第14話 遭遇 その2
多脚戦車の主砲から125mm砲弾が放たれた瞬間、砲身周囲の空気がその衝撃で吹き飛び、その衝撃だけで廃坑内の壁面が崩れ、木製支保が破壊されてしまった。
空気が歪む、というのは本当にあるんだ。
ふとそんなのんきな事を思ってしまった悠吾の頭上をライフルの弾とは違う、恐ろしい甲高い空気を切り裂く音を引き連れながら砲弾が掠めた。
「……うッ!」
「きゃッ!」
凄まじい衝撃が悠吾達を襲う。
砲弾が通過した時の衝撃波で悠吾と小梅は簡単に吹き飛ばされてしまった。先ほどののんきな考えは一瞬で吹き飛び、悠吾の背筋は凍りついた。
砲弾が炸裂する──
瞬間的にそう判断し、悠吾は地面に伏せた。
「……あれっ」
だが、悠吾達の頭上をかすめ、壁面に着弾した砲弾は炸裂することは無かった。
撃ったのは、火薬が詰まった成形炸薬弾じゃなくて、火薬が入ってない、装弾筒付翼安定徹甲弾だった。成形炸薬弾だったら終わりだった。操縦士のミスに助けられた。
そう思った悠吾はほっと胸を撫で下ろす。
だが、安心しては居られない。
凄まじい射撃音と、恐ろしい砲弾の通過音で麻痺してしまった耳を抑えながら、悠吾は着弾して崩れる壁面とチラリとみやり、直ぐに視線を多脚戦車に戻した。
『小梅さん、大丈夫ですか』
『っつ〜……』
悠吾が小隊会話で小梅の安否を確認する。すぐに小梅の苦悶の声が返ってきた。
多分僕と同じく、小梅さんの耳も多脚戦車の砲撃音で麻痺してしまっているはず。耳を使わず話せる小隊会話が使えてよかった。
そう思った悠吾は、身を低くしたまま、急いで小梅の元へ走る。
『立って下さい小梅さん。急いでここを離れるんです』
だけど、逃げられるんだろうか。どうやってあの化け物を出し抜いてここから脱出できるんだ……
小梅に肩を貸しながら、砂塵の向こうに見える多脚戦車の姿を注視しながら悠吾は考えた。
そんな悠吾の姿をあざ笑うかのように、砲撃体勢を解いた多脚戦車がゆっくりと動き出した。巨大な砲身と砲塔を支える4本の足に設けられた油圧式のアクチュエーターにエンジンから動力が伝わり、グン、とサスペンションが多脚戦車の体勢を修正する。
次の攻撃は何だ。
悠吾が身構えたその時だった。
「う、うおぉぉっ!」
恐怖に怯えたような叫び声が響く。
悠吾が咄嗟に送った視線の先、そこに居たのは、細長い円筒状の物を抱えたチャラ男の小隊に居た魔術師だ。
あれは、アメリカ軍の使い捨て対戦車ロケット、M72 LAWだ。口径66mmの成形炸薬弾を射出する走行車両に有効な魔術師専用の火力が高い武器。
そして間髪入れず、魔術師はM72 LAWを発射した。
反動を軽減するために、ロケットが射出される逆側から出るバックブラストが砂埃を舞い上げる。
「……どうだッ!!」
発射したロケットは多脚戦車の側面に着弾し、轟音とともに炸裂したものの、多脚戦車は少し体勢を崩しただけで、その装甲に傷ひとつ与えることは出来なかった。
その衝撃すらも多脚戦車のサスペンションが吸収し、直ぐに反撃体勢に移る。砲塔の頭に取り付けられた50口径重機関銃が獲物を狙う猛禽類のように俊敏な動きで銃口を魔術師に向けた。
