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第19話 廃坑からの脱出 その1

 トラジオとユニオンプレイヤー達の援護射撃を受けながら坑道へ昇るための足場を目指し、駆け出した悠吾と小梅だったが、直ぐに岩陰に隠れざるを得ない状況に追い込まれてしまった。

 多脚戦車パウークの操縦士が「敵に魔術師ワーロックは居ない」と判断したのか、トラジオ達を無視し、まずは目前の悠吾達に照準を合わせたからだ。


 50口径重機関銃とズーニー・ロケットが悠吾達を追い立て、足場とは逆の方向へ彼らを次第に追い詰めていく。


「くそ……っ」


 焦りの表情をにじませながら悠吾が吐き捨てる。

 しかし、運良く多脚戦車パウークは悠吾達の位置を見失ってしまったようだった。50口径重機関銃の砲塔部分が索敵するように周囲を見渡している。

 不幸中の幸い。今なら行ける、と思った悠吾だったが、動く事はできなかった。


 足場が異様に遠く感じる。この距離を見つからずに走り抜けるのは無理だ。

 悠吾達は、数十メートルの距離が多脚戦車パウークへの恐怖で、遥か遠く霞んでしまうほどの距離に感じてしまっていた。


『悠吾大丈夫か!?』

『……大丈夫、ですが、前に進めません。あの機械兵器ビークルにダメージが通る武器を持っている方は居ませんか?』

『こちらに魔術師ワーロックは居ない、が、俺にとっておきの重火器型ドローンが1つある。40mmグレネードを自動擲弾するセントリーガンだ』

『セントリーガン……ですか』


 トラジオの言葉を聞き、再度天を仰ぎながら悠吾は瞬間的に再度作戦を練った。

 自分が持つ武器、周囲の状況、そして相手が持つ武器。そこから導き出される道。


 40mmグレネードのセントリーガンは強力だけど、多脚戦車パウークに与えられるダメージは皆無だろう。そしてあの弓師アーチャーの対物ライフルもだ。

 魔術師ワーロックが居ない以上、多脚戦車パウークを倒すことは不可能。とすれば、やはり出来るのは変わらない、「撹乱し、欺き、そして隙を作って逃げる」事──


『僕に考えがあるのですが……あ、助けられる身なのに偉そうなこと言って大丈夫ですか?』

『何を言っているんですか。続けて下さい』


 念の為に聞いてみた悠吾だったが、多分、あのトラジオの隣にたつユニオンプレイヤーの男からだろうか、即答で返事が返ってきた。


『ありがとうございます。小梅さん、トラジオさん、皆さん、僕が考えるにチャンスは一度です』

 

 一度。そう、失敗すれば後は無いだろう。

 その言葉に敏感に反応したのは、隣に居る小梅だった。


「な、な、何よ! そんなプレッシャーかけて!」

「ここ、小梅さん、しーっ!」


 恐怖に押しつぶされ、今にも泣きそうな表情を浮かべながら肉声で吐き捨てた小梅に、あわてて悠吾は人差し指を口元に当て、静止する。

 今は大人しくして下さい。恨み節でもパンチでも、生きてここを出れたら思う存分僕に放っていいですから。


『続けます。まず魔術師ワーロックが居ない以上、あの多脚戦車パウークを倒すことは不可能という前提でお話します。皆さんにお願いしたいのは、「撹乱」です』

『注意をこちらに引きつける、って事か悠吾?』

『そうですトラジオさん。トラジオさんのセントリーガンに「煙幕」は装填出来ますか?』

『可能だ』


 良し。

 トラジオの返答に悠吾は行ける、とひとつ頷く。


『だが、多脚戦車パウークには対煙幕用の赤外線サーモグラフィ装置を搭載している可能性があるぞ』

『大丈夫です。先ほど言ったように、目的は「撹乱」なんです』


 そう言って念のためもう一度悠吾がアイテムボックスを確認した。

 そして、そこのリストに表示されている残り1個のECMグレネードをタップし、ボックスから取り出す。


『まず最初、僕が持っているECMグレネードを奴に投げます。先ほど一度使って対処法がバレちゃっているのであまり効果は無いとおもいますが、一時的に敵の全ての機能が停止するはずです』

