最終話 戦場のフロンティア
インターネットゲームによる集団発作!? 長時間ゲームを続けた事によるストレスと過労が原因か──
PCゲームである「戦場のフロンティア」をプレイしていた数十名が同時に意識を失った事件がニュースに取り上げられたのは悠吾が戦場のフロンティアをゲームショップで購入した次の日だった。
数十名という数は判明しているだけの数で、本当の被害者はもっと多いだろうという意見を語っていたニュースバラエティのコメンテーターの言う通り、しがないサラリーマンである悠吾も事件被害者のひとりだった。
記憶に残っているのは、射撃訓練所で用意されていた銃を撃った所まで。悠吾が気がついた時、PC画面にはその射撃場に立つ自分のアバターが映しだされたままだった。
そして、集団発作の原因とされたゲーム、戦場のフロンティアがサービス終了になるまでそう長い時間はかからなかった。
中には死亡してしまったプレイヤーも居たらしく、賠償責任やらで開発運営会社は窮地に追い込まれ、株価が暴落したと同時に民事再生手続が開始され、戦場のフロンティアのサービスは終了することになった。
「あ〜、疲れた……」
悠吾の会社の主力商品であるサプリメント食品「サプ郎」のプロモーション宣伝で終電帰りが続く悠吾はこの日も帰宅早々、ベッドへと直進した。
スーツの上着を脱ぎ散らかし、ワイシャツのままベッドへと倒れこむ悠吾。
そんな悠吾の視線に、ふとあの事件で一躍有名になったゲーム、戦場のフロンティアのパッケージが目に映った。
あの事件以降、悠吾は戦場のフロンティアを起動してはいなかった。
運良く後遺症はなかったが、またプレイすれば何が起きるか判らなかったからだ。
ゲームをしていて死んだなんて聞いたら、親は悲しむどころの話しじゃない。
「……戦場のフロンティア、か……」
だが、悠吾がそのゲームを捨てる事なく部屋においているには理由があった。
その名を口にするたびに、なぜか心がざわめいてしまうのだ。
あんな怖い体験をしてしまったからだ、と言えばそれまでだったが、そのざわめきは恐怖とはまた違う物だった。
「そういえば……サービス終了って……今日だったっけ」
ふとその事を思い出した悠吾は、パソコンの前に座ると、インターネットのブラウザを立ち上げ、お気に入りに登録している戦場のフロンティアのWEBサイトにアクセスした。
「やっぱりそうか……今日の24時にサーバーダウン……あと1時間くらいか」
と、悠吾はパソコンのメールに新しいメッセージが来ている事に気がついた。
送り主は、虎介。
虎介は事件の被害者が集まる「被害者会」で知り合った戦場のフロンティアの元プレイヤーのひとりだった。
被害者会は事件が原因でPTSDを患ってしまった人達や発作の後遺症で悩んでいる人達がSNSを活用して集まった会で、その数は数百名を数える。
中には悠吾のように全く後遺症が無く、社会生活になんら問題が無い者も多かったが、皆が「被害者同士助け合いたい」と考え、定期的に集まるようになっていた。
その会の主催者が、高校の同級生であり、悠吾が憧れていた女子生徒である美優だった事が悠吾には一番の驚きだった。
「……え? 最後にログイン?」
今夜終わりになる戦場のフロンティアの最後を中で見届けないか。
虎介から届いたメッセージにはそう記載されていた。
「まさか。ログインするなんて……」
正気の沙汰じゃない。
そう思いつつも、悠吾は悩んでしまった。
戦場のフロンティアに感じる違和感。それがなんなのか確かめたいと悠吾はずっと思っていたからだ。
今日の24時。それを越えてしまえばその違和感の正体がなんなのかはずっと判らないままかもしれない。
「あと1時間……1時間くらいなら……大丈夫かな」
1時間やって15分休憩。それがゲームをする上で重要だって、誰かが言ってた気がする。
そう自答して悠吾はちらりと時計へと視線を送った。
時計の針は23時10分を指している。
悠吾は何故か高鳴る鼓動を抑えるために、ふうと小さくため息を付くと、虎介に「今からログインします」とメッセージを返信した。
***
ニュースで取り上げられるほどの事件になっているにもかかわらず、ゲームにログインする事が可能な事に悠吾は驚きを隠せなかった。
あの事件以降、プレイヤーは居なくなったと噂を聞いた。なのに、何のために今日までサービスを続けていたんだろう。
