第145話 餌と猛獣
破竹の勢いでラウルプロヴィンスを駆け抜けた烈空らユニオンプレイヤー達はついにその最奥部、最後の拠点拠点エコーを包囲するに至っていたが、侵攻作戦を指揮する当の烈空は苛立ちを覚えてしまっていた。
これまで鳴りを潜めていたラウル・ノスタルジアのプレイヤー達が最後の拠点に籠城し、鉄壁の防御網を張り巡らせていたからだ。この拠点が落ち、そのまま交戦フェーズが終わる明後日を迎えれば、ラウルは滅亡してしまう。
故に、この拠点に防御網を敷くのは当然といえば当然といえる事だったが、その手段はあまりにも稚拙で嫌がらせに近いものだった。
『烈空さん、航空機械兵器が到着しました』
『……やっとか』
小隊会話で届いたその報告に烈空は小さく溜息を突いた。
『やっとあの忌々しい地雷原を越えることができますね』
『全くだ』
小さく眉をひそめながら烈空がそう返す。
烈空達が最後の拠点エコーを包囲しながらも立ち往生している理由がそれだった。
ラウル・ノスタルジアのプレイヤー達は拠点エコーの周囲数キロに渡り、とてつもなく広大な敷地を対人地雷で埋め尽くしていた。
これほどの広大な地雷原を構築するには相当の人員が必要になる。全ての拠点を手薄にした理由はそれか、と目前の平原を眺めながら烈空は顔をしかめた。
設置されていたのは指向性の対人地雷、M18 クレイモア地雷だった。
M18 クレイモア地雷は数百個の鉄球と炸薬代わりのC4プラスチック爆弾が内包されている対人地雷で、現実世界ではワイヤートラップやリモコン操作によって爆破させるタイプだったが、ここに設置されていたクレイモア地雷は改良されているものだった。
まず、クレイモア地雷に指向性の小型センサー「モーションセンサー」が組み込まれていた。ワイヤーや手動の操作を必要とせず、地雷の前を何かが通れば即爆破される防ぎようが無い地雷と変貌していた。物理的な仕掛けが見えるワイヤーや、付近に起爆する為のプレイヤーが必要となるリモコン操作と違い、完全に姿形無く突如として襲いかかるモーションセンサー型の地雷にユニオンプレイヤー達は侵攻を止めざるを得なかった。
そして2つ目。これが烈空達の悩みの根源だった。
この地雷は通常、致死ダメージを与える破壊力が削がれ、その代わりにとある状態異常を与える地雷に改良されていた。
それは「行動力の制限」──
地雷原に設置されいてた地雷は、盗賊のスキル「膝打ち」と同じ鈍化状態を与える地雷だった。
視覚に捕らえることができず、致命傷にはならないが行動が困難になる状態異常を与える地雷、それはまさに時間をかせぐ事を目的とした、嫌がらせに近い兵器だった。
『一体何を考えているのか判りませんが、奴らの目的が時間のロスであったなら、まんまと奴らの策にはまってしまったということですね』
『だが、準備できる時間は十分にもらった。東西よりMi-26で地雷原を越え、一気に攻めこむぞ。支援はKa-52ホーカムだ』
『了解です』
Mi-26、通称「ヘイロー」はロシア軍が実際に運用している輸送ヘリコプターで、世界最大の重量を持ち、90名近いプレイヤーを輸送することが可能な大型のヘリコプターだ。
今回の侵攻作戦で空輸は必要ないと想定していた烈空は、Mi-26を後方の物資輸送に活用するよう各クランに通達していた。
重要になるのは拠点を落とした後の後方支援部隊であり、攻撃部隊ではないと考えていた烈空の策は結果的に裏目になり、大幅な時間のロスを産んでしまった。
広大な地雷原を恨めしそうに見つめながら烈空は口惜しそうに唇を噛む。
全くもって忌々しい地雷原だ。致死量とは行かないものの、手痛いダメージを与えた上で、行動力に制限を与える、「動けない負傷者を増やす」為に作られたと言っても過言ではない兵器。お陰でかなりの時間を費やしてしまった。
『前線には私が立つ。私の手で終止符を打つ』
小隊会話でそう言い放つ烈空。
そして、そう言った烈空の身体を圧迫感が襲った。Mi-26が呼び出された合図だ。
圧迫感が次々と烈空の身体を襲い、続けて獣の雄叫びの様なエンジンの起動音が辺りに響く。
Mi-26の8枚の羽が巻き起こす突風に誘われる様に、烈空はゆっくりと背後に現れたMi-26に向け歩き始めた。
***
拠点エコーの空襲したのは、5機あまりのMi-26とそれを護衛するKa-52ホーカムだった。
一機で90名近くのプレイヤーを輸送できるMi-26だったが、烈空は拠点チャーリー周辺に集結したプレイヤーのうち、300名程を5機のMi-26に分散させ搭乗させていた。
