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第146話 故郷の地へ その1

「この拠点を囮に……ユニオン連邦を誘き寄せる?」

「はい」

「他の拠点の守備隊を退かせ……全ての兵力を攻撃部隊に充てた上で?」

「その通りです」


 時を遡る事数日前──

 拠点エコーでルシアナの口から放たれたその作戦を聞いたバームは耳を疑い、何度も聞き返してしまった。

 

「意味がわからない。攻撃を仕掛ける事が出来ないから引きの戦略を取ったのでは?」

「先制攻撃を仕掛けるのではなく、プロヴィンス内に引くのはユニオンに付け入る隙を作るためです」

「この拠点に奴らを食いつかせることで、その隙が生まれると?」

「ええ。時間のトリックが私達を助ける事になります」


 時間のトリック。

 その言葉にバームはさらに首を傾げる。


「交戦フェーズはその他のフェーズと違い、倒れたプレイヤーにペナルティが与えられます」

「それはもちろん知っている」

「倒されたプレイヤーは1日戦場に戻ることができません。さらに、復活リスポンポイントは全て本国の中心プロヴィンスに自動設定されます」


 テーブルの上に広げた地図の上、ルシアナは今自分達がいるラウルプロヴィンスから東へ指を滑らせ、ユニオン連邦の中心に位置するプロヴィンスを指す。

 いくつものプロヴィンスをまたいだユニオン連邦の中心プロヴィンス。この世界有数の大国であるユニオン連邦の中心地はラウルから相当な距離がある場所だった。

 

「距離にして約1日半程の距離です」

「……成る程。つまり、倒されたプレイヤーは約3日間ラウルプロヴィンスに戻れない、と?」

「そうです」


 物事は単純だった。

 残り6日のうち、4日目を越えた段階で倒れたユニオンプレイヤーは再びラウルの地を踏むことができず、交戦フェーズが終了してしまう。

 つまり、4日間ユニオンの攻撃をしのげば反撃のチャンスが訪れる。4日以降は圧倒的な兵力差が一気に縮まる私達の時間──

 しかし、そう言うルシアナ言葉に、バームの表情はすぐれない。

 

「確かに君の言うとおり、4日目を越えれば反撃のチャンスは生まれるかも知れない。だが、ユニオンもその事は重々承知のはずだ」


 彼らも馬鹿じゃない。4日目以降のリスクは重々承知なはずだ。

 リスクを軽減させるため、侵攻部隊が攻めこむと同時に占領した拠点を守る別の部隊を準備していても何ら不思議じゃない。むしろ、その可能性の方が高い。


「でしょうね。ですから、彼らを餌に食いつかせる必要があるんです。それも……彼らのプライドを刺激して、目の前の餌以外に目を向けないように」

「……一体どうやって?」


 確かに、西方のプロヴィンスを明け渡し、さらにこのプロヴィンスの各拠点も明け渡す事で奴らは油断するかもしれない。ブロッサムの街を急襲した黒服のプレイヤー達の影響で、ノスタルジアとラウルに反抗する力は残されていなかった、と。

 だが、最後の拠点であるエコーを残していたとしても、奴らは我武者羅に攻めてくるとは考えづらい。それに各拠点から守備部隊を割く為に、もしかすると4日を待たず全ての拠点が奪われてしまうかもしれない。

 

「私も彼女が現れるまで、この作戦を思いつく事はできませんでした。その作戦を行う為の生産力が足りなかったからです」

「……彼女?」

機工士エンジニアの匠、ルルさんです」


 悠吾の要望で援助に来た、機工士エンジニアの匠であるルル──

 彼女の生産力はルシアナ達の想像以上だった。ブロッサムの街で犠牲になってしまった生産職プレイヤー達の穴を補うどころか、それ以上のポテンシャルをルルは持っていた。


「良いですか、バームさん。拠点チャーリーの周囲数キロに渡り地雷原を設けるんです」

「地雷原? 地雷でユニオンの足止めを?」

「ええ、それも只の地雷ではありません。敷き詰めるのはプレイヤーに鈍化の状態異常を与える特殊な地雷です」


 その開発依頼も既にルルに出している、とルシアナは言う。

 

「鈍化の状態異常……成る程、確かにそれがあれば奴らの進行速度は極端に低下するかもしれない。しかし──」

「バームさんが言いたいことはわかります。この世界において、地雷原は嫌がらせに近い手法です。稚拙な方法だと、バームさんと同じく彼らも思うことでしょう」

「……ッ」


 心の中を見透かされてしまったバームは小さく身をすくめた。

 だが、ルシアナの言葉に彼女の作戦が少しづつ理解できてきた。


「嫌がらせに近い地雷に奴らは、逆に躍起になる?」

「プライド高いエリート集団であれば、尚そうなるでしょう」


 強力な機械兵器ビークルが立ちはだかるわけでもなく、巧みな戦術で苦しめるわけでもなく、何の変哲もない地雷原が目と鼻の先にある「餌」の前に立ちはだかる──


「ここまでの道程で、ラウルとノスタルジアは拠点から逃げ出す腑抜け集団だと鼻で笑っているはずのユニオンは、稚拙な地雷原をなんとか乗り越え最後の拠点を落としたいとムキになるはずです」


 そしてルシアナの思惑はそれだけではなかった。


「もしそうなれば彼らは後方部隊から機械兵器ビークルを呼び出すかもしれません。対人地雷を難なく越えていく戦車タンククラスの機械兵器ビークルか、それとも航空機械兵器エアビークルか」

