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第129話 後悔しないために

 ブロッサムの街が襲われて、数日が経った。

 戦闘職が主役となる探索フェーズから、生産職が主役となる強化フェーズへと移管し、街には生産職プレイヤーで賑わっているはずだったが──ここ、ブロッサムの街は閑散としていた。

 例の襲撃事件以後、再度の襲撃を恐れ、ラウルやヴェルドに所属するプレイヤー達が居なくなってしまったからだ。


 そして訪れるプレイヤーが減り、閑散としていく街と比例するようにルシアナが塞ぎこむ事が増えてきていた。

 犠牲になった工廠チームは半数以上を数え、マスターキーの称号を持った小梅を失い、そして更に追い打ちをかけるように、イースターエッグに関する情報にも全く進展が見られなかったからだ。

 だが、彼女を最も打ちのめしたのは──悠吾の離脱だった。


「……それで、悠吾くんからの連絡は?」

「無い。小梅の居場所も未だ不明だ」


 そう答えたのは、襲撃で半壊した解放同盟軍本部の一室でルシアナとテーブルを挟むノイエだ。

 その表情には落胆とも苛立ちとも取れる色がにじみ出ている。


 ノイエはその表情通りに憤りを感じていた。

 独りで行ってしまった悠吾に対してではなく、妹である小梅を守ることが出来なかった自分に対してだ。


「ルシアナ、僕に悠吾くんと小梅の後を追わせてくれないか」


 ノイエはこの言葉を既に何度も口にしていた。

 だが、ルシアナから返ってくる返事はいつも同じだった。


「……それは許可できないわ。現実世界に戻る手段を絶たれた今、貴方はユニオンとの戦いで重要なプレイヤーだから」


 以前にアセンブリメンバーに依頼したイースターエッグ捜索の依頼は既に切り上げ、捜索に参加していたノスタルジアプレイヤー達もブロッサムの街に帰還していた。

 交戦フェーズがもう目と鼻の先に来ているということと、襲撃事件で工廠チームに大打撃を受けてしまった事が理由だ。

 ノスタルジアがたどるべき道はひとつしか無かった。

 できうる限り準備を整え、ユニオン連邦と剣を交える事。その為にノイエは欠かすことが出来ないプレイヤーのひとりだ。


「それに、小梅さんが何処に連れ去られてしまったのかその情報が無い。あてもなく捜索に向かうのは利口とはいえないわ」

「……あてが無いわけではないぞ」


 ルシアナの声を遮るように部屋に低い声が響いた。

 扉が無い部屋の入り口、そこに立っていたのはトラジオと、イースターエッグの探索から帰還したミトだ。


「トラジオさん? どういう意味です?」

「ブロッサムを襲撃した奴らの正体がわかったんだ」


 トラジオに代わり、そう言ったミトはトレースギアを開き、アイテムポーチからひとつのアイテムをタップした。一瞬の間を起き、小さなトレースギアの上に大きなウインドウが表示され、ノイズが入った画面が表示される。


「……これは?」

「以前アタシ達が雨燕さんに作ったカメラがあるでしょ? あれの応用で、モーションセンサーを応用したカメラを街の入り口に設置してたんだ」


 ミトが作っていたそれは現実世界の監視カメラに近い物だった。

 モーションセンサーの加速度センサーを流用し、レンズの前で一定以上の加速が見られた場合にシャッターを切るというものだ。


「さらにちょっと細工をしててね、1秒間に10回シャッターを切るようにしたから……」

「……ッ!」

 

 トレースギアに表示されたノイズが入った画面をミトがタップした次の瞬間、多少カクつきがあるものの、画面が静かに動き始めた。

 

「これは……動画に?」

「そう。凄いっしょ?」


 えへん、と自信満々でトレースギアの画面をルシアナに見せつけるミトをよそに、写真がぱらぱらとめくられるように流れていく。

 ブロッサムの街には数多くのプレイヤーが訪れている為、街の出入りは激しい。

 しばらく関係の無いプレイヤーや地人じびと達が行き交う映像が流れた後──その時をカメラは捉えていた。


「……ここだ」


 止めろ、とトラジオがミトに声を書ける。

 ピタリと止まった画面、そこに映しだされて居たのは黒い戦闘服を着た男達の姿だった。

 

