第149話 管理者
「その弾丸は……」
静かに佇む小梅をみやり、悠吾が呻くようにそう漏らした。
自分で作ったからわかる。あの黄金色に輝いているあれは──エンチャントガンの弾丸だ。
「……この弾丸にはこの世界の管理者であるモーガンの能力が詰まってンのよ」
笑みを浮かべるクラウストを威嚇するように、強い口調で小梅が囁いた。
管理者モーガン。
その名前は悠吾には初耳だったが、これまで悠吾の前に差し出されていたパズルのピース、そのひとつひとつが合わさり結論を描き出していく。
なぜ逃げる事無く、小梅は奥へと向かったのか。
なぜクラウストはプレイヤーをエンチャントガンの素材として利用したのか。
なぜクラウストはこの場所に行く必要があったのか。
「私の目的は、この世界の管理者たるモーガンの能力を手に入れ、この世界の新しい『管理者』となることです」
「……ッ」
直感で悠吾は理解する。
その弾丸の可能性と、クラウストへその弾丸が渡った後のこの世界の惨状を。
世界を席巻するのは恐怖と破壊。人々に生まれるのは憎しみと怒り。これまでクラウストが行ってきた事がエスカレートした最悪の世界だ。
「だ、だめです小梅さん……ッ」
声にならない悠吾のうめき声が辺りに広がっていく。
それを渡しちゃだめだ。それだけはクラウストに渡してはいけない──
心の中で叫び続ける悠吾だったが、その想いは小梅には届かなかった。
「悠吾とアムリタを助けてくれるなら、この弾丸はあんたに渡すわ。だけど、2人を手に掛けるなら、この場でぶっ壊すから」
腕を掲げたまま、黄金色の弾丸をぎゅうと手のひらで握る小梅。
「……いいでしょう」
クラウストはアムリタの首を締め付けていた指をゆるめ、地面へと放つ。
どさりと落下したアムリタの咳き込む声が暗闇の中に反響する。
「その弾丸はその場に下ろしなさい。私はその弾丸を、君はこちらに居る2人を」
交換と行きましょう。
その言葉に小梅は小さく頷くと、ゆっくりと足元へ弾丸を置いた。
クラウストは直ぐ様駆け寄ってその弾丸を己の身体へと打ち込みたかったが、それを必死で抑え込む。
一歩一歩、時を刻むように足を進める。
「……私の勝ち、のようですね」
小梅とすれ違う瞬間、正面を見据えたままクラウストがそう言い放った。
モーガンの足掻き。そして貴女の足掻き。悠吾くんの足掻き。全ては無駄だったということです。
そう囁くクラウストだったが、小梅は足を止めること無く無表情のままクラウストの横を通り過ぎると、地面に倒れている悠吾とアムリタの元へと向かった。
「小梅さん……ッ」
「はぁ……あんたってほんと馬鹿ね。そんなボロボロんなって」
ひょいと身をかがめ、悠吾とアムリタの無事を確かめる小梅。
いつものような刺のある小梅の言葉だったが、悠吾はそこに潜む違和感に気がつく。それはいつもとは違う、どこか悲しげで、優しい小梅の表情だった。
「小梅さん、あの弾丸は──」
「悠吾、ひとつお願いがあるんだけど」
「……え?」
悠吾の言葉を優しく遮る小梅。
そして、声が漏れないように小梅は悠吾の耳元へと唇を運ぶと、ぽつりととある「お願い」を告げた。
***
クラウストは興奮を抑えきれなかった。
小梅が地面に置いた黄金色に輝くその弾丸を拾い上げた瞬間、これから起こる事への期待とこれから進むべき未来に自然と笑みが漏れてしまう。
管理者の能力は一体どれほどの可能性を秘めているのかクラウストはその能力を目の前の3人で確かめるつもりでいた。どれほどの能力があり、どの程度この世界を自由に創造できるのか。
利用価値が無い彼らを生かしている理由はまさにそれだった。
「君たちはこの世界の王の戴冠を目の当たりにしているんですよ。光栄に思って下さい」
ゆっくりとエンチャントガンに弾丸を装填し、首筋にあてがうクラウスト。
もはや何人も私を止めることは出来ない。
小梅も悠吾もアムリタも、ただその瞬間を見ることしか出来なかった。
そしてひとおもいにエンチャントガンの引き金が引かれた。
響き渡るのは、ぱしゅんと空気が抜ける様な音。
黄金色の光がクラウストの首元から体内へと広がっていく。それは、この世界の王になる為の資格であり、権利。
黄金色の弾丸に秘められたモーガンの能力がクラウストへと付与された──かに思えた。
「……?」
その異変にクラウスト自身が直ぐに気がついた。
異変、というよりも、何も異変が起きない自身の身体に。
「ど、どうした……?」
これまで何度も試してきた付与。打ち込んだ弾丸から付与される能力は即座にステータス上に現れるはず。
──しかし、いくら待てどもクラウストのステータスに異変は見られなかった。
「……ばーか。まんまと引っかかった」
「ッ!!」
雫がぽたりと水面に落ちるように、小梅の声が広がっていく。
してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべながら。
「……何をした。あの弾丸に、何をしたッ!!」
