嫌に生々しかった。

 これは紛れもない事実で、どうしようもない現実。

 だが、普通であれば、絶望し、あるいは泣き叫び、錯乱してしまう可能性もあるこの状況だったが、ある意味「特殊」な悠吾は違った。


「……ま、来ることができたんなら、戻れるはずでしょ」


 そうに違いない、と根拠の無い自信を添えて悠吾は一人で頷く。

 

 鈍感力、とでも言うのだろうか。

 悠吾は、良く言えば「タフ」で、悪く言えば「ぼーっとして何も考えていない」と思われがちな青年だった。

 これまで幾度と無く彼に降りかかってきた災難、例えば新入社員として今の会社に入社してすぐにムチャぶりとも思える「会社の商品を出展する展示会イベントの取り仕切り」を任され、周りを巻き込みつつも成功させ、またある時は、重要な資料にミスがあって上司に怒鳴られまくり、同僚からは「このまま辞めてしまうのではないか」と心配されたが、次の日何事も無かったかのようにケロリと忘れてしまっていた。


 そんな鈍感力を兼ね備えた、いわば「鈍キング」とでも形容できる悠吾は、最初こそ困惑していたものの、焦るどころか、まるでその状況を受け入れるが如く、「戻れる」と念仏のように口ずさんでいるうちに、ふつふつと元気が湧いてきたのであった。


 兎に角、自分がどういう状況にあるのか、まずはそれを確認する必要がある。

 そうだそうだ、と勢い良く立ち上がった悠吾は自分の身体を弄った。


「ゲームの中だったら、何か情報を得られる『メニュー』的な物があっても良いはず」


 ゲームであれば、スタートボタンや、エスケープキーを押せば出てくるであろうゲーム内の様々な情報を確認できる「メニュー画面」。この世界がゲームの世界であればそれがきっとあるはず。


「えーと、何かそれらしきものがあるはずだけど……」


 ポケットの中、ベストのマガジンポーチの中などを探すが何も無い。

 と、そんな悠吾の目に入ったのは、先ほど絶望のセリフを吐いた、左腕の時計らしきそれだった。


 確かにさっき、この時計は言葉を喋った。

 ひょっとしてこの時計は色々な情報を管理する「ガジェット」なのではないだろうか。この腕時計を通じて様々な情報にアクセスする。映画なんかでもよくあるような。

 悠吾のカンがそう囁く。


「……あのー……」


 悠吾はおそるおそる時計に話しかけた。時計は丸い形でオレンジ色のラインがフレームをかたどるように円を描いている以外、何も無い。秒針も無ければ、デジタル的な数値も無い。

 ボタンも何もないのであれば、話しかけるしか無い。だってさっきこの腕時計もしゃべってたし。

 自分の腕時計に話しかける自分を俯瞰で見て、どこか滑稽に思いながらも悠吾は続けた。


「メ、メニューを下さい」


 悠吾はまるでレストランのウェイターにメニューをもらうかのような口調で左手の腕時計にそう語りかけた。

 下さいは必要無かったか。

 そんな事を思った悠吾だったが、予想した通り、左手の腕時計はすぐに反応を返した。 


「メニューを表示します」

「おぉッ!」


 思わず悠吾は感嘆の声を上げた。上手くいったという事もあるが、驚いたのはその腕時計に、だった。

 腕時計のオレンジ色のラインの上に表示されたのは、まるでホログラフィックのように空中に浮かぶメニューリスト。

 半透明で、現実世界では見たこともない表示方法。近未来的なそれに、悠吾は先ほどまでの絶望をすっかり忘れ、子供のようにはしゃいでしまった。


「すごい! ……えーっと、何から調べようかな」


 ぼんやりと浮かび上がったメニューは、スマートフォンの画面をスワイプするように、指で動かせるようだ。無意味にシャカシャカとスライドさせる悠吾だったが、一つのメニューでその指を止めた。