「……ひッ!」
一瞬で魔術師の顔から血の気が引いたのが悠吾にも判った。
そして、まるで巨大な杭打ち機が地面に杭を打ち付けるような芯に響く射撃音が廃坑に響く。50口径重機関銃の凄まじい制圧射撃だ。
多分、操縦士はあの重厚な砲塔の中に乗っていて、50口径重機関銃はRWS(遠隔操作式砲塔)による遠隔射撃なんだろう。命中率は良くない。けど、あれだ、下手な鉄砲もなんとやら。
悲鳴を上げる暇もなく、またたく間に蜂の巣になった魔術師が光の粒になり、四散した。
間違い無い、こいつだ。
こいつに坑道で倒れていたユニオンプレイヤー達はやられたんだ。
『悠吾、あそこ!』
小梅が叫ぶ。
今度は何ですか。
小梅の声に、悠吾は彼女が指差す方向に視線を移した。
そこに居たのは、まるで親に寄り添う子蜘蛛の様に多脚戦車に随行する地人の姿。
その姿に今度は悠吾の顔から血の気が引く。
マズイ。極めてマズイ。
多脚戦車は強力な火力と装甲を持っているけど、ちょこまかと動いていれば、脇をすり抜け、逃げることは出来ると高をくくっていた。だけど、周囲を警戒する歩兵がいたら……無理じゃないですか。
『というかなんなのよ、あれ』
地人に見つからないように悠吾と共にとりあえず岩陰に身を潜めた小梅が吐き捨てる。
『ここの探索対象レベルは15のハズでしょ? あれはどーみてもレベル40近い機械兵器じゃないの……!』
あの「情報屋」嘘の情報を売ったわね!
騙されたと怒りを込めて言い放つ小梅だったが、悠吾はそうは思っていなかった。
「情報屋」がガセ情報を渡したんじゃない。多分この狩場を探索していたユニオンのプレイヤーも誰一人としてその事を知らなかった。だからあの化け物に捻り潰されたんだ。
あの化け物が突然湧いたのか、それとも別の何かが起きているのか……
と、その時だった。
「3時の方向、多脚戦車と地人多数ッ!」
多脚戦車と地人の動きを追っていた悠吾の耳に突如叫び声が届く。聞き覚えの無い声だ。
「魔術師は多脚戦車に火力を集中! 戦士は地人の殲滅、聖職者は後方支援だッ! ……突貫ッ!」
「うぉぉぉおッ!」
その声に呼応して、幾つもの鼓舞する叫び声が続く。
まさか、誰かが助けに来たんだろうか。
そう僅かに期待しながら、悠吾は声の主の姿を探す。
と、坑道の1つにプレイヤーらしき数名の姿があった。そして別の坑道からさらに数名のプレイヤーが現れる。
『小梅さん、あれは……』
『このレイドボスを倒す為に組まれた中隊ね』
『中隊?』
何処かで聞いた事がある。確かさっき、4階に落ちたしまった時に遭遇したユニオンの小隊が言っていたのが確か中隊──
『幾つかの小隊が合流して形成される中規模のパーティの事よ』
そうだ、さっきの小隊が「高レベルのプレイヤーと中隊を組んでいる」って言ってた。たしかにどのプレイヤーも強そうな武器を装備している。前衛クラスの戦士と火力に特化した魔術師、そしてアイテムを使わずとも体力を回復できる聖職者。多分、バランスも良い。
これ、ひょっとして片付けてくれるんじゃありませんか?
