第142話 狂気の先にあるもの
クラウストと小梅の後を追い、暗闇を駆け抜ける悠吾の元に1通のメッセージが届いた。
メッセージの送り主はトラジオ。その内容はグレイスを排除したというものだった。
グレイスを倒したという事よりも、2人が無事だったことにほっと胸をなでおろす悠吾。
そしてトラジオからのメッセージはそれだけではなかった。そこにはとても重要な情報が記載されていた。
「奴らの能力の正体は一定時間自然治癒能力を爆発的に高める付与だ」
その内容はグレイスとあの黒い戦闘服のプレイヤー達の能力の正体についてだった。そのメッセージに悠吾は小梅救出の勝機を見出す。
あの能力に時間制限があるという情報はまさに天からの恵みだ。彼らに付与された能力が切れると同時にジャガーノートで攻勢をしかけれれば──可能性は十分にある。
だが一方で、悠吾は同時に焦りも感じていた。
グレイスと行動を共にしていた他の黒服のプレイヤー達が同じタイミングでエンチャントガンを使った可能性は高い。とすれば、その効果が切れるタイミングもグレイスと一緒のはず。
効果が切れれば、当然のように再度彼らは付与するだろう。もし切れるそのタイミングを逃せば、彼らの猛攻を受けながら時間を稼ぐ必要がある。
奴らがもう一度エンチャントガンを使う前に小梅さんを救出する必要がある。
『オジサン、居たッ!』
先頭を走るアムリタから小隊会話が届いた。
アムリタが指差す先、うっすらと幾人かの人影が悠吾の目にも映る。
『アムリタちゃん、追いつき次第、攻撃を仕掛けるよ』
『え? 直ぐに?』
『今ならあいつらに勝てる可能性があるんだ。そこでアムリタちゃんには──』
『接近戦?』
わかってると言いたげにアムリタが返す。
悠吾がアムリタにお願いしたかったのは、彼女が言うとおり、豊富なスキルと|近接格闘(CQC)能力を使った接近戦を仕掛けることだった。
この暗闇が味方する。闇に紛れてアムリタちゃんに近づいてもらい、僕の銃撃と同時に小梅さんを助けてもらう。
『お願いできるかな? 僕が援護するからアムリタちゃんには遊撃をお願いしたい』
『うん、大丈夫。まかせて』
アムリタが小さくそういった瞬間、彼女の身体が闇の中へと溶けこんでいった。
これも多分、スキル効果のひとつなのだろうか。トレースギアに映っていたアムリタのマークが消えた。
『オジサンの攻撃にタイミング、あわせるから』
『了解』
アムリタの頼もしい声が悠吾の耳に届いた。
暗闇の向こう、小梅の背中はもうすぐそこまで来ていた。
***
「悠吾ッ!!」
小梅の叫び声と共に、クラウストが落とした弾丸の甲高い音が暗闇に響いた。
そして次の瞬間、小梅の両脇を抑えるプレイヤーの周りに黄金の風が駆け抜けた。ククリナイフを両手に携えたアムリタだ。
「くるくるっ、たーんっ!」
「……ッ!」
その風はまず小梅の右側に居たプレイヤーを襲った。
くるくると宙返りし、完全に死角になっていた頭上から続けざまに黒服のプレイヤーに斬撃を放つ。そしてククリナイフがプレイヤーの背中から肩にかけて2本の線を形どった瞬間、彼の頭上に表示された体力ゲージは一瞬で底を突いた。
「な……ッ!?」
もうひとりのプレイヤーが驚嘆の声を上げた。
それは突如襲いかかってきた小さな影へ向けられたものだったが、同時に己の身体に付与しているはずの自然治癒能力が機能していない事に対しての驚きだった。
悠吾の賭けは当たった。彼らは付与された能力が切れていることに気が付いていなかった。
「チッ……もう一度付与しなさいッ!」
その状況を見て、咄嗟にクラウストが声を上げる。あわてて黒服のプレイヤーがエンチャントガンを取り出すも、すでに時は遅かった。
「ママ、これっ!」
「えっ、アムリタ!? って……わっ!」