「MAP……地図?」


 地図と言うことは自分が今何処にいて、周りに何があるのかが判るということか。

 周りの状況が判ることで事態は少し好転するかもしれない。

 そんな願いを込めつつ、悠吾は「MAP」と書かれたボタンをタップした。


「おぉ……」


 ホログラフのメニューが消え、変わって腕時計の上に現れたのは、辺りの地図だった。

 自分の位置を中心に、どれくらいの距離か判らないが、地形が立体的に表示されている。自分が向いている方向にリンクしてその腕時計の上に表示された地図が動いている。

 辺りを入念に調べるように、地図と実際の風景を見比べながら悠吾は周囲を見渡した。


「林と……林道かな?」


 悠吾の背後に広がっている林の中、肉眼では見えないが、地図には一本の道が表示されていた。地図の端から端までうねうねとうねりながら走っている林道らしき道。

 道があるということは、その道を進めば街にぶち当たる可能性が高い。少し好転した状況に思わず悠吾は笑みが溢れる。

 が、そう考えた悠吾の脳裏にふと疑問が浮かんだ。


「まてよ……」


 もし本当に僕がこのゲームの世界に入り込んだとしたら……他にこのゲームをプレイしていたプレイヤー達もこの世界に入り込んでいるんじゃないか。僕独りだけがこの世界に迷いこんでしまった、なんて事はない……と思う。探せばきっと僕と同じようなプレイヤーが居るはず。


「もし、他のプレイヤー達もこの世界に強制的に連れて来られたんだったら、きっと皆帰りたいはず」 

 

 他のプレイヤーを探そう。探して現実の世界に戻れる方法を探そう。

 独りじゃない。その言葉の力は見知らぬ土地に迷い込んだ人間に、底知れぬエネルギーを与える。

 悠吾もまた、得も知れぬ勇気が湧いてきた気がした。


 と、そう考えた悠吾が地図を閉じようとしたその時、MAPの端に表示されている文字が彼の目に映った。


「なんだこれ……ノスタルジア……王国?」


 現在地、と書かれた文字の後に続くその名前。

 ノスタルジア王国。

 王国ってことは、国の名前なのだろうか? そうだ、これはきっと自分がいるこの場所の名前だ。


「でも、銃と機械のゲームなのに、ものすごくメルヘンチックな名前だなぁ」


 すごくミスマッチな名前だ、と悠吾は小さく笑みをこぼす。

 が、その名前の後に付けられた「それ」に、悠吾の笑顔は鳴りを潜める事になった。


「まだ何か書いてる……現……ユニオン連邦……?」


 よく見ると、ノスタルジア王国の前に「旧」という文字が入っている事に気がついた。

 旧ノスタルジア王国、現ユニオン連邦。

 旧という文字が前に付いていて、その後に別の国っぽい名前がついている。と言うことは、ここを今統治しているのは「ユニオン連邦」という国、ということだろうか。

 

 事前に得た情報だと、戦場のフロンティアは領土を奪い合うゲームと言っていた。

 多分、ノスタルジア王国はユニオン連邦に負け、領土を奪われてしまったということだろう。


「……ふむ」


 今自分がいる土地を統治している国が変わったらしい。

 文面をそのままの意味で理解し、その事を深く考えることなく、悠吾はMAPを閉じると、丘を下り始めた。

 今は林道に降りて、他のプレイヤーを探す。

 悠吾の頭はそれだけだった。


 どんな過酷な状況でも冷静でいられる、マイペースな悠吾の性格。

 ──だが、彼の鈍感力は諸刃の剣だということを彼はすぐ知ることになる。


***


 地図ではそう離れていないように見えた林道だが、以外と距離が離れていた。

 そもそもあの地図の縮尺が判らないので、仕方ない事ではある。

 悠吾は自分でそう納得すると、腕時計型ガジェットに「メニューを」と声をかけ、もう一度メニューを表示させた。丘を下り、林の中を抜ける間、地図以外の情報を何か得たいと思ったからだ。

 

 悠吾のカンはよく当たる。

 悠吾が思ったとおり、あの腕時計型ガジェットで得られた情報は非常に重要なものだった。


 まずは自分の情報。

 あの手榴弾が部屋に現れる前に設定した「機工士エンジニア」がやはり自分の職業……戦場のフロンティア的に言えば「クラス」らしい。

 そして、クラスと同じ箇所にかかれていた「スキル」という名前。

 「パッシプスキル」と「アクティブスキル」という項目があり、それぞれ一つづつスキルが実装されているようだ。

 一般的なMMORPGと同じであれば、「パッシブスキル」が常時その効果が現れているスキルで、「アクティブスキル」がコマンド選択などで発動するスキル……だったと思う。MMOそっちの方は初心者に毛が生えた程度の知識だからあんまり自信ないけど。

