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第133話 起死回生の妙案

「……狩場シークポイント無花果いちじくの樹海』……」


 何かに頭の中を弄られている様な不快感に苛まれる中、ふと浮かび上がったその名前を小梅は口にした。

 狩場シークポイント「無花果の樹海」──

 その言葉を口にした小梅だったが、それは聞いたことも無い名前だった。

 

「烈空」

「既に」


 クラウストの言葉に、小梅の背後に立っていた烈空がアイテムポーチから一冊のリストを取り出した。前回の交戦フェーズで解放同盟軍から渡された「相違点が見られる狩場シークポイントのリスト」だ。

 世界各地に点在する狩場シークポイントの名前が羅列しているリストの中、ぱらぱらと無造作にページをめくっていく烈空はとあるページでその指をピタリと止めた。


「……有りました。ここから南東……2つほどプロヴィンスをまたいだ先です」

「素晴らしい」


 満足気な笑みを携えながらクラウストは、ぱん、と柏手をひとつ打つと、恭しく小梅の手を取りゆっくりと立ち上がった。

 

「ありがとうございます小梅さん。君のお陰でイースターエッグの在処が判りました」

「は、離して……一体……なんなのよ、これ……」


 先ほど打たれたバックドア(不正プログラム)の影響なのか、身体の自由を奪われてしまっている小梅は、されるがまま、まるでスローワルツでも踊るかの如く、クラウストに手を取られたまま向かい合う。


「しかし、終着地が聖書で終末の例えとして登場する『無花果いちじく』とはね」


 これは運命なのかもしれない。

 じっと小梅をみつめたまま、冷ややかに口角を釣り上げるクラウスト。


「……そこがあんた達の『終末』の場所にならないようにせいぜい気をつける事ね」


 皮肉を込めてクラウストを嘲笑する。

 クラウストを睨む小梅のその目は忍び寄る恐怖で歪んではいるものの、諦めの色は浮かんでいなかった。


「恐怖の中でも君の目には希望が満ちている。……仲間が助けに来てくれると信じているのかね?」

「……当たり前じゃないの。その時になって吠え面欠かないでよね」

「フフ」


 ぐい、と冷ややかな表情のまま、クラウストは小梅の身体を引き寄せる。

 だが、小梅は怯まなかった。クラウストを睨みつけたまま、視線を逸らさない。


「そうか、君の目から消えない希望の光の正体は……囚われの姫君を助けに来る白馬の王子様というわけですね。あの青年──悠吾くんでしたか」

「……ッ!?」

「しかし、不可能ですよ。何故なら──彼と彼の仲間達は間もなく死ぬことになるからです」

 

 それは逃れようのない未来です。

 そう続けるクラウストを小梅は鋭い眼差しで斬りつけ続ける。

 ブロッサムの街はグレイス達に壊滅させられた。ひょっとすると交戦フェーズを戦う力はもうノスタルジアには残っていないかもしれない。

 だけど……だけど、悠吾達が諦める筈はない。

 悠吾なら、絶対に。


「そう簡単には……行かないわ。悠吾は簡単には死なない」

「私は頭の切れるプレイヤーは好きだ。それに美しい女性も──」

「ッ!?」


 クラウストの甘い声が小梅の耳に届いたと同時に、まるでその漆黒の闇に吸い込まれる様に身体から力が抜け落ちていった。


「な、何よ……ッ」

「私にイースターエッグの在処をもたらしてくれた貴女へのお礼ですよ」


 どす黒く野望に満ちたクラウストの瞳が近づいてくる。美しく、そして狂気に満ちた瞳。

 その魔術が妖艶に小梅に襲いかかる。

 だが──


「は、離れろッ! この変態野郎ッ!!」

「ッ!!」


 その瞬間、小梅の身体から自由を奪っていた痺れが消え去った。

 先ほどクラウストの投与されたバックドア(不正プログラム)の効果が消え、四肢に力が戻った小梅は、咄嗟にクラウストの腕を振りほどくと、強烈な肘打ちをクラウストへと放った。

 怒りの篭った鋭い一撃。小梅のそれはクラウストの顎先を狙った肘打ちだったが──


 小梅の悲鳴と同時に、ふわりとクラウストの美しい白銀の髪が揺れた。

 クラウストは瞬時に身を引くと、打ち込まれる小梅の肘に左手をそっと添えるように動かし、その軌道をわずかに逸らした。


「うっわっ!」


 体勢を崩され、前につんのめる形で倒れこんでしまう小梅。

 だが、地面に転倒する前にクラウストはそっと右腕を差し出すと、小梅の身体を支えた。

  

