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第151話 異世界からの帰還 その1

本日は3話更新!

152話は13時アップです。

 機工士エンジニアの小さな工房。その天上に飾られた街のシンボルである鷹の剥製を悠吾はぼんやりと仰ぎ見ていた。

 トラジオさんの話によれば各都市には「シンボル」があるらしく、この街「ラムザ」は鷹をシンボルとしているらしい。ちなみにブロッサムの街は「盾」で、ルルさんが居たベルファストの村は「ハンマー」がシンボルと言っていた。

 ベルファストの村はなんとなく分かるけど、ブロッサムはなんで盾なんだろう?


「悠吾」


 そんな他愛もない事を考えていた悠吾の耳に聞き慣れた声が届く。

 いつもの黒のシャツにグリーンのベスト。悠吾の背後に立っていたのはトラジオだった。


「トラジオさん」

「身体はどんな具合だ?」

「もうすっかり大丈夫ですよ」


 そう言って右腕を掲げる悠吾。

 だが──悠吾の右腕は肘から先が完全に失われていた。

 悠吾の右腕は、あのゲートの向こうにクラウストと共に消えてしまっていた。


「というか、右腕が無くなっただけで、ほかはピンピンしてますけど」

「そうか。まぁ、今は不便でも現実世界に戻れば問題あるまい」


 悠吾が受けた右腕の欠損は、この世界のルールから逸脱したイレギュラーな事だった。

 PC版戦場のフロンティはもちろん、この世界でも何かが原因で身体の一部が欠損するという事はあり得なかった。ナイフで斬られても黒ずんだ傷が残るだけで、四肢が切り落とされることは無いし、爆発でやられたとしても黒ずんだ傷跡を残すだけだ。

 失われるはずがない右腕。

 だが、そこから想像できることは、やはりあのゲートは現実世界につながっているという事実だった。

 悠吾の右腕はこの世界から、現実世界に戻ったのだ、と。


「ひょっとすると現実世界の僕の右腕が動いてたりして?」

「フッ、かもしれんな。ちょっとした騒ぎになっているかもしれん」


 冗談半分でそう言った悠吾にトラジオは笑顔を返す。

 この世界からついに現実世界に戻る時が来た。

 現実世界に戻る為の唯一の手段であるあのゲートを手に入れたのは悠吾達ノスタルジアだった。


「トラジオさん。それで、僕に何か?」

「ウム、ルシアナがお前を探している。察するにそのゲートの件だと思うが」

「……ということは、小梅さんも一緒に?」

「いや、ルシアナだけだ」

「……そうですか。判りました、向かいます」


 イースターエッグである、あのゲートを手に入れたノスタルジアだったが、未だゲートは閉じられたままだった。

 開くことが出来るのが、マスターキーの称号を持つ小梅だけだという事もあったし、ゲートを開くということは現実世界から新しい転生者が迷いこんでくる可能性もあったため、ルシアナは万が一の時の受け入れ体制を整える必要があると考えたからだ。


「でも、この世界に来てこんなに穏やかな時間を過ごすのは初めてですよね」

「そうだな。呪いの様にまとわりついていたあの称号がなくなるとこれほど気が楽になるとはな」


 機工士エンジニアの工房を後にし、ラムザの街を歩く悠吾達は今までに無いほどの安心感があった。

 ヴェルド共和国の参戦により旧ノスタルジアプロヴィンスの一つを奪い返したノスタルジア王国。そして交戦フェーズ終了と共に、国家復興し、悠吾達に付与されていた称号「亡国者」は消え去っていた。


 そしてユニオンのGMゲームマスターであるクラウストがこの世界から消え去った事は彼自身の野望を阻止したという事以外にもこの世界に多大な影響を与えた。

 最も影響があったのはこの世界の勢力図だ。

 北部と東部からユニオン連邦のプロヴィンスへと攻め込んだヴェルド、東方諸侯連合の攻撃によりユニオンの指揮系統は混乱し、僅か1日半でユニオンは北部、東部のプロヴィンスの大半を両国に奪われてしまった。

 以前は世界の半分近くを支配下におさめていたユニオン連邦だったが、いまやヴェルドや東方諸侯の所有プロヴィンスの半数以下になるほどの少国家になり、クラウストの代わりに新しく就任したGMゲームマスターは争いではなく、対話による周囲国家との関係改善に取り組む方向へと大きく舵を切った。


「でも、それだけじゃ無いですよ。この世界に居るプレイヤーのほとんどが殺しあう事をやめてくれたんですから」

「うむ、それが大きいな」


 平穏な時間が流れているのはユニオン連邦がプロヴィンスの半数近くを失い、ノスタルジア王国が復興したというだけではなかった。ノスタルジア王国が復興して直ぐにルシアナはこの世界に居る全プレイヤーに対してひとつのメッセージを送った。

