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第132話 国境を越えて

 時を遡ること数時間前──

 しんと静まり返った闇夜の中、東へと向かう2つの人影があった。

 ぼんやりと光るトレースギアの光を頼りに、周囲警戒しながらクベタの街を目指す悠吾とアムリタだ。

 ブロッサムの街で手に入れたハンヴィーは若夜に入って早々に耐久度の限界に達してしまった為、ハンヴィーを放棄し徒歩で東の国境を目指していた。


「返信、あった?」

「うん。『任せて』って」


 先頭を歩くアムリタがくるりと振り返った。

 うっすらと闇の向こうに見えるアムリタの姿。その姿に悠吾はアムリタが一緒にいて本当に助かったとつくづく思った。

 今、こうしてうっすらと視界を確保できているのは、アムリタが発動させた盗賊シーフのスキル「暗視」のお陰だ。

 熟夜は現実世界と同じ位に視界が悪くなってしまうため、明かりがないフィールドでは方向感覚を失い、全く違う場所へと向かう事もあった。土地勘が無い場所であれば尚更、暗視スキルは熟夜に行動する上で必至のスキルと言える。

 盗賊シーフのスキル「暗視」を持つアムリタがずんずんと先を歩き、おっかなびっくりで悠吾がその後を続く。

 ……全くもってどちらが大人なのか判らないな。


「やったね! でもオジサン、地人じびとの匠に知り合いが居るなんて凄いね」

「以前に色々とお世話になっちゃってね」


 悠吾は先ほどハンヴィーを放棄した時、とある地人じびとにメッセージを送っていた。

 ベルファストの村で出会い、アーティファクトクラスの兵器「エンチャントガン」を作るきっかけにもなった「匠クエスト」を受けた機工士エンジニアの匠──ルルだ。

 小梅を助ける為に半ば強引にブロッサムの街を出た悠吾だったが、彼の頭にはずっと工廠チームの事が離れずにいた。

 どうにかして失ってしまった生産力の穴埋めになる方法は無いか──

 そうして悠吾の頭に浮かんだのがルルだった。

 トラジオさんはあの時、半数近くの生産職プレイヤーを失ったと言っていた。もしルルさんが協力してくれれば、工廠チームに出来た穴は少しは補えるはず。


「ルルさんが居るベルファストの村は旧ノスタルジアプロヴィンス内なんだけど、大丈夫かな」


 ブロッサムの街に行くには国境を越える必要がある。

 僕達が必死の思いで越えたラウルとの国境だ。


「問題ないよ。オジサン達探索者シークと違って、私達地人じびとは国境で止められること、無いから」

「……え、そうなの?」


 思いがけないアムリタの言葉に悠吾は目を丸くした。

 襲われる事は無いかな、とは思っていたけどフリーパスだったのか。確かに地人じびとは何処かの国に所属しているというわけじゃないから、当然といえば当然だけど。


「うん。だからね、国境を越える時は私と小隊パーティ組んでればオジサンも襲われる事無いと思うよ」

「……え?」


 マジで?

 その言葉に今度は息を呑む悠吾。

 国境を越え、クベタに向かうと飛び出した悠吾だったが、彼の一番の懸念は「どうやって国境を越えるか」という問題だった。


「あ、でもあと数時間待てばそんな事もやらなくて良いか」

「後数時間?」

「うん。交戦フェーズが始まったら、国境に居る地人じびとは居なくなっちゃうでしょ?」

「あ……ええッ!?」


 それは完全な盲点だった。アムリタが放った言葉はまさに神からの天啓の如く悠吾に衝撃を与えた。

 前回の交戦フェーズではずっとブロッサムの街に篭もりっきりだったから判らなかったけど、よくよく考えてみたら交戦フェーズが始まっても国境に地人じびとの護衛が居たままだったら、ゲーム進行に支障がでてしまうじゃないか。


「ということは……朝を待てば問題なく国境を越せるということ?」

「……あれ、ひょっとしてオジサン知らなかったの?」

 