「……危ないですよ」

「ッッ!」


 腕に抱かれた小梅を見下ろすクラウストの表情は変わらず冷静だった。不意の反撃にも眉1つ動かさない。

 完全に舐められてる──

 その表情に苛立ちを覚えた小梅はその腕を振りほどくと続けざまに蹴りを放たんと踏み込むが──


「……あわあっ!!」


 突如背後から強烈な力で引き寄せられた小梅の身体は宙を舞い、鋼のような2本の腕で動きを完全に制されてしまった。


「大人しくしていろ」

 

 強靭な上腕二頭筋と総指伸筋に挟まれ、みしみしと締め付けられる小梅の耳に低くドスの効いた声が届く。   

 小梅の身体を拘束したのは、背後で控えていた、烈空だった。 

 

「私からのプレゼントがお気に召さないようですね」

「当たり前だッ! この変態ッ!」


 近づいてくるクラウストの整った顔面に蹴りを入れようともがく小梅だったが、烈空に捻り上げられ、またしてもそのチャンスを逃してしまった。

 そんな小梅にクラウストは呆れた様な視線を送る。


「フフ、君とこうして戯れている時間も捨てがたいですが、時間は待ってはくれませんからね」

「……え?」


 静かにそう言い放つクラウストの背後、夜が開けいつの間にか朝日が差し込んでいる窓が小梅の目に映った。

 熟夜が開けた。

 ということは──交戦フェーズが始まったという事だ。


「君の大切な王子様の最後を見届ける事が出来ないのは非常に残念ですが、はじめましょうか」


 そう言ってクラウストはちらりと烈空に視線を送った。


「烈空、戦線は君に任せる。……誰一人生かして明日を迎えさせるな」

「……ッ!」


 烈空の腕で動きを封じられている小梅を見つめたまま、クラウストが囁いた。

 その声には慈悲の欠片もなく、小梅には目の前のこの男が同じくこの世界に転生させられた人間だとは思えなかった。


「ああそうだ、ルシアナの亡骸は私の元に運び給え」

「……御意に」


 それは、開始を告げる号令だった。

 その言葉を小梅は何の抵抗も出来ず、只唇を噛み締めながら彼らの会話を聞き続けるしか無かった。

 背後から己の身体を押さえつける鋼の様な烈空の腕と、そしてクラウストが放つ、言葉にならない恐怖が小梅の身体を凍りつかせていた。

 

***


『ユニオン連邦が国境を越え、ラウル市公国プロヴィンスに侵攻を開始しました』

 

 トレースギアのMAPに表示されているその情報に、ルシアナはついにその時が来た事を実感した。

 交戦フェーズでは、どの国がどの国へ侵攻を行っているのか、そしてどちらがどの程度有利なのかをリアルタイムでプレイヤーが閲覧できるようになっている。

 そして誰もが想定していたとおり、やはりユニオン連邦はラウル市公国への侵攻を開始した。


 ブロッサムの街から、北方へ数キロ。

 ラウルプロヴィンスの最奥部にある拠点「エコー」にルシアナとバーム、そしてラウル・ノスタルジアプレイヤー達は居た。

 ブロッサムの街に設けられていたレンガ造りの本部と違い、コンクリート製の壁に囲まれた稜堡式要塞の体をなしたこの拠点は交戦フェーズの開始時から立ち入ることが出来る防御要塞で、プロヴィンスに5つある要塞の内、GMゲームマスターが各クランに指示を下す司令部としての機能を有した5つめの拠点だった。


 交戦フェーズで相手プロヴィンスを陥落させ、自国領に編入させるにはいくつか方法がある。

 まず一番オーソドックスな方法は、プロヴィンスに用意されている5つの防御拠点全てを占領することだ。

 いちプロヴィンスの広さはまちまちだったが、すべてのプロヴィンスは等しく5つの拠点によって守られている。拠点本部を囲むように星形に設計された稜堡式の壁面と強固なトーチカによって守られている要塞だ。

 稜堡式要塞は攻撃面を広く取り、弱点となる側面を小さくすることで死角がなく攻撃にも優れている為、この拠点を落とす事は容易ではなく、交戦フェーズではこの拠点を中心に激しい攻防戦が起きるのが常だった。

  

 そして2つ目の方法は、相対する相手プレイヤーを殲滅することだ。

 交戦フェーズはその他のフェーズと違い、体力がゼロになった場合にペナルティとして1日のリスポンタイムが与えられる。つまり、1日で全てのプレイヤーを失った場合、プロヴィンスを守るプレイヤーが皆無となり、「プレイヤー殲滅」によりそのプロヴィンスは侵攻した国家の手に渡る。

