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第124話 侵入者

 これまで僅かながら残っていた雪の欠片が姿を消し、辺りが一面赤い大地テラロッサに支配されてまもなく、プロヴィンスの出入口である検問所を守る巨大なトーチカがルシアナ達の前に姿を現した。

 トーチカは鉄筋コンクリートで覆われた掩体壕の一種で、砲撃や重火器の攻撃に耐えうるよう設計されている防御拠点だ。プロヴィンスを接している国家同士が友好関係であれば問題は無いが、敵対している国家同士であれば敵国プレイヤーの侵入を阻止するための重要な意味を持つ。


「ルシアナ殿、ラウルとの国境です」


 ルシアナ達が乗るトラックがスピードを落とし、検問所の前で停車した。

 バルバスのその一言で荷台に乗るヴェルドのプレイヤー達が先ず車外へ飛び降りるが、ノーゲンベルグでの雰囲気と違い、幾ばくかリラックスしている感じだ。


「国境を越えれば、ヴェルドに侵入している追手は手をだせないはずです」

「ありがとうございます」


 ノーゲンベルグの街を離れた後、あの追手達の姿は無かった。

 目的がルシアナの殺害ということであれば、機械兵器ビークルを使うなど、もっと執拗に追ってきても良いはずなのだが、と訝るロディがふと後方の北方へ視線を送るも、彼女の目には例の黒い戦闘服を着たプレイヤー達に襲われたノーゲンベルグの影は僅かにも見えない。


「ここまで来れば安全っつーわけだな」


 高レベルの地人じびとに守られた国境はこの世界で一番安全な場所だ。

 トーチカを仰ぎ見てレオンが安堵の表情を浮かべる。

 改めて見るその物々しい雰囲気の検問所と防御陣地を目の前に、レオンにはどうしてもバルバスが言っていた「ヴェルドの国境が破られた」という話が信じられなかった。

 確かにあの黒服のプレイヤーは化け物じみた強さだったが、こんな場所を簡単に落とすなんて──無理だろ。


「つい先程、ノーゲンベルグで侵入者の対処に当たっていたクランから連絡がありました」

「あの侵入者達の対処に当っていたクランですか?」

「ええ、侵入者は全て排除したようです」

「ずいぶんと時間がかかったな」


 ロディが先ず感じたのはそれだった。

 ノーゲンベルグの街を離れてかなりの時間が経っている。敵はたったの4人、そしてヴェルドプレイヤーの包囲を受けている状況──それらを考えると、排除に時間がかかりすぎている。やはりあの黒い戦闘服のプレイヤー達は相当な力を持ったプレイヤーだったということか。


「ヴェルドプレイヤーにもかなりの被害が出たようですが、奴らの正体が判りました」

「本当か」


 対処に時間がかかっていたのはそこだった。

 タオが各クランに命じた対処は「侵入者を排除し、その正体を検めよ」というものだった。


「5人中、無所属が2人。そして……ユニオン連邦所属が3人」

「……決まりだな。侵入者の正体はユニオン連邦か」


 ロディのその言葉に頷くバルバス。

 侵入者はユニオン連邦、もしくは彼らの息がかかったプレイヤーに間違いない。


「さらに、彼らのあの馬鹿げた能力の正体も大体想像がついたようです。対峙したプレイヤーの証言で、彼らは戦闘中に何かを己の身体に投与していた、と」

「投与? アイテムの様なものでしょうか?」

「ドーピングのようなものだと考えられます。何か注射の様な物を腕に打っていたらしい」

 

 注射のようなもの──

 その言葉を聞いて、息を呑むルシアナとロディ。


「ロディ、そのアイテムとはあれでしょうか?」

「多分、な」

「……何か心あたりが?」


 ルシアナの頭に浮かんだのは、竜の巣ドラゴンス・ネストでクラウストが見せた、あのアイテム、エンチャントガンだった。

 悠吾が機工士エンジニアの匠クエストで生成した、リストに載っていない「アーティファクト級」のアイテム。生産職が前線で戦えるように一時的に能力をアップさせる事ができる兵器だ。


「ああ、以前悠吾が生成したアイテムだ。ユニオンに奪われたと聞いている。侵入者がユニオン連邦のプレイヤーだとすれば、その可能性は高い。だが──」


 ロディは渋い表情をルシアナに向ける。

 対峙した、あの黒い戦闘服プレイヤーの能力。ロディにはあれは、一時的に能力をアップさせるといった「付与効果」の域を超えているような気がしていた。


「あれはステータスアップというレベルではなかった。能力をアップしたところで、基本となるのは根本的なステータスだ。トラックのドアを素手で破壊出来るわけはないし、アサルトライフルの斉射を受けて無傷でいられるわけはない」


 その瞬間をロディが見たわけではない。

 彼女が見たのは、幌を切り裂き、その赤い瞳で見下ろしていたあの瞬間だ。RPG-29の攻撃を受けた後、何が起きていたのかバルバスから聞いただけ。

 だが、ドア引きちぎられたトラックの惨状を見る限りあの黒い戦闘服の男の能力を疑う余地は無かった。

 