そんな疑問を抱きつつも、戦場のフロンティアにログインした悠吾は早速、虎介のキャラクターを探した。
ゲーム世界では「虎介」という名前じゃないと言っていた。
なんというキャラクター名だったかな? 確か「トラ」がついていたと思うけど……
『悠吾か?』
メニューからプレイヤー検索を開こうとしていたパソコン画面のチャットウインドウに、ぽつりとそうメッセージが浮かんだ。
すでに虎介はログインしていたようで、本名と同じ「悠吾」でキャラクターを作っていた為に検索で直ぐ見つけることができたらしい。
『はい。虎介さんですか?』
『そうだ』
そのチャットの送り主は「トラジオ」という名前だった。
そうだ、トラジオさんだ。本名から一文字とって適当に付けた名前だと言ってたっけ。
『いまどちらにいらっしゃいますか?』
『ラムザという街だ。そっちは?』
『まだマイハウスの中です』
手慣れた手つきでそうチャットを返す悠吾。
ラムザという街は所属しているノスタルジア王国が支配しているプロヴィンスのひとつにある街で、ノスタルジアの本拠地のひとつである為、マイハウスから直接アクセスが可能な街だった。
『街の広場に居る』
『了解です、直ぐ向かいます』
そう打ち返し、チャットウインドウを閉じると、マイハウスメニューから「退室」を選び、移動先に表示されている街のリストのうちのひとつ「ラムザ」を選択した。
キャラクターがキラキラと光の粒に代わり、そして画面がブラックアウトする。
そしてしばしのローディング画面をはさみ、鷹のレリーフが刻まれたラムザの街の入り口に悠吾のキャラクターは立っていた。
ラムザの街は人間が操作していない、NPCの総称である「地人」が多く行き交っている街だった。人間が操作しているプレイヤーキャラクターは全く居ない。
あと1時間でサービス終了になる、という事もそうだけど、あんな事件が起きた後にゲームをしようなんて思う方がおかしいもんな。
そう心の中で囁きながら、悠吾はキャラクターをラムザの街の中心部にある、広場へと移動させた。
「こっちだ」
到着した悠吾の姿を見ていたのか、ひとりのキャラクターが悠吾へと近づいて来た。
黒いシャツにマガジンポーチを付けたキャラクター。
そのキャラクターは虎介そっくりなキャラクターだった。
「そのキャラ、虎介さんそっくりですね」
「そうか?」
「ええ、すごく」
パソコン画面を見ながら悠吾は思わず笑みを浮かべた。
「お前もそっくりじゃないか。その髪型といい、頼りない感じといい」
「そ、そうですか?」
「うむ」
そんな他愛もない会話を続ける悠吾と虎介。
しばし操作感などを確認しつつ、悠吾は虎介に今回のログインの理由を問うた。
「ところで虎介さん、ログインして何をするつもりだったんです?」
「いや、特に何かしたいというわけではないのだが、どうもこのゲームが気になってな」
「気になる?」
その言葉に悠吾の心臓がどきりと跳ねた。
「何かは判らんのだが、どうも落ち着かなくてな。サービスも終わってしまう事だし、最後にそれが何なのか確かめたくなったのだ」
「そうなんですね。実は、僕も同じなんです」
思わず悠吾はそう返した。
戦場のフロンティアに対する違和感。それは僕だけじゃなかったんだ。
「お前も?」
「ええ。なんかこう、ぞわぞわするんですよ。このゲームの事考えると」
「同じだな。まぁ、それが後遺症なのかもしれんが」
「そうですね」
今のところ、悠吾も虎介と同じ意見だった。
後遺症、というか依存症的な何かなのかもしれない。もしそうだとしたらあまりよろしくないのかもしれないけど、サービスがもうすぐ終了するならその依存症もいずれ無くなるだろう。
「サーバ切れちゃう前に何か原因になるもの、探します?」
「そうだな。お互い同じ感じだとすれば、何か共通点があるかもしれんな」
「あ、そうですね」
そう言いながら悠吾はメニューから「アイテムポーチ」を開く。
インベントリが開かれ、現在悠吾が所持しているゲーム内のアイテム一覧が表示された。
回復アイテムや武器、防具。能力強化を行うパッチというアイテムもあった。
画面をスクロールしていく悠吾。
そしてその手がとあるアイテムの場所でぴたりと止まった。
「あ、写真」
「お前にもか。こっちにもあるぞ」
