第143話 リスク
明かりがひとつもないこの場所で、たった一発の弾丸を探す事は簡単な事ではなかった。
この場所は四方を壁で覆われた平坦な只の部屋だと思っていた小梅だったが、薄暗い闇の向こうから現れたのは、かつて小梅と悠吾が訪れたあの廃坑の狩場、「沈んだ繁栄」と酷似した岩肌に囲まれた洞窟と表現できる場所だった。
例え明かりがない場所であっても、平坦な場所であれば直ぐに発見できかもしれない。だが、いつの間にか現れた起伏の激しいこの場所であの弾丸を探すのは至難の業だった。
「なんで急にこんなふうになっちゃったのよ」
誰にいうでもなく、ひとりごちる小梅。
確かあたしが走りだすまではコンクリートで作られた部屋みたいな感じだった。だけど急に……まるで誰かが弾丸を|探しにくくしてるみたい《・・・・・・・・・・・》に──
「……まさか、あいつが?」
闇の中に消えていった、あの初老の老人を思い起こす。
可能性はある。変態野郎はあの老人がこの世界の管理者だと言っていた。にわかには信用できないけど、もしクラウストの言っていた事が本当なら、この場所をいじる事は簡単なはず。
「にしても……あたしには判るようにして欲しかったわ」
小さく溜息を交えつつ小梅はアムリタから渡されたハンドガン、ベレッタM9を構え、周囲警戒を行いながら奥へ進む。
周囲状況を確認するために盗賊のスキル「リーコン」を発動させた小梅だったが、トレースギアに映っているMAPには「|現在位置不明(NotApplicable)」の文字が浮かんでいるだけだった。
視界が悪く、トレースギアで周囲状況が確認出来ない以上、頼れるのは──耳だ。
この場所に何か敵が現れるとは考えづらかったが、万が一の時の事を考え聴覚を強化するスキル「アンプリファイア」スキルを発動させる。
とその時だ。
「……ん!」
前方から微かにかちん、と小さく何か金属が跳ねる音が小梅の鼓膜を揺らした。
アンプリファイアスキルを発動させていなかったら聞き落とすくらいの小さな音──
まさか弾丸に足が生えて自分で動いてる、なんて事は無い……はずだけど、自信ないわ。
ここまで経験してきた、自分の想像を越える出来事の連続で、バカバカしくもそう思ってしまう小梅。
そして音が放たれた方へと暫く足を進めた先、ぼう、とうっすらと発光している小さな何かを小梅は発見した。
「……あった」
ひと目でそれがあの弾丸だという事が判った。
黄金色に輝く、管理者モーガンが変化させられた一発の弾丸。
一瞬周囲の音に耳を傾け、なにも動いている物が無いことを確認した小梅は小走りでその弾丸の側へと駆け寄った。
岩陰に身を潜めるように転がっている弾丸。
その姿に、やはり自我があるんじゃないかと勘ぐってしまう。
「よっし。あの変態野郎より先に見つけられたのはラッキーだわ」
そっと弾丸を摘みあげる小梅。だが、その弾丸をまじまじと見つめたまま、考えこんでしまった。
これ、どうしよう──
このままあたしが持っていても、良くあるパターンでまたあの変態野郎に奪い返されるかもしれない。といっても、このまま破壊して良いのかな。だって、これ、見た目は変わってるけど、この世界の管理者だし。
クラウストより先に発見できたは良い物の、どう処理すれば良いか答えが見つからないループに小梅が迷い込んでしまった。
『小梅』
「……ひっ!?」
しんと静まり返っていた暗闇の中、突然小さくかすれるような男の声が響き渡った。
突如名を呼ばれた小梅はびくりと身をすくめ震え上がってしまう。
「だだだ、誰よ!?」
ぜ、全ッ然怖くないからねッ!
