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第136話 扉

 何層にも折り重なった深い木々の隙間から差し込むこぼれ日が悠吾とそしてアムリタの頬をちらちらと照らす。

 小梅を乗せた機械兵器ビークルが到着したのは鬱蒼と覆いしげる森の中にある「無花果いちじくの樹海」という名の狩場シークポイントだった。


「居た、クラウストと……小梅さんだ」


 黒い戦闘服を着たプレイヤー達と共に機械兵器ビークルから現れた銀髪の男。そしてその傍らで両手を縛られているのは小梅だった。

 その姿を見た悠吾は逸る気持ちを押さえつけ、トラックの幌の上でアムリタとともにうつ伏せになり身を隠す。

 この狩場シークポイントの名前は聞いたことも無いけど、ここにイースターエッグが隠されているということは間違いないと思う。マスターキーの称号を持つ小梅さんがここに連れて来られたのが何よりの証拠だ。


「早く追いかけようよ、オジサン」

「待ってアムリタちゃん。追いかけるのは奴らが森の中に入ってからにしよう」


 こっちにジャガーノートがあるとはいえ、相手はあの黒服のプレイヤー達だ。見つかればひとたまりもない。見つからない程度に距離を置き、小梅さんを救出できるその時を待つ。

 そしてしばしの時をはさみ、クラウストの一行の殿しんがりを務めるプレイヤーが木々の向こうに姿を消した事を確認して、悠吾はゆっくりと動き出した。

 するりとトラックの幌から降り、トレースギアからアサルトライフル「CZ-805」を取り出すと周囲警戒を行いながらゆっくりとクラウスト達の後を追い、森の中へと足を進める。


『静かだね』

『……確かに。野生動物モブの姿すら無いね』


 森に足を踏み入れて直ぐにアムリタと悠吾は異変に気がついた。

 狩場シークポイントは探索を行う為のフィールドで、例外なく地人じびと野生動物モブが配置されている。地人じびとはおろか、野生動物モブすら居ない狩場シークポイントなんてあり得ない。


『ひょっとしてこれが「相違点」なのかもしれない。何か重要なものを隠す為に作為的に組まれたのかも』

『でも……地人じびととか野生動物モブが居なかったら、探索に来た探索者シークにすぐイースターエッグが見つかっちゃうんじゃないの?』


 悠吾の予想に首をかしげるアムリタ。

 確かに敵が配置されていない狩場シークポイントはわかりやすい相違点と言える。最深部まで探索する必要がなく、直ぐに異変に気がつくからだ。

 

『逆だよアムリタちゃん。敵が配置されていないからこそプレイヤーは足を踏み入れない』

『どうして?』

地人じびと野生動物モブが現れないということは、この狩場シークポイントからは何もアイテムがドロップしないということになるからね』

『……あ』

『そんな場所に好き好んで探索に向かうプレイヤーは居ないよ』


 これは想定だけど、鉱石が採取できる「採取ポイント」も存在しないんじゃないだろうか。多脚戦車パウークのような強大なレイドボスが配置されれば、レアリティが高いドロップ品を夢見てプレイヤー達は大挙して押し寄せる事になってしまう。何も無いからこそ、ここはプレイヤーが立ち入らない秘境に変わるんだ。


『オジサンって……時々するどいよね』

『え? ど、どうもありがと』


 ここまでの道程で、守られる側から守る側にすっかり立場が逆転した感があるアムリタから漏れた関心の声に、思わずむず痒さを感じてしまった悠吾。

 でも、自分で考えてみて改めてはっきりとわかった。ここにはやっぱり何かが隠されている気がする。

 プレイヤーに立ち入って欲しくない、重要な何かが。

 悠吾がそう自答した、その時だった。


「あ~、やっと来たか」

「……ッ!!」


 突如放たれた声に悠吾とはびくりと身を竦ませ、咄嗟に前方へと銃口を向けた。

 

「待ちくたびれたぜ? ビビって距離、置いてンのは判ってたけどよ」


 CZ-805の銃口の先、樹の幹に背中を預け、気だるそうな表情で視線を送る男の姿が悠吾の視線に映った。

 

「あ、貴方は……」 

 