「彼らが襲撃したプレイヤー達だ」


 だが、その画面を見るルシアナの表情はすぐれない。

 襲撃の犯人がヴェルドの街、ノーゲンベルグを襲ったあの黒い戦闘服の男たちだとは既にルシアナも知る事実だったからだ。


「彼らはユニオンの息がかかったプレイヤーです。それは私も既に知っていますが?」

「ミト、この男にズームしてくれ」


 トラジオの指示に従い、画面の一角、ひとりの黒服の男がズームされた。

 画面に大きく映しだされたのは頬が痩けた鋭い目つきの男だ。

 その男をトラジオは良く知っていた。旧ノスタルジアプロヴィンスからラウルへ脱出する際に通った廃坑でトラジオ達の前に立ちはだかったあの男だった。


「こいつの名はグレイス。ユニオンのプレイヤーで、俺達がラウルへ脱出した際に襲ってきたクラン『ワルキューレ』のクランマスターだ」

「……ワルキューレ……」


 ルシアナもその名は何度か耳にしていた。

 聞いたことが有る。ユニオンのGMゲームマスターの指示の元、旧ノスタルジアのプロヴィンスに残ったノスタルジアプレイヤーを排除して回っている非道なクラン。たしかそれがワルキューレだったはず。


「小梅を連れ去ったのはこのグレイスに間違いないだろう」

「ンでさ、イースターエッグの調査で一緒にいた雨燕さんに頼んでこの男の居場所を調べてもらったんだけど」

「……え?」


 いつの間に──

 トラジオに続き放たれたミトの言葉にルシアナとノイエは目を丸くしてしまった。

 

「イースターエッグの捜索でミトが雨燕に同行していたのがラッキーだった。ミトを通じて依頼を出し、すでに情報は手元に来ている」

「……ッ! そのグレイスというプレイヤーの居場所がわかったんですか!?」


 思わずノイエが身を乗り出す。

 グレイスの居場所がわかれば、自ずと奴らにさらわれた小梅の居場所が判るということだ。

 だが、トラジオは小さく首を横に振った。


「……いや、今現在グレイスの行方は判らなかった。だが、ひとつわかった事がある。ここ数日間のグレイスの動きだ」

「ブロッサム襲撃以前の、ということですか?」

「そうだ。奴はユニオン連邦のとある街を最後に姿を消している」


 そう言ってトレースギアからMAPを開くトラジオ。

 表示されたMAPの縮尺を調整し、画面の中心に映しだされたのはラウルの国境にほど近いユニオン領内の小さな街だった。


「ク……ベタ?」

「ああ。グレイスはこの街を出た後、姿を消している。そしてさらに、クベタには驚くべき男の姿があった」

「……誰です?」

「クラウストだ」


 その名に部屋の空気が一瞬で固まった。

 クラウスト──ユニオン連邦のGMゲームマスターがラウルの国境にほど近いクベタに居る。

 グレイスが姿を消した、その街に。

 

「話が見えてきました。つまり……ブロッサムの街を襲って小梅を誘拐したのはクラウストの指示だった可能性が高いと?」


 顎に指を当てながらそうささやくノイエ。

 その通りだ、と言いたげにトラジオは深く頷く。

 だが、彼らの会話を聞いていたルシアナには得心がいかなかった。


「待って下さい、小梅さんの誘拐がクラウストの指示だったとして、何故クラウストは小梅さんを? 彼らはもうマスターキーを手に入れているはずじゃ……」


 全く意味がわからない。情報屋からもたらされたクラウストの声明に偽りは無いはず。マスターキーを手に入れているはずのユニオンが何故マスターキーの称号を持つ小梅を誘拐したのか。

 もし、私達がイースターエッグを手に入れる事を妨害することが目的だったら、小梅さんは連れ去られずその場で殺されていたはず──


「……考えられる事はひとつしか無いな」

  

 首をかしげるルシアナにぽつりとノイエが答える。

 単純かつ明解な答え。それがノイエの中に生まれていた。


「ユニオンはマスターキーを手に入れてはいなかった。情報屋も含め、僕達はまんまとユニオンに踊らされていたんだ」


***


 ノイエの推測の後を追い、冷えた沈黙が部屋の中に流れた。

 情報屋も含めて、解放同盟軍はクラウストに騙され、踊らされていた──

 傍らでノイエのその推測を聞いたトラジオもまた同じ意見だった。


「推測の域を越える事は出来んが、渡した相違点が見られる狩場シークポイントを捜索しても結局奴らはマスターキーを守る護世八方天を見つける事が出来なかったのだろう」

 

