第126話 守るべきもの その2
『転送完了、システムチェック……電磁装甲の起動を確認、システムオールクリア。ジャガーノート、オンライン』
聞き慣れたトレースギアのアナウンスが放たれると、暗転していた視界が開け、いつもの様に周囲の状況がディスプレイに映し出された。
そして悠吾の身体がジャガーノートの影響で軽くなった次の瞬間──目の前に立つ黒い戦闘服の男に攻撃をしかけると思いきや、悠吾が取った行動は違った。
「……ッ!」
だん、と地面を蹴りあげた悠吾は後方へと跳躍した。同時に背中のクラスターを使いくるりと身を翻した悠吾は、そのまま後方の裏口へと跳躍する。
目的は工廠チームを守ること。
その為には、まずは危機が迫りつつある彼らの障害を排除する。
悠吾の狙いは長屋の外、工廠の生産チームを襲っていると思わしき敵の迎撃だった。
『VSATシステム起動!』
『VSATシステム起動……衛星とのアップリンク確認。周囲のプレイヤー位置を捕捉します』
悠吾がジャガーノートの機能の1つ、VSATシステムを起動させる。
トットラの街でラノフェルと対峙した時に使った機能だ。
起動を告げるアナウンスが届いた瞬間、壁を透視しているような感覚でディスプレイに半透明の人影がいくつも浮かぶ。そしてその影の1つ、敵を示す赤い影を悠吾は捉えた。
工廠の生産職プレイヤー達を襲っている敵の姿だ。
「……させるかッ!」
悠吾はもう一度両足に力を溜め、全力で地面を蹴り上げる。
トタンの壁一枚向こうに見える敵影。だが、悠吾はジャガーノートのメイン武器である、5.56mmのガトリングガン「XM214」は使わなかった。XM214は広範囲に弾丸をばらまいてしまい工廠チームにあたってしまう可能性が有るからだ。
今取れる行動は──
「……ッ!!」
次の瞬間、ジャガーノートのディスプレイに目を丸くした黒い戦闘服のプレイヤーの表情が映し出された。
悠吾が取った行動、それは長屋の壁をぶち破り、接近戦で敵を排除する方法だった。
トタン組の長屋の壁を体当たりでまるで紙細工のように貫通した悠吾の身体は、長屋の外で工廠の生産職プレイヤー達に襲いかかっていた男の身体を捉えると、その身体をまるで人形のように弾き飛ばした。
「……ッ!? 悠吾さん!?」
粉塵をまき散らしながら現れた黒い影に慄いてしまった生産職プレイヤー達であったが、その姿が例のアーティファクト兵器、ジャガーノートだと気づいた瞬間、安堵の表情を浮かべた。
「逃げて下さい! 早くッ!」
「わ、判りましたっ!」
小型スラスターで衝撃を相殺し、体勢を立て直す悠吾。
なんとか危機を脱したものの、安心はできない。吹き飛ばしたプレイヤーにダメージは無かった。それに、長屋の中にはまだ3人敵が居る。
と、その3人の動きを確かめるべく、悠吾がくるりと身を翻したその時だった。
突如前方のトタンの壁がずどんと切り裂かれ、3つの黒い影が姿を現した。
あの3人の黒服のプレイヤー達だ。
黒い影に、即座に自答する悠吾。
状況は好転すること無く、悪化する一方だった。
先ほどの悠吾と同じように、不意打ちの様な形で側面から襲われた黒い生産職プレイヤーの幾人かが倒れこんだのが悠吾の目に映る。
『くそっ! EXACTO起動ッ!』
『EXACTOを起動しました。ターゲットをロックオンします』
だが、即座に悠吾が動く。
起動したのはは、ジャガーノートに備わった装備、50口径の超小型ミサイルシステム「EXACTO」だ。
ターゲットは前方、逃げる生産職プレイヤー達の側面から襲いかかった3人の黒服の男達。赤いマーキングが光り、悠吾がミサイルを発射しようとしたその時──
「……ッ!?」
すさまじい衝撃が悠吾の背中から襲いかかった。
視界が歪み、ディスプレイの表示に激しいノイズが走る。
『警告。外骨格耐久度65%。電磁装甲チャージ中。システム再起動まで後10秒。深刻なダメージを受けました』
「……ぐッ!」
衝撃と同時に悠吾の身体を貫いた激痛に苦悶の表情を浮かべる悠吾。
一体なにが起きたんだ──
「……なッ!?」
背後から襲った衝撃と激痛の正体を確かめるべく、背後に視線を送悠吾は息を呑んでしまった。
背後から悠吾を襲ったのは一本のナイフだった。
そして悠吾の背中に深々とナイフを突き刺しているのは、先ほど吹き飛ばした黒服のプレイヤー──
一瞬で悠吾のジャガーノートの電磁装甲を破ったのは男が発動させた、背後からの一撃がアップする盗賊のスキル「バックスタブ」だった。
「こ、このッ!」
身の危険を感じた悠吾は身をひねるとジャガーノートで増幅された背筋力を使い、強力な肘打ちを背後に繰り出す。
ぷしゅん、と腕に設けられた小型のスラスターの噴射音が響き、黒い影が空気を切り裂く。
だが──
「……」
まるで悠吾のその動きを判っていたかの如き動きで黒服の男は身を低く落とし、難なく悠吾の肘打ちを躱すと、がら空きになってしまった悠吾の逆の脇腹から首元にかけて続けざまに攻撃を放つ。
男が放ったそれは流れるような|CQC(近接格闘術)だった。
