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第134話 小梅の後ろ姿

 意外と簡単に入れちゃったな。

 クベタの街に足を踏み入れた悠吾の脳裏に浮かんだのはそれだった。

 ユニオンのプレイヤー達が終結していた国境を発見されること無く切り抜けれたのもそうだけど、まさか街にも簡単に入れるなんて。

 深い霧が立ち込めたクベタの街にアムリタと共に忍び込む事に成功した悠吾はまずは最初の難関を突破できたとわずかながら安堵の表情を浮かべた。

 クベタの街は比較的高所にある街で、「霧の街」と言われるほど濃霧が街をすっぽりと覆い尽くす事が多かった。故に、戦闘はおろか、歩く事すらままならないこの場所は小梅の拘束場所にうってつけだった。


「人が居ないね」

「確かに……交戦フェーズが始まって全員出払ってしまっているのかな」


 ダークマターを温存するためにジャガーノートを脱いだ悠吾を先頭に、発見された時の事を考え、武装せず、出来るだけ怪しい動きをしないように歩く2人が小さく言葉を交わした。

 武装していないのは、逆にこの場所が外よりも安全だったからだ。

 この場所はユニオンの領内だとはいえ、出会ったプレイヤーが即攻撃してくる可能性は低い。トレースギアでステータス画面を見なければ、悠吾がノスタルジアプレイヤーだとは判らない。

 灯台下暗しとはよく言ったもので、敵国内に潜入する場合最も安全な場所はプレイヤーが多い街の中である場合が多かった。


「ん〜、でも地人じびとも居ない」

「そういえば、そうだね」


 交戦フェーズが始まったこの時期に、プレイヤーが居なくなるのは判らなくもないけど、普通であればプレイヤーを相手に商売を行っている地人じびとすらも見当たらない。

 プレイヤーはおろか、地人じびとすら見かけないゴーストタウンと言っても過言ではない廃れたクベタの街に何処か不気味さを感じてしまう悠吾。

 と、その時だ。


「オジサン、あれっ……!」


 悠吾のズボンをちょいちょいと引張ながら、アムリタが前方を指さした。

 その指先、深い霧の向こうにぼんやりと浮かび上がっているのは、この街の風景に似つかわしくない白く荘厳な西洋館だった。


「あの建物?」

「ちがう。その前」

「あ〜……」


 アムリタの言葉に悠吾はじっと目を凝らす。

 白い西洋館の前。アムリタが指さしていたのはそこだった。

 そして、暫くその場所を凝視していた悠吾の目にも映った影──西洋館の前で大きな影といくつもの人影らしきものが動いているのがはっきりと判った。


「あれは……ユニオンプレイヤー?」

「行こう、オジサン」


 近づける所まで近づこう。

 アムリタは小さな手で悠吾の手を握り、ゆっくりとその影達の方向へと足を進め始めた。


 ここまでプレイヤーらしき人影は無かった。想像通り、多分ラウルへ攻め込む為国境付近に向かったからだろう。とするならば今この街に残っているプレイヤーは、交戦フェーズとは関係ない、何か別の目的があるということだ。

 緊張で悠吾の鼓動が高鳴る。

 小梅さんを誘拐したのはあの黒服のプレイヤー達だ。もし戦闘になれば、僕独りで切り抜けきれるか判らない。遭遇戦になれば僕の負け。もし戦うなら、不意打ち。それも小梅さんを助け出す、その一瞬だけだ。


 霧の向こうに見えていた影が次第にはっきりと人の形に、変わっていく。

 と、ひとりのプレイヤーの姿を見た悠吾は咄嗟に直ぐ脇の建物の影へと身を滑り込ませた。

 

「オジサン?」


 出来るだけ不審な動きはしないようにと言っていた悠吾が取った行動にアムリタは思わずまゆを潜ませる。

 だが悠吾が取ったその行動は反射的なものだった。

 あの時、竜の巣ドラゴンス・ネストで味わった身も凍る程の戦慄──

 額に脂汗をにじませながら、悠吾が視線を送る先に見えるのはひときわ目立つ、銀の髪を持ったプレイヤーだった。


「……クラウスト……」


 銀の髪に、中性的な顔立ち。そして漆黒の軍服。間違いない。あの人はユニオン連邦のGMゲームマスタークラウストだ。

 

