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第125話 守るべきもの その1

 その異変に最初に気がついたのは悠吾だった。

 工廠の長屋の外、周囲数メートルにわたって悠吾が設置した小型兵器「モーションセンサー」に動きがみられたからだ。

 モーションセンサーは指向性型の小型のセンサーで、一定時間内で物体の動きにどの程度変化があったか加速度を測り、一定以上の加速が見られた場合、トレースギアに警告を表示させる仕組みの兵器だ。

 

 工廠チームが生産に勤しんでいる傍らで、銃のメンテナンスを行っていた時にその警告は表示された。

 モーションセンサーは探索チームが戻ってきた時に解除するようにしている。だが、探索チームから到着したという連絡はまだない。

 ということはつまり、この長屋の直ぐ側に解放同盟軍メンバーではない何者かが接近してきている──


「皆さん、手を止めて下さい」

「……え?」


 万が一の時を考え、即座に行動に移る悠吾。

 集中して生産に勤しんでいたプレイヤー達の顔にに怪訝の色が滲んだが、悠吾は気にしなかった。


「ここに解放同盟軍メンバーではない誰か近づいてきています」

「!?」


 トレースギアのMAPから長屋の俯瞰MAPを表示させ、工廠メンバーの脱出経路を確認する悠吾。そして、アサルトライフルCZ-805に弾倉マガジンを装填し、コッキングレバーを下げる。

 その姿に工廠メンバー達は息を呑んだ。


「念の為、脱出する準備を」

「て、敵ですか?」

「判りません。ですが、これまで一度も反応しなかったモーションセンサーに反応があります。万が一に備えて準備を」

「……地人じびとかそれとも野生動物モブじゃないのか?」


 工廠チームのひとりから尖った言葉が放たれた。

 探索チームが戻ってくるまでに終わらせて置かなければいけない生産はたくさんある。「かもしれない」でいちいち作業を止められてはたまらないぞ。

 その言葉からはそんな意味がうかがい知れる。


「それを確かめてきます。ですので皆さんは一旦作業を中段して──」


 と、悠吾がもう一度脱出準備を促したその時だった。

 ずどんと重い衝撃音が長屋の中に響き渡った。その音が放たれたのは、丁度長屋の正面──入り口の引き戸がある方角だ。


「な、何──」


 突然の出来事に生産職プレイヤー達は慌てふためいた。

 混乱が広がり、萎縮しているプレイヤー達が悠吾の目に映る。


 悠吾は即座に銃を構えると、身を低くとハンドサインを出しながら部屋の入り口へ走った。

 やはり予感した通りだった。モーションセンサーの反応は敵だった。

 壁に背を当て、ちらりと長屋の正面へと視線を送る。


 この長屋の構造上、この部屋と正面の入り口は通路でつながっている。一本の広い通路が長屋の入り口から裏口まで伸び、その途中途中に部屋が設けられている構造だ。

 

 悠吾の目に入ってきたのは数名の人影。

 地人じびとでも、ノスタルジアプレイヤーでもない、正体不明のプレイヤー。 


「……急ぎ脱出を! 長屋の後方、裏口を抜けて本部へ向かって下さい!」


 くるりと視線を工廠プレイヤー達に戻し、押し殺した声で叫ぶ。

 本部には「分隊長」と幾人かの戦闘職プレイヤー達が残っているはず。ここで僕が足止めをしている間に抜ければ──

 

「貴方が皆さんを先導して下さい!」

「わ、判りました!」


 目の前のプレイヤーに誘導を依頼し、再度正面へ視線を戻す悠吾。

 だが、裏口へ抜けろ、とは言ったものの問題がある。長屋の裏口へ向かうにはどうしても正面入り口とつながっているこの通路を通る必要がある。策なく逃げ出せば確実に動きがバレ、攻撃を受けてしまうだろう。

 取れる策は多くない──


「良いですか、僕が合図をしたら走って下さい!」

「は、はいっ!」


 悠吾がアイテムポーチから丸く黒い投擲兵器を取り出す。以前小梅に渡した音波探知アクティブソナーだ。

 どう動くにしても敵の動きを知る必要がある。

 取手についたピンを引き抜き、ばれないようにコロコロと入口付近へ向け音波探知アクティブソナーを転がす。と、次の瞬間、小さな破裂音とともに悠吾のトレースギアに周囲の状況が映し出された。


 敵は3人。まだ入り口から動いていない。長屋の周囲に敵影は無し。長屋を裏から抜ければ──行ける。

 そう判断した悠吾は次のアイテムを取り出した。

 これまで何度もピンチを救ってきた、スモークグレネードだ。


「これを投擲してからきっかり5秒後、全力で裏口へ!」


 そう言い切った瞬間、悠吾のトレースギアに映しだされていた敵の影が動きだした。等間隔でゆっくりと裏口方向へ──

 その動きを見て、すぐさまピンを抜くと正面へ投げ放つ。そして悠吾はもう1本同じくスモークグレネードを取り出すと、正面へ投擲した。

 ぱん、と曇った破裂音が長屋に響くとつづけてシュワシュワと吹き出す煙幕が長屋の広い通路を覆い尽くす。


「今です!」


 悠吾が叫ぶ。

 ひらりと身を翻し、まず悠吾が通路へと飛び出し、避難する生産職プレイヤー達を援護するように通路へと伏せ、銃口を入り口へと向ける。

 トレースギアに映っている敵影が3つともこちらに向かい始めた。動きが見えないとはいえ、スモークが炊かれた以上、やつらの狙いであるプレイヤーがこっちに居るということはバレている。

