第139話 能力の秘密
ジャガーノートの能力はこれまで幾度と無く目にしてきたトラジオだったが、その装甲の中に身を置いて改めてこの兵器の恐ろしさがはっきりと判った。
ジャガーノートは全てのステータスを強化するだけではなく、一種の「能力ブースト」が付与されていることにトラジオは気がついた。
その1つが盗賊のパッシブスキル「アンプリファイア」と同じく聴覚が強化されるという事だった。耳に意識を集中させることで、風が起こす小さな葉擦れ音や、向こうに居るノイエのジャガーノートが放つ機械音が手に取るように判る。
それはつまり、視覚や周囲MAPに注力せずともグレイスの居場所が判る事を意味した。
『ノイエ、5時の方向だッ!』
小さく茂みが揺れ、大地を踏みしめる音が増幅されトラジオの鼓膜を揺らす。
「……チッ!」
なんでバレた──
突如くるりと身を翻したノイエに一瞬グレイスの表情が引きつった。
足音を完全に消すスキル「サイレントLV5」に、トレースギアにマーカーが映らなくなる「ステルス」で完全に姿を消したっつーのに。
一瞬動きが止まってしまったグレイスを視界に捉えたノイエとトラジオは、即座に攻撃に移った。2人の腕に装備されたガトリングガン「XM214」が火を吹き、凄まじい数の弾丸がグレイスを襲う。
「カッ! めんどくせぇッ!!」
「……ッ!」
2方向からの射線を受け、流石に後退するだろうと考えていたトラジオは虚を突かれてしまった。
まるでグレイスの身体が巨大化したのかと錯覚してしまうほどのスピードで射撃を受けながらそのままトラジオをめがけ、突進してきたのだ。
機械兵器ですらスクラップにしてしまうほどの威力を持つXM214の弾丸をまともに受けながらも、怯まず襲いかかってくるグレイスにトラジオは戦慄を覚えてしまう。
『トラジオさんッ! 距離を取って下さいッ!!』
『判っている……ッ』
グレイスの足を止めるために足元に向け射撃を続けるノイエだったが、その動きを止める事はできなかった。ノイエの攻撃を全く意にも介さずトラジオとの距離を詰めていくグレイス。
そして、思わず攻撃を中止し、大きく後ろに跳躍するトラジオを追って、グレイスが地面を蹴り上げた。
「逃すかよッ!!」
「くっ! センチネルッ!」
逃げられないと感じたトラジオはすかさず一時的に防御力を高めるセンチネルスキルを発動した。
ひゅうとグレイスの右手に持たれた黒いナイフが滑り、そして急所をガードしたトラジオの左手をかすめる。
衝撃がトラジオの身体を襲った。
『外骨格耐久度89%、電磁装甲25%。リチャージを開始します』
「くッ!」
痺れる様な衝撃が左腕を襲ったと同時に、トラジオの耳に警告アナウンスが入る。
ジャガーノートの装甲の表面を覆う電磁装甲を切り裂き、骨格がダメージを受けた警告だ。
廃坑でグレイスに襲われた時、奴らが放ったS-5ロケットでも傷ひとつ着かなかったジャガーノートの装甲を、容易く切り裂くとは。
『トラジオさん、離れて下さいッ!』
「チキン野郎共がッ! いちいち逃げてんじゃねぇぞッ!」
空中でグレイスともみ合いながら茂みの中に着地したトラジオは、距離を置かんともう一度背後に跳躍しようと地面を踏みしめるも、そうはさせまいとグレイスのナイフが続けざまに襲いかかった。
トラジオとノイエは徹底的な中距離戦でグレイスを仕留める作戦を練っていた。
グレイスの武器はナイフだけだが、たとえジャガーノートを装備しているとしても今のグレイスに|近接格闘(CQC)を挑むのはリスクが大きすぎると考えた為だ。
近距離は奴の間合い──
その間合いには入らないようにすべきだと考えていたが、踏み入れてしまった以上は仕方がない。奴の間合いで戦わざるを得まい。
このまま後退すれば、再度先手を取られてしまうと考えたトラジオは攻撃体制に移る。
左手にきらきらと光の塵が集まり、逆手に一本のナイフが形成された。
「来い」
「……ハッ! 俺に|近接格闘(CQC)を挑むつもりか? 馬鹿がッ!!」
絶対的な自信に満ちた笑みをこぼしながらグレイスがナイフの切っ先をトラジオの喉元へ放つ。
簡単にその装甲を貫くそのナイフが当たってしまえば、致命傷にもなりうる一撃──
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
だが、トラジオは冷静だった。
グレイスのナイフの軌道を読んだトラジオは、左手をナイフの軌道上に軽く押し出した。それは力を正面から受け止めるのではなく、力をそらす防御方法だった。
グレイスのナイフ、スワットハンターとトラジオの左手に持たれたコンバットナイフが重なった瞬間、甲高い金属が擦れる音とともに火花が舞い散った。
「……ッ!?」
絶対に受けきるわけがないと高をくくっていたグレイスは思わず息を呑んでしまった。
そしてその瞬間をトラジオは逃さない。
グレイスの腹部、そして顎先に続けざまに掌底を放ち、ダメージを与えなくともグレイスの体勢を崩したトラジオは強烈な前蹴りを放った。
ジャガーノートの力で増幅されたトラジオの脚力は鈍い音とともにグレイスの身体を貫き、その身体を遥か後方へと吹き飛ばした。
「……ぐッ!!」
グレイスの苦悶の声が響く。
