第17話 援助部隊の合流 その1
今回も長くなってしまったので2話に分けました。
第18話は一時間後の19時にアップします。
悠吾達がトラジオと合流した時から遡ること1時間ほど前。
地下4階に吸い込まれるように落下していった悠吾と小梅の姿を呆然と見つめたまま、トラジオは己の無力さを責め立てていた。
間に合わなかった。俺がついていながら。
『……悠吾、聞こえるか』
トラジオは静かに悠吾達に問いかけたてみたが……反応はなかった。
小隊会話はどんなに離れていても小隊メンバーであれば会話が出来たはず。
だが、反応は何もない。トラジオは2人が落ちた暗闇を見つめながら、訝しげな表情を浮かべた。
小隊会話が反応しない可能性としては2つある。1つ目は考えたくないが、悠吾達が死亡してしまった場合。もう1つは、あの野生動物から経験値が得られなかったように、相違点が起きているか、だ。
その結論を確かめる方法は1つ。トレースギアで悠吾達の安否を確認する方法だ。
ユニオンプレイヤーや地人達に見つからないようにもう一度身を隠し直したトラジオはゆっくりと、そして無事な事を祈りながら、トレースギアを開く。
トレースギアを開くのにこれほど恐怖を感じたことはない。
ゆっくりとメニューから小隊を開き、メンバー一覧を開いた先、そこに表示されていたのは「NotApplicable」の文字だった。
その文字にトラジオは安心とも落胆とも取れない深い溜息を1つつき、トレースギアを閉じる。
「離れすぎていて情報を得られていない、と言うことか」
ありえない事だ。トラジオはそう思った。
トレースギアの小隊リストの情報表示に各メンバーの距離は関係ない。現に、PC版ではどんなに離れていても情報閲覧ができていた。
相違点。
PC版の戦場のフロンティアの常識が通用しない部分がやはりある。
トラジオがそう考え、ユニオンプレイヤー達の方へ視線を移したその時だった。
「後退っ! 後退だっ!」
先ほどRPD軽機関銃を斉射していた戦士が残りの2人の後退援護をしている光景がトラジオの目に映った。
その光景を見つめ、トラジオは冷静に状況を分析する。
バランスが良い小隊だが、制圧力が足りていない。
弾幕が足りないのだ。地人に自由に動かれ、有利な場所から攻撃を受けている。このままだと包囲殲滅されるのは時間の問題だ。
「駄目だアジー! 背後にも地人が!」
「……ッ!」
ほらきたぞ。
トラジオの想定通り、小隊の退路を断つように2人の戦士が姿を現した。
終わりだ。あのまま包囲を詰められ、いたぶられて全滅。
これで目的の弾薬は手に入るが……悠吾と小梅はここには居ない。
「……むぅ」
トラジオが小さく唸った。
すでに目的は弾薬ではなく、悠吾と小梅を助け出すことに変わった。だとしたら、敵だとはいえ……見過ごして良いものなのか。
──いや、何を考えている。
しっかりしろ、とトラジオは己の頬をぴしゃりと叩いた。
あのプレイヤー達は敵だ。助けた所で逆に撃たれてしまう可能性の方が高い。それに助ければ騒ぎ立てられ、より動きづらくなる。
しかし一方で、共闘しあの地人達を排除すれば、少なくとも多少このフロアでの動きはしやすくなるのも事実だ。
トラジオの頭の中で2つの思考がぐるぐると回る。
助けるか、このまま見過ごすか。
「むぅぅぅ、判らんっ!」
頭が爆発した、とでも言いたげにトラジオが頭を抱え、そして、立ち上がった。
経験に基づいた戦術であれば多少得意だが、こういった思考は苦手だ。
このまま見過ごす事がベストなのだろうが……
「後味が悪すぎる」
見過ごせば罪悪感から夜も寝れなくなってしまう。
トラジオは小胆な男だった。
吹っ切れたトラジオはHK416を構え、セーフティを解除すると、岩陰から上半身だけを出し、素早く眼下の小隊の背後から詰め寄る戦士の地人に銃口を向けた。
「……背後の2人の戦士からやるッ! 火力を集中しろッ!」
「だ、誰だっ!?」
突如坑道に響いたトラジオの低い声に戦士が思わず身を竦め、銃口を向ける。
こちらに撃つつもりか。だが、説明する暇は無い。こちらに気が付いた地人も銃を向けている。
このまま地人を仕留める方が先決だ。
そう判断したトラジオは、戦士の声を無視し、トリガーを引いた。
乾いた連なる射撃音が坑道に響く。
トラジオが放った弾丸は小隊の背後から迫る戦士の独りの脳天に命中した。
一発でゲージの半分が無くなり、続けて命中した弾丸でゲージはゼロになった。
そして光る泡のように地人は霧散する。
「後退をサポートするっ! そのまま下がれっ!」
「わ、判った! ルーシーは先頭、ロディが次、僕が殿を務める!」
トラジオはそう言いながら、続けて2人目を仕留める。
背後の安全は確保した。次は前方の敵だ。
トラジオは隠れていた岩陰から滑り出すと、トレースギアで敵の位置を確認しつつ、地人の弾丸が飛び交う坑道を横切り、逆側の岩へと駆け込んだ。
確認した所、地人は残り5人。先ほどのRPDの斉射と弓師の狙撃でだいぶ処理したらしい。
まず狙うべきは──
「10時の方向! 魔術師に火力を集中っ!」
「り、了解!」
定石とも言える戦法。混戦時はまずは瞬発火力が高く、体力が低い魔術師から倒すのがセオリーだ。
「狙える位置に来た」
と、背後から突如女性の声がトラジオの耳に届く。
黒のキャップをかぶり、黒を基調とした戦闘服に身を包んだ女だ。だがその服装とは対照的な銀髪と、透き通ったような白い肌。サイドに寄せた銀のゆるい三つ編みを揺らし、斬りつけるような鋭い視線で銃のスコープを覗きこんでいる。
その女が持った銃に思わずトラジオは目を奪われた。こんなか細い女に扱える銃じゃない対物ライフルのPGMヘカートII。
これがゲーム内の世界だということを瞬間的に忘れてしまったトラジオをよそに、女がPGMヘカートIIのトリガーを引いた。
「うッ!」
凄まじい発射音と衝撃がトラジオの身体を襲う。思わず射撃を中断し、身を竦めてしまう程の衝撃だった。
だが、女は気にする様子もなく、標的を確認した。
「……仕留めた……次は?」
小さく冷たい声で女は囁くと、図太い遊底を手前に引き、次弾をチャンバーに装填し薬莢を排出した。
冷静かつ手慣れた動き。その動き1つでこの女が手練れだということがうかがい知れる。
「……む、残りは戦士が4人だ。威嚇射撃を行いつつ後退だ」
女の空気につい気圧されてしまったトラジオだったが、即座に状況を確認し、指示を下す。
このままここで地人を処理しても良いが万が一の事を想定し、後退するのがベストだろう。
「了解」
そう言って女が次のスナイプポイントに移動すると、その後を追うように、トラジオとRPDを構えた戦士が続いた。威嚇射撃を行いながらトレースギアを確認した所、やはり増援が来たのだろうか赤く光る点が増えていた。
トラジオの予想は当たっていた。
あのままあそこで篭っていればまた背後を取られて窮地に陥っていただろう。
『……悠吾、小梅、すぐ助けにいくぞ』
もう一度坑道の奥に視線を送りながら、トラジオは悠吾と小梅に小隊会話で語りかけた。
だが、悠吾達の返事はなく、坑道の奥からは地人達が放つ銃撃音だけが虚しく鳴り響いていた。




