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第152話 異世界からの帰還 その2

本日2本目です。

エピローグとなる最終話はこの後14時アップです!


 ルシアナが帰ってくるのを暫く待っていた悠吾だったが、結局プライベートルームに誰も戻ってくる気配は無かった。

 原因はひとつ。きっとミトさんとレオンさんは鬼に変貌したルシアナさんに絞られているに違いない。

 また来ます、とルシアナにメッセージを送り、プライベートルームを後にする悠吾。

 そんな悠吾の元に、小梅から小隊会話パーティチャットが届いたのはルシアナのプライベートルームを出て直ぐだった。


『……悠吾』

『小梅さん?』


 小梅の悠吾を呼ぶその声はどこか気まずそうな声色だった。

 狩場シークポイント「無花果の樹海」から戻った後、ノスタルジアの復興と現実世界へ戻るための準備で、悠吾と小梅は落ち着いて話すタイミングを逃してしまっていた。

 ブロッサムの街で小梅を傷つけてしまったと後悔していた悠吾は小梅と話したいと考えてはいたものの、気まずさを感じてしまっていた悠吾は結局自ら小梅にその話を持ちかける勇気が出ず、何かそのきっかけを模索しにラムザの機工士エンジニア工房へと通っていた。


『え~っと、さ……』


 何かを切り出そうとするも、どう言うべきか悩んでいるような声を出す小梅。

 無花果の樹海から戻って以降、何かあった時の事を考えトラジオの提言で悠吾と小梅、そしてトラジオは常に小隊パーティを組む事にしていた。

 もちろん今の状況で何かあるとは到底思えなかったが、それは「独断で何かする」可能性が高い小梅や悠吾の監視とも取れるトラジオの考えだった。

 当然の如く、当の悠吾や小梅にはその意図はバレていない。 


『……今さ、食事処に居るンだけど……ちょっと来ない?』

『え? 食事処ですか?』


 小梅の口から放たれた意外な言葉に悠吾は狼狽を漂わせてしまう。

 気の強い小梅さんからは絶対そういう話しは来ないと思ってた。僕の方から切り出さないといけないと思っていたけど……


『……判りました、直ぐ行きます』

『ホント? じゃぁ……何か食べたいモンあったら頼んどくけど』

『あ~、そうですね……では、冷えたエールをひとつ』

『何、お酒? 悠吾のクセに?』


 始めは多少よそよそしかった小梅だったが、次第に調子を取り戻したのか、生意気だ、と言いたげにそう言い放った。

 そして、その言葉に悠吾はつい笑みをこぼしてしまう。


『10分くらいで着きます』

『……ん、待ってる』


 そう言って小隊会話パーティチャットが途切れる。

 と、その時、クラウストと対峙したあの時、悠吾の中に産まれた懸念が脳裏に再び浮かび上がってしまった。

 管理者の称号である、「創造主デュナミス」の称号を得た小梅に感じたひとつの懸念──


「……ちゃんと聞かないとダメだな」


 その懸念が産む心のざわめきをぐっと押さえつけるように悠吾は小さく自答した。

 悠吾が小梅と話せなかった理由のひとつがそれだった。

 聞いてしまえば、懸念が現実になってしまう可能性がある。それが怖い。でもそれは、僕と皆にとって、すごく重要な事。

 すう、と息を吸い込み、心を落ち着かせる悠吾。

 冷たい空気が肺の中に広がると同時に、あの時失ってしまった右腕がずきりとうずいた様な気がした。

 