『……! 成る程、そこで煙幕を?』

『そうです。推測するに、停止している時間は数分。その間にトラジオさんは煙幕を出来るだけ多脚戦車パウークの周囲に放って下さい。そして弓師アーチャーさんは……』

『奴の爪を削ぐ、か?』

『は、はい』


 作戦を伝える前に言い放った弓師アーチャーの言葉に思わず悠吾は面食らってしまった。

 この人は僕の考えている事が判っている。少し怖いけど、そうであればこれほど力強い味方はいない。


弓師アーチャーさんは奴のズーニー・ロケットを狙って下さい。装甲が貫通出来なくても、あの厄介な武器は破壊できるかもしれません』

『了解した』

『続けて、戦士ファイターさんは50口径重機関銃の砲塔部分に射撃を加えて下さい。聖職者プリーストさんは、万が一の時の為に回復を準備していただければ嬉しいです』

『判った』


 ひと通り説明をして、悠吾は深く息を吐いた。

 もう一回、成功を天に祈るしか無い。

 そう思った悠吾は小梅にチラリと視線を送った。


「……い、良い作戦だとおもうわ。あたしは」


 心を落ち着かせようと、胸に手をあて、深呼吸をしている小梅が小さくそう言った。

 この戦場のフロンティアの先輩として冷静を取り戻そうと必死なんだろう。

 そして、少なからず、今は僕の事を信頼してくれている気がする。

 ……気のせいかもしれないけど。


「また走りますよ、小梅さん」

「走るのは得意。足で戦う『遊撃』は兄に褒められた位だから」

「……小梅さんは遊撃が得意だったんですか」


 成る程。でも盗賊シーフだったら自由に動き回れる遊撃のほうが得意なのは当然か。

 というか、ツインテールをなびかせながらその小さな身体で動き回り、高笑いしながら背後から敵を仕留める小梅さんって、とてつもなく、怖い。


「……なに顔引きつらせてんのよ」

「い、いえ。なんでもないです」

 

 冷たい視線を投げつける小梅に思わず悠吾は身をすくませる。

 だけど、少し緊張が溶けた気がする。小梅さんのおかげかな?

 

「いきますよ、小梅さん」

「……うん」


 悠吾の問いかけに静かに小梅が返す。

 2回目のECMグレネードの投擲は、肩の力を抜いて投げることが出来たような気がした。


***


 やはり悠吾が想定していた通り、ECMグレネードが炸裂した瞬間、多脚戦車パウークは動きを停止させた。

 だが想定範囲内だ。

 多脚戦車パウークのその動きを確認したトラジオのセントリーガンが煙幕弾を投擲し始めた。


『行け、悠吾!』


 トラジオの声が悠吾達の耳に届く。 


「小梅さん、走ります!」

「わかってるわよっ!」


 岩陰から飛び出した悠吾達の目に飛び込んできたのは真っ白の世界。

 乳白色の世界が辺りを支配する。右も左も判らない状況。

 いくらなんでもやり過ぎかな、と思いつつも、悠吾はトレースギアのMAPを確認しながら、目的の足場まで走り始めた。


『セントリーを一旦停止した。成形炸薬弾を装填して待機している』

『煙幕が晴れたら射撃開始して下さい!』


 走りながら悠吾が言う。

 今全ての機能が停止している多脚戦車パウークはなんらかの方法で外の視界が確保されていたとしても、僕と小梅さんの動きを見失っているはず。煙幕はまだしばらく視界を遮る。

 再起動よ終わるな、と祈りながら悠吾達は一心不乱に足場を目指す。

 が──


『奴が動き出した』

『……ッ!』

 

 弓師アーチャーの静かな言葉にその恐怖が倍増され、思わず悠吾はつまずきそうになってしまった。

 速い。速すぎる。まだ一分も経っていない。

 1回経験した再起動は2回目以降、最短時間でやってのける。

 小梅さんが言っていた「高レベル」というのは機械兵器ビークルだけではなく、その中の操縦士にも言えることなのか。

 煙幕の向こうで赤いランプが点灯し始めた悪魔のシルエットをちらりと視界の端に捉えた悠吾はそう思った。


『止まらないで! 奴はまだ君達を捕捉していない』


 男の声が響く。

 足場まで後半分程。見つからなければこのまま、行ける──


『煙幕が晴れるぞッ!』


 別の男の声が再度悠吾達の耳に届いた。

 