 もう一度くるりと振り返るアムリタに悠吾の心臓はどきりと跳ねた。


「え、あ、いや、その~……はい、知りませんでした」

地人じびと小隊パーティ組んでたら襲われないってことも?」

「……はい」


 全くもって知りませんでした。


「じゃ、どうやって国境越えるつもりだったの?」

「え~……ん〜と……何か隠し通路的な……」


 答えに窮する悠吾だったが、考えが全く無いわけではなかった。

 もしどうしても難しそうであれば、アセンブリのメンバーにあの時と同じように「抜け道」が無いか聞こうかと考えていた。

 ラウルの時は大丈夫だったけど、毎回そんなものが有るという確証は無かったけど。


「……オジサンって……頭良いのか悪いのか解かんないね」

「うっ」


 変なのー、とアムリタが悠吾にトドメを刺す。目の前を歩く幼い少女の背中がとても大きく感じてしまった。

 途中で拾った樹の枝をぶんぶんと振り回す無邪気にアムリタと、消沈した空気を放ちながらとぼとぼと歩く悠吾。

 そして夜が明け、ユニオンとの国境に到達した悠吾達を待ち受けていたのは予想だにしていなかった状況だった。


***


 透き通った風がさらさらと草木を撫でると、葉すれの合唱を北へと運んでいった。

 東の空に見えるのは、優しく、そして穏やかな朝日。

 だが、国境に設けられた検問所を前に、草むらに身を潜める悠吾とアムリタの心境は穏やかではなかった。


「……こ、こ、国境には誰も居ないんじゃなかったっけ」

「あれー、おかしいな」


 慌てふためく悠吾にアムリタは小首をかしげて見せた。

 彼らの前に見えるのは、幾人ものユニオンプレイヤー達だった。

 ユニオンがラウルへ侵攻するという状況を知らないアムリタには想像出来ないことだったが、これもよくよく考えれば直ぐに判ることだった。

 国境を守る地人じびとは居なくなるけど、交戦フェーズが始まるということは……ラウルに攻め込む為に国境にユニオンプレイヤーが集結するのは当然ですよね。


「彼らはユニオン連邦のプレイヤーみたいだね。交戦フェーズが始まってラウルに攻め込むつもりなのかな」


 ふむふむ、と集結しているプレイヤーを観察するアムリタ。


「……もうちょっと待てば行っちゃうって事だね」

「ん〜、ここが戦場にならなければ?」


 アムリタがぽつりと恐ろしいことを言ってのける。

 その言葉に一瞬悪寒がした悠吾だったが、アムリタが言うとおり、その可能性は高いと考えた。

 ルシアナさん達がこのまま彼らをやすやすとラウルプロヴィンス内に入れるとは考えにくい。国境付近で彼らを撃退するために何かしら対策を打つ可能性が高い。そうなればここは戦場になってしまう。


 彼らがいなくなるのを待つか、それとも──強行突破するか。

 2つの策が脳裏に浮かぶが、悠吾に迷いは無かった。


「ジャガーノートを使って強行突破するよ」


 悠吾が即決した理由は単純だった。

 ここでじっと待っている暇はない。1秒でも早く小梅さんの元に向かわないと。


「でもあのアイテム、まだ完全に修理出来てないよ?」

「アムリタちゃんのお陰で少しは耐久力が回復したからね。十分さ」


 そう言って悠吾はアイテムポーチからジャガーノートのアイコンをタップし、「使用」を選択する。

 疲弊してしまったアイテムの修理するには幾つか方法があった。一番良いのは以前小梅のトレースギアを修理したように、生成スキルと修理アイテムを使い修理する方法だ。この方法により修理されたアイテムは耐久度が完全に回復し、変わりなくアイテムを使用することが出来る。

 そして2つ目の方法が「応急処置」という方法だった。

 これは各生産クラスのレベルが最大になった時に習得するスキルで、その生産クラスが生成出来るアイテム種類に限り、修理アイテムを使わずに一定の耐久度まで回復させるというものだ。


 そして全てのクラスをマスターしているアムリタはそのスキルを習得していた。

 暗視スキルといい、アムリタちゃんが一緒に居てくれて本当によかった。

 悠吾はつくづくそう思った。


「ダークマターの残量に注意だよ、オジサン」

「そうだね。小梅さんを助けるその時のために、余力は残しとかないと」


 使うのは数秒。この壁を飛び越え、そして身を隠すまでの数秒だ。残りのダークマターを使うのは、小梅さんを連れ去ったあの黒い服の連中と対峙した時──

 そう己に言い聞かせた悠吾の身体にきらきらと光の粒が集まり、そしてその粒は黒い装甲へと変わっていく。


『転送完了、システムチェック……電磁装甲の起動を確認、システムオールクリア。ジャガーノート、オンライン』

 

 いつもの冷めた声が悠吾の耳に届く。

 悠吾はそっとアムリタの細い腰に腕を回すと、スラスターの浮力を使いながら勢い良く地面を蹴りあげた。

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