突如現れたアムリタに驚きつつも、ひょいと投げ渡されたそれをしっかりと受け止める小梅。
アムリタから投げ渡されたのは、悠吾のサイドアーム「ベレッタM9」だった。
「ッ! このガキッ!!」
アムリタの姿を確認したプレイヤーが襲いかかる。エンチャントガンを打ち込む事を諦め、直ぐ様トレースギアから短機関銃を取り出した。
「ママッ、早く!」
『スキル「膝打ち」発動ッ!』
突然渡されたそれに一瞬呆気に取られてしまった小梅だったが、即座に渡ベレッタの遊底を引くと、盗賊のアクティブスキル「膝打ち」を発動した。
膝打ちはいわゆる状態異常を発現させるスキルだ。与える状態異常は、行動能力の制限──いわゆる敵の素早さを下げるることが出来る能力を持つ。
スキル発動を確かめ、小梅は傍らに居るプレイヤーの膝に向け2回トリガーを引いた。
乾いた軽い発砲音と共に、弾丸が2発プレイヤーの膝を襲う。
「ぐぁッ!!」
膝を撃ちぬかれたプレイヤーがその場にうずくまる。
「こ、このッ……!」
状態異常が発生し、プレイヤーの動きが極端に鈍化した事がはっきりと判った。
掴んでいた小梅の腕を離し、慌てて掴みなおそうとするもまるで海中に居るかの如くうまく身体を動かせないままゆっくりとその腕が空を切る。
「小梅さん、逃げて下さいッ!」
アムリタの不意打ちが成功し、小梅の身が自由になったことを確認した悠吾が叫ぶ。
アムリタちゃんの援護を受ければ、逃げることは出来るはず。
作戦は成功した。小梅さんを助けることが出来た。
そう思った悠吾だったが──
「……ッ!? 小梅さん、何を!?」
悠吾の目に映ったのは信じられない光景だった。
アムリタと共に、自分の方へと逃げてくるはずの小梅が向かったのは、こちらとは逆方向のさらに奥──
クラウストの背後に広がる闇の中だった。
「なな、なんで奥に!?」
「悠吾、一緒に来てッ!! このまま逃げるわけには行かないッ!」
「マ、ママッ!?」
小梅の取った行動に思わずアムリタもその場に立ちすくんでしまっていた。
悠吾にもアムリタにも理解できない小梅の行動。だがクラウストだけはその行動の意味を理解していた。
「弾丸を奪うつもりですか」
小梅の狙いはそれだった。
この場で逃げるわけにはいかない。逃げてしまえば、この世界を自由に操れる管理者の能力をクラウストが手にしてしまう。
クラウストの手からこぼれ落ちた弾丸が消えた闇の中に滑りこむ小梅。
その小梅を追い、クラウストが動きだした。
と──
「動くなっ!」
鋭い声が闇に響く。
彼のすぐ近く、銃口を向けている悠吾の姿がクラウストの目に映った。
「動けば頭を撃ちぬくッ!」
ブロッサムの街を襲い、小梅を誘拐し、仲間を数多く殺してきたユニオンのGMクラウストに対して沸き起こる焼けつくような怒りに満ちた声とともに、じり、と威嚇するように悠吾がクラウストの目前に銃口を突きつける。
クラウストの付与効果も切れているはず。この距離で弾丸を撃ちこめば一撃とはいかなくても致命傷を与えることができるはず。
「……君は……また私の邪魔をするのですか」
クラウストのその声は悠吾のそれとは対照的な声だった。
それは夜のしじまのような静けさを携えている声。
「見ての通り護衛の方々は倒させてもらいました。エンチャントガンも……返してもらいましたよ」
先ほど倒した黒服のプレイヤーから奪い返したエンチャントガンを小さく掲げる悠吾。すでに量産されているエンチャントガンのひとつを奪い返した所でどうなるわけでもなかったが、自分が生成したアイテムを悪用されることに悠吾はどうしても我慢がならなかった。
「貴方達は……プレイヤーを素材に使うなんて……狂ってる」
グレイスが言ったあの言葉が悠吾の中に蘇る。
エンチャントガンの有効的な活用法──プレイヤーの能力を付与させる狂気の沙汰だ。
