第144話 同じコンセプト
連射のリコイルショックが悠吾の肩を伝い、芯に響く衝撃が広がる。消炎器を装備していない悠吾のCZ-805の銃口から凄まじい発射炎が放たれ、クラウストと悠吾の身体を照らした。
距離にして数メートル。それは、外すはずがない距離だった。
先ほどは単発だった為に防がれてしまったが、まだエンチャントガンを使用していないクラウストに弾丸が命中すれば、倒せなくとも致命的なダメージを与えることが出来ると悠吾は考えていた。
だが──
「なっ!?」
信じられない光景に悠吾は言葉を失う。
クラウストに向け放たれた弾丸が、まるで空気をねじ曲げられたかのようにクラウストの身体から逸れ、別の方向へと消えて行ったからだ。
「……悠吾くん、今恐怖しましたね?」
「うっ……」
クラウストの言葉に自然と足が後退してしまう悠吾。
一体どんなトリックを使ったのか、悠吾には全く判らなかった。
これまで何度もこの世界で銃撃戦は経験して来たけど、弾道がねじ曲げられるなんて無かった。
「最初からこれを使っても良かったのですが」
「そ、それは……」
「私が生成したアイテムですよ」
ゆっくりと軍服の襟をゆるめ、すらりと伸びた首から鎖骨に至るデコルテラインに見えるのは、小さく赤い光が点灯したリングだった。
「自身の身体に磁界をまとい、近づく弾丸に電荷を与えるアイテムです。そうすることでフレミングの法則に従い弾丸は私の身体に当たること無く逸れていく」
「まさか……」
そんなアイテム聞いたこともないし、生産リストで見たこともない。第一そんなアイテムがあったら、ゲームバランスもくそも無いじゃないか。
「君のエンチャントガンと同じく、機工士の匠であるルルさんの生産クエストをクリアした際に生成したアイテムですよ」
「……ッ!?」
クラウストの口から放たれた意外な言葉に悠吾は驚きを隠せない。
クラウストがルルさんのクエストを……?
という事はクラウストは──
「貴方は僕と同じ──機工士?」
「私はオーディンで唯一、生産職でありながら前線で戦ったプレイヤーです。生産職が如何に前線で戦闘職と同列で戦えるか、その問題を解決するために作り上げたのがこのリングです」
その言葉を聞き、衝撃を受けてしまう悠吾。
クラウストもまた僕と同じような考えを持っていた事は驚きだけど、僕とクラウスト、共に同じ「非力な生産職が戦場において、一時的に戦闘職の能力を凌駕する方法」というコンセプトでありながら目的が全く違う。クラウストの目的はあくまで「己が前線で戦闘職プレイヤーを凌駕する力を得る」という所にある。仲間をサポートする、というのではなく、あくまで己を主軸に置いた考え──
悠吾にクラウストという男がはっきりと判った気がした。
他人を自分の糧としか見ていない冷酷な男。一貫した利己主義的な思考。だからこそ狂気的な事をいとも簡単にやってのけ、だからこそ恐ろしい。
「オジサン!」
「……ッ!」
アムリタの声が悠吾の意識を呼び覚ます。
僅かな時間、固まってしまっていた悠吾の虚を突くようにクラウストが動いていた。
キラキラと光の粒がクラウストの腕に集まり、そして1丁の銃に形を変えた。
一見、ロシアが産んだサルトライフル、AK-47かと思ってしまった悠吾。
しかし、それはAKではなかった。
直線的な弾倉と曲線的な銃床──これはロシアのセミオート式ショットガン、イズマッシュ・サイガ12だ。
戦場のフロンティアにおいて、アサルトライフルよりも面の攻撃力に優れているのがショットガンだ。弾丸の減衰力が高く射程が短いものの、至近距離では無類の強さを誇る銃がショットガンだった。
「さて、この距離でどう逃れますか?」
コッキングレバーを下げ、引き金に手をかけるクラウスト。思わず距離を置こうと地面を蹴る悠吾だったが、イズマッシュ・サイガ12の銃口は悠吾の身体を捉えている。
間に合わない──
少しでもダメージを軽減するために悠吾が身構えた、その時だ。
「オジサン! 下がって!」
するりと悠吾の前に小さな影が滑りこんできた。
両手にククリナイフを持つアムリタだ。
とん、と小さな手で悠吾の身体を押し、イズマッシュ・サイガ12の銃口から悠吾の身体を反らすと、まるでダンスを踊っているかの様に華麗にアムリタが舞う。
「フッ、護り人ですか」
躊躇せずクラウストが引き金を引く。
ずどん、とアサルトライフルとは違う破裂音が響くと、イズマッシュ・サイガ12の銃口から放たれた実包から直径18.1ミリの散弾が飛び散る。
「アムリタちゃん!」
至近距離から放たれた散弾は運が悪ければ一撃で体力の全てを奪うほどの威力を持っている。一瞬嫌な予感が過った悠吾だったが、その心配は杞憂に終わった。
「さぁ、踊ろうよっ!」
「チッ!」
クラウストが放った散弾は華麗に舞うアムリタの身体を捕らえることが出来なかった。
