第18話 援助部隊の合流 その2
※本日も昨日に続き2話アップしています。
今日分は17話と、この18話です!ご注意を!
地人、とくに狩場に配置されている地人は交戦中にプレイヤーが一定距離離れた場合、追撃せず、指定位置に戻るようプログラミングされている。高レベルプレイヤーがレベルの高い地人を作為的に狩場の入り口まで誘導し他プレイヤーを狩場内に入れないようにする「MPK」を防ぐ為だ。
地人の追撃を躱したトラジオとユニオンプレイヤー達は、悠吾と小梅が消えた場所から少し離れた場所に後退していた。
「回復を頼む、ルーシー」
「判ったよ」
背後を警戒しつつ、丁度良い岩場に腰を降ろした戦士が聖職者に声をかける。
その様子を少し離れた場所でトラジオはじっと見ていた。
中々の熟練者だ。トレースギアで確認してはいないが装備を見ただけで判る。
特にあの弓師の女。一定の場所に篭って動かない狙撃手は数多く見たが、遊撃する「動く狙撃手」は久しぶりに見た。
辺りには地人もプレイヤーも居ない。危機は去った。こっちの事をとやかく聞かれる前に行くべきか。
と、そう思いふけっていたトラジオの隣にいつの間にか近づいていた戦士の姿があった。
「……ありがとう、助かったよ」
戦士がぽつりと呟いた。
中肉中背、ぱっと見女かと勘違いしてしまいそうなほどの優男だ。前衛らしく、鉄板で身体を保護したマルチカム柄迷彩のプレートキャリアを装備している。この小隊のリーダーという所だろう。
「気にするな。……すまんが、俺は行く」
ノスタルジアのプレイヤーだとバレる前に。
そう言って立ち上がるトラジオだったが、その男が制止した。
「待ってくれ、君のおかげで僕の小隊は全滅を免れた。何かお礼をしたい」
戦士が丁寧にそう言った。
MMOゲームでは通りがかったプレイヤーが窮地に陥っているプレイヤーを助ける事は珍しいことではなく、助けたとしても「ありがとう」の一言で十分な事が多い。
律儀な男だ。
トラジオは自分の肩に手をかけるその男を見て、すこし飽きれるようにそう思った。
「君も転生したプレイヤーなんだろう?」
そう続ける男にトラジオは困った。
このまま手を払い行くこともできるが、どうしたものか。
少し悩んだ後、トラジオはため息混じりで答える。
「そうだ。まだこの世界に来て長く無いが」
「単独か?」
「いや、仲間と逸れてしまった。それで仲間を探す為に先を急ぎたいのだが」
仲間を探すために先を急ぐ、といえば開放してくれると思っていたトラジオだが、この律儀な男は全く違う反応を見せた。
「……それは本当か!」
大変だ、とでも言いたげに目を丸くして男が続ける。
「協力させてもらえないか。助けて貰った礼だ」
「……っ!」
屈託のない笑みを浮かべるその男に思わずトラジオは表情が引きつってしまった。
律儀だけではない。お人好しな男だ。俺が同じユニオンのプレイヤーだったら喜んで受けただろうが、この男は敵国のプレイヤーだ。
「ありがたいが、独りで行く」
「ど、どうしてだ? さっきの高レベル地人がまだウロウロしているかもしれないぞ」
その戦士の反応に悠吾と似たような性格だ、とトラジオは思った。
自分の損得抜きにして、困った人を放っておけない性格なのだろう。
「すまんが……」
「……お前がノスタルジアのプレイヤーだからか?」
心苦しさに苛まれながら最後の断りを入れようとしたトラジオの言葉をあの弓師の女が遮った。
「なんだって?」
聖職者が訝しげな表情を浮かべた。
バレたか。バレてしまったか。
壁に寄りかかりながら冷たい視線を向ける弓師にトラジオは固い表情を向けた。
「トレースギアで確認させてもらった。念のため、な」
「あんた、ノスタルジアのプレイヤーなのか!?」
静かに答える弓師の声を押しのけ、声を荒らげながら聖職者の男が短機関銃を即座にトラジオに向ける。
条件反射のようにトラジオも男の手を払いHK416を聖職者に向けた。
「俺達を助けて何をするつもりだった? 目的は何だ!」
「お、おい!」
聖職者が吐き捨てるように言葉を投げると、一触即発の空気が辺りを支配した。
銃を向け合ったまま、トラジオと聖職者の男が睨み合う。
そんな2人に気圧されてしまったのか、戦士の男が目を白黒させながら慌てふためくのがトラジオの視界の端に見えた。
「教える必要は無い。死にたくなければ下がれ」
「ハッ! 俺達は死んでも復活する。死は脅しにならいぞ」
「……死ねばその武器とアイテムを失うことになるとしても、脅しにならんか?」
死は脅しにならない。だが、大事な武器とアイテムを落とす事は相当のリスクになる。
そう言いながらトラジオが射抜くような視線を聖職者の男に放つと、思わず男はごくりと唾を呑んだ。
「やめろルーシー! 銃を降ろせ!」
戦士の男の声が辺りに響いた。
助けてくれた恩人に無礼だ、とでも言いたげに戦士の男が制止する。
「……すまない、君も落ち着いてくれ。たとえ君がノスタルジアプレイヤーだったとしても、僕は君に危害を加えるつもりはない」
戦士の男の口から放たれた意外な言葉にトラジオは驚きを隠せなかった。
敵国所属プレイヤーとの対人戦が推奨されている戦場のフロンティアにおいて、危害を加えるつもりはないとは。