 この転生事件の真実と、イースターエッグの存在だ。


『この転生事件の首謀者は死んだユニオン連邦のGMゲームマスター、クラウストであり、私達には皆さんを現実世界に戻すための手段があります』


 そのメッセージはプレイヤー達、特にユニオン連邦に所属するプレイヤー達の殺戮を止めるに十分効果があるメッセージだった。

 この世界に順応し、戻ることを拒むプレイヤーも中にはいるものの、大半のプレイヤー達が争う事を止め、ルシアナの言った現実世界に戻れる手段に頼ってきたのだ。


「失礼しま~す……」


 悠吾が呼ばれた場所はラムザの街の大通り沿いにあるプライベートルームだった。

 ブロッサムの街で小梅が保護されていたプライベートルームと似た作りの部屋だったが、ここはラムザの街では上位に位置するプライベートルームらしく、値段もそこそこすると悠吾はトラジオに聞かされていた。


「あ……悠吾くん」


 レースのカーテンが静かになびき、おもわずまどろんでしまいそうな日差しが天窓から差し込んでいるその部屋にいつもの戦闘服ではなく、大きめのストライプシャツにレッグラインが綺麗に出たスキニーパンツとカジュアルな装いに身を包んでいるルシアナの姿があった。

 いつもと雰囲気が違うルシアナの姿におもわず鼓動がどきりと波打ってしまう悠吾。

 

「御免なさい、わざわざ来てもらって」

「い、いえ、大丈夫です。どうせ暇ですから」


 交戦フェーズが終わって、ノスタルジアが復興してやっている事と言えば、雨燕さんに頼まれた2台目のカメラを生成したくらいだ。

 リハビリに良いのではないかとカメラ生成の為の素材を取りに狩場シークポイントに同行した悠吾だったが、地人じびとは全て雨燕が簡単に処理してしまったために、リハビリらしい事は何もできなかった。


「悠吾くんを呼んだのは……例のイースターエッグの件なんです」

ゲートですね?」

「はい。ゲートを開いた時に誤ってこの世界に来てしまった方たちが居た場合、彼らの保護をロディ達、『暁』が請け負ってくれる事になりまして、最初の帰還作戦を実施したいと考えています」

 

 ゲートをくぐって現実世界に戻るにあたり、ルシアナは数回に分けて帰還を行おうと考えていた。

 現実世界からこの世界に誤って迷い込んでくる確立を限りなくゼロにするために、できるだけゲートを開く時間を短くするためだ。


「その方が良いかもしれませんね。できるだけリスクは少なくしないと」

「ええ。それで最初の帰還メンバーですが、できるだけゲートの存在を知らないプレイヤー達から選出しようと考えています。もし問題が起きてしまった場合、ゲートの扱いを経験した悠吾くんや小梅さんに残ってもらった方が安心ですから」

「ええ、僕もそう思います」


 ルシアナの考えに快く頷く悠吾。


「ありがとう。本当は一番の功労者である悠吾くんや小梅さんに最初に帰還してもらいたいのですが……」

「気にしないでください。障害があるわけじゃないですから、のんびりと待ちますよ」


 無茶しても死ぬことはありませんし。

 そうおどける悠吾にルシアナは笑顔を覗かせる。


「……悠吾くん、本当にありがとう。貴方がいなかったらここまで来れなかった」

「な、なんですか急に。改まって」


 じっと見つめるルシアナの青い瞳を見返すことができず、悠吾はさらりと視線を逸らす。

 