『トラジオさん! 弓師アーチャーさん、頼みます!』

『了解した。指示通り、ズーニー・ロケットの射出部を狙い、攻撃を開始する』

 

 弓師アーチャーの返事が返ってきた瞬間、トラジオの返答を待たず、あの落雷のような轟音が廃坑に木霊した。PGMヘカートIIの射撃音だ。

 そして、悠吾の狙いはまたしても的中した。

 12.7mmの弾丸はズーニーロケットの射出部に命中すると、一撃でその円筒形の土台を粉砕する。

 さらに良かったのは、多脚戦車パウークがズーニー・ロケットを発射しようとした瞬間を狙って攻撃を加えたことだった。ズーニー・ロケットが撃てなくなるだけではなく、誘爆したロケットが凄まじい爆発を引き起こした。


『援護するッ!』


 間髪入れず、煙幕ではない、成形炸薬弾が装填されたセントリーガンが火を噴く。

 綺麗な放物線を描き、白い尾を引いたグレネードが多脚戦車パウークの車体を捕らえた。


「うわッ!」


 思わず悠吾が身を屈めてしまうほどの連続した爆発が多脚戦車パウークを襲った。

 凄まじい攻撃だ。あの40mmグレネードが対装甲車両用じゃないとしても、あの衝撃では操縦士が乗っている車内は大変なことになっているはず。

 

『効いてるぞっ! 続けて撃て、ロディ! 俺とルーシー、トラジオさんは重機関銃を!』

『了解した!』


 行ける。行けるぞ。

 多脚戦車パウークの50口径重機関銃の砲塔を狙って射撃開始したトラジオ達の小隊会話パーティチャットを聞いて悠吾はそう思った。

 

「小梅さん、先に!」

「なにカッコつけて……レディーファーストってワケ?」

「前方警戒は熟練者の方が良いんです」

 

 そう言って足を止め、くるりと身を翻しながらMagpul PDRを構える悠吾の脇をすり抜け、小梅が足場の手すりを掴んだ。

 

「ポイントマンは得意。任せて……って悠吾ッ!」

「な、なんですか!?」

「あそこッ! 地人じびとの集団!」


 先ほど地人じびとが現れた同じ場所から、またしても地人じびとの集団がばらばらと散開していく姿が悠吾の目に飛び込んだ。

 レイドボス戦では、地人じびとが永久に現れる、という事か。


「構わないで走って下さい!」

『クマジオッ! 3時の方向! 地人じびとが!』


 悠吾の声と同時に小梅が小隊会話パーティチャットでトラジオに援護を求めた。


『こんな時に……! アジー、ルーシー、標的は地人じびとだ!』

『くそッ! 多脚戦車パウークが標的をそっちに向けました! 走ってッ!』


 男の声に、多脚戦車パウークの50口径重機関銃がぐるんと180度旋回し、こちらに向いたのが悠吾の目にも判った。

 やばい、やばいやばい……!

 身を切り裂くような恐怖が悠吾の足を突き動かす。


「走って、走って! 速く!!」

「うっさい! 走ってるつの!」


 まさに火事場のクソ力とはこの事だ。

 小梅と悠吾は、持てる全ての力を使い、必死に足場の階段を駆け登る。


「急げ! 下に地人じびとも来ている!」


 小隊会話パーティチャットではない、肉声の声が悠吾の耳に聞こえた。

 すぐそこだ。トラジオさん達は直ぐそこにいる。そこまで行けば……助かる。

 

 だが、非情にも、多脚戦車パウークの50口径重機関銃が猛烈な射撃を開始してしまった。


「うわッ!」


 重機関銃の弾丸が薙ぎ払うように足場に幾つもの巨大な穴を穿った。その一発一発が致命傷になりうる危険を秘めた弾丸。

 そして、それは悠吾達が昇る足場にとっても致命傷になる一撃だった。

 階段を支える支保が紙細工のように粉々に砕け散り、足場を大きく歪ませる。

 当たらなくても良い。足場ごと瓦礫にしてやる。

 咆哮する多脚戦車パウークはまるでそう考えているようだった。

 

