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第131話 意外な援軍の到着

 戦場のフロンティアのメインイベントとも言える「交戦フェーズ」は、探索・強化フェーズと違い、ゲームルールにいくつか仕様変更が加えられる。

 その最たるものは、交戦フェーズ中に死亡した場合のペナルティだ。

 交戦フェーズに参加しているプレイヤーは例外なく、死亡した場合、復活リスポンまで1日の時間を要するペナルティを与えられる。それはゲームに戦略性を持たせる為の仕様だった。

 それはつまり倒れたプレイヤーは丸一日戦闘に参加することができなくなる事を意味し、戦略を考える事無く闇雲にプレイヤー達を突っ込ませてしまえば、戦線があっという間に崩れてしまう事になる。1日のペナルティは攻める側も守る側も緻密な戦略を練る必要があり、戦場のフロンティアが単純なFPSゲームではない事を物語るひとつの特徴だった。

 そして2つ目は、各プロヴィンスの国境を跨ぐ検問所に配置されている地人じびとの姿が無くなる事だ。国家と国家が戦う交戦フェーズでは、敵対する他国へ侵攻することが常になるため、国境を守る守備隊がいなくなり、フリーパスで国境を跨ぐことができるようになる。


 そしてその朝はいつもと変わらず訪れた。

 強化フェーズが終わり、ノスタルジア王国とラウル市公国の運命を決める交戦フェーズの始まりを告げる朝だ。


「ついに始まってしまいましたね」


 ブロッサムの解放同盟軍の本部にラウル市公国のGMゲームマスターバームの姿があった。

 彼がこの場所に居るのはもちろん、ユニオン連邦が国境を越えて攻め入ってくる事を想定した対策をルシアナと練る為だ。

 

「……ラノフェルさんのクラン『ベヒーモス』は?」

「拠点『デルタ』の防衛に充てている。まぁ、猫の手も借りたい程だからね」


 トレースギアから各クランへの指示を出しているルシアナにバームはさらりと答える。

 先日のルシアナ誘拐事件がラノフェルの独断によるものだったとはいえ、その事を知りながらも黙認していたバームは最善の手を打った。

 バームはまるで手のひらを返すように、ベヒーモスとクランマスターであるラノフェルはラウルGMゲームマスターの権限で行動が全て監視され、極力外部との接点を排除された。事の真相が明るみになり、ラウルプレイヤー達に混乱が生まれる事を避ける為だ。

 正直な所、ラウルに潤沢な兵力があれば事実を知る彼を左遷したいと考えていたバームだったが、状況が状況だけに背に腹は代えられない、というのが実情だった。


「ノイエが居ないのは手痛いが……言っても仕方が無いな。物資は?」

「全くもって不足しています」

 

 ルシアナが渋い表情で返す。

 強化フェーズが終わり、交戦フェーズが始まってしまったが結局満足が行く準備は出来なかった。

 トラジオとノイエに渡したものを除いても、準備できたジャガーノート僅か数体ほどだった。さらに、ノスタルジアに所属する各クランに分け与える弾薬も直ぐに底を突き、不足部分を補う為に、今も生き残った交渉チームが探索フェーズで集めたアイテムを元に弾薬と装備の生成を行っていた。


「生産が完了しているジャガーノートは高レベルプレイヤーに渡しています」

「そのジャガーノートがこの状況を覆してくれるか……多少疑問が残るが」


 まゆを潜ませ、懸念の色をにじませるバーム。

 彼の耳にもこのブロッサムの街を襲ったグレイス達の件は届いていた。

 あの黒い戦闘服を来たプレイヤーは、ジャガーノートを装備した悠吾くんと互角に渡り合ったと聞く。彼らが先鋒として攻め込んできた場合、ジャガーノートを装備した高レベルプレイヤーが対処したとしても──退けるのは非常に難しいだろう。


「ええ。すでにジャガーノートでの先制攻撃計画は白紙に戻しています。ジャガーノートの力で運良くユニオンの国境を越え、旧ノスタルジアプロヴィンスに侵攻できたとしても……補給物資が足りない以上、直ぐに進行速度が落ち、最悪包囲殲滅されてしまうでしょう」