対戦車ロケットで多脚戦車に集中砲火を浴びせ、弾幕で次々に地人を処理していく中隊に悠吾は期待し、その動向を目で追った。
だが──
『……駄目か』
思わず悠吾は肩を落としてしまった。
魔術師が放つ対戦車ロケットの雨でも多脚戦車の装甲はびくともしていない。地人の方はユニオンプレイヤー達が次第に押しているが、多脚戦車は魔術師の対戦車ロケットのリロードタイミングを狙って127mmズーニー・ロケット弾と50口径重機関銃で魔術師達をなぎ倒していっている。
聖職者の回復が間に合わない程の圧倒的な火力だ。
次第に押されていく中隊を見て、悠吾は直ぐに彼らに期待することを辞めた。
無理だ。何か別の方法を考えないと。
『無理よ。だって、レイドボスで多脚戦車が出たって話、聞いたこともないもん』
少なからず、PC版の戦場のフロンティアでは居なかった。
小梅がそう言った。
『小梅さん、これは僕の推測なんですが……この世界はPC版の戦場のフロンティアの世界そのままというわけじゃ無いと思うんです』
『……どういう事よ?』
これまでの事、まだあまり時間は経っていないけど、そう推測するに十分な情報を僕は得た。
ふうと息を整えて悠吾が続ける。
『野生動物で入るべき経験値は入りませんでしたよね。それに、遠くに居ても話せるはずの小隊会話でトラジオさんと連絡も取れませんでしたし、極めつけはこのレイドボス。あまりにも違いが多すぎます』
たまたま、その3つに気づくことができたけど、もっと細かい相違点はあるかもしれない。
悠吾の推測に、小梅も納得するような表情を見せた。
『……確かに、違う所が結構有るわね。しかも、難易度に直結する部分ばっかり』
小梅の言葉に悠吾は小さく頷いた。
そう、変更があるのはどうでもいい部分ではなく、難易度に関係する重要な部分ばかりだ。
『ええ。なのでPC版の情報を鵜呑みにすると……危険なのかもしれません』
だから、経験や以前の情報を鵜呑みにした高レベルのプレイヤー達があの多脚戦車に簡単にやられてしまっているんじゃないか。
そう、悠吾が推測の結論に至った瞬間だった。それをを狙ったかのように、大きな爆発が多脚戦車と戦うプレイヤー達の方から起きる。
廃坑が大きく揺れ、あちこちで崩落が起きている。
すぐさま再度、中隊の方へ視線を戻した悠吾には何が起きたのか直ぐに理解できた。
戦いが終わりつつあるんだ。
多脚戦車のズーニー・ロケットが雨の様にプレイヤー達に降り注ぎ、文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うプレイヤーの退路を主砲の砲撃が断っていた。あとは左右から包囲を狭める地人に挟撃されて終わり。
いくつかの小隊で組まれた中隊はものの数分で壊滅にまで追い込まれていた。
『どうしよう悠吾。どうやって逃げよう?』
小梅口から、普通であれば絶対出てこないような弱気のセリフが発せられた。
すでに小梅の表情からはプライドは消え失せ、絶望と恐怖が見え隠れしている。
その現実に悠吾は思わず小梅と同じ恐怖に支配されそうになったが、その瞬間、両手を合わせ天を仰いだ。
『ゆ、悠吾?』
瞬間的に悠吾は思考の世界に飛び込む。
集中しろ、僕。怖がる時間なんて無い。
なんとか立ち回って地人達を倒せたとしても、あの多脚戦車は無理だ。ライフルの弾ではどうすることも出来ず、あの高レベルのプレイヤーと同じ結果になる。いや、復活できる彼らと違って僕達はその時点で「終わり」だ。
考えろ。時間は無い。
この状況を切り抜けることが出来る方法があるはずだ。
悠吾はこれまで蓄積した情報を頭をフル回転させ思い起こしていく。
そして、スライドショーの様に次々と脳裏に浮かぶ情報の中で悠吾の思考が1つの情報で止まった。
それは、機工士の生産リスト。
『……悠吾?』
再度悠吾の顔を覗きこむように小梅が声をかけた。
『有りました。方法』
『えっ?』
魔術師の対戦車ロケットの集中砲火でも無傷だったあの化け物を倒すことは今は不可能だ。
だとしたら、倒すんじゃなく──
『……行きましょう小梅さん。これで突破できるかもしれません』
僅かな希望を手繰り寄せ、悠吾は自信に満ちた視線を小梅に送った。
その表情にどきりとしてしまった小梅をよそに、悠吾は直ぐトレースギアからスキルメニューを開いた。