「クラウストって……ユニオンのGMゲームマスターの事?」

「うん、一度あったことがあるんだ。間違いない」


 あの戦慄が蘇えり、慄いてしまった悠吾だったが、その一方で彼の心は疼きだしていた。

 クラウストが居るということは、直ぐ近くに小梅さんが居る可能性は大きい。

 直ぐにでも飛び出して小梅を奪還したいと考えた悠吾だったが、それを察知してかアムリタが悠吾の左手をはたと掴んだ。


「待ってオジサン。今行ったらダメだよ」

「……ッ」


 冷静なアムリタの言葉が悠吾の浮ついた心を落ち着かせる。

 確かに状況も判らないまま、今動くのは危険すぎる。


「……そうだね、小梅さんの居場所を探る事が先だ」

「オジサン、トレースギアを開いて」


 ちょいちょいと悠吾の左手首に巻かれたトレースギアを指さすアムリタ。


「ん?」

「今オジサンのトレースギアに周囲の状況をリンクさせたよ」

「え……あ」


 アムリタに促されるまま、開いたトレースギアのMAPに表示されていたのは周囲に幾つか点灯している「敵影」を示す赤い点だった。

 アムリタが使ったのは、周囲状況を察知できる盗賊シーフのスキル、「リーコン」だった。

 小梅のそれと違いアムリタのスキルレベルは最大の為、表示間隔がほぼリアルタイムになっているようだ。


「凄い。そういえばアムリタちゃんはクラス暗殺者クリーパーだったね」

「うん」


 凄いでしょ、と小さな胸を張るアムリタに思わず笑みをこぼしつつ、悠吾がより詳細な敵の位置を探るため、MAPをズームさせた時だった。

 赤い点が囲む中心、機械兵器ビークルを示すマークの上にひとつだけ青い点があった。

 それを見た悠吾の鼓動がどくりと跳ねる。


「居た。小梅さんだ」


 青い点は仲間を示すマーク。

 居る。すぐそこに小梅さんが。

 トレースギアを閉じ、霧にまぎれて距離を縮めようと踏み出す悠吾だったがすぐに思いとどまってしまった。

 悠吾の脳裏を過ったのは単純にして最大の問題──


 近づいて、どうやって小梅さんを助ける。

 両手を合わせて天を仰ぎつつ、悠吾は自問した。

 小梅さんの周りに見えていた赤い点は10近くある。つまり、あのクラウストと9人以上の護衛が居るということだ。多分その中にはあの黒服の連中も居る。たった一人でジャガーノートと同等の力を持っていたあの黒服のプレイヤーだ。

 策無く近づけば待っているのは──


「オジサン、あの人達動くよ」

「……ッ!」


 思案していた悠吾の耳にアムリタの声が届いた。

 ユニオンプレイヤーの数人が機械兵器ビークルに乗り込んだらしく、唸り声の様なエンジン音が霧の向こうから放たれた。

 

「何処かへ向かうつもりか」

「……何処だろう?」


 用意されている機械兵器ビークルは一台だけでは無さそうだった。

 彼らが乗り込んでいるのは、解放同盟軍と同じ、高機動多用途装輪車両ハンヴィー──いや、あれはより装甲を追加して強化した|M1151(強化ハンヴィー)だ。

 全部で3台。前2台がM1151で最後尾にはダークグレーの非装甲車両。とても物々しい警戒だ。途中で襲撃されるのを恐れている感じがする。

 ということは、小梅さんと向かおうとしているのは──


「……イースターエッグ?」

 

 まさか、と思いつつも悠吾にそれ意外に考えられる答えは無かった。

 もしかしてその為に小梅さんを彼らは誘拐したのではないだろうか。

 だが、悠吾の中に産まれたその答えは直ぐに打ち消された。

 だけど、ユニオンは独自にマスターキーを手に入れていると言っていた。小梅さんは必要ないはず。


「どうやってイースターエッグの場所、わかったのかな?」

「う〜ん……検討もつかないね」


 と、答えが見つからない悠吾達をあざ笑うかのように先頭のM1151がゆっくりと動き出した。

 そしてその動きに即座に悠吾は反応した。

 いま悩んでいる暇は無い。ここで彼らを逃したら……もう小梅さんを追う方法は無い。

 そう考えた悠吾はとっさにトレースギアを開いた。


「行くよ、アムリタちゃん」

「え?」


 その言葉に視線を戻したアムリタの目に映ったのは、きらきらと光の粒を纏っていく悠吾の姿だった。

 

「最後尾、トラックの幌に飛び乗るからね」

「あ……うん!」


 咄嗟に悠吾の考えを察知したアムリタは悠吾の左腕にしっかりとしがみついた。

 ジャガーノートのひんやりとした感触と、電磁装甲のそれなのか、ときおりぴりりと痺れるような感触がアムリタを襲う。

 今、彼らを襲撃したとしても勝ち目はほぼゼロだ。だったら、彼らの後を追い、小梅さんを助ける事ができるその瞬間を狙うしかない。

 2台目のM1151が動き出したと同時に悠吾は側の家屋の壁を蹴り上げると、スラスターの揚力を使い軽々と屋根上へと駆け上った。

 クベタの街を一望できそうな景色が悠吾の目に映る。

 そして湿った風がひとつ、ジャガーノートの装甲を撫で、悠吾の背後へと吹き抜けていった。

 

「……絶対助けますから」


 待ってて下さい。

 眼下に見える重装甲の機械兵器ビークルの中に居るはずの小梅に小さく語りかける悠吾。

 そして左腕にしがみついているアムリタの姿を確かめた悠吾は、丁度真下を通るトラックの幌に向けゆっくりと空中へと身を乗り出した。 

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