第13話 遭遇 その1
1人だったら多分身動きすら取れず、ユニオンのプレイヤーに見つかって終わりだった。
前を歩く小梅の揺れるツインテールを見ながら悠吾はそう思った。
悠吾達は崩落したあの場所を抜け、トレースギアで方向を確かめつつ安全確認しながらゆっくりと目的地を目指していた。
木組みの足場、人の大きさほどの岩の影……
プレイヤーが身を潜ませることが出来そうな場所を一つ一つ確認しながら2人が目指すのは1つ上のフロアだ。
『配管を撤去した跡があるから気をつけて下さい』
『わかってるわよ』
悠吾の忠告に小梅が気だるそうに答えた。
この廃坑が現実世界と同じなのであれば、配管を撤去した跡やエレベーター、トロッコの軌道跡の竪穴が無数に存在し、落とし穴状態になっている事も多いはず。注意すべきはユニオンプレイヤーと地人だけじゃない。
『小梅さん、この狩場は鉱石とかも取れるんですか?』
『たぶんね。奥に行けば行くほどレアな鉱石が取れるかも……てか、まさか行きたいなんて言わないよね?』
『ま、まさか』
少し思っていたなんて言えない。
……いや、奥に行くつもりは無いですよ? ただ、このフロアで取れる鉱石があるんだったら、生産で使えそうじゃないですか。
『こ、鉱石が取れるなら、生産職のプレイヤーも来ることがあるんですか?』
『もちろん。あ、でも単独では無理。戦闘職のプレイヤーに助けてもらってね』
『成る程、フレンドとかクランメンバーに協力してもらうワケですね』
MMOゲームでは良く聞く話だ。素材の収集以外にも、レベル上げやクエストのサポートなど、フレンドやクランメンバーに助けてもらう事は良くある。
だけど、ゲームの世界が現実になった今、無償でサポートするなんて人居るんだろうか。
そう思った悠吾は先ほど小梅が言っていた「情報屋」の事を思い出した。
こういった狩場なんかの情報をお金で売る組織。情報がお金になるんだったら、「安全」はより高いお金になってもおかしくない。
『……まるで迷路ね』
クリスヴェクターをシューティングポジションに構えたまま、足音を立てないように踵からゆっくりと地面を踏みしめながら進む小梅が小さく呟いた。
当然といえば当然だけど、廃坑は立体的で複雑に通路が絡み合う人工の迷路だ。現実世界では可燃性のガスや有毒ガスなんかも発生することがあるらしく、危険きわまりないという話を聞いたことがある。そんな所に辿り着いた、なんてことが無いようにしないと。
『天井が高くなってきましたね』
細く狭かった坑道がいつの間にか広く、そして大きくなっている。撤去されなかったトロッコのレールが一本通っているのが見えた。
『MAPを見せて、悠吾』
『あ、はい』
壁を補強するために設けられた木製支保が崩れ、丁度いい高さになっている場所に腰をおろし、小梅は悠吾のトレースギアを確認した。
現在位置と、今の通路が続いている先──
『この先開けた場所があるわね』
『ええ、それにしても……何か変だと思いませんか小梅さん』
『……変?』
何のことを言っているのか判らないという表情を小梅が浮かべた。
『僕達がさっきまで居た地下3階では良く見かけたユニオンプレイヤー達が居ません。それに静か過ぎます』
『確かにそうね』
MAPから視線を辺りに移しながら小梅も悠吾と同じ感想を持った。
静かすぎる。地下3階ではうっすらと聞こえていた銃声もここ地下4階では全くない。
しかしその答えはすぐそこにあった。
『悠吾、あれ』
何かを見つけたらしい小梅が指した指の先、黒い影が幾つか地面に転がっているのが悠吾の目に映る。
『……あれは……プレイヤー!?』
うつ伏せになって倒れているそれは、紛れも無い戦闘服に身を包んだプレイヤーだ。タクティカルベストを着た死体もあれば、弾丸を防ぐために鉄板を入れる重厚なプレートキャリアを身につけている死体もある。
2人は静かに腰を上げ、警戒しながらその死体達に近づいていく。
『何かと戦ったみたいね』
『で、でも小梅さん、これって……』
死体に穿たれた巨大な銃痕を見て悠吾は息を呑んだ。
出血は無いものの、一体何に撃たれたらそうなるのか検討もつかない巨大な穴が死体に開けられている。出血が無いのはこれがゲームの世界だからだろうか。そういえば、僕も撃たれた時血が出なかった。
『……兎に角弾薬を持って行くわよ』
復活ポイントに転送されたのか、倒れた死体が光り輝く塊になり、空気に溶けていく姿を見ながら小梅が言う。
一体何にやられたのかは気になるけど、とりあえず目的の1つである弾薬収集は出来そうだ。高レベルの小隊だったのか、弾薬以外にも、手榴弾と煙幕を幾つか手に入れることができた。
『武器も結構落ちてますね』
『……ちょっとやばいかもね』
『え?』
ポツリと呟く小梅の言葉を良く聞き取れなかった悠吾は思わず聞き返した。
やばい、と言った気がしたけど気のせいかな?