 アムリタの発見は奇跡に近かったのかも知れん。

 トラジオの言葉に静かに聞き入るルシアナだったが、その前提があれば全てに辻褄が合うと思った。


「……ユニオンがマスターキーを手に入れたとわかれば、私達は何かしらの対処をしなくてはならない。交戦フェーズの準備を中断してでも」

「奴はそう考えたに違いない。イースターエッグの捜索にただでさえ少ない人材を割き、交戦フェーズの準備を遅らせ、そして──このブロッサムの街の守備に穴を作らせた」

「……ノーゲンベルグを襲撃したのも、私を狙ったというより足止めをするためだった」


 なんてこと──

 ルシアナは思わず頭を抱えてしまった。


 よくよく考えれば、嘘の情報を流す事で多大なメリットがユニオンにもたらされる。交戦フェーズの準備を遅らせる事ができて、その上、マスターキーを奪うチャンスが作れる。

 情報屋の情報を信じきっていた私達の足元を完全にすくわれた。

 

「諦めるのは早いぞ、ルシアナ」

「……え?」


 うなだれるルシアナとは対照的に、彼女を見るトラジオの目に諦めの色は無かった。


「俺が悠吾と小梅を助けに行く。独りでだ」

「……!! トラジオさん!?」


 一体何を言い出すんですか。

 小梅さんを連れ去ったのは、あの凶悪な黒い戦闘服の連中だ。ひとりで行くなんて自殺行為以外の何者でもない。


「小梅と悠吾は元々俺の小隊パーティだ。悠吾を追い、合流した後に小梅を助ける」

「でも、無茶です! ひとりで行くなんて──」

「だったら……僕が一緒に行こう」


 その時を待っていたかのように言葉を挟んだのはノイエだ。

 

「ノイエ! それはダメだと何度も言っているでしょう! 優先すべきはノスタルジアの復興と皆の安全だわ!」

「いいやルシアナ、僕は小梅を優先する」


 低く気迫に満ちた声でノイエが言う。

 ルシアナが言っている事が正論だからこそ、いつもであれば折れいたノイエだったが、今回は違った。


「僕はこれまで何よりもノスタルジアの復興を優先させてきた。それがこの世界で生き残る為に必要な事だと思っていたからだ。だが、結果的に最優先に守るべき小梅を危険にさらしてしまった」


 ユニオンに奪われたノスタルジアのプロヴィンスに残した小梅の救出よりもノスタルジアの未来の為にルシアナの救出を優先させ、今回も小梅よりも交戦フェーズでの準備を優先させてしまった。

 その結果がこれだ。


「旧ノスタルジアプロヴィンスに小梅を残してしまった時に気づくべきだった」

 

 それはノイエの後悔の言葉だった。

 あの廃坑からの脱出は悠吾くんに助けられたが、今回はどうなるかわからない。神様は人に何かを気づかせる為にあえて試練を与えると誰かが言っていた。そして、最初の1回で気づかない者には、より高く険しい試練を与える、と。

 

「だから今回は……今回だけは小梅を優先したい。判ってくれ、ルシアナ」

「……」


 俯いたまま、ルシアナは答える事が出来なかった。

 ノイエが小梅の兄だと言うことは彼女も良く知っている。兄が妹を優先させることはなんらおかしいことじゃない。この殺伐とした世界では、特にだ。

 だが、ユニオンとの戦いは直ぐそこまで迫ってきている。今ノイエとトラジオさんを行かせてしまえば、彼ら抜きでユニオンと戦う事になる。

 

 しばしの時間が流れた。

 傾いた陽の光が窓から優しく差し込み、テーブルを琥珀色に染める。

 固唾を呑んで見守るミトがごくりと唾を飲む音が聞こえた。


「……判りました」


 ルシアナが閉じた瞼をあけ、ゆっくりと顔を上げる。


「ユニオンとの戦いは……残った私達だけで何とかします」


 それは苦渋の決断だった。

 準備は万全とはいえない。後方援助の要になる生産職プレイヤー達の半数を失ってしまった。正直な所を言えば、強制的に彼らを留めたいと思ったルシアナだったが──彼女には出来なかった。


「ルシアナ、無理を言って申し訳ない」

「大丈夫です。それに、もし私が止めても──トラジオさんは力づくでも行ってしまうつもりだったでしょう?」


 小さく笑みを浮かべ、トラジオを見つめる。

 