 そう思いながら悠吾はパッシブスキルに記載された「生成能力Lv1」というスキルと、アクティブスキルに記載された「兵器生成Lv1」というスキルをタップし、詳細情報を表示させた。


「えっと、生成能力Lv1が『兵器生成時に能力が+5%アップする、機工士エンジニアがメインクラスの場合に効果が発動するスキル』で、兵器生成Lv1が『素人クラスの兵器が生成可能になる、機工士エンジニア専用のスキル』……と……」


 実に生産職らしいスキル。両方ともLv1だから、加算されるのはたった5%だったり、素人クラスの生成だけだけど、Lvを上げるにつれ、もっと加算率が上がったり、上級クラスの兵器が作れたりするのだろうか。

 そして、さらにそこに表示されていたゲームらしい情報。「体力」と「スタミナ」と書かれた数値だ。


「体力が420に、スタミナが100……」


 多いのか少ないのか判らないが、この数値でわかった事は多いと悠吾は思った。


 まず、体力があると言うことは、この世界では体力がゼロにならなければ死ぬことは無い、ということじゃないのだろうか。

 例えば今腰に下げている拳銃、ベレッタで撃たれたとして、現実世界であれば何処にあたっても致命傷になりうるが、この世界では体力という「数値」がある以上「銃は危険」という現実での常識が通用しない可能性が高い。

 ……もっとも、このベレッタの弾丸一発でどの程度この数値が減るのかはわからないし、試したくもないけど。


 次に、やはり「死」もしくはそれに相当する物があるという事。

 一瞬、死ぬことで現実世界に戻れるのではないかと悠吾は思ったが、それは触れないことにした。


 通常のゲーム……ロールプレイングゲームであれば、死んだ時は最後にセーブした街で復活するし、FPSであれば、ルールにも寄るが、大抵は自分の拠点に復活リスポンする。

 情報が無い以上、そのどちらであるとも判らないし、現実世界と同じく死んでしまったら「終わり」かも知れない。

 そこは慎重になるべきじゃないかと悠吾は考えていた。


「あ……」


 腕時計ガジェットについ夢中になってしまっていた悠吾はいつの間にか林の中を横切る林道に出ている事に気がついた。

 危ない。林道に車でも走っていたら、轢かれてしまうところだった。

 このガジェットは夢中になってしまう危険性を秘めた危ない物だ。歩きながら見るもんじゃないな。歩きスマホならぬ歩きガジェットは自重しよう。

 そう反省した悠吾は、羅列したメニューを閉じながら、辺りを見渡した。


 舗装されていない砂利道だ。

 轍もないことから、車やそれに類似する乗り物は行き来していないのだろう。

 道はうねうねとカーブし、右左どちらの道もその先はすぐ視界から途切れている。

 さらにいま気がついたが、辺りはそこそこ深い林らしく、陽の光はあまり届いていない。薄暗い道にどこか不気味さも感じてしまう。


 ここで待っていれば、どちらかからプレイヤーが来るのではないか。

 ふとそう思い立った悠吾は近くの木の影に座り込み、待つことにした。


 しかし、本当に現実と違いが判らない世界だ。

 揺れる木々やその隙間からちらつく陽の光の残骸に悠吾はそう感じた。

 耳を撫でる葉擦れの合唱に、落ち着く草木の匂い。それは正にこれが現実だということを物語っている。


 遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。

 そしてうっすらと悠吾の耳に届いたのは、人の話し声──


「……ッ!」


 その声に素早く反応した悠吾は耳を澄ませ、その場所を探る。


「こっちかな?」


 キョロキョロと辺りを見回していた悠吾が、右側に視線を送る。するとその視線の先、左へカーブした林道の向こうに3人の人影が小さく見えた。

 人だ。やはりこの林道は人が通っていた。僕と同じようなプレイヤーだろうか。


 だが、悠吾が思わずかけだして声を張り上げようとした、その時だった。

 突如背後から草木を押しのける音が響いたかと思うと、悠吾は何者かに羽交い締めされ、茂みの中に引きずり込まれてしまった。

 