|近接格闘(CQC)の特化クラスに進まんとしていたトラジオには多少なりとも|近接格闘(CQC)に自信があった。それに「テイクダウン」などの|近接格闘(CQC)を強化するパッシブスキルを装備していたという事も関係していたのかもしれない。
吹き飛ばされたグレイスの頭上に表示された体力ゲージがたしかに減った事をノイエは見逃さなかった。
『トラジオさんッ! EXACTOを!』
続けてノイエの声が小隊会話で届く。
ジャガーノートに備わったもう一つの武器、50口径の超小型ミサイルでグレイスに止めを刺す。
「EXACTO起動ッ!」
『EXACTOを起動しました。ターゲットをロックオンします』
2つのジャガーノートのディスプレイに同タイミングで前方でうなだれているグレイスに重なる赤いマーキングが映し出された。
そして同時に、ジャガーノートの背中の装甲がめくれ上がり、白い尾を引いた超小型ミサイルが天使の羽を形作る。
「……ッッ!!」
グレイスがそれに気がついたのは、己の身体に凄まじい衝撃と爆炎が襲いかかった瞬間だった。
2体のジャガーノートから放たれたいくつもの超小型ミサイルが次々とグレイスの身体を襲い、凄まじい爆発を連ねる。その爆風で巨大な樹木は折れ、草木は吹き飛び、大地は大きくえぐれていく。
『EXACTOオフライン』
全てを吐き出したジャガーノートがそうアナウンスを残し、沈黙した。
轟音の余韻が空気を震わせ、舞い上がった木々の破片が静かに大地に舞い降りる。
それは時間にして30秒足らずの短くも長い時間だった。
『警戒しろ、ノイエ』
『了解です』
舞い上がった粉塵が2人の視界を遮る。
直撃を受けたグレイスがどうなったのかは判らない。
そのまま死んでいろ、と祈りながらふたつのXM214の銃口が立ちこめる砂塵の向こうへと向けられた。そして、いつでも射撃を加えんと6つ連なった砲身がゆっくりと回転を始める。
だが──
「この糞野郎……」
「……ッ!」
砂塵の向こうにゆらりと影が揺れた。
そして次第に晴れていく煙の向こう、そこの立っていたのはグレイスだった。
「今のは……効いたぜ……」
「化物め」
その言葉をトラジオは思わず口にしてしまった。
強烈な|近接格闘(CQC)とEXACTOの斉射を受けてなお、立ち上がってきたグレイスはもはや化物以外の何者でもない──
まるでゾンビのように立ち上がってくるグレイスに少なからず恐怖を覚えるトラジオだったが、ノイエは違った。
『トラジオさん……効いていますよ』
『何?』
ノイエは見逃さなかった。
グレイスの体力が一瞬、ゼロになりかけた事を。
『奴の秘密が判った気がします。奴は攻撃が効かないんじゃなくて、もしかしたら……圧倒的な自然治癒能力で体力を回復しているのかもしれません』
『……まさか?』
『先程奴の体力ゲージが空になりかけたのを確かに見ました。通常あそこまで減った体力を自然回復させるにはもっと時間がかかるはずです』
そう続けるノイエ。
その予想にトラジオはジャガーノートの装甲の中で訝しげな表情をうかべたものの、あながち的を外した予想ではないとも感じていた。
戦場のフロンティアにおいて、基本ステータスに防御力という概念は無い。弾丸や爆破ダメージを軽減するにはスキルやパッチで強化するか、ジャガーノートの様な兵器で弾丸を防ぐしか方法は無い。
当初、ノイエはグレイスが防御力を高める戦士のセンチネルスキルを発動しているのかと考えていた。しかし、その予想は改めることになった。センチネルスキルで防御力を高めたとしても、少なからずダメージを受けるのが普通だったからだ。
ハンドガン程度の小口径の銃であれば可能かもしれないけど、ジャガーノートに備わっているガトリングガン「XM214」の斉射を受けて無傷で要られるなんてあり得ない。
『受けるダメージよりも自然治癒力が上回れば、まるでダメージを受けていないように見えるはずです』
時間にして一瞬。その一瞬の時間で体力が回復し続けている為にあたかもノーダメージの様にみえていしまうのではないか。
ノイエはそう続ける。
『……となれば、奴の自然治癒力を上回る攻撃を加えれば、倒せるということだな』
『その可能性は高いと思います』
僅かながら活路を見出したトラジオ達だったが、問題は残っていた。
どうやってグレイスの自然治癒力を上回るダメージを与えるかということだ。
XM214では無理だった。EXACTOの斉射で減らせたことを考えると、それ以上の瞬間火力に特化した武器が必要になる。
「覚悟は良いか、糞野郎共」
グレイスが再度スワットハンターを構える。
先ほどは運良く虚を突いて奴の攻撃を跳ね返す事ができたが、次はそうは行かないはず。それに、奴の|近接格闘(CQC)能力を考えると、次のアタックで仕留めねば俺達に3度目は無いだろう。
何か方法は無いか。奴に強力な打撃を与えることが出来る手段が──
僅かな時間で考えを巡らせていたその時だ。
トラジオの視界にふととある「リスト」が映った。トラジオの目前、ディスプレイの端に表示された、使用可能な武器のリストだ。
ガトリングガンXM214に、残弾数が無くなった為、文字が黒く落ちたEXACTO、そして続くもう一つの武器──
『ノイエ、これだ』
『……え?』
力強いトラジオの声がノイエの耳に届いた。
トラジオが発見したそれ。
そこにあったのは、超接近戦用の武器、ニードルパイクの文字だった。