 その姿にどくんと悠吾の鼓動が跳ね上がった。

 痩けた頬に鋭い目。今でも覚えている、心を逆撫でするような声──


「グレイスッ……!」

「『さん』を付けろよ」


 くつくつと笑みを漏らしながらゆっくりと幹から離れ、悠吾の方へと足を進め始める。


「どうして貴方がここに……」

「あの廃坑で言ったよな? 俺はしつけーぞってよ?」

「くっ……止まれっ!」


 ゆっくりと近づいてくるグレイスは丸腰だったが、銃口を向けている悠吾の方が何故か気圧されてしまっていた。

 以前とは何かが違う。


「あの廃坑では世話ンなったな小僧。でもよ、あン時お前にやられちまったお陰で……良いモンが拾えたぜ?」


 狡猾な笑みを浮かべながらグレイスがアイテムポーチから取り出したのは小さな銃だった。

 悠吾にも見覚えがある、小ぶりの兵器──


「そ、それは……エンチャントガン!?」


 さあ、と悠吾の表情から血の気が引いた。

 グレイスの手に持たれていたのは、悠吾が作った兵器。機工士エンジニアの匠であるルルを、アーティファクトクラスの生成物だと言わしめたあの兵器だ。


「お前、すげぇモン生成したんだな。付与効果を与えられるアイテムって……チートかよ」


 そりゃあ、やられるわけだよな。

 口角を吊り上げながら嘲笑したグレイスはそのままエンチャントガンを己の首にあてがった。


「とは言ってもこれはお前が作ったオリジナルじゃ無ぇんだけどよ。ウチの生産チームに渡して『分解』して。試作品として俺らに配布されてる量産品なんだけどな」

「りょ、量産……!?」

「さらに俺らはもっとすげぇ事に気がついたんだぜ? このアイテムのもっとすげぇ使い方によ」

「……ッ」


 グレイスの言葉に得も知れぬ悪寒が悠吾を襲った。

 凄い使い方──

 エンチャントガンを生成した時、僕も考えた付与エンチャントの可能性。

 まさかユニオンは──

 

「撃ってオジサン!」


 何かを察知したアムリタの声が森の中に響き渡った。

 そして、即座にその声に反応した悠吾はCZ-805の引き金を押し込む。弾薬の消費を避ける為にセレクターレバーが単発セミオートに回されていたCZ-805が1発乾いた音を放つ。

 銃口から放たれた弾丸は草木を切り裂き、グレイスの胸元へと着弾した。

 だが──


「ぶはぁあああぁ……」

「……ッ!!」


 高揚したグレイスの声が悠吾の耳に届いた。

 そして、弾丸の衝撃で身を捻っていたグレイスがゆっくりと身体を戻す。

 ダメージは──無いのか。

 

「痛ぇな糞野郎」


 首元からエンチャントガンを離し、ギロリと悠吾を睨みつけるグレイス。

 その目はどす黒く、まるで彼の心の中を映し出しているかのように赤く濁っている。


「オジサン、あいつ……」


 アムリタの声が震えている。

 全てのクラスを極め、暗殺者クリーパークラスであるアムリタが──恐怖している。


「ステータスが……跳ね上がった!」


 アムリタのその言葉で、悠吾にはあの黒服のプレイヤー達の恐ろしい力の正体が完全にわかった。

 食事の付与効果では不可能なステータスの大幅な増強。

 それを行う方法は1つしかない。


「まさか貴方達は……『プレイヤー(人間)』を素材に……ッ!」


 その言葉にグレイスが冷酷な笑みを浮かべる。

 なんて恐ろしく、非道な事を。

 彼らはプレイヤーを素材に使い、そしてそのステータスとスキルを付与エンチャントしたんだ。


「言っただろ? このアイテムの有効な活用法だってよ」 

  

 冷ややかなグレイスの言葉が重く悠吾にのしかかる。

 悠吾の身体を這い上がってきていた悪寒は完全に消え去り目の前のグレイスに対する恐怖よりも先に、心の奥底から吹き上がってきたのは怒りだった。

 

「……お前達は人間じゃない……ッ! 人の皮を被った悪魔だ……ッ!」


 瞬時にセレクターレバーをフルオートに切り替え、悠吾は引き金を引いた。

 その指先に躊躇は微塵も無かった。


***


 背後から聞こえてきた発砲音に小梅はぴたりと足を止めた。

 ここまでこの狩場シークポイント地人じびと野生動物モブは居なかった。銃を使う必要なんて無いはず。

 