「わッ」


 瞬時の出来事だった。茂みに引きずり込まれた悠吾はうつ伏せになる格好で押し倒され、その背中に何か硬い物を押し当てられる。

 現実世界で本物を見たことはないが、直ぐに「危険な物」だという事がわかるそれ──

 拳銃。

 ゴリゴリと押し付けられるそれは拳銃だった。


「動くな」


 姿は見えないが、背中に銃を押し付けているその何者かが、低く冷たい声でつぶやいた。

 その声から、間違いなく男であることだけが判る。


「なな、何……」

「騒ぐな」


 ついどもってしまった悠吾にその男は静かに続けた。

 動かず、騒ぐな。それが出来ないのなら、鉛球をぶち込む。

 言葉少なくとも、子供でも判るその威嚇に悠吾はただ何度も無言で頷くしか無かった。


 最悪だ。

 悠吾はただ、そう思った。

 予想していたとおりに3人のプレイヤーらしき人影が現れ、その人達と合流して現実世界へ戻るための情報を収集する。それがこの訳の分からない男のせいで駄目になろうとしている。


「そのまま、じっとしていろ」


 静かに男が続ける。あの3人に会ったら何かまずいことでもあるのだろうか。背後の男から警戒するようなピリピリとした空気を悠吾は感じた。

 気になる。

 その姿をどうしても見たくなった悠吾は押さえられたまま、チラリと視線を背後に送った。


 熊。

 熊だ。

 自分を抑えていたのは、まるで熊のような男だった。


 さまざまな地形に対応できる万能性を特徴として開発された「マルチカム」の迷彩が施されたパンツにグレーのジャングルブーツ、そして黒のシャツに幾つものマガジンポーチが取り付けられたグリーンのベストにタンカラーのキャップ。そこから覗いている無精髭を生やした彫りの深い野獣の様な顔。

 どこかで見たことがある姿……私服に近い戦闘服、民間軍事会社(PMC)のスタイルだ。

 

 PMCの戦闘服を纏った熊。

 なんということか。どこからどう見ても悪そうな男ではないか。

 背後から押さえつけるその「熊男」を見て、悠吾は絶望の淵に戻されたような気がした。


「銃を離すが騒ぐな」


 熊男が静かに言う。

 コクコクと小さく頷く悠吾を見て、男は拳銃をホルスターに収めると、右脇に一点スリングでぶら下げていたカービン銃をシューティングポジションへ移動させた。

 あの銃はゲームで何度か見たことがある。確かドイツのHK416とか言うアサルトライフルだ。小回りが効くようにアウターバレルを取り外し、フラッシュハイダーを取り付け、全長を短くしている。

 熊男はこちらに歩いてくる3人をじっと睨みながら、茂みの影からライフルの銃口を林道に向け、息を潜める。


 まさかこのままこちらに向かっているあの3人に不意打ちをかけるつもりか。

 完全に茂みの中に入っている為、林道側からこちらの位置を掴むのは難しいだろう。

 さらにフラッシュハイダーにより発砲時の発火煙マズルフラッシュが軽減されているため、この熊男が有利であることは紛れもない事実だ。


 なんとかあの3人に危機を知らせることはできないか。

 凶悪な熊男が居ますよ! あなた達に銃口を向けていますよ!

 そう叫ぼうかと思ったが、悠吾はやめた。長すぎる。いきなりそんな事言われても事態を把握する前にこの熊男に撃たれて終わりだ。

 短く、それでもって、危険だということを知らせることができる何か。

 熊男……熊……

 悠吾の頭に何かが降りた。

 

「く、熊が出たぁ!」


 悠吾が叫んだ。

 あたりまえだけど、熊なんか居ない。さらに熊なんてものがこの世界にあるかなんて判らないけど、熊っぽい男が突然現れたのは事実。うん、間違っていない。

 

「……熊?」


 以外なことに、3人が悠吾の声に気がつく前に、後ろの熊男が怯んだ。

 熊男のアサルトライフルは林道に向けられていた為、悠吾の動きに反応が遅れている。

 行ける。

 悠吾は押さえられていた熊男の手を払いのけ、即座に身を起こした。

 叫んだ言葉の内容は咄嗟に口から出たものだったが、よくよく考えるとナイスだったかもしれない。熊に追われていることにして3人に助けを求めれば、3人は助かり、僕も助かる。