2人の共通点とも言える、アイテム一覧の中にあったのは一枚の写真だった。
そして、そのアイテムをクリックして表示された画面──
そこに映っていたのは、見知らぬ女性と一緒に映っている自分の姿だった。
「虎介さん、これって……」
「知らん女だな」
虎介のアイテムポーチに入っていた写真にも、悠吾のそれと同じ女性が映っていた。
黒いツインテールに少し釣り上がった目。
ちょっと気が強そうな感じだけど、すごく可愛い女の子だ。
「この人、見覚えがあるような気がします」
その女性の姿を見て、いつも戦場のフロンティアを見て感じる心のざわつきを覚える悠吾。
ざわつきと共に湧き上がったのは、胸が締め付けられるような感覚──
……まさか、2次元のキャラクターに恋をしていたなんてオチじゃないでしょうね。
「名前は……小梅……ですね」
写真の裏にメモが記載されていた。
悠吾と小梅。
と、その名前に、何故か画面を見る悠吾の頬に涙が伝った。
「あれ?」
何、何、何なんだ。一体どうしたんだ──
突然あふれだした涙にあわてて悠吾はその涙を拭う。
おかしい。
一体この涙は何なんだ。
「このざわつきはこの子が原因のような気がします」
「ふむ、確かに、俺のフレンド一覧にその小梅というプレイヤーの名前があるな。というか、お前の名前もあるぞ」
「え?」
虎介のチャットメッセージに画面を見ていた悠吾の鼓動がどくんと高鳴った。
そして、その言葉を確かめるようにフレンドメニューを開く悠吾。
そこに連なっている名前には確かに小梅という名前と、トラジオという名前があった。
「僕と虎介さんは知り合いだった?」
「ひょっとすると、何かがすっぽり抜け落ちているのかもしれんな。事件の影響で」
「確かに。写真に写ってるこんな場所まで僕はゲームを進めて居ないですし、この小梅って人や虎介さんとフレンド登録しているのはおかしいですもんね」
次々と掘り起こされていく違和感の正体。その根源にこの小梅という女の子が関与している事は悠吾にも虎介にも感じていた。
「聞くか」
「聞く? って誰にです?」
「このゲームの管理者、GMだ」
虎介が言うGMというのは、各国家を取りまとめている国家の代表であるGMの事ではなかった。ゲームプレイ中に何かしら問題が発生した場合に対処するゲームの管理人の事だ。
「見たところ、ログインしているプレイヤーも居ない。とすれば、可能性は低いが聞くことができるのはこのゲームの管理人しかあるまい」
「居るんですか? サービス終わっちゃうのに?」
「終わるとはいえサービスはあと30分続く。GMは待機しているはずだ」
虎介が言った言葉を確かめるように悠吾はメニューから「問い合わせ」というボタンをクリックした。
何かしら不具合が発生した場合や、ハラスメント行為を受けた場合に連絡する事ができるメニューらしい。
「では、僕が問い合わせてみます」
そう言って悠吾は問い合わせをクリックした先に表示されたフォームに内容を記載した。
自分が先日の事件の被害者であること。事件の後、違和感を感じ続けていた事。ログインした後、記憶にないいくつかの事実があったこと。
──そして、小梅というプレイヤーの事。
小梅に関して、GMに問い合わせた所で解決してくれる可能性は低いと悠吾は考えていた。小梅の個人的な情報を第三者に渡すわけにはいかないと想定されるからだ。
だが、悠吾はためらいなく送信ボタンを押す。
そして、GMから返答があったのは、わずか数分後だった。
***
『お問い合わせ頂いた内容ですが、見覚えの無い小梅というプレイヤーからハラスメント行為を受けている、という事でしょうか』
ウインドウに表示されたGMからの返答に悠吾は慌ててしまった。
でも、そう思われても仕方がないと悠吾は思った。
見覚えの無いプレイヤーがフレンド登録されてて、そのプレイヤーと一緒に写った写真がアイテムポーチの中に入ってた、って言ったらそういうふうに勘違いされちゃうよな。
『わかりづらくて申し訳ありません。ハラスメント行為、ではなくこの小梅というプレイヤーは誰なのかという質問です』
『小梅というプレイヤーの詳細が知りたいという事でしょうか』
『はい』
悠吾は即座に返答する。
その質問が馬鹿げているということは重々承知です。個人的な情報はお渡しできません、みたいな回答がきて終わりになるだろうけど。