地雷原を越える為の航空機械兵器に対抗するために、ラウル・ノスタルジアは対空兵器を用意していると読んでいたからだ。
だが烈空のその心配は、杞憂に終わりつつあった。
『Ka-52ホーカムから通信。東部の敵対空砲を沈黙させました』
『被害は?』
『軽微です』
ごうごうと耳をつんざくMi-26のローター音、そして地上から放たれる対空砲の中、烈空に報告が入った。
ラウル・ノスタルジアが用意していた対空兵器は一撃で致命的なダメージを機械兵器に与える地対空ミサイルではなかった。
『推測するに、奴らが用意している対空兵器はボフォースの40mm機関砲です』
ボフォース40mm機関砲は第二次大戦時にスウェーデンのボフォース社が開発したベストセラーの対空機関砲で、現在も歩兵戦闘車の武器として活用されている。
航空機の高速化が進んだ現実世界では前近代的な兵器である対空機関砲だったが、戦場のフロンティにおいて対空機関砲のメリットは2つあった。
対空ミサイルと違い、広範囲に弾幕を張れ、至近弾による「怯み」効果を誘発させるという事と、生産コストが対空ミサイルとくらべて低いという事だ。
小隊会話で届いた情報を受け、烈空はその裏に潜むラウル・ノスタルジアの現状を分析する。
そこから想定される状況──つまりラウル・ノスタルジアに物資はそう多く残されていないという事だ。
『Ka-52ホーカムの火力を残った西部の対空兵器と拠点広場に集中せよ。着陸を開始する』
『了解です』
次第に弱まりつつある対空射撃を見下ろしながら、烈空が小隊会話で命令を下した。
ヘリコプターを活用した派兵戦術である「ヘリボーン」の種類はいくつかあるが、上空に停止し、ロープを伝って降下するラペリングは危険が大きい。今回は直接拠点に着陸する方法が適切だろう。拠点中心に位置する広場であれば、全機同時展開が可能だ。
『我々が先に降下する。目指すは拠点の中心、GMが居る司令塔だ』
広場の奥、コンクリートで覆われたトーチカに守られるようにそびえ立つ司令塔を見据えながら烈空が続ける。
周囲に設けた地雷原が己の首を絞めることになったな。
烈空が小さくほくそ笑んだ。
あのモーションセンサーが付いたクレイモアは忌々しい兵器だったが、欠点は敵味方関係無く爆破してしまうということだ。それはつまり、外部からの物資調達が難しくなり、拠点内に籠城するプレイヤー達は残った物資だけで戦う必要だという事。
Ka-52ホーカムで制空権を奪ってしまえば、ピストン輸送で地雷原外部のプレイヤーと物資を輸送出来る私達と違い、奴らの元に送られて来る物資や増援は無い。
『いよいよ終幕だ。各々心してかかれ!』
『了解ッ!』
烈空の声にMi-26に搭乗するプレイヤー達が一斉に返す。
その声が開始の合図になったかのように、周囲を舞うKa-52ホーカムの攻撃が始まった。
***
上空から襲いかかるKa-52ホーカムの猛攻で揺れる司令塔の中、ラウルのGMバームはその時を静かに待っていた。
ルシアナの指示で設けた地雷原は空を使い軽々と越えられ、そしてなけなしの物資で生産した対空兵器も破壊されつつある。
ヘリボーンによって空輸されたユニオンのランキングトップクラン、「黒の旅団」プレイヤー達はすでに拠点内に侵入している。
残されたラウルプレイヤーが必死に抵抗を見せているものの、やつらがここに踏み込むのは時間の問題だろう。
「……バームさん、ユニオンが最終防衛ラインを突破しました」
バームの傍らで控えるラウルプレイヤーがぽつりとそうつぶやいた。
この司令塔に繋がる階段に入るには、拠点中央に位置する3階建ての防御拠点を通る必要がある。その拠点の3階部分に設けたのが最終防衛ラインだった。
それが突破されたということは、間もなく奴らは私の前に現れるということだ。
「時間は?」
「数分程かと」
追い詰められた絶体絶命の状況。
だが、何故かバームに焦りは微塵も無かった。
僅かな時間を置き、通路から幾人ものプレイヤーの足音が近づいてくる。勝利を間近に高揚しているのがありありと分かる勇み足だ。
そして一瞬の静寂の後、バームの目の前にある扉が破壊された。
「……お久しぶりですね」
「これはこれは、バーム殿」
その部屋にまず入ってきたのは、竜の巣でバームが対峙した烈空だった。
「いよいよ年貢の納め時ですな」
「そのようですね」
無表情のまま、ゆっくりとバームに近づく烈空の後ろで、数名のプレイヤー達が銃を片手になだれ込んでくる。
数にして10名程。射線が被らないように扇型に広がったプレイヤー達は一斉に銃口をバームへと向ける。
「あの嫌がらせは何方の案ですかな?」