ぐっと腰を低く落とし力を溜めた右の掌底を悠吾の脇腹に放つと、貫くような衝撃で身体を折り曲げてしまった悠吾に対し、今度は右手の親指を折り曲げる「母指一本拳」で強力な一撃を喉元に放つ。
「がっ……!」
ジャガーノートの装甲を貫く衝撃が喉を襲い、悠吾は思わず顎を上げてしまった。
前身が痺れ、うまく身体が動かせない。
そして、顎を上げ、喉元を押さえたまま動きを止めてしまった悠吾に男は止めの斬撃を放つ。左手で逆手に持たれた黒いナイフ「スワットハンター」で首元から頭に──
「ぐあっ!!」
『警告。外骨格耐久度45%。外骨格に深刻な損傷を受けました』
斬られた。
首元から額にかけて衝撃を感じた悠吾は、痛みが襲いかかる前にそう確証した。
そして襲いかかる激痛とともに、ノイズが入っていたディスプレイが黒く落ち、視界が遮られた。目をやられたのかと一瞬恐怖した悠吾。
だが、悠吾の腕は無意識のうちに次の行動に移っていた。
斬りつけた黒服の男の左手を感覚で鷲掴みすると、全力でその腕を振り上げ、地面に叩きつける──
ずどん、と地面が揺れすさまじい衝撃が辺りの空気を震わす。
と、その衝撃が悠吾の身体をびりびりと震わせた瞬間、闇に包まれていた悠吾の目に光が差し込んだ。
ナイフによって顎から眉間を切り裂かれたジャガーノートの装甲が衝撃で割れ、悠吾の顔の半分、右目部分が露出してしまったのだ。
パーマがかかったツーブロックマッシュヘアが小さく風に揺れる。
「……次だッ!」
危機的状況だけど気にしていられない、と悠吾がくるりと身を翻す。
先ほどの攻撃でジャガーノートの機能は一時的にダウンしている。生身が露出してしまっている部分に攻撃を受ければひとたまりもないだろう。
だけど……このまま退くわけには行かない。
生産職プレイヤー達を襲い始めた先ほどの3人の黒い戦闘服の男達に向け、駆け出した悠吾だったが、次の瞬間、その足がぴたりと止まった。
右足首に走る衝撃。
悠吾右足を握り、その動きを制したのは地面にたたきつけた黒服の男だった。
「くっ」
その握力で悠吾の右足がミシミシと悲鳴を上げる。
なんて力なんだ。一体このプレイヤー達は──
『警告。外骨格耐久度40%』
一時的に機能がダウンしていたジャガーノートが静かに動き出す。それと同時に悠吾の左目にディスプレイの画像が映し出された。
機能が回復した。だけど、もうジャガーノートはボロボロだ。このまま立ち回っていてもいずれ破壊されてしまう。
となれば──
『武器選択ッ! ニードルパイクッ!』
悠吾が叫ぶ。
ニードルパイクは、これまで一度も使った事が無い、ジャガーノートの最終兵器とも呼べる近接武器の1つだ。
その声に反応して悠吾の右腕にキラキラと光の粒が集まり、手の甲に巨大な杭のような巨大な突起物を生成する。
「どけッ!!」
右腕に巨大な杭が現れて直ぐ、悠吾はその杭を男の右腕へと向けた。
そして次の瞬間、ズドンと重く響く破裂音とともに、その巨大な杭が射出され男の腕に突き刺さる。
「……ッ!!」
ダメージが通った。
男の頭上に表示された体力ゲージがガクンと減った事を確認した悠吾。
ジャガーノートの近接武器のひとつであるニードルパイクには致命的ダメージを与える二段階の攻撃があった。
まず、その杭を高速射出し、物理的にダメージを与える第一段階の攻撃方法。相手との距離が近ければ近いほどダメージが増す攻撃だったが、ニードルパイクが最終兵器と呼ばれる所以は第二段階目の攻撃にあった。
この杭には──恐ろしい量の炸薬が仕込まれているのだ。
敵の身体に炸薬が詰まった杭を高速射出し、爆発させる切り離し型の接近戦射出型武器──
それがニードルパイクだった。
「このまま距離を取れば……」
右腕に杭を撃ちこめば、掴んでいる右足の握力がゆるみ、杭を爆破させることで確実に仕留めることが出来る。
悠吾はそう考えていた。
だが──
「……なっ!?」
悠吾の身体はその場を離れることは出来なかった。
男は赤く充血した瞳で悠吾を睨みつけたまま、その指の力を緩めることは無かった。それどころか更に握力が強まり、ついに悠吾の右足の装甲が破裂してしまう。
『警告。外骨格耐久度30%。外骨格に深刻な損傷を受けました』
右足から電撃のような痛みが悠吾の身体を駆け抜ける。
思わず顔を顰めてしまうものの、悠吾は気にしていられなかった。
外骨格耐久度は35%を切った。もしこのままニードルパイクを爆破させたとして、ぎりぎり耐えきれるかどうかの耐久度だ。
「……殺す」
男の左手に持たれたナイフ「スワットハンター」がぎらりと光る。
もし、またこのナイフで斬られれば、もうニードルパイクの爆破に耐えられなくなってしまう。
──悠吾は即座に判断を下した。
『ニードルパイクを爆破しろっ!!』
その言葉が放たれたと同時に、男の右腕に突き刺さった杭が強烈な光を放った。
空気が歪み、強烈な熱風が悠吾を襲う。
ニードルパイクを放った右腕の指先からねじれるような激痛が這い上がり、肩に達した瞬間にそれがずどんと破裂した。
そして、すう、と身体が浮く感覚と同時に再度悠吾の視界は破壊された長屋のトタン欠と砂塵の向こうに溶け、静かな闇に支配されていった。