「く、崩れるッ!」

「止まらないで! 兎に角登って!!」


 頂上のトラジオさん達が居る坑道まであと僅か。それまでこの足場が持ってくれるよう祈るしか無い。

 だが、多脚戦車パウークは躊躇すること無く、昇る悠吾達を追い、50口径重機関銃を発射していく。


「もう少しだ悠吾! 小梅!」


 今度こそ、お前達の手を掴む。

 トラジオが援護射撃をアジーとルーシーに任せ、身を乗り出し、悠吾と小梅を待つ。


 そして足場が傾き始めるも、悠吾達の目の前に見えたのは最後の階段。その先に手をのばすトラジオの姿もあった。


「GoGoGo! 走れッ!」

「うぅぅうぅッ!」


 トラジオの声に後押しされるように小梅と悠吾は呻き声を上げながら最後の階段を駆け登る。

 が、ついにその時は来てしまった。


「……! くそっ!」


 がくんと足場が揺れ、傾きが激しくなった。

 支えていた最後の支保が砕けてしまったのか。階段を登ってはいるものの、すでに傾いた足場のせいでトラジオとの距離は縮まらない。


「悠吾! 手を出せッ!」


 トラジオが手を差し出す。岩をつかんだまま、すでに身体の半分以上を坑道から出している。

 

「小梅さん、飛んで!!」


 間に合わない。

 そう思った悠吾は最後の行動に移る。

 足場から跳躍して、トラジオさんの手を掴む。それしか無い。


「えっ……ええっ!? 飛ぶって……」

「早くッ!」 

「やめっ! あたし高いところが……きゃあっ!」

   

 考えている時間も無い、と悠吾は小梅の手をしっかりと握ると階段から手すりに足をかけ、一気にジャンプした。


「来いッ! 絶対掴むッ!」

「アジー! トラジオさんをッ!」


 悠吾と小梅の状況に気がついたルーシーが叫んだ。

 すかさず地人じびとへの射撃を中断し、滑り込んだアジーがトラジオの両足を掴むと、今度はトラジオが岩から手を離し両手で跳躍する悠吾達に手をのばす。

 

「いやぁぁぁあああっ!」


 半狂乱で泣き叫ぶ小梅の声が響き渡った。

 全てがスローモーションのように悠吾の目に映る。あと少し。絶対届く。

 だが──


「くそっ! 悠吾!」

「……ッ!」


 僅か。後指先程の距離が足りなかった。

 宙を泳ぐように手をばたつかせるが、当然届くはずもなく、重力に引っ張られ、悠吾達の身体が落下を始めた。


『そのまま手を伸ばしていろ』

『えっ……?』


 諦めかけた悠吾と小梅、トラジオの耳にあの弓師アーチャーの静かな声が届いた。

 と、同時に響いたのはPGMヘカートIIの射撃音。


「わっ!?」


 何をしたのか、悠吾にはわからなかった。

 だが、結果として……真下から突き上げられた衝撃で浮力を得た悠吾達は──トラジオの手を掴んだ。


「……!?!?」


 恐怖に引きつり、困惑した表情を見せる悠吾だったが、一体何が起きたのか、トラジオには見えていた。

 眼下の多脚戦車パウークの左側のズーニー・ロケットの射出部が爆発し、その衝撃波で悠吾達の身体が浮き上がった事が。

 なんという女だ。この状況でそのタイミングを逃さず、ピンポイントで命中させるとは。

  

『イエス!!イエスイエス!! やった!! ロディ! 君は最高だッ!!』

「掴んだ! 掴んだぞ! 悠吾!!」   


 2度目の爆発で多脚戦車パウークがぐらりと体勢を崩す。

 そして、その多脚戦車パウーク地人じびと達の頭上に降り注ぐ、瓦礫と化した足場の残骸──


「ふおおおおぉぉっ……!!」


 轟音と砂埃、そして掴んだトラジオのごつごつとした手の感触。

 生きた心地がしない状況と、ついに掴んだトラジオの手に、悠吾は気の抜けた情けない声とも取れない呻き声をつい漏らしてしまっていた。

【お知らせ】

生意気!と言われるかもしれませんが、「戦場のフロンティア」をアルファポリス様の「第7回ファンタジー大賞」に応募させていただきました。

明日から投票が始まるようで、面白いな、と思われましたら投票いただけるとすんごく嬉しいです。


そして感想、評価ありがとうございます。

ホントな話、皆さんの反応がモチベーションにつながっています!!

こんなな作品ですが今後ともお付き合いいただけると嬉しいです。

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