***


 陽が傾き始めた時間帯だった為か、小梅が指定した食事処にはそう多くのプレイヤーは居なかった。

 いくつも並んだ丸型のテーブル、その一角に食事処から見える大通りを行き交うプレイヤーや地人じびとをぼんやりと眺めているツインテールの少女の姿があった。

 いつものヘアスタイルに戻っている小梅だ。


「この鷹の剥製、凄いですよね」


 凄い精巧というか、今にも動き出しそうな感じで。

 小梅のすぐ横の椅子を下げながら、悠吾は天上に飾られていた鷹の剥製を見上げ、そうつぶやいた。


「……あ~、そう言われると……なんか怖いね」

「僕ちょっと苦手なんですよね、猛禽類って」

「……へ? 何よそれ」


 悠吾が椅子に腰掛けると同時に、すでに小梅が注文していたエールが悠吾の元へと運ばれてくる。

 ありがとうございます、と小さく会釈した悠吾は小さく肩をすくめて続けた。


「だって怖いじゃないですか、肉食の鳥って。カラスでもヤですもん」

「まぁ確かに、恐ろしげな顔してるけどさ……出会う事まず無いよね?」

「……ど、動物園とか?」

「ぷっ」


 動物園、居ますよね? と、おそるおそるそう答える悠吾に思わず小梅は吹き出してしまった。

 どんだけ怖がってンのよあんた。

 くすくすと小さく肩を震わす小梅に釣られるように悠吾の表情にも自然と笑みが浮かぶ。


「久しぶり、ですかね?」

「え? ……あぁ、うん、そうだね」


 あれから時間にしてみたらたった2日程度だったが、ふたりにとってはとても長い時間に感じていた。

 そして2人を包む静寂。

 手持ち無沙汰な感じに陥った悠吾はエールを一口喉へ流し込んだ。


「……ブロッサムの街で」

「ン?」


 重苦しい空気に支配される前に、意を決した悠吾がそう切り出す。

 ここで黙ってしまったら、ずっと話せない様な気がしたからだ。


「僕は小梅さんに酷いことを言っちゃいました」

「……え?」 

「ええと、その~……ずっと、ですね、その事を謝りたくて。小梅さんを傷つけちゃった事」


 悠吾の言葉に、小梅はぎょっとして目を丸く見開いてしまう。

 

「ばば、馬鹿ッ! 謝ンのはあたしの方なんだから」

「……へ?」


 慌ててぶんぶんと顔を横に振り、そう答える小梅。


「ここにあんたを呼びつけたのは……その……あの時あんたを追い出しちゃった事に謝るのと……えーっと……助けに来てくれた事にありがとうって言いたくて……さ」


 これまでに無く、小梅は素直にそう言い放った。

 だが、それが自分らしくないと思ったのか、頬を赤らめながら即座に唇を尖らせる。


「あ、や、や、お礼なんか言うつもりないから! 違うから!」

「……ぷっ」


 慌てふためく小梅の姿に今度は悠吾が吹き出してしまった。

 小梅さんも僕と同じく、悩んでいたんだ。もっと早く小梅さんに僕から声をかけるべきだったな。

 目を白黒させている小梅に嬉しくなってしまう悠吾。


「な、何笑ってんのさ!」

「いや、ごめんなさい。可笑しくって」

「……なんか腹立つ」

  

 そういって小梅はぷう、と頬をふくらませそっぽをむいた。 

 窓から差し込む日暮れを告げる茜色の光が小梅の横顔を浮かび上がらせる。その姿に悠吾は素直に綺麗だ、と心の中でため息をこぼした。

 この世界に来た時には考えも出来なかった、穏やかな日々。命の危険を感じる事なく、こうやって安全な場所で過ごせる時間。

 この時間がずっと続けば、と思ってしまう悠吾だったが、悠吾には確かめないといけないことが残っていた。


「小梅さん」

「……何よ」


 未だ苛立ちが収まらない小梅はぷい、と横を向いたまま、視線だけを悠吾へと向ける。

 その仕草がたまらなく可愛いと悠吾は思ったが、その想いを喉の奥へと押し戻すように続ける。


「現実世界に戻るための方法なんですけど」

「……ッ」


 ぽつりと放った悠吾の言葉に小梅の表情が強張った。


「あのゲートを通って、現実世界に戻る作戦が間もなく開始される予定です」

「そ、そう。ならあたしが開けてあげないとね」


 それがあたしの役目だもんね。

 そう続ける小梅の視線は小さく泳いでいる。


「小梅さん」

「何よ」

「……あのゲート……小梅さんは……僕達と一緒にくぐれますよね?」


 それはあの時、暗闇の中から現れた小梅を見た時から感じていた違和感だった。

 マスターキーの称号を持ち、この世界の管理者たる「創造主デュナミス」の称号を付与された小梅はこの世界から出ることが出来ないのではないか──

 それがずっと悠吾の中に残っていた懸念だった。


「……」


 悠吾が放ったその言葉を聞き、小梅は無言のまま、視線を窓の外へと移す。

 否定は無い。

 その事に悠吾の心はざわめく。

 