そんな言葉とは裏腹に、慌てふためきながら銃口をあちらこちらに向ける小梅。
『私だ』
「だから誰よッ……!」
『モーガンだ』
「……へ?」
その名を聞いた瞬間、小梅はぴたりと身を硬直させると視線をゆっくりと左手に持った弾丸へと下ろす。
モーガンってあの管理者の名前だった。ということは──
「えーと……弾丸が喋ってる?」
『……声に出すな。小隊会話の要領で話せる』
そう続ける一本の弾丸。
何処か滑稽に思いつつも、小梅は言われるがまま、小隊会話と同じ感じで左手の弾丸に語りかけた。
『こ、これでいいの?』
『よく私を見つけてくれたな小梅。咄嗟にこの場所の再構築を行ったが、お前にも見つけることができなかったらどうしようかと考えていた』
『やっぱりあんたの仕業だったのね』
でもまぁ、咄嗟の考えにしては上出来だとおもうわ。
上から目線で小梅が続ける。
『できるだけ見つからないように入り組んだ洞窟を構築したのだが、あの場所で動けなくなってしまってな。それにしてもあのタイミングで悠吾が来てくれて本当に良かった』
『……そうね』
悠吾の名を聞き、何処か上の空で返事を返す小梅。
ほんとに悠吾が来てくれるなんて思ってもみなかった。
『彼の元に行きたかっただろう?』
『……ッ!? な、何を……』
心の中を見透かされているような錯覚を覚え、小梅は熱り立ってしまう。
『そんな事、あるわけ──』
『しかし、お前の判断は正解だった。まさかこの様な状況になるとは。クラウストに私の能力を奪われてしまえば全ては終わりだ』
モーガンが持っている管理者の能力。
小梅にはその能力がどんなものなのか知る由もなかったが、想像する事は容易かった。
|管理者(Administrator)権限があるという事は、全ての機能にアクセスでき、自由に変更できるという事なんだろう。
モーガンにどのレベルの権限が与えられているのかは判らないけど。
『私に割り当てられている権限は、プレイヤーの管理能力と「システム」から許可されたプレイヤーを追放する能力だ』
『……システム? って?』
『戦場のフロンティア開発者が作ったこの世界を司る秩序だ。名を「イマジネス」と言う』
『……イマジ……? わかりやすく説明してくんないかな?』
司る秩序とか言っても全くわかんない。これだからジジイはいやなんだ。
『この世界は1つの生命体だと考えている、と開発者が語った事を知っているか? 開発者達は開拓地としてこの場所をプレイヤー達与え、それがどのように成長し変化していくかはプレイヤーに委ねる。それが秩序であり、この世界のルールだ』
『……つまり……そのイマジナントカってのは、この世界の成長と変化を守る存在だって事?』
『その通りだが、イマジナントカではない。イマジネスだ』
間違えるな、と釘を指すモーガン。
その細かいツッコミに小梅は一瞬顔を顰めてしまうも、気を取り直し続ける。
『ちょっとまってよ。それってつまり……その管理システム「イマジネス」がプレイヤーを追放する基準って、プレイヤーの行動の良し悪しじゃ無くて、この世界の成長と変化を妨げているか否かって事!?』
つまり、世界の変化で産まれたクラウストは正義で、それを止めようとしているあたし達が悪ってワケ!?