『この銃見て』
『ええと……これは……Masada?』
マグプル社が製造するアサルトライフルだ。金属製のアッパーレシーバとポリマーフレーム構造のロワーレシーバーで構成されている突撃銃で、現実世界では米国ブッシュマスター社が製造・販売権を買い取り、ブッシュマスターACRとして製造している。
『ええ。でもこれ、レベル規制がある武器よ』
『規制……って指定されたレベルに達していないと装備できないっていうアレですか?』
『そう。この武器、確か装備レベルは35だったはずよ』
『さっ……!』
35って、トラジオさんと同じレベルじゃないですか! トラジオさんと同じ強さのプレイヤーが斃された……ってことですか、つまり。
小梅のその言葉に、悠吾はごくりと唾を飲み込んだ。
『……』
小梅が悠吾の顔を見つめたまま固まっている。
君のプライドから口に出さないだろうけど、その表情からとてつもなくやばいというのは判りますよ。小梅さん。
『慎重に行きましょう、小梅さん』
出来るのはそれしか無い。彼らを倒した何かに見つからないように早く1つフロアを上がるしか無い。
悠吾の言葉につい「生意気」と口ずさみそうになった小梅だったが、さすがにその言葉をぐっと飲み込み、こくりとひとつ頷くと、手練の小隊が倒れたその場所を静かに後にした。
***
悠吾達が坑道を抜けドーム状の開けた場所に到着したのはそれからすぐだった。
補強された巨大な木製支保が張り巡らされているその場所に坑道が幾つも繋がっている。各坑道からトロッコ軌道が顔をのぞかせていることから、各坑道で採掘した鉱石をこの開けた場所へトロッコで運び、ここから地上へと上げていたのだろう。
『なんだかんだで、結構弾薬あったわね』
『ですね。これで僕が弾薬生成スキルを覚えるまでレベル上げが出来そうです』
この地下4階で倒されていたプレイヤーはあのレベル35の小隊だけじゃなかった。至る所にプレイヤーが残した弾薬と武器が幾つも転がっていた。
『悠吾、あれ』
ちょうどこの開けた場所の中央に設けられたエレベーターらしき物を小梅が指差す。
鉱石を地上に運ぶために使っていたものなのだろうか。もし使えれば、3階まで簡単に戻れそうだ。
『ちょっと待って下さい』
エレベーターの場所まで行こうとした悠吾はピタリと足を止めた。
狭い場所の安全確認と違い、こういった開けた場所を横切るのは非常に危険が伴う。隠れる場所が無く、敵からは丸見えだが、こちらからは何も見えない、という状況に陥るからだ。
できるだけ周囲の状況を確認するために、トレースギアをチェックしながら、悠吾が小梅と共にゆっくりと一歩づつエレベーターへと近づいていく。
『大丈夫ですかね……』
『多分ね。でも、あたしが想像するにプレイヤーはもうここには居ないと思う』
お互いの背中を合わせ、死角をカバーし合いながら背中越しに小梅が小さく言う。
『どういう事です?』
『わかんないけど。プレイヤーの気配が全くしないもん』
『確かに』
そう言って悠吾はもう一度トレースギアを確認したが、周りにはプレイヤーどころか地人の反応すらない。
異常だ。プレイヤーはまだしも、地人まで居ないだなんて。
『よし。クリア、って事で』
『あ、小梅さん!』
そう言って小梅が駆け出す。弾薬の補充は出来たし、このエレベーターが使えれば地上にでれるかもしれない。
その焦りが、油断を生んだ。
『……ッ!』
悠吾のトレースギアに映ったのは、赤い点。危険な赤信号。敵対するプレイヤーの信号だ。
すぐ近くに居る。
悠吾は咄嗟に銃を構えると小梅の背中を追おうとかけ出したが……すでに遅かった。
「ビンゴ〜」
「キャッ!」
エレベーターの影から突如飛び出してきたプレイヤーらしき人影が小梅のツインテールを無造作に掴み、捻り上げた。
やはりプレイヤーか。
「小梅さんッ!」
「てめっ……離せッ!」
頭を抑え、必死にもがく小梅を見て、悠吾が瞬間的にシューティングポジションに移った。
そして、銃口越しに悠吾の目に飛び込んできたのは──
「お、お前はっ!」
「くくっ、あれからまだそんな時間経ってないからよ、ここで待ってれば必ず来ると思ってたぜ」
肌黒く、金髪に染め上げられたくせ毛のショートヘア……あの時、岩場で倒したチャラ男だ。
「おおっと、銃を降ろせよ、小僧」
「……ッ!」
人質だと言わんばかりに小梅の身体を盾にするようにぐいと引き寄せる。
だが、悠吾を威嚇していたのはチャラ男ではなかった。トレースギアのMAP、4時の方向と8時の方向に同じように赤い点が浮かぶ。
まずい。
悠吾は自分に向けられている刺すような殺気に思わず身をすくめる。
あの時の小隊メンバーだ。聖職者に魔術師。装備している武器の火力でも遅れをとっているし、状況も向こうにかなりのアドバンテージがある。
「耳あンのかてめぇ。銃を降ろせっつってんだろ」
「……小梅さんを離せ」
チャラ男に銃口を向けたまま悠吾が低い声を放つ。
心臓が破裂しそうなほど高鳴っている。喉はいつの間にかカラカラだ。
虚勢が聞くかどうかわからないけど、形成を逆転するには虚勢しか無い。時間を稼いで、打開できる方法を探る。
だけど、向こうは何度も復活できるけど、こっちは死んだら終わりだ。どうか復活出来ないという情報をチャラ男が持っていませんように……
「僕がやられるのが先か、貴方が僕に倒されるのが先か」
「……試してみるか? 小僧」
そう言ってチャラ男がアサルトライフルのAK-47を悠吾に向けた。
1949年にソビエト連邦軍が制式採用