「う、むぅ……」


 それは図星だった。

 トラジオもまた、ひとりで小梅救出に向かった悠吾の力になれなかった自分に後悔していた。

 あの時、工廠の長屋で悠吾を見つけた時に、力づくでも止めるべきだったのではないか、と。


「こちらの事は心配しないでください。必ずなんとか切り抜けてみせますから」

「すまん」

「まぁ、心配無いよ。工廠にはアタシが残ってるからさ」

 

 余裕余裕、と軽口を叩くミトにルシアナは小さく笑顔を見せる。

 だが、今の逼迫した状況で、たったひとりでもプレイヤーが居なくなる事がどれほど大変な事なのかトラジオもよくわかっていた。

 だが同時に、トラジオにこのまま悠吾と小梅を放っておく事は出来なかった。


「悠吾と小梅は任せろ」


 ノスタルジアの未来はお前達に任せた。

 低く芯の通ったトラジオのその言葉にミトはえへへ、と笑顔を浮かべたが、その傍らのルシアナの表情は固いままだった。


***


 解放同盟軍の本部の一室、私室として用意されている小さな部屋でルシアナはひとり、小さな窓から夜空を見上げていた。

 深い闇に覆われた空には、小さく輝く星達が散りばめられているだけで、現実世界にある大地を照らす月は見えていない。空に見えるあの星は実際に遥か彼方に存在する星なのか、それともデジタルデータがあたかも実際の星を擬態しているのかは判らない。


「ルシアナ、居るか」

「……はい」


 ルシアナの返答を待ち、扉がゆっくりと開かれる。

 きい、と悲しげな音と共に現れたのはトラジオだった。


「トラジオさん……行かれますか?」

「ああ。陽が落ちてしまったが今からノイエと共に出立する」


 悠吾の後を追うことを告げて直ぐに出発するつもりだったトラジオだったが、夜まで待つようルシアナに止められていた。

 ユニオンの国境に近づくということは、危険が増していくということになる。さらに国境を突破しなくてはならない可能性も有るために、できうる内で最良の装備で向かう必要があったためだ。


「すまんな。無理を言っていかせてもらうにもかかわらず、貴重なアイテムを」

「いいえ。なんとか2体ジャガーノートが準備出来て良かったです」


 ルシアナが準備したアイテム、それは悠吾とミトが量産に成功したジャガーノートだった。

 交戦フェーズを前にジャガーノートをトラジオ達に回す事は貴重な兵力を失うことになる。そう反対する意見もあったがルシアナが彼らを説得し、2体のジャガーノートをトラジオ達の為に用意した。


「……悠吾くんと小梅さんを頼みます」


 不安げな表情でルシアナがぽつりとささやく。

 その表情には、悠吾達を憂虞する心境と同時にトラジオ達と共に行く事が出来ない悔しさも滲み出していた。


「安心しろルシアナ。あいつは周りの人間の事を判っているようで何も判っていないからな。皆を心配させた罰として、1発殴って引きずり戻してくる」


 抵抗するならば、2発だ。

 にやりと笑みを浮かべながらそう言い放つトラジオにつられてルシアナも笑顔を零す。


「ではトラジオさん達が戻ってくるまでにノスタルジア王国を復興させておかないといけないですね」

「そうだな。お前と悠吾にはまだ履行されていない『約束』があるからな」

「……ッ!」


 ルシアナの心臓が思わずどきりと跳ねた。

 小梅との勝負でルシアナが勝ち取った悠吾との時間。あの約束はまだ叶えられていない。


「銃火の中でデートするというのもスリルがあって悪くないかもしれんが、どうせなら落ち着いて居た方が良いだろう?」

「……ふふ、そうですね」

「ノスタルジアが復興すればお前の肩の荷も下りるだろう。お前の気持ちはその時──直接悠吾に伝えろ」


 正々堂々とな。

 トラジオの言葉に、ブロッサムに戻る帰路の途中でレオンが言った事が脳裏を過る。

 ノスタルジアが復興し、皆に付与されている「亡国者」の称号が無くなった時──その時が私のGMゲームマスターとしての責務から解放される時だと思う。

 そして今は無理だけど、ノスタルジアを復興させた後なら……全てに決着を着けたあとなら……悠吾くんに面と向かって言える気がする。


「ありがとうございます、トラジオさん」

「気にするな」


 ルシアナのその表情に満足したトラジオは、小さく頷いて見せる。

 ふとルシアナの心の中でひっかかっていた何かがするりと溶けた様な気がした。

 そして、トラジオが何故自分の元にわざわざ来てくれたのかを理解したルシアナは、両手を前で合わせ、少し恥ずかしそうに微笑んでみせた。

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