「まだ何か秘密がありそうですね」

「しかし、いずれにしてもすぐに判るはずです」


 そう答えるバルバスだったが、ルシアナは不安を覚えていた。

 もし、あの侵入者がユニオン連邦の兵だとすれば……交戦フェーズであの黒い戦闘服の連中と戦うことになるからだ。

 4人の対処にノーゲンベルグに残っていたクラン総出で当たらないといけないほどの手練。もし彼らがユニオンの侵攻部隊の先鋒だとしたら、ユニオンのプロヴィンスに攻め込む以前の問題になってしまう。


「兎に角ルシアナ殿達はブロッサムへ。私は東方諸侯へ向かいます」

「判りました。お願いします」


 戦略を根本的に練り直す必要がある。

 そしてやはり交戦フェーズの鍵になるのは、彼らヴェルドと東方諸侯連合だ。

 ルシアナはバルバスに深く頭を下げながらそう考えた。


『……おい』


 ルシアナとロディがバルバスに背を向け、検問所に向かおうとしたその時だ。

 一足先に検問所へと向かっていたレオンから小隊会話パーティチャットが入った。


『どうしたレオン』

『何かおかしいぜ?』

『……おかしい?』


 レオンの言葉の意味が分からず顔を見合わせるルシアナとロディ。

 そんな彼女に何かを感じたバルバスが静かに駆け寄る。

 

「何かありましたか?」

「レオンが何かおかしい、と」

「……」


 その言葉にバルバスの頬がぴくりと引きつったのがはっきりとわかった。

 眉根を寄せながら、周囲を見渡すバルバス。

 周囲をぐるりと見渡した後、バルバスもその違和感を感じた。


「……静か過ぎる」


 何故気づかなかったのか。いつもならば両プロヴィンスに控えているはずの国境を守る警備兵も居ない。

 それにトーチカ内にも人気が無い。

 

「周囲警戒」


 即座にバルバスは動いた。ヴェルドプレイヤー達に一言そう告げるとステアーAUGを構え、検問所の先へと警戒を強めながら進む。


「ルシアナ殿、レオン殿に戻るよう伝えて下さい」

「……は、はい」


 一定間隔に広がり、周囲を調べていくヴェルドプレイヤー達。

 そんな中、バルバスの中に産まれた違和感ははっきりとした形へと変わりつつあった。

 この感じ、つい先日も経験した。これは──


「お、おいッ!」

「ッ!」

 

 検問所を抜けたラウルのプロヴィンス側でレオンの声が上がった。

 小隊会話パーティチャットではない、地声だ。

 その声の方向へ即座に駆け出すバルバスとルシアナ達。


 丁度ラウル側に設けられたトーチカの前で立ちすくんでいるレオンの姿が見えた。

 そしてレオンの目前に横たわっている「それ」を見た瞬間、バルバスも、そしてルシアナもレオンと同じく地面に打ち付けられたかの如くその場で固まったしまった。


「……まずいぞ」


 顔を顰めるバルバス。 

 レオンの前に横たわってたのは──この検問所を守る警備兵の地人じびと達の姿。

 そのどれもが、バルバスがヴェルドの国境で見たそれと同じく、一筋の黒い線が痣のように首元に残っている亡骸だった。


「あの傷は……」

「あれはナイフの跡です。ヴェルドの国境で発見された警備兵の亡骸にも同じ傷跡が」

「……ッ!!」


 まさか。

 ルシアナの表情からさぁっと血の気が引いていく。

 つまりこれは──ヴェルド側のプロヴィンスからラウルプロヴィンスへ侵入者があったと言うことだ。しかもその犯人は、あの黒い戦闘服のプレイヤー達──


「急いで戻りましょう!! 奴らの狙いは──ブロッサムの街です!!」


 バルバスの声が響き渡る。

 襲われるはずがない、ヴェルド側からの襲撃──

 それはまさに解放同盟軍にとって虚を突かれた奇襲だった。

 

***


「……ママ?」


 あれからどの位、時間が経ったのか。

 テーブルの脇でうなだれていた小梅を見つけたアムリタが心配気な表情でそう言葉をかけた。


「どうかしたの? 悠吾のおじさんは?」


 アムリタが覚えているのは、小梅が「悠吾の為に作った」あのかぼちゃのシチューを試食したところまでだった。

 料理人クリナリアンクラスをマスターしているアムリタでも思わずぺろりと平らげてしまうほどに美味しかったシチュー。お腹が膨れて寝てしまったのは失敗だったとアムリタは思った。


「……ん、あいつもう帰っちゃった」

「ふ〜ん……あのシチュー食べていったの?」

「うん、美味しいってさ」

「ほんと? やったね!」


 にこりと笑顔を見せる小梅に、うれしそうにぴょんと飛び上がるアムリタ。

 あのビーフストロガノフ事件で、アムリタは少なからず責任を感じていた。

 時間がなかったとはいえ料理を教えたのは自分で、悠吾がルシアナに取られちゃったのは自分せいだ、と。

 だからこそ、リベンジし悠吾に褒めてもらったことはアムリタにとって何よりも嬉しかった。


「ご褒美、もらったの?」

「……え、ご褒美?」

「うん、だってショーブに勝ったらご褒美もらえるんでしょ? あのときもそうだったし」


 あの時とはもちろんビーフストロガノフ事件の時の事だ。

 料理でショーブして勝ったほうが悠吾に褒美を貰える──アムリタはそう考えていた。

 