「悠吾くん、ひとつお願いがあるのですが」

「な、なんでしょう?」


 ふと、ルシアナの空気が柔らかく変わった事を察知してしまった悠吾はひゅうと心が浮き上がってしまう感覚に襲われた。

 よくよく考えたら、この部屋にルシアナさんとふたりきりじゃありませんか。

 次第にその事実が重くのしかかり、悠吾はあたふたと目を泳がせ始める。


「ずっと伝えたかった事があるんです」

「なななん、なんでしょう?」

「あの……デートの件、覚えてます?」


 恥ずかしそうに俯き、もじもじと両手をお腹の前で揉み始めるルシアナ。


「も、もちろんです」

「それで、ね。現実世界に戻ったら、なんですが……」

「……は、はい」


 周囲の気温がぐんと上がったように感じた悠吾とルシアナ。

 彼女が続けて放つであろう言葉は女性経験が無い悠吾にも想像出来た。

 現実世界に戻ってから、約束を果たして欲しい──ルシアナさんはそう言いたいのではないか。

 そして、どういう表情をすれば良いか判らず、目を白黒させている悠吾をよそに、意を決したようにルシアナが顔を上げる。


「私と現実世界でデー……」


 はた、と悠吾の瞳を見つめて囁くルシアナ。

 だが、その言葉が意味を成す前にルシアナの声はぴたりと止まってしまった。


「……?」


 思わず首をかしげてしまう悠吾。

 なぜかルシアナは視線を悠吾に向けたまま、その場で固まってしまった。

 頬を赤らめたまま、石像の様に微動だにしないルシアナ。

 ──その視線は少しだけ右にずれている。

 

「……あ」


 ルシアナの視線を伝い、悠吾はゆっくりと背後に視線を送る。

 丁度、玄関から左に曲がった先、いくつかある部屋のうちのひとつの扉が開かれていた。

 そしてそこに居たのは、なぜか靴を両手に摘み、おそるおそる部屋を出ようとしている──ミトだった。


「ミ、ミトさん?」

「……ッ!」


 静まり返った部屋に響き渡った悠吾の声にびくりと身を竦ませるミト。


「……あ、いや、その、なんというか。おじゃましました~」

「ま、待って! 違うから!」


 なぜここにミトが居るのかが判らないルシアナだったが、そそくさと部屋を後にしようと玄関へ向かうミトを驚異的なスピードで追いかけると、背後から羽交い絞めにした。


「うわっ! だ、大丈夫! 小梅さんには言わないから!」

「何を!?」

「ルシアナが抜け駆けした事だよ!」


 それにアタシはルシアナ推しだし、とミトは訳の分からない事を口ずさむ。

 

「だから違います! これは現実世界に戻った後の件を打ち合わせてて……というか、何故ミトがここに居るの!?」

「いや、だってこのプライベートルーム、入室規制がかかってなかったから……その、暖かいし、お昼寝にピッタリだったからさ」

「お、お昼寝!?」


 確かにこのプライベートルームは入室規制をかけてない。例のゲートの件でロディやレオン、暁のメンバー達とミーティングで使う事もあったし、特に重要なアイテムを置いていないからだ。

 でも──まさか昼寝に使われていたとは。


「……ちょっと待って。こっそりここを使っていたのは……ミトだけ?」

「え……えーと……どうだろう?」


 アタシ知らない、と目を泳がせるミト。

 その姿に、ルシアナの脳裏に嫌な予感が過った。


 ノスタルジア王国が復興した事で、亡国者の称号が無くなった事と合わせて、これまで制限されていたとある機能をルシアナ達は使えるようになっていた。

 命を落とした際に復活リスポンポイントになる、マイハウスの機能だ。

 そして、ルシアナがマイハウスに貯めていたお金を使い、購入したのがこのプライベートルームだった。

 現実世界に戻る前に使ってしまおうと考え購入したこのプライベートルーム。結構な金額だったが──部屋数は多い。

 

「……」


 嫌な予感に導かれるようにルシアナは部屋のひとつ、利用していない部屋のドアをゆっくりと開いた。

 しんと静まり返ったプライベートルームに広がっていく、悲しげなドアの音。

 そして、そのドアの向こうに居たのは、ドアに耳を押し付け、様子を伺っていたのか同じポーズで身を屈めている──レオンだった。


「あっ……」

「……貴方……そこで一体何をしていらっしゃるのですか」

「ッ!! ……あ~、いや~……なんつーか、その……ロディさんを探しに……?」


 ロディさん居ねぇなぁ、とわざとらしくキョロキョロと辺りを見渡し、ルシアナの横を恐る恐る抜けていくレオン。

 そしてルシアナの目がぎらりと光ったその瞬間、一目散に玄関へと走りだした。


「て、てめぇミト! 俺を売りやがったなッ!」

「なにも言ってないよ、アタシ!」

「……あッ! ふたりとも待ちなさいッ!!」

 

 ドアを蹴破るように開け放ったレオンを先頭にミトが後を置いプライベートルームを飛び出していく。

 そして、顔を赤く火照らせたルシアナのきらきらと光るブロンドヘアーが風に乗り、するりと玄関から消えていった。


 後に残されたのは、そんなやりとりを呆けた顔で見ていた悠吾。

 そして消えてしまったルシアナの後ろ姿を思い起こしながら、悠吾の頭をひょこひょことひとつの疑問が回っていた。


 ──結局僕は何のためにここに呼ばれたんだろうか。


 その疑問に答えることが出来る者は誰も居なかった。

次話の第152話は13時アップです。

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