「小梅さん……小梅さんだけ戻れないとか言わないですよね!?」


 大丈夫だ、と言って下さい。

 祈るようにそう漏らす悠吾。

 だが、小梅は何も返さなかった。悠吾の耳を撫でていくのは心地よい喧騒の声。他のテーブルを囲む幾人かのプレイヤー達の談笑の声。


「……それがあたしの覚悟だったわけ」


 窓の外、赤くそまるラムザの空を見上げながらぽつりと小梅が答えた。


「覚悟?」

「あの弾丸……この世界の管理者だったモーガンって爺さんがあたしに言ったんだ。クラウストがやろうとしていた事はこの世界にとって『正義』であって、あたし達は『悪』なんだって」

「……え?」

「戦場のフロンティアの世界の成長と変化を起こそうとしているクラウストが正義で、その行動を妨げてるあたし達が悪だって言い放ったわけよ、その爺さん」

「まさか……!?」


 自分と同じ反応を見せる悠吾に小梅は小さく笑みを浮かべる。


「やっぱあんたも同じ反応ね。あたしもさ、すっごいムカついたわけ。そんなはずはない、って。だからさ蹴飛ばしてやろうと思ったわけよ」

「蹴飛ばす? って?」

「クラウストとか、この世界を管理している奴らとか、全部」


 そういって、うーん、と小梅は大きく伸びる。

 後悔は無い。そう言いたげに。


「だから、あたしが管理者になることに決めた。クラウストを蹴っ飛ばして、皆を現実世界に戻して、あたし達が正解だった、ってこの世界に見せつける為に」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

「待たない。だから、あたしは最後まで見届ける必要があるんだ。この世界とあんたたちの最後を、さ」


 そう言って穏やかな表情を見せる小梅。

 その姿がとても切なく、悠吾の心を締め付ける。


「……小梅さんは、現実世界に戻れないって事ですか?」

「そ。それに、扉はあたししか閉じる事、出来ないんだよね。だから、あたしが残って最後の始末をする必要があンの」

「だったら……小梅さんと一緒に僕もこの世界に残ります」


 小梅の瞳を見つめながら、悠吾は即座にそう言い切った。

 僕達の為に小梅さんが犠牲になるなんてふざけている。そんな事があってたまるもんか。


「は? あんた何いってンのよ? 悠吾が居るべき世界はこの世界じゃなくて、あっち(現実)の世界でしょ?」

「小梅さんこそ何いってるんですか! 小梅さんを残したまま、現実世界に戻っても誰が喜ぶんですか! トラジオさんも、ロディさんやルシアナさんだって……」


 まくし立てるようにそう言い切って、悠吾はぐっと息を飲み込んだ。

 小梅を失う恐怖がふつふつと心の奥底からにじみ出てくるのがはっきりと判った。


「……僕だって、小梅さんが居ない現実世界になんか戻りたくない。小梅さんと一緒に戻れないなら……僕は戻らない」

「……ッ」


 小梅の表情が一瞬歪んでしまう。

 瞬きをしてしまえば見逃してしまったであろう、その一瞬を悠吾は見逃さなかった。

 小梅さんは嘘をついている。

 ひとりでこの世界に残りたいだなんて真っ赤なウソだ。あれほど現実世界に戻れるか心配していた小梅さんが、ひとり残るなんで心のそこから思えるはずは無い。 


「……あは、大丈夫だっつーの」


 小さく小梅が続ける。

 それはとても、とても残酷な言葉だった。


「だって……現実世界で目覚める悠吾は──『あたしの事を知らない』悠吾だから」

「……え?」


 今まで辺りに流れていた喧騒の雑音が一瞬にして無音へと変貌した。

 時がとまったかのように悠吾は固まり、そして小梅が放った言葉の意味が少しづつ身体の中に流れ込んでくる。


 あたしの事を知らない悠吾。

 現実世界で目覚める悠吾は、あたしの事を知らない悠吾──


 その言葉が苦い恐怖と共に何度も悠吾の頭の中で響く。


「ど、どういう事ですか……?」

「……モーガンにね、聞いたんだ。ゲートをくぐった後、あたし達はどうなるのか、って。そしたら、今こうやって話しているあたし達の記憶はメモリーとしてこの世界に残って、あたし達の意識は向こうで『空』になっている身体に戻るんだって」