どこか諦めにも似た感情が悠吾を支配する。
時間は23時45分。これがダメだったら、もうこの小梅という人に行き着くことはムリだろう。
だが──GMからの返答は意外なものだった。
『小梅さんは貴方の何なのでしょうか?』
「……え?」
パソコンの画面に映しだされたGMの返答を見て、思わず悠吾はそう声にだしてしまった。
小梅は僕の何なのか。
それは僕の方が知りたいです。彼女は一体何者なのか。
『判りません。ですがこの小梅というプレイヤーの事がすごく気になるんです』
『会ったことがないのに、ですか?』
『はい。ですが僕もここに一緒にいるトラジオさんも彼女の事がすごく気になってるんです。ずっと感じてきた心のざわつきは小梅というプレイヤーの事だった気がするんです』
素直にそう答える悠吾。
サーバーダウンまで後10分だ。できることは全てやる。
悠吾はそう考えていた。
「どうだ、返答はあったか?」
「ええ、今やりとりしています。この小梅というプレイヤーは僕の何なのかって聞かれてまして」
「ほう?」
そのやりとりに興味があるのか、詳しく教えてくれと問う虎介。
「ふむ、何やらおかしいな。普通GMはそのような個人的な情報に関する対応はしないはずだが」
「僕もそう思います」
本当に僕がやりとりしている相手はGMなのだろうか。
そんな疑問すら悠吾の脳裏に浮かぶ。
『小梅さんに会いたいですか?』
GMからそんな回答がやってきたのは、暫く経ってからだった。
一体どういうことなのか。
悠吾はそのメッセージを読みながら首を傾げる。
小梅というプレイヤーは未だログインしていない。なのに、どうやって会えるというのか。
「小梅というプレイヤーに会いたいか、と聞かれてますが」
「ほう」
悠吾の報告に淡白な返事を返す虎介。
僕と同じく驚いているんだろうけど、チャットだと本当に驚いているのかどうかは全く分からないな。
「会えるのならば、会ってみたいが」
「ですよね」
僕もそう思います。
即座に結論が出た悠吾はGMに「会いたいです」と返答を送った。
そして、暫く沈黙が続く。
GMとやりとりをしていたチャットウインドウに変化はない。
このままサーバーダウンしたら嫌だなぁ、と悠吾が時間を気にし始めたその時だった。
『もう、そちらの世界に戻れないとしても、会いたいですか?』
「……え?」
その回答に再度悠吾は驚嘆の声を上げてしまった。
そして悠吾の身体にぞくりと悪寒が走る。
そちらの世界に戻れない、とはどういう意味だろうか。そちらの世界、というのは、もちろんこの世界の事なんだろうけど、戻るってなんだろう。
まさか……ゲームの世界に入るとかそういうSFチックな事じゃないでしょうね?
「そちらの世界に戻れないとしても会いたいか、と」
「ふむ」
相変わらず蛋白な虎介。
「どうする、悠吾?」
「戻れなくても会いたいかって事ですか?」
「そうだ」
何処か滑稽な問いに悠吾は真剣に考え込んだ。
もしかするとこのGMは僕達をからかっているのかもしれない。サービス終了間近で、遊び半分でそう回答している可能性は高い。
もしここで「構いません」と答えたらどうなるんだろう。からかわれて終わり、だろうか。
「僕は」
チャットをそこまで打って、もう一度悠吾は考える。
心に残る違和感。それはサービス終了最後のこの瞬間、ここに来て更に強くなった。言葉には言い表せないけど、ここでGMの質問に「嫌だ」と答えたらずっと後悔してしまうような気がする。
そして悠吾はゆっくりとキーボードを叩く。
「それでも会いたいです」
どうかしていると自分でも思った。
会ったことも無い人に会いたいだなんて。
だが、虎介の回答は意外な物だった。
「俺もそう思う。ここで終わったら後悔してしまう気がする」
「虎介さんも、ですか」
「変な話だが」
だが、その言葉に悠吾は少し勇気を得られたような気がした。
虎介さんと一緒なら、大丈夫。
何故かそんな気がしてしまう。
『構いません。それでも会いたいです。僕もトラジオさんも』
躊躇せず、そうGMに返信する。
そして再び訪れる沈黙──
GMからの返答を待つ悠吾の鼓動は高鳴るばかりだった。
「今の話、信じるか?」
「どうでしょう」
「戻れ無くなる、という事が本当ならば、俺たちはこのゲームの世界に取り込まれるという事なのだろう。現実世界を捨てて、この世界に」