 だが、交戦フェーズでは各拠点に全プレイヤーが終結する為に、この2つ目の方法でプロヴィンスが落とされた事はほぼ無く、1つ目の「拠点占領」によって勝敗が決まる事が多かった。


「西方プロヴィンスは持って1日だろうね」

「拠点から全てのプレイヤーを撤退させているから仕方ないでしょう。ユニオンが反撃を警戒して進行速度を落としてくれれば良いですが……慎重に事を考えていた方がよさそうですね」

「しかし、どれほど急いでも1日はかかる。勝負は2日目以降だね。ノスタルジアのクラン配置は予定通りに?」


 バームはそう言ってテーブルに置かれたプロヴィンスの全域が描かれた地図に視線を落とした。

 そこに書かれて居たのは、5つの拠点とラウル、ノスタルジアのクラン配置だった。

 バームが考案した策は、ユニオン連邦のプロヴィンスへ攻め入るのではなく、兵を引き、ラウルプロヴィンス内にてユニオンを迎え撃つという作戦だった。防御戦に特化した拠点にユニオンを引きつけ、兵力を消耗させた上で反撃に転じる──

 それは過去、小国だったノスタルジアが戦場のフロンティアの創成期を生き抜く為に取った作戦と同じものだった。それは小国が生き残る為に効果的な作戦のひとつ。

 だが、皮肉にもその作戦に一抹の不安を抱えていたのはほかならぬルシアナだった。

 

「バームさん、この戦いは負けることが許されない戦いです」


 バームが聞きたかった答えとは違う言葉をルシアナが返す。

 僅かにバームの表情が曇ったが、お構いなしにルシアナは続けた。


「敵は強大です。かつて私達ノスタルジアが戦ってきた敵よりもさらに巨大な敵です」

「だからこそ、君達が取った戦略が効果的なのでは?」

「確かに、当時の私達であれば迷いなく同じ戦略を取っていたでしょう。ですが、今の私達に決定的に足りないものがあります。それはプレイヤーの『質』です」


 ルシアナが不安を抱えていた所はそこだった。

 創成期を生き抜いた当時と決定的に違うのは、プレイヤーの質──つまり、最強クランとして伝説になっていたオーディンのメンバーが全く揃っていないということだった。

 量を押し返す事ができる質。

 それがあったからこそノスタルジアは大国に成長することができたのだが、今回この防御戦に参加しているオーディンメンバーはルシアナとロディ、たった2人だけだ。


「君が言いたい事は判る。しかし、君のクラン、オーディンとまではいかないがラウルにも粒ぞろいのクランはある。それに、君とロディ君、さらにはジャガーノートがあれば──」

「バームさん、もう一度申し上げますが、この戦いは負けることが許されない戦いなのです」


 あえてもう一度同じ事を繰り返すルシアナ。

 交戦フェーズで負けるということはつまり、その先に「死」が待っている事を意味する。ノスタルジアにとってはもちろんのこと、プロヴィンスを全て失い滅亡してしまうラウルにとっても同じことが言える。

 ──故に、楽観視は出来ない。

 

「君に何か策が?」

「すでに解放同盟軍のプレイヤー達には動いてもらっています。ユニオンを罠にはめるためにです」

「……罠?」


 これまで全く聞かされて居なかった話にバームは訝しげな表情を浮かべる。


「ユニオン連邦の戦力を削り、そして彼らのプロヴィンスに攻め入る為の罠です。これが成功すれば、確実にユニオンの戦線は混乱し、攻め入る隙が産まれるはず」

「どんな罠なんだ?」


 教え給え。

 ルシアナの口から放たれた言葉に鼻息荒くバームが問いかける。

 だが、ルシアナの表情は硬い表情のままだった。その策が確実にユニオンの戦力を削る、言わば「起死回生の妙案」のはずなのに。


「バームさん、勝つためには犠牲が必要です」

「犠牲?」

「西方のプロヴィンスだけではなく──このプロヴィンスの拠点を明け渡すんです」

「なッ……!?」


 一体何を言っているのか。

 それはつまり……戦わずしてユニオンにこのプロヴィンスを譲り渡せということか。あの竜の巣ドラゴンス・ネストでの一件で、ユニオンとの戦いを決意づけてくれた君達が先に白旗を上げるという事か。

 バームはショックのあまり、怒りを通り越して呆れ果ててしまった。

 だが──


「勘違いしないで下さい。あくまで目的はユニオンを打ち破り、彼らに勝利することです」

「……ッ」


 ルシアナの美しい姿の中に見える覚悟にバームはいつの間にか気圧されてしまっていた。

 気迫が滲んだその言葉にバームはごくりと息を飲む。

  

 そして続けて放たれたルシアナの言葉は、バームの予想を超えた驚くべき作戦だった。

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