「……付与の効果に気がついた事は褒めてあげます。ですが、私達は『使えないプレイヤー』を最大活用しているまでの事ですよ、悠吾くん」
「……ッ!! お前は……人間じゃない!」
「己の欲望に従順な、最も人間らしい人間ですよ私は!」
己の目的の為に使えるものは全て使う。それが仲間であれ──
くつくつと小さく肩を震わせながらそう続けるクラウストに悠吾は心の奥から沸き起こる怒りにその身を震わせた。
「……これがなんだか分かりますか?」
と、クラウストは一本の弾丸をアイテムポーチから取り出した。何の変哲もない弾丸。だがその弾丸を悠吾は良く知っていた。それは、エンチャントガン用の弾丸だ。
「エンチャントガンの弾丸。僕が作ったんだ。わからないわけはない」
「違う違う、そういう意味じゃない」
よく見給え、と弾丸を人差し指と親指でつまむと、ゆっくりと悠吾の前に差し出す。
「わからないですか?」
「……どういう意味だ」
一体何を言っているのか全く判らない悠吾は弾丸とクラウスト、交互に視線を動かす。
「この弾丸の中に入っている『素材』は君もよく知っているプレイヤーですよ?」
「……なんだって?」
その言葉に悠吾の背筋に冷たい物が走った。
僕もよく知っているプレイヤー。僕が知っている、ユニオンのプレイヤー。
まさか──
「ラウルプロヴィンスで脱出する際に君達を愚かにもサポートした、クラン『暁』のメンバー……ルーシー君です」
「……な」
悠吾は言葉を失ってしまった。
ルーシーさん……アジーさんやロディさんと共に、僕達を助けてくれたプレイヤー。
……そして、あの廃坑でアジーさんを殺めてしまったプレイヤー。
「廃坑から戻った後から非常に協力的になったと思ったんですが……どうやらこちらの情報を暁に流していたようでしてね」
「……まさか」
悠吾は驚きを隠せなかった。
あの時ルーシーさんはひとりユニオンの中にとどまったはず。暁から離脱し、従順なユニオンのプレイヤーとして生きているとばかり思っていた。
だけど、だけど彼は……犯してしまった罪を償おうと必死に足掻いていたのか──
「一度裏切った事を水に流してやったのに、全く使えないプレイヤーでしたよ彼は。しかし、どんなに使えないプレイヤーであっても、こうして形を変えてしまえば利用価値はごまんとあります。……あぁ、でも、使い捨てであることには変わりないですね」
「……ッ!!」
冷たく嘲笑するクラウストに悠吾の心臓がどくりと跳ねる。
もう限界だ──
身体の中でぱちんと何かがはじけた音がはっきりと聞こえた。
「……クラウストッ!!」
怒りに震えた指で、悠吾はアサルトライフルCZ-805の力強く引き金を引いた。
ズドン、と芯に響く発砲音と共に、5.56mmの完全被甲弾がクラウストの顔面を捉えた。
通常であれば、致死ダメージを与えるヘッドショット。
だが──
「ッ!!」
その光景に悠吾の背筋に冷たいものが走る。
着弾の衝撃でのけぞるような仕草を見せたクラウストだったが、銃口から放たれた弾丸はクラウストの上下の歯の間でその動きを止めていた。
「……竜の巣で私が言った言葉、覚えていますか?」
咥えた弾丸を足元に吐き捨てながらクラウストが続ける。
「エンチャントガンを生成したプレイヤーを……ユニオン連邦に招き入れるか、もしくは……処理するか」
クラウストの表情から、冷たい笑みが消える。
そしてそれと変わって現れたのは──怒り。
計画を邪魔した者に対する、純粋な怒りだった。
「君だけは、私が直接始末してあげますよ、悠吾くん」
「……やってみろ……ッ!」
悠吾の声が四方を壁で覆われた薄暗い部屋に響く。
負ける訳にはいかない。相手が誰であれ。
ゆっくりと動き出したクラウストに悠吾はわずかに距離を開けると、セレクターレバーを単発から連射に切り替え、もう一度力強く引き金を引いた。