くるりと身を捻り、猛烈なスピードで側面からえぐり込むように地面を駆け抜けながら2本のククリナイフをクラウストに向け構える。
「面白いッ!」
たん、と地面を蹴りあげ、ナイフの間合いに入らないようにアムリタと一定の距離を作ったクラウストは更に引き金を引いた。
横の動きではなく、こちらに向かってくる縦の動きであれば、捉えることは難しくない。
数発の射撃音と発砲炎、そしておびただしい数の散弾が放たれる。
だが、その散弾はアムリタの身体を捕らえることは出来なかった。
「とんとん、たーん!」
まるでアムリタだけが無重力の世界に居るかのように、左右に大きく跳ねながらクラウストの射撃を避け、その距離を一気に縮める。
ショットガンが得意とする中距離から、ナイフが得意とする近距離へ──
「しんじゃえッ!」
「……ッ!」
ぶわりとアムリタが一陣の風になり、クラウストの身体を切り裂いて行った。
イズマッシュ・サイガ12の銃床を持つ右手から右肩にかけて2本のククリナイフが2本のラインをクラウストの身体に形作る。
既にクラウストの背後へと抜けていたアムリタは、両手を通じて確かな手応えを感じた。
「……オジサン、止め!」
たん、と地面に着地したアムリタが叫ぶ。
アムリタちゃんの攻撃でクラウストの足は止まっている。体力ゲージがどの位減っているのかはわからないけど、ダメージは与えているはず。
そして一瞬の間を置き、悠吾はクラウストとの距離を詰めるために駈け出した。
あの弾丸を逸らすリングがある以上、銃は使えない。
とするならば、やることは1つ──
『転送完了、システムチェック……電磁装甲の起動を確認、システムオールクリア。ジャガーノート、オンライン』
悠吾の身体が漆黒に染まっていく。
ぐん、と重心を下げ腰に力を貯めるとその力を右拳に集め──放つ。
ジャガーノートの力が加算された拳が空気を裂き、クラウストの身体に襲いかかる。
──だが、その拳がクラウストの身体を捉えることは無かった。
「……ッ!?」
悠吾の右拳は虚しく空を斬っていた。
そしてそんな悠吾の姿を見下ろしているのは、クラウストの赤く燃え上がった瞳。
それは、外で悠吾が見たグレイスの目と同じく、狂気に満ちた瞳だった。
「うっとしいですね」
クラウストは左足を軸に、多少体軸をずらし、するりと悠吾の脇へと回りこんでいた。
そして何が起きたのか判らず、右腕が伸びきったままの悠吾の後頭部に向け、クラウストは軽く握りしめたを振り下ろした。
「……ァッ!!」
背後から襲いかかってきたその衝撃に悠吾は声にならない悲鳴を上げてしまう。
まるで背後で何かが爆発したのかと思ってしまうほどの強烈な破裂音が悠吾の耳に響き、そしてその強烈な力で地面にたたきつけられてしまった。
『警告。外骨格耐久度55%。電磁装甲チャージ中。システム再起動まで後30秒。深刻なダメージを受けました』
悠吾の目の前に広がるディスプレイに次々と警告が表示された。
何を喰らったか判らないけど、一撃でジャガーノートの耐久力の半分を持って行かれた。
避けないとやられる──
「さぁ、死になさい」
「……ッ!!」
地面に転がる虫を踏みつぶすようにクラウストは右足を上げると、そのまま勢い良く地面を踏みしめた。ずどん、と凄まじい衝撃が広がり、大地が大きく揺れる。
「……しぶといですね」
「くっ……!」
だが、クラウストの足の下、そこに悠吾の姿は無かった。
地面を転がるように身を捻った悠吾は、間一髪、クラウストの攻撃を躱していた。
だが──
『警告。外骨格耐久度30%』
さらに耐久力の低下を知らせる悲鳴のようなアナウンスが悠吾の耳に届いた。
頬をかすめただけなのに、なんて力だ。
間違いない。これは、付与の効果だ。
「さて、このまま一瞬でかたを着けても構わないのですが、私を散々邪魔した君に最高のプレゼントを送ってからフィナーレといきましょうか」
ふぅぅぅ、と唸る様に息を吐き、クラウストがそう漏らす。
「……プレゼント?」
じり、と近づくクラウストに追い立てられるように悠吾とアムリタは一歩、また一歩と下がっていく。
「君達は知らないでしょうが、交戦フェーズは間もなく終わります。私達の勝利によって、です」
「……なんだって?」
「すでにユニオンはラウルプロヴィンスの1つを陥落させ、残るひとつのプロヴィンスも……最後の拠点を残すだけになりました」
「……ッ!!」
その言葉に後退していた悠吾の足がぴたりと止まる。
ノスタルジアが……解放同盟軍が負ける? まさか。皆は……ロディさんやミトさん、レオンさんに、ルシアナさんは──
「最高の絶望をプレゼントしてあげますよ」
信頼する仲間を失い、愛するものを失い、絶望で満たした後に──殺す。
そうしなければ溜飲は下がらない、と言いたげなクラウストの表情には悪魔のような微笑みが浮かんでいた。