「そうか、もしそうなったら後方部隊の戦力が低下する──」


 バームの言葉にルシアナは小さく頷いた。

 拠点周囲に地雷原を設ける事で、時間と後方部隊の戦力をそぐことが出来る。


「さらに、大量の地雷を生成したことで、彼らは私達にもう物資は残されていないと考えるでしょう」

「今攻撃すれば、簡単にひねりつぶせる、と」


 それは二重三重にも重なり、丸々と太った「餌」だった。

 その作戦であれば、ユニオンはプロヴィンスの最奥にあるこの拠点に大挙して押し寄せる可能性が高い。戦線は伸び、補給線は無駄に長くなる。

 時間のトリック、そして伸びた補給線、後方部隊の戦力低下。

 付け入る隙は十分にある。


「反撃チームは10名程のグループで構成します。各チームが各々国境付近に潜伏し、その時を待つ。そして4日目、戦線と補給線が完全に伸びきったことを確認し、反撃に転ずる」

「巨大な包囲網か。包囲されたプレイヤーに与えられるデメリットを最大活用した作戦だね」


 それなら行けるかもしれない、とバームは考えた。

 交戦フェーズはプレイヤーとプレイヤーが戦う局地戦だったが、一方で状況によって様々なデメリットが発生するよう仕組まれていた。

 そのひとつが「包囲状態」だった。

 補給路を失い、周囲に突破できる道が無くなってしまった場合、包囲された側のプレイヤーには「包囲効果」と「補給不可」のペナルティが与えられる仕組みになっていた。

 その効果は無視できないほどのマイナス効果があり、交戦フェーズにおいて、どの様に攻めていくかも個々の能力以上に勝利に繋がる重要なファクターだった。


「しかし……奪われたラウルの拠点を奪還するプレイヤーと、旧ノスタルジアプロヴィンスに侵攻するプレイヤーが必要になるな」


 兵力不足。それが唯一の悩みどころだった。

 ラウル・ノスタルジアの兵力全てを持ってしても、奪還と侵攻の両方を行うことは難しい。今の兵力で作戦を実行するなら、どちらかに注力しないと無理だ。


「……はい。ですのでギリギリまで待つ必要があります」

「待つ? 何を?」


 ルシアナは地図を見下ろす。

 待たなくてはならない。彼らに依頼した「援助」が国境を越え、ユニオンプロヴィンスを食い破るその時を──


 その視線の先は北の大国、ヴェルド共和国と東の大国、東方諸侯連合へと向けられていた。


***


『B軍集団はラウルの拠点アルファへ向かって下さい! 敵は手薄です! 体勢を整われる前に奪い返します!』

『了解ッ!』

『私達A軍集団は国境を越え、旧ノスタルジアプロヴィンスへ侵攻を開始します!』


 蹂躙されるラウルプロヴィンスを静観していたルシアナが行動を開始したのは予定よりかなり遅い、交戦フェーズ終了まで後1日半と迫ったその時だった。


 ヴェルド共和国と東方諸侯連合には未だに動いていない。

 ヴェルドへ直接提言した援助要請、そしてバルバスに託した東方諸侯への要望。その効果は未だに現れていなかった。

 もうこれ以上待つことはできない。このまま待っていれば──全てが手遅れになってしまう。

 ルシアナはまるで追い立てられるように十分とはいえない兵力で反撃作戦を開始するしか無かった。


「俺たちだけで攻めンのか?」

「……時間がありません。旧ノスタルジアプロヴィンスを落とすにはギリギリの時間です」


 ルシアナと共に潜伏していたレオンが怪訝な表情を見せるも、ルシアナは凛とした表情でそう返した。

 手薄になっているとはいえ、プロヴィンスの各拠点には最低限の防衛部隊が配置されているはず。今このプロヴィンスに攻め入っている「黒の旅団ブラックコート」レベルじゃないとは思うけど、この手勢では相当ギリギリだ。 


「|歩兵戦闘車(IFV)があれば十分行ける。口を動かす前に足を動かせ、レオン」


 そう言って、直ぐ側に現れた|歩兵戦闘車(IFV)に乗り込もうとしているのはロディだ。

 彼女もまた、ルシアナと同じく旧ノスタルジアプロヴィンスへの侵攻部隊に割り当てられたプレイヤーのひとりだった。


「くそっ、ヴェルドのやつら……やっぱ俺達を見捨てたんスかね?」

「判らん。だが、奴らが動かない以上、当てにするわけにもいくまい」


 周囲に現れた|歩兵戦闘車(IFV)のエンジンに次々と火がともされる。

 数にして10台程の小規模な部隊だ。

 これが旧ノスタルジアプロヴィンスに攻め入る部隊の全て。強力な機械兵器ビークルも無ければ、潤沢な弾薬も無ければ、強力な兵器も無い。


「B軍集団がラウルの拠点アルファを落とした後、増援部隊としてこちらに合流します」


 でも、それが全て。

 |歩兵戦闘車(IFV)のスピードを活かして奥地まで一気に攻め込み、続くB軍集団が拠点を守る──それが今できうる最良の作戦だ。

 

「……くっそ、やるしか無ェか」


 愚痴を言っても始まらない。どうにかしないと待っているのは「死」だ。

 厳しい表情を携えたまま、不安と決別するようにレオンが|歩兵戦闘車(IFV)に飛び乗る。

 そして、全員が|歩兵戦闘車(IFV)に乗車するのを確認し、ルシアナが先頭の|歩兵戦闘車(IFV)へと身を滑り込ませた。


『これより侵攻を開始します! 目指すは旧ノスタルジアプロヴィンス、拠点アルファです!』

 

 己の仲間達の士気を奮い立たせるように、強い口調でルシアナが叫ぶ。

 できうることは全てやった。ここから先は、成功するように祈りを捧げる他にできることは何もなかった。

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