「嘘でしょ……この世界の……この世界での記憶は全部無くなっちゃうって事ですか!?」


 忘れたい事も山ほどあるけど、忘れる訳にはいかない事も山ほどある。

 トラジオさんにルシアナさん、ノイエさんにロディさん、レオンさん、ミトさん、アジ―さん、ルルさん、アムリタちゃん。

 そして、小梅さん──


「だったら尚更嫌だ、絶対嫌だ! 僕は戻らないッ! 絶対に!」


 思わず声を荒げ、悠吾は逃げるように立ち上がる。

 この事をルシアナさんに伝えれば、ノイエさんに伝えれば何か解決方法を考えてくれるはず。

 絶対にそうだ。

 だが、そう熱り立つ悠吾を小梅は落ち着いた表情でじっと見つめていた。


「ん〜、だと思って、既に手は打ってるんだよね」

「……え!?」

「この事言ったら、あんた絶対折れないと思ってたからさ。それに──」


 小梅がトレースギアを開く。


「あんたとずっと話してたら、あたしの決心、鈍りそうだから」

「ッ!!」


 小さく頬を緩ませる小梅。

 だが、小梅のその目に笑顔の色は見えなかった。


『スキル発動、能力支配アドミニストレーション


 小梅が創造主デュナミスのスキルである、全てのプレイヤーに影響を及ぼすことが出来る『能力支配アドミニストレーション』スキルを発動した。

 そして──


『全てのプレイヤーにアクセス。付与効果、睡眠──』


 どくん、と悠吾の鼓動が脈打ち、そしてぐらりと視界が揺れた。

 意識がぼやけていくと同時に、身体から力が抜けていく。


「小梅さ……」


 一体小梅がなにをしたのか、悠吾には判らなかった。

 だが、突如襲いかかってきた睡魔にあがらうことができず、悠吾はその場に崩れ落ちる。


「何……を……」


 ぼやけていく視界の向こう、うっすらと小梅の姿が悠吾の目に映る。

 最後の力を振り絞り、悠吾は小梅の身体へと倒れこんだ。

 そして、痺れていく意識の中、悠吾の耳に小梅の震える声が届いた。


 小さく一言、ごめんね、と。


***


「オジサン……オジサン!!」


 ぼやける意識の向こう、闇の中から放たれている小さな少女の声に悠吾の意識は深海から浮上していくかのように呼び起こされた。


「……アムリタちゃん?」

「オジサン! しっかりしてっ!」


 テーブルにうつ伏せになっていた悠吾がふと顔を上げた視線の先、そこに居たのは慌てふためいているアムリタの姿だった。

 一体僕は何をしていたんだっけ。

 ここで何を──


「ママが居なくなっちゃった!」

「ママ……? ……小梅さん!?」


 その言葉に悠吾の心臓がどきりと跳ね上がる。

 そうだ、僕は小梅さんに呼ばれてここに来て、それで小梅さんに──


「突然探索者シークの皆が倒れちゃって、それで怖くなってオジサンを探してたんだけど……」

「……小梅さんッ」


 慌ててトレースギアを開く悠吾。

 そこに表示されていたのは、小梅と会ったあの時から1日以上が経過している日付だった。

 

「まずい……かなり時間が経ってる」


 小梅さんはゲートを開くつもりだ。

 どうやってやるのかは判らないけど、僕達を強制的に現実世界に戻す為に──


『小梅さん! 小梅さんッ!!』


 トレースギアの小隊パーティ一覧にいまだ小梅の名前があることに気がついた悠吾は即座に小隊会話パーティチャットで小梅に語りかけた。

 アムリタちゃんに起こされなかったら、このまま現実世界に戻されていたかもしれない。

 ちらりと送った視線の先、悠吾の目にアムリタの心配そうな表情が映る。

 