「どういう事だ?」
信じられない、とトラジオは銃を聖職者に向けたままチラリと一瞬視線を戦士に送る。
「……」
戦士の男は即答しなかった。言葉を選ぶように、少し何かを考えた後、戦士は思いもよらない言葉を口にした。
「君達ノスタルジアプレイヤーが称号『亡国者』を持っている事は知っている。それがどういうものかも、だ」
***
復活が不可能になる称号「亡国者」はPC版戦場のフロンティアには無かった称号だ。
所属国家が滅亡した際に付与させる称号なのに、このユニオンプレイヤーの男が知っているはずがない。
トラジオは警戒を強め、戦士の男に詰め寄る。
「……何故知っている」
トラジオの問いかける静かな声に、その言葉に3人の空気が固まったのが判った。
「死ぬのを見たからだ」
そう答えたのは弓師の女だった。
「俺達はノスタルジアのプレイヤーが死ぬのをこの目で見た。他のプレイヤーのように身体が消えず、目の前で息絶えた」
「僕達は殺人鬼でも職業軍人でもない。相手が死ぬと判って危害を加えようとは思わない」
聖職者と戦士が諭すように静かに呟いた。
やはり、復活出来ないというのは、死ぬという事だったのか。
想像はしていたものの、実際に亡国者の称号をもつプレイヤーの末路を聞き、トラジオは思わず恐怖に身を震わせてしまった。
「だから銃を降ろしてくれ」
頼む、と戦士の男が言う。
このプレイヤー達はこれまで会ったユニオンのプレイヤーと何処か違う気がする。
いや、これまで会ったプレイヤーがこの「亡国者」の称号の事を知らなかっただけなのだ。憎しみや恨みを持つ相手じゃなく、普通の人を殺して罪悪感に苛まれない人間は居ない。このプレイヤー達がそうであるように。
この世界は無秩序だが、救いの無い世界ではないのかもしれない。
この戦士の男を見て、トラジオはそう感じた。
「……判った」
そう言ってトラジオはゆっくり銃を降ろすと、呼応するように聖職者が短機関銃を引いた。
銃を向けられる事に当然のごとく慣れていないのか、張り詰める空気に息を押し殺していた聖職者はその緊張が途切れた瞬間、吐き出すようにため息をつく。
この小隊の中でも聖職者は転生間もない、比較的実戦経験の無い方なのだろう。如何にPC版の熟練者だといっても、実際に銃を向け合うのに慣れていなくて当然だ。
「ありがとう。それで先ほどの話だけれど、やはり僕達に協力させてくれないか」
変わらない笑顔で戦士が言う。
「見たところ君は相当の手練のようだけど、この狩場を甘く見ない方がいい。あ、いや、ここだけじゃなく……」
「……?」
甘く見るな、とはどういう意味だろうか。
首をかしげるトラジオに戦士が続ける。
「この世界は戦場のフロンティアの世界に酷似していはいるものの、全く別物だ。相違点が多すぎるんだ」
自分と同じ意見を持っていた戦士に思わずトラジオは目を丸くした。
そう。相違点が多すぎる。まるで熟練プレイヤー達を「罠」にはめるように。
「確かに。俺達も野生動物を倒しても経験値は入らなかった。小隊会話で仲間との連絡も取れん」
「この『沈んだ繁栄』は比較的低いレベルの場所だった。だけど、噂によると4階に凶悪なレイドボスが現れたって話だ。中隊が組まれ、討伐隊が向かっている。この場所では絶対現れない高レベルの機械兵器型の、だ」
「まさか……」
トラジオは戦士の言葉に脈拍が速まるのを感じた。
高レベルの機械兵器型レイドボスがノスタルジアの狩場に出るはずがない。奴らが現れるのは東方の高レベル用狩場のはず。
悠吾と小梅がそのレイドボスに遭遇していないことを祈るしかない。
「つまり、地下4階にはレイドボスとユニオンのプレイヤーが居るって事。そんな所に単独で行ったら直ぐにやられてしまう」
「だから、俺達と行動を共にすれば、少なくともユニオンプレイヤーからあんたが攻撃を受けることは無くなる」
というわけだ。
戦士と聖職者がそう語る。
その反応を見る限り、聖職者は俺を助ける事に賛同しているようだが、あの弓師は大丈夫なのだろうか。
そう思ったトラジオは弓師に視線を移すが、彼女は「どっちでも良い」とでも言いたげに、視線を伏せたまま壁にもたれかかったままだった。
……賛同する、と受け取っていいのか。あれは。
「……判った、手を貸してほしい」
トラジオは少し笑顔を見せ、ひとつ頷く。
下心があったわけではない。だが、思いもよらない援軍だ。
「そうか! 良かった!」
そう言って、戦士の男が何処か嬉しそうにトラジオの肩をポンとひとつ叩く。
やはり悠吾に似ている。助ける事を喜ぶ所が特に。
戦士の姿を見て、トラジオは思わず笑い出しそうになってしまった。
「もしここで別れてしまったら、借りを返せそうにないからな。僕はアジー。聖職者のルーシーに……あっちは弓師のロディだ」
「トラジオだ。宜しく頼む」
差し出された戦士、アジーの手をトラジオが握り返す。
「トラジオさん、それでは中隊を組んで仲間を救出に向かいましょう」
アジーの言葉にトラジオは静かに頷くと、即座に行動に移った。
目指すは地下4階。
レイドボスとユニオンプレイヤー達が犇めく、危険なフロアだ。