 あとはどの位その足を止めさせるか──


 悠吾にはもうひとつ、長屋を守るための兵器を既に設置していた。

 長屋の2階、眼下を見下ろすことが出来る通路に設置したセントリーガンだ。そのどれもが軽機関銃ライトマシンガンタイプの弾薬、威力ともに申し分ない強力なものだ。

 

『セントリー起動!』


 すかさずセントリーガンの起動を指示する悠吾。

 そして直ぐに4機のセントリーガンは侵入者に対して猛烈な射撃を開始した。

 長屋の中に響き渡る轟音。その音に思わず生産職プレイヤーが耳を押さえた。

 セントリーガンを設置しているのは長屋の四角よすみだ。四方から射線を集中すれば、敵の足止めどころか撃退することも十分に可能なはず。

 煙の向こうに居るはずの敵をじっと見つめたまま、少し後退すべく悠吾が立ち上がった──その時だ。


「……ッ!?」


 思わず悠吾はトレースギアを二度見してしまった。

 先ほどまで結構な距離が開いていた敵との距離。

 そのひとつの敵影がまるで瞬間移動したかのように、悠吾との距離を一瞬で詰めた。


「くっ!」


 そして、煙の向こうから猛然と現れる黒い戦闘服を着た男。

 咄嗟に地面を蹴り、後退しながら悠吾はCZ-805の引き金を引いた。

 ぱぱぱん、と乾いた音が放たれ、5.56mmの弾丸が目の前の男に降り注ぐ。

 だが──


 次の瞬間、悠吾が見たのは長屋の天上だった。

 

「あれっ?」


 何が起きたのか悠吾には判らなかった。

 だが、どすんと背中に衝撃を感じた時、自分の身体が現れた敵に吹き飛ばされたのだということがやっと判った。


「……護衛はお前ひとりか」

「くっ……」


 即座に体勢を立て直して再度CZ-805の銃口を目の前の男に向ける悠吾。

 あの距離で斉射を全て外してしまったのか、と考えた悠吾だったが、その考えは直ぐに鳴りを潜めた。

 そんなはずはない。確かに弾丸は男の身体を捉えていた。それに、四方向からのセントリーガンの射撃はまだ続いている。あの一斉射撃を受けて無傷でいられるなんて──あり得ない。


「貴方達は……何者ですか?」


 銃口を向けられているにも関わらず、余裕の表情を見せている黒い戦闘服の男に問いかける悠吾。

 と、男が小さく広角を上げたその時だった。

 悠吾の背後、生産職プレイヤー達が逃げた裏口からいくつもの悲鳴が上がった。


「……ッ!!」


 まさか──

 その悲鳴に悠吾の顔が引きつる。

 さっきアクティブソナーで周囲に敵は居なかったはず。いつの間に敵は裏口に──


 一瞬。時間にして一秒ほどの僅かな時間。

 悠吾は目の前の敵の排除よりも裏口の敵に意識を持って行ってしまった。


「馬鹿め」


 その瞬間を目の前の男は見逃さなかった。

 音もなく悠吾との間合いを詰め、右足で地面を踏み込み、左手で悠吾の喉元を鷲掴みすると腰の膂力を使いその身体を側の壁面にたたきつけた。

 ずしんと辺りの空気がひび割れる程の衝撃。

 悠吾の頭上に表示された体力ゲージががくんと抜け落ちる。


「あぐっ!」 


 背中から衝撃が胸を貫き、肺の空気を全て外へとおしやる。

 一瞬酸欠状態になった悠吾がうめき声をあげた。


「このまま終わりにしてやろう」


 黒い戦闘服の男はそのまま指に力をいれる。

 武器を使う必要もない、圧倒的な握力で悠吾の首がミシミシと悲鳴を上げ始めた。

 その力が強まっていくほど、悠吾の視界が次第に赤黒く淀んでいく。


 なんて力だ──

 このままじゃ、やられてしまう。

 男の鋼のような腕をつたい、忍び寄る死への恐怖に押しつぶされそうになってしまう悠吾だったが──その目に諦めは無かった。


 ぷるぷると震える右手を掲げる悠吾。

 その手が向かったのは目の前の男──ではなく、悠吾の左手に巻かれたトレースギアだった。


「……まだだっ!」

「……ッ!」

 

 悠吾のその声と同時に、ずしりと男の腕に重圧がかかった。

 そして、キラキラと光りの粒が少しづづ悠吾の身体に集まり、その身体に異変を産む。

 黒く、そして無機質なフェライト。

 赤く光る、凶暴な瞳──

 

 男の目の前に現れたのは、アーティファクト兵器、ジャガーノートだった。

 その姿に男は思わず悠吾を押さえつけていた手を離してしまう。

 だが、その表情に焦りの色は見えない。

 

「皆には手を出させないぞ……ッ!」


 ぷしゅん、とジャガーノートの起動を告げるアクチュエーターの油圧音が響くと、ずしりと重く感じていた悠吾の身体がふわりと宙に浮いたかのような軽さへと変わる。

 男の背後に立った、別の敵の姿が悠吾の目に映った。

 全部で3人。全力で排除して、皆を守る。

 

 そう考えた悠吾が地面を蹴りあげた。

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