「足を止めないでくださいね」

「……今のは」

「貴女を追ってきた目障りな方達を排除するために私が送ったプレイヤーが接敵したようですね」

「あたしを……追って……?」


 一体誰が。

 思わず振り返る小梅だったが、その目に映っているのは鬱蒼とした森だけだ。


「……王子様は諦めていなかったようですね」

「まさか……悠吾……?」


 あり得ない。悠吾があたしを助けに来るわけはない。

 そう頭の中で繰り返す小梅だったが、自分の心は嘘はつけなかった。

 心の奥底から湧きだしてくるのは、勇気と希望。

 悠吾が助けに来てくれたという事実だけで、その感情とは裏腹に小梅の身体に力が沸き起こる。


「しかし、悠吾君がここまで辿り着くのは無理でしょう。エンチャントガンを与えた『彼』を切り抜ける事は出来ない」


 絶対に、です。

 余裕の表情でそう言い放つクラウスト。

 だが、小梅はその言葉を跳ね返すように、力強くクラウストを睨みつけた。

 

「絶対に……絶対にあんたを止める。悠吾だったら……ッ!」


 その目は悠吾を信じきっている目だった。

 これまで悠吾は何度もピンチを救ってくれた。悠吾のおかげで廃坑を抜けてラウルに脱出できたし、誘拐されたルシアナを救い出すことも出来たし、ユニオンの侵攻も止めることもできた。

 今回だって、悠吾なら絶対に。


「残念ですが、それも不可能です」


 表情を崩さず、クラウストは冷たい笑みを小梅へと送る。


「なぜなら、私はすでにこのゲームの『チェックメイト』まで来ているからです」

「……っ」


 唇を噛み締める小梅の姿を一瞥しながら、クラウストはトレースギアを開く。

 現在位置をMAPで確認し、周囲を見渡すと、道から外れた背丈程ある茂みの中へと足を踏み入れた。

 まるでその先に何かを隠しているような、肩ほどの高さがある茂みの中──

 そしてその先にあったのは……明らかに人の手で創られたと思わしきレンガ造りの祠と、苔に覆われている錆びた扉だった。

 

「……おお」 


 クラウストが感嘆の声を漏らす。

 それこそがクラウストが探していた「入り口」だった。


「見えるかい小梅さん。これがイースターエッグに通じる扉だ」


 ついにその扉を発見したクラウストは興奮の面持ちで続ける。

 

「イースターエッグの在処はランダムで変化するんですよ。今はこの場所に存在していますが、明日は……いや、1時間後にはもうこの場所には無いかもしれない」


 イースターエッグが発見できない理由がそれだった。

 不規則に変化する入り口。だからこそ、イースターエッグは誰にも見つけることができない「幻の至宝」だった。


「彼女をここに」

「い、いやっ……!」


 クラウストの声に何かを察知した小梅は必死に抵抗を見せた。両足を踏ん張り、両脇を抑えるプレイヤーの手を振りほどこうと必死に暴れる。

 だがそれは、無駄な抵抗だった。


「安心してください小梅さん。現実の世界とつながっているのはこの扉ではありません。私が探し求めているものはこの扉の中なのです」


 ずるずるとクラウストの元に引きずられて来た小梅にクラウストは優しくそうささやきかけると、そのか細い右腕を掴んだ。


「あっ、あたしに触るなッ! 開けさせてたまるかッ!」

「諦めなさい」

 

 そういってクラウストはぐい、と力づくで小梅の手のひらを扉へとあてがう。

 ひんやりとした扉の感触が小梅の指を伝い、その身体を駆け抜けた次の瞬間──


「……ッ!!」


 錆びたその扉がゆっくりと開く。

 まるでイースターエッグを求めるクラウストを歓迎するかのように、音もなく。


 開け放たれた扉の奥は明かりの1つも存在しない時の流れすら感じない暗闇だった。

 その闇を望みながら、クラウスとは恍惚とした表情を浮かべる。


「おお、ついにこの時が」


 やっと辿り着いた。あの時成し遂げられなかった、この場所にもう一度──


「待っていなさい、モーガン……」

 

 笑みを浮かべながら小さくクラウストが漏らす。

 その表情はこれから起こる事への喜びと、そしてこの奥に居るであろう男への憎しみで歪んだ恐ろしい表情だった。

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