『……小梅さん、聞いているんでしょう!? 返事して下さい!』


 小隊会話パーティチャットの通信可能距離を増幅させる中継機ルーターはこの街の各所に設置されていたはず。小梅さんが向かった場所がゲートがある無花果の樹海だとすれば、十分に届く距離だ。

 小梅さんは絶対に聞いている。


『お願いですから……返事をして下さいッ!!』


 懇願するように叫ぶ悠吾。

 と、その時だ。


『……うるさいな。折角寝てる間に全部おわらせようとしてンのに』

『小梅さんっ!』


 聞き慣れた気だるそうな声が悠吾の元に届く。

 その声は間違いなく、小梅の物だった。


『ちょっとやそっとじゃ起きないはずなのに、なんで目さましてんのさ』

『アムリタちゃんが起こしてくれました。それよりも……どういうつもりですか、小梅さん!?』


 小梅さんにつながった、とアムリタにジェスチャーを送る悠吾。


『このまま無理やり現実世界に戻すつもりなんですか!?』

『……なんで起こしちゃのさアムリタ。あのままにしてれば……何の問題もなく……終わったのに』


 小梅の声が途切れ途切れにそう語る。

 

『今からそっちに行きます! 絶対僕が到着するまでゲートを開けないでください!』

『無駄よ。もうゲートは開きかけてるもん』

『……ッ!!』


 その言葉に悠吾は言葉を失ってしまった。

 ゲートは開きかけている。ということはもうすぐ──


『そのゲートをくぐらなければ現実世界に戻れないんじゃなかったんですか』

『開いて、管理者であるあたしが命令すれば、行けちゃうみたいなんだよね』


 さらりと小梅が言う。


『……小梅さん、やめて下さい。今直ぐ閉じて下さい。小梅さんを置いて戻るなんて、出来ない!』


 居ても立ってもいられず、アムリタの手をとり、食事処を飛び出す悠吾。

 今から向かっても絶対に間に合わない事はわかっているが、じっとしてはいられなかった。


『悠吾』


 大通りは眠ったプレイヤー達で溢れかえっていた。彼らを心配そうに介抱している地人じびと達の隙間を抜け、走る悠吾の耳にぽつりと小梅の声が届く。


『色々あったけどさ、あたしは楽しかったよ。あの岩場で弾薬を奪おうとしてたレオンをあんたに取られて、それから廃坑で助けられて』

『小梅さん、やめて下さい!』

『今だからいけるけど、さ、あたし……トットラの街で寝てるあんたにチューしちゃったんだよね』


 くすくすと放たれる小梅の小さな笑い声が悠吾の心を責める。

 やめてください小梅さん。これで終わりだなんて絶対に嫌だ。


『雨燕に撮ってもらった写真、覚えてる? 皆で撮ったやつ。あたしの宝もンだけどさ』

『小梅さん、僕はッ……!』


 悠吾の視界が涙でぼやける。

 そして、アムリタの手を取ったまま、その場に崩れ落ちてしまう。


『小梅さんの事を忘れるなんて嫌だ。小梅さんの居ない世界に戻るなんて嫌だ……ッ』

『……悠吾、あんたは今まで出会ったやつとは違う、変なやつだった。だけど……そんな変態なあんたを……あたしは好きになっちゃった』

『……ッ!!』


 ぎゅう、と悠吾の心が締め付けられる。

 

『小梅さん……必ず……必ず迎えに来ますから……ッ』


 それは無理だということが悠吾には判っていた。

 だが、そう言わないわけにはいかなかった。


『……あんがとね、悠吾。あんたが居たから、あたしは頑張れた』


 落ちかけた太陽がラムザの空を琥珀色に染める。

 何度も見た1日の終わり。若夜の始まり。

 だけど、この世界の明日はもう、見れない。


『さよなら、悠吾』

『小梅さん……ッ!!!』


 小梅のその言葉と同時に、茜色に染まっていた東の空が青白く飛んだ。

 天高く光の柱が昇り、そしてまるで扉が開かれるかのように、次第に柱が空一面に広がっていく。

 そんな光景をこれまで悠吾は一度も見たことがなかった。


 張り裂けそうな悠吾の心とは裏腹に、その光景は儚く、そして美しかった。

 その光の向こうに、小梅が居たような気がした。

最終話はこの後14時アップです!

お楽しみに!

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