「お前……」


 茂みから飛び出そうとした悠吾を捕まえようと熊男が左手を伸ばすが、その手は空を切った。

 体勢を崩し、つんのめるような形で林道に出た悠吾はそのまま前のめりになりながら、前方からこちらに歩いてくる3人の元に走り出す。

 ああ、助かった。あの熊男から。

 熊男から逃げ出せた事と、3人の姿がはっきりと判る距離まで来れた事で、思わず悠吾は安堵の表情を浮かべた。


「あそこに熊みたいな銃を持った男が!」


 熊みたいな男なのか、熊みたいな銃なのかがよくわからない言葉で、3人にそう警告を出そうとした悠吾だったが、なぜか前の3人に違和感を感じ、言葉を飲み込んだ。


 3人共同じ服装だったからだろうか。

 それとも、3人とも、あの熊男と同じように厳ついライフルを持っていたからだろうか。

 あれは確か、ロシア軍で採用されているIZLOMというフレック系の緑を基調とした迷彩服だ。

 頭にかぶっているのはレッドベレー。そしてその手に持たれているのは、タボールAR21という後方に弾倉が設けられたプルバック方式のイスラエル製アサルトライフルだ。

 

 どこからどう見ても、規律正しい軍人ですと物語っているその3人。

 その空気が良からぬ方に変わったことに悠吾は気がつく。


 悠吾の中に芽生えた違和感が、危機感に変わったその時と同時に目の前の3人は──揃って銃口を悠吾に向けた。


「……ッ! 探索者シークッ!」

「ひッ!」


 少し身をかがめるようにして、ストックを右肩にあてがい、しっかり固定した上で視線の先が銃のアイアンサイトと重なるように構える。

 ムダのない動き。その3人がよく訓練されている熟練の兵士だと、素人の悠吾でさえも直ぐに判った。

 

「しゃがめ!」


 背後から熊男の声が響く。

 が、悠吾は動けなかった。3人の男に軍で使われているような厳つい銃を向けられて冷静でいられる民間人など居るはずが無い。それも、銃と関わりが無い日本人だったら尚更だ。

 普通であれば「抵抗しません」と手を上げるか、両手を頭に乗せその場に伏せるべきだったかもしれないが、悠吾は──思わず顔を手で覆い、身を捻った。

 実銃であれば、まったく意味を成さない悠吾のそれだったが、その行動が悠吾の運命の分かれ道となった。


 背後から熊男が発砲したと思われる乾いた音とあわせて、目の前の一人の男が同時にトリガーを引いた。

 狙いすまされたその弾丸は、身を捻った悠吾の脇腹に着弾する。


「……うぶっ!」


 バチン、と嫌な音が自分の身体から聞こえたかと思った次の瞬間、激痛が悠吾を襲う。痛い、というよりも、熱い、といったほうが的確なその痛み。

 脇腹からまるで波紋が広がるように、痛みが全身を覆い、手足がしびれる。

 力を失った膝がガクンと折れ、悠吾はその場に崩れ落ちた。


 あ、僕、死んだ。

 状況と脇腹から脳天を突き抜けたその激痛に悠吾はそう感じた。


 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

 会社が終わって、ゲームをやっていただけなのに。僕が何をしたっていうんだ。

 「哀しい」や「怖い」という感情の前に、悠吾の中に誰に向けてというわけではない、行き場のない怒りが沸き上がってくる。  

 

 と、かすれかけた悠吾の視界の中に、あの左腕に巻かれた腕時計型ガジェットが映った。メニューを開いたつもりは無いが、何か表示されている。


「……?」


 警告とも取れる赤い文字で表示されていたのは20という数値。その後ろには420という数値もある。

 ──20/420

 残りの体力。そこに表示されていたのは、悠吾の体力だった。

 悠吾が想像していた通りだった。この世界では、体力がゼロにならない限り、死なない。

 

「初心者へのアドバイスです。貴方は致命傷を負っています。体力が少なくなったら離脱して体力を回復しましょう」


 この危機的状況をあざ笑うかのように発せられたガジェットからの、アドバイスの声。


 離脱したいに決まってるじゃないか。

 どうせならこの世界から離脱させてくださいよ。

 

 その落ち着いてあっけらかんとした女性っぽい声に、痛みも忘れ、悠吾はどっと疲れがこみ上げた。 

名前:悠吾ゆうご

メインクラス:機工士エンジニア

サブクラス:なし

LV:1

武器:ベレッタM9

パッシブスキル:生成能力Lv1 / 兵器生成時に能力が+5%アップ(エンジニアがメインクラス時のみ発動)

アクティブスキル:兵器生成Lv1 / 素人クラスの兵器が生成可能

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