もし、GMが言った言葉が真実だとすれば、虎介さんが言った通りの事になるのかもしれない。
それはつまり、現実世界の全てを捨てるということだ。趣味や仕事、家族に未来。
だが、悠吾の心に生まれていた違和感はもう留める事ができないほど大きくなってしまっていた。
「馬鹿みたいな事なのかもしれません。でも、ただ一つだけ判るのは、僕は何か大事な事を忘れている様な気がしてならないんです。僕は『あっちの世界』に大切なものを残している気がするんです。それが何なのか確かめずに現実世界にいても、僕もすごく後悔してしまう気がする」
それが今言える悠吾の本心だった。
結局、GMのお遊びだったのかもしれない。だけど、僕の心が「その言葉を信じろ」と囁いてる。
だが、GMから返信は無かった。
時計の針は24時を指しつつある。1秒が長く、そして辛かった。
このまま何もなくブラックアウトしてしまうんじゃないか。
そんな不安すら感じ始めた、その時だった。
『……全く』
「!?」
送り主が空になっているチャットメッセージが悠吾のウインドウに表示された。
そして次の瞬間、ゲーム内の悠吾と虎介の周りの風景が次第にきらきらとポリゴンの破片へと変わっていく。
サーバーダウンかと悠吾は思った。
しかし、これは明らかに違う。何か……別の何かに変わっていくような──
そして時計が24時を指した。
悠吾の部屋に響く、24時を知らせる時計のアラーム。
ぴぴ、と短く、優しい電子音が悠吾の耳に届いた、その時──
「あ……」
画面に表示されていた光の粒がモニターを越えて悠吾の周囲に広がっていった。
それはあまりにも現実離れした光景だった。
ゲームの世界が現実世界に干渉してきているような感覚。
だが、その光景に悠吾は全く驚かなかった。
彼の中に、少しづつ失われていた記憶が蘇ってきていたからだ。
ゲームショップから戦場のフロンティアを購入して、そして訓練所でモニターを越えて現れた手榴弾。
右も左も判らない状況で立たされた絶体絶命の状況。
最初は敵だと思っていたけど、すごい味方だったトラジオさん。
頼もしい仲間達。数多くのピンチ。
そして──小梅さん。
「あんたってホント馬鹿だわ」
「……ッ!」
悠吾の視界を覆い尽くす光の粒の向こう、誰かが立っていた。
懐かしく、そして愛おしい、すこし刺がある声。
「折角戻してやったっつーのに、あんたもクマジオもマジで馬鹿!」
次第にはっきりと見えてくる人影。
黒いツインテールの女性。
それは向こうの世界に残してしまった、大切な女性だった。
「アムリタと楽しくやってんのに、とんだ珍客だわ」
「……それは悪い事をしたな」
ふと背後から聞き覚えのある低い声が聞こえた。
黒いシャツにマガジンポーチを来た熊の様な男──トラジオだ。
「ほら、行け」
トラジオが悠吾の背中を押す。
背中を押された瞬間、あの時、約束した言葉が悠吾の脳裏に蘇る。
あの時、消え去る瞬間に交わした約束。
「迎えに来るって言ったでしょう、小梅さん」
恥ずかしそうに悠吾はそう囁いた。
それがあの時、叶うはずがないと感じつつも、小梅に伝えた約束だった。
「……バーカ」
悠吾と同じように、すこし恥ずかしそうに──しかし、嬉しそうに小梅はゆっくりと歩き出す。
歩速が次第に早くなり、そして、駆け出す。
強がりの奥に隠れていた寂しさが頬を濡らし、そして小梅はそのまま悠吾の胸へと飛び込んだ。
「全ッ然待ってないし」
「それでも……もう絶対に離しませんからね」
小梅の肩を悠吾は優しく抱きしめた。
そして次の瞬間、ふわりと身体の感覚が軽くなった。
光の粒が悠吾と小梅、トラジオを覆い尽くし、そしてその先へと3人を誘う。
光の向こう、電子世界のそのまた向こうへ──
『ようこそ戦場のフロンティアの世界へ!』
悠吾の左腕に付けられていたトレースギアが高々にアナウンスを告げた。
それは始まりの合図。
新しい世界での、新しい1日が始まる合図だった。
新作始めました!
「落ちこぼれ転移者、全てを奪うハッキングスキルで最強に成り上がる 〜最強ステータスも最強スキルも、触れただけで俺のものです〜」
https://ncode.syosetu.com/n4793im/
落ちこぼれの転移者が、触れた相手の能力やスキルを奪って成り上がっていく物語です!
こちらも面白いので是非!