「嫌がらせ? ……ああ、地雷原の事ですか。ルシアナですよ」
銃口をつきつけられているにもかかわらず、バームは変わらない口調で続けた。
「ルシアナ殿が? オーディンのクランマスターらしからぬ稚拙な作戦でしたな」
「同じ意見ですよ。お陰で物資と人材のほとんどをそちらに取られてしまいました」
そう言って小さく肩をすくめるバーム。
その姿に烈空は訝しげな表情を浮かべた。
何だ。なぜこの男はこれほど冷静でいられる。お前を殺し、この拠点を占領すればこの戦いは終わりだ。お前たちが作った地雷原のお陰でこの拠点は難攻不落の拠点となり、そのまま交戦フェーズは終わるだろう。
「……ところで、ルシアナ殿は何処に?」
ふと烈空はその疑問をバームへと投げかけた。
この司令塔に2人は居るものだと思っていた。だが、目の前にいるのは──バーム殿だけだ。
「そもそも君達は、籠城し周囲を地雷原で覆う事でこの戦いに勝つつもりだったのか?」
ふつふつと生まれてきた疑問が烈空の口を動かす。
この戦いに勝ったのは私達だ。それはどうしようもない事実。しかし、負ければ終わりのはずのラウル・ノスタルジアが取った作戦があまりにも稚拙すぎる。
「交戦フェーズ終了まであと1日と半分、といったところですかね?」
「……?」
烈空が求めていた答えとは違う問いかけをバームは返した。
「そうだ。明後日になればラウルは滅び、このプロヴィンスは我々の領土となる」
「そうですか。となれば──私の任務はここで終了ですね」
「……何?」
バームの口から放たれた言葉。
その言葉の意味が烈空には判らなかった。
任務……今、任務と言ったか?
「ルシアナはここには居ません。ルシアナ、というよりもノスタルジアの主力がです」
「居ない? 馬鹿な。この拠点を落とせば君達は負けるというのに」
「もちろん逃げたのではありません。勝つためにこの場所に居ないのです」
勝つためにこの拠点には居ない。
その言葉を聞いた烈空の身体に最初の拠点を落とした時に感じた違和感が再度うずいた。
拠点を手薄にした理由。地雷原の構築に人材を割いていたのではなく、ルシアナ殿達は勝つために拠点を明け渡していた?
「──野に落ち、ゲリラ戦を挑むつもりか。だが他の拠点にも後詰の部隊が防御陣地を築いている。奪い返すのは至難の業ではないぞ」
「違います。違いますよ、烈空殿。貴方達は私達がチラつかせた『餌』に食いついた猛獣なのです」
「餌?」
ぴくり、と烈空の頬が引きつった。
「交戦フェーズで復活地点が本拠地に設定されるのはご存知ですよね? そしてラウルと旧ノスタルジアプロヴィンスが──ユニオンの本拠地から最低1日以上の時間をかけなくては到達できない場所であることも」
「……ッ!!」
烈空が息を呑む。
これまで幾度と無く戦場を渡り合ってきた烈空にとって、全てを理解するにはその一言で十分だった。
「つまり今日、この場所でやられたユニオンプレイヤーは交戦フェーズ終了までこの地を再度踏む事ができなくなります」
「……その為に各拠点を明け渡し……私達をおびき寄せたという事か」
「そうです。そして貴方達は無人の拠点という餌に飛びついた。伸びきった補給線という弱点を抱えたまま、です」
やられた──
烈空は心の中で唇を噛み締めた。
交戦フェーズ最後の1日が鬼門になるという事は薄々感じていた。本国からの補給路を整備した上で、時間をかけてゆっくりと侵攻していくべきだった。
野に落ちたルシアナ殿らが狙っているのは、我々の後方。航空機械兵器を前線に奪われ、前線を張る戦闘職が居ない、後方部隊──
「補給路を断ち、我々をこのプロヴィンスに孤立させ包囲し──殲滅するつもりか」
「殲滅する必要はありませんよ。ひとつでも拠点を落とし、貴方達から攻撃力を奪った上でこのプロヴィンスに閉じ込めておけば良いのですから」
そして私達はこのプロヴィンスで倒れたユニオンプレイヤーが辿り着くことができない、旧ノスタルジアプロヴィンスを蹂躙する。
「時は来ましたッ! ルシアナさん達に反撃の合図をッ!」
勝利を確信した笑みを浮かべたのは、バームだった。
交戦フェーズのペナルティで勝利のその時を共に味わう事は出来ませんが──後はルシアナさん、貴女に任せます。
「くッ!! 殺せッ! こいつを殺せッ!!」
烈空の苦い声が部屋に響き渡る。
バームを倒した所でどうなるわけでも無かったが、この「小物」の作戦にしてやられた烈空は目の前の男を生きておくわけにはいかなかった。
そして、遥か後方、ラウルと旧ノスタルジアプロヴィンスの境目で反撃が始まった事を烈空が知ったのはこの拠点を陥落させてからだった。