「同じ意見です。となれば……引いて迎え撃つしか無い、か」


 重い溜息を突くバームにルシアナは小さく頷いた。


「2つのプロヴィンスの内、南方プロヴィンスを捨て、全ての兵力をこのプロヴィンスの防衛に充てるよう指示を出した方が良いかもしれません」

「……となると、やはり鍵になるのはヴェルドと東方諸侯だね」


 このプロヴィンスにユニオンを引き込み、消耗させるにはどうしても援軍が必要になる。さらにヴェルドと東方諸侯連合の参戦で戦線を広げる事によりユニオンの兵力を分散させる事ができれば、反撃の狼煙は上がりやすくなる。

 しかし、事はそう簡単にはいかなかった。

 ルシアナもバームも予想していた事だが、結局強化フェーズが終わりを告げてもヴェルド共和国、東方諸侯連合国、共にその重い腰を上げる事は無かった。両国ともユニオンと国境を接するプロヴィンスに防衛の為に幾つかクランを配置するのみでその国境を跨ぐ動きは全く見られない。

 思い出したかのように肩を落とすルシアナだったが、懸念材料はそれだけではなかった。


「それと、必要なのは戦闘職プレイヤーだけではなく生産職プレイヤーの援助ですね。できるだけ消耗を抑えたとしても反撃に転じる為には相当数の物資が必要になりますから」

「……ヴェルドと東方諸侯が動くには、ユニオンに勝てる材料を提示してやる必要がある、か」

「鶏が先か卵が先かという話ですね」


 ユニオンに勝つには彼らの参戦が必要だが、彼らの参戦させるにはノスタルジア・ラウル側の勝利の兆しを見せる必要がある。

 全くもって知恵の輪の様に絡まった状況に辟易してしまうルシアナ。


 そして彼女が、現状の報告を促すため小隊会話パーティチャットでミトに連絡を取ろうとしたその時だった。

 小さいノック音がルシアナとバームの耳に届いた。

 その音に思わず怪訝な表情でお互いを見合ってしまうルシアナとバーム。

 各クランとはすでに中隊アライアンスを組んでいる為、細かい連絡は小隊会話パーティチャットで行うよう通達を出している。

 わざわざこの場所に来るのは──何か問題が起き、緊急を要する事態が発生した場合だ。


「入って下さい」


 重い口調でルシアナがノックに答える。

 これ以上私達を悩ませないで、と天に祈りながら扉を見つめるルシアナだったが、ゆっくりと開く扉の向こう、そこに居たのは以外なプレイヤーだった。


「……ミト?」


 そこに居たのは工廠チームをまとめるミトだった。

 だが、何処か様子がおかしい。困惑した表情で目を泳がせている。 


「何かあったの?」

「……えーと……ルシアナにお客さん……なのかなぁ? 多分」


 どう言えばいいんだろう。

 あたふたとうろたえるミトに首をかしげてしまうルシアナ。

 そして、ミトの背後から現れた人影に今度はルシアナが思わず狼狽してしまった。


 現れたのはひとりの女性。

 栗色のストレートロングヘアに白い肌。作業着を着崩した魅惑的な女性──


「あら、貴女がノスタルジアのGMゲームマスター、ルシアナさんね?」


 気だるそうに作業着の女性がぽつりとささやく。

 ルシアナとバームにはひと目で彼女がプレイヤーではないということが判った。そして彼女が、生産職の「教師」たる存在であるということも。


「あ、貴女は……」

「はじめまして。以前悠吾くんを『お世話した』者よ」

 

 妖艶な笑みを浮かべ、そう答える。

 その隣で信じられないと言いたげに引きつった笑顔をのぞかせるミト。


「ええと、どういうことかわからないけど、機工士エンジニアの匠であるルルさんが……あたし達の援助にいらっしゃったみたいです」

「え……?」


 ルシアナは一体どういう事なのかわけも判らず、気の抜けたうめき声を漏らしてしまった。

 

「『彼』からのたってのお願いで。私が貴女達を手取り足取りサポートしてあげるわ」


 その言葉に目を丸くしたまま見合うルシアナとバーム。


 意外な所から援軍が現れた──

 中立な立場にあるはずの地人じびとであるルルが現れた事に驚きつつも、ルシアナとバームにはうっすらと勝利の兆しが見えた様な気がした。

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