「なんにもしてないわよ。ただね、あの弾丸は……『空』なだけ」
「なっ……!?」
クラウストの表情が凍りつく。
そしてクラウストは即座に小梅が放った言葉の意味を理解した。
まさか君は、あの弾丸を──
「そんなはずはありません。君があの弾丸を使うことなど──」
「これが無いって思ってた?」
残念ね。
そう言って小梅がポケットから取り出したのは、一本のエンチャントガンだった。
「ッ!? なぜ君がそれを!?」
「あんた、あたしが盗賊だって事忘れてたでしょ。あたしが開放されたあの時、あたしが『スティール』スキルでこれを盗んだのぜんっぜん気がついて無さそうだったもんね」
そういって、首元にエンチャントガンをあてがい、ぷしゅんと打つような真似をしてみせる小梅。
その姿に、クラウストは足元ががらがらと崩れていくような感覚に襲われてしまった。
盗んだエンチャントガンであの弾丸を小梅は使った。
という事は小梅は──
「まだ信じらンないならさ、あたしのステータス、見てみたら?」
言葉では信じることができなかったクラウストは促されるまま、トレースギアから目の前の小梅のステータスを表示させる。
小梅のクラス、レベルに各能力。そして称号。
そこに表示されていた名前にクラウストは息を呑んだ。
「……称号……創造主……」
クラウストのトレースギアに表示されていた見覚えの無い称号。
創造主──
それこそが、この世の管理者たる存在に与えられる唯一無二の称号だった。
「……ふざけるなッ!! その能力は……その称号は私に与えられるべき物だッ!!」
「この世界にとって、あんたが正義なのかもしんないけどさ、そんなの知らないわ」
そういって小梅が傍らでうずくまる悠吾とアムリタの身体にもう一度触れた。
トレースギアからアイテムをこの世界に取り出した時のそれのように、キラキラとブロック状の光の粒が小梅の手のひらを中心に2人の身体を覆い、そして、光の粒は体内に吸収されるように消えていく。
「ホント便利。この『能力支配』ってスキル」
「……ッ!? こ、小梅さん……ッ」
その能力に一番驚嘆したのは当の本人である悠吾達だった。
受けていた致命傷のダメージは無くなり、体力ゲージは満タンに戻る。自然治癒であれば10分以上かかってしまうほどのダメージを小梅は一瞬で癒やした。
「小梅さん、その称号──」
プレイヤーの全てを支配出来る小梅のスキル。
だが、小梅が管理者の能力を得たことを悠吾は素直に喜ぶことはできなかった。
この世界の管理者になるという事はこの世界の統治者になるという事だ。
それはつまり、小梅さんは──
「さ、悠吾、やっちゃうわよ。言った通りに」
それ以上言わないで、と言いたげに小梅が悠吾の言葉を遮る。
小梅が悠吾に言った「お願い」、それは、クラウストをこの世界から追い出す為に力を貸してほしいという「お願い」だった。
あの変態野郎がユニオンのGMで、ユニオンがこの世界にある以上、今奴を倒しても何の解決にもならない。この場をしのげたとしても、秘めた野望はいつかまた必ず牙を剥く。
奴の野望を阻止するには、モーガンが言っていた、「この世界から追い出す」という方法しか無い。
「クラウスト、あんたをこの世界から追放するわ。扉を使ってね!」
「……ッ!!」
クラウストの表情に焦りの色が浮かぶ。
あの扉を使い、現実世界に戻されてしまえばもう2度とこの地を踏むことはできなくなるだろう。
じり、とクラウストが後退ったのが悠吾の目にはっきりと映った。
「……逃げるるつもりですか? この場から逃れればチャンスはあると、そう考えていますね?」
「ッ!」
それは図星だった。
小梅に付与されてしまった管理者の能力を再び得るには、小梅を「弾丸化」するしか方法は無い。だが、モーガンの時は不意を突いた為にスキルを発動することができたが、それを知る小梅を弾丸化する事は難しい。
この場から逃れ、その時を待つしか無い。クラウストは醜くもそう考えていた。
「自殺でもしてマイハウスに戻るつもりですか? でも残念ですね。プレイヤーを付与した貴方は自殺することすら出来ない。それに──」
悠吾の右手にきらきらと光の粒が収縮し、ひとつのアイテムを形作った。
円筒形のピンが付いた投擲兵器。以前悠吾が生成したECMグレネードと似ている形状の兵器だ。
「このまま貴方を逃がすつもりはさらさらありません。この場で終わらせます」
「き、貴様ァッ!!」
クラウストの破裂したような怒りに満ちた声が響く。
じりじりと後退していたクラウストの足が止まり、そして傷つけられた彼のプライドがその足を前へと押しやる。
殺す。
未だ亡国者の称号を付与されている以上、管理者のスキルを使われる前に殺してしまえば終わりだ。
そう自分を納得させるように心の中で叫ぶクラウスト。
だが、クラウストが一歩踏み込んだその時、悠吾の右手に持たれたグレネードが放たれる。
そのグレネードはくるくると回転しながらクラウストの足元へ落下すると──甲高い破裂音とともに、空気を震わす衝撃を放った。