 おしえてよ、と無垢な笑顔で小梅の顔を覗きこむアムリタ。

 その表情に小梅の心がじゅくりと疼く。そして不意に悠吾にしてしまった酷い仕打ちを思い出し、小梅の表情が崩れかけたその時だ。


『プライベートルームにアクセスを求められています』


 小梅のトレースギアがそうアナウンスを告げた。

 それは、プライベートルームの立ち入りを許可を求める告知だった。


 このプライベートルームを訪れるプレイヤーはそう多くない。ごく一握りの小梅がよく知るプレイヤーたちだけだ。

 気が動転していた小梅は、ひょっとして悠吾なのではないかと思ってしまった。

 あんなことを言ったのに、もう一回会いに来てくれた。ノーテンキな悠吾ならあり得る話だ、と。


「お客さん? 悠吾のおじさんかな?」


 小梅と悠吾の間に起きたことなど知る由もないアムリタがそう言い放つ。

 

 プライベートルームに誰かを入れる際に、必ず相手と小隊パーティを組み、誰なのかがわかった上で許可を出すこと。小梅はノイエから口酸っぱくそう言われ続けていた。

 それが自分の身を守る為に絶対に必要な事だ、と。


 だが、小梅は犯してはならないミスをしてしまった。

 彼女の中に産まれた罪悪感と、悠吾への想いがその油断を産んでしまった。


「……悠吾?」


 その相手が誰なのか確認せずにトレースギアに表示されていた、許可を求めるポップアップから「承諾」をタップした小梅。そして開いたドアの向こう。

 そこに居たのは──


「……ッ!!」


 そこに立っていた男に小梅の表情が固まる。

 見覚えのある男。彼の性格をそのまま形にしたような狐の様にするどい目付きに痩けた頬──


「あんたは……グレイス!?」


 そこに立っていたのは、悠吾ではなく、廃坑で小梅達を執拗に追ってきていた「残党狩りクラン」ヴァルキューレのクランマスター、グレイスだった。


「なんであんたがここに……!?」

「いや、悪ィな。愛しの悠吾クンじゃなくてよ?」


 状況が把握できない小梅だったが、プライベートルームからグレイスを追いだす為に扉を閉め、部屋をアクセス禁止設定にしようと試むも、その動きを察知していたグレイスは小梅の腕を強引に掴むとぐるりと捻り上げ、その腕を小梅の背中へと回した。


「痛ッたッ!」

「つーかよ、せっかくお前をだます為に色々と用意してたっつーのに、全部無駄になっちまったじゃねぇか」


 なぁ?

 誰かに向かい、そう問いかけるグレイス。小梅がちらりと視線を送った先、そこに立って居たのは黒い戦闘服を着たプレイヤーに捕まっているノスタルジアプレイヤーらしき男だった。

 解放同盟軍を名乗りあのプレイヤーに小隊パーティを組ませ、扉を開けた瞬間同じように襲いかかるつもりだったのか──

 怒りとそして情けなさが入り混じり、きつく歯を噛みしめる小梅。その怒りを矛先はこのグレイスではなく、基本的な事が疎かになってしまっていた自分に向けられている。


「まさか確認もせずに開けてくれるとは思わなかったぜ? 小梅チャン」

「こっ、このッ!!」


 右足を振り上げ、グレイスの足を踏みつけようとした小梅。しかし、またしてもそれを読んでいたグレイスはさらに腕を捻り上げると小梅の身体をそのままプライベートルームの外へと放り投げた。

 軽い小梅の身体は簡単に宙を舞った次の瞬間、激しい衝撃が小梅の身体を襲った。

 

「うっ……」


 激しく壁に打ち付けられ、一瞬気が遠くなってしまう。

 その反動で地面に倒れこんだ小梅は、痺れるような痛みで身動きが取れず、恨めしそうに目の前に立つグレイスを睨み上げるしかなかった。


「ククッ、良〜い目だぜ、小梅チャン。ところでよ、俺がどうしてここに居るのか判るか?」

 

 そう言ってグレイスはアイテムポーチからひとつのアイテムを取り出した。

 それは、小梅にも見覚えがある物だった。

 小さなリベットガンの様なそれ──


「それは……」

「……さぁて、お楽しみの時間だぜ」


 それを腕にあてがい、引き金を引く。

 ぷしゅんと空気が放たれた音が響いた瞬間、グレイスの身体がびくんと跳ねる。


 そして小梅は──自分を見下ろすグレイスの目が、鮮血の様に真っ赤に染まっていく姿をただ身動ぎひとつ出来ないまま呆然と見つめるしかなかった。

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