『それがクラウストに追放許可が出ない理由なのだ。この世界は奴の行動を良しとしている』
「ばっ、馬鹿じゃないの!?」
思わず声を荒らげてしまった小梅はしまった、と小さく口を指で塞ぐ。
でも、どうかしてるわ。
散々人の命を弄んで、この世界を手に入れようとしているクラウストがこの世界において正義だなんて。
『私はその「システム」に作り出された管理者プログラムのひとつに過ぎない。だが、私は今お前が思っているように、馬鹿げていると感じている』
『……え、あんたも?』
モーガンから放たれたその言葉に、小梅は眉根を寄せてしまった。
それってなんかオカシクない? イマジネスがモーガンを作ったんなら、モーガンの行動原理もイマジネスのそれと同じになるはずじゃん。この世界の成長と変化を止めようとするプレイヤー達を排除する方向に、さ。
だが、そう考えた小梅の脳裏にぽつんとひとつの答えが浮かんだ。
『あ……でも、良くわからないけどさ、あんたのそれもひょっとして「この世界の成長と変化のひとつのピース」なのかも』
命令を実行するだけのプログラムじゃなくて、因果のひとつとしてモーガンはシステムとは正反対の思考を与えられた。
なんかすごくSFみたいな話だけど。
『成る程。そのように考えた事も無いが……お前が言う通りかもしれないな』
『……ねぇ、モーガン』
何かを思いついたように小梅が続ける。
もし、モーガンがシステムに因果の1つとしてプログラムされているのであれば、彼は知っているはず。
この弾丸をどう処理すれば良いか──
『クラウストにあんたを渡さない為にはどうすればいい?』
『……』
あたしには見当もつかないその方法を教えてよ。
だが、小梅のその問いかけにモーガンは何も返さない。
『……なんで何も言わないのさ』
『こんな状況は初めてだが……方法が無いわけじゃない。方法は簡単だ。処理すべきは私の方ではなく、クラウストの方だ』
『え……』
その言葉に小梅は続く言葉を失ってしまった。
確かにクラウストを斃せば、奴はあんたの能力を手に入れることはできなくなる。だけどそれが一番むずかしいんじゃないの。
つか、全ッ然簡単じゃない。
『……あんた、奴がこの世界で一番大きい国家のGMって事知ってる?』
『知っている。今のままでは奴を運良く倒しても、マイハウスに戻るだけだろう』
『だったら──』
『扉を使う』
小梅の言葉を遮り、今までにない強い口調でモーガンが言い放った。
『ゲ、ゲート?』
『現実世界とこの世界を繋げる扉だ』
『……あ』
モーガンが言いたい事が判った。
つまり、クラウストを物理的に倒すんじゃなくて、奴を現実世界に強制的に戻す──?
『かなり危険だが、リスクが小さい方法はそれしか無い。扉はこの奥にある。そこに奴をおびき寄せてから──』
『ちょ、ちょっと待ってよ! 何? 開かれた扉の前に奴を立たせて、後ろからどんって押しちゃえって事?』
このゲートからいい景色が見えるよ、とか言って?
皮肉交じりにそう言う小梅だったが、それこそ直接クラウストを物理的に倒すよりも難しい方法だった。
あいつの目的はこの弾丸だ。元々の計画だった現実世界に残しているオーディンのメンバーなんて全く興味が無いはず。となればあいつは扉には絶対に近づかない。
『力づくでやる必要があるかもしれない』
『力づくって……』
『良いか、小梅』
そんなの無理に決まっている、と弱音を零す小梅を諭すようにモーガンが続ける。
『やらねばならんのだ。お前と……悠吾、ふたりの力でだ』
『……あとアムリタね』
『そうだ』
この場所に居るのは3人だけ。それが無理だったら、この世界はクラウストの手に落ちる。
重苦しい空気が流れた。
痛いほどの静けさが小梅の心を余計に煽り立てる。
『……さっき、「リスクが小さい方法」って言ったよね、あんた』
ぽつりと小梅がそう漏らす。
モーガンは先ほど確かに言った。リスクが小さい方法はそれしか無い、って。
『リスクが大きいけど、他に方法があるわけ?』
どんなリスクか知らないけど、リスクが大きくても成功確率が大きいならソッチのほうが良い。
『もうひとつ』
『……え?』
『もうひとつ、方法がある。奴を止めることが出来る方法だ』
これは口にしたくなかったのだが。
モーガンはそう付け加えた。
『……何よ?』
『それは──』
静かにその方法をモーガンが口にした。
だが、その言葉を聞いて小梅はそう驚くことは無かった。
それは何処か想像出来た方法だったからだ。そして、その方法が何を産むのか、それも小梅にはすぐに想像出来た。
『小梅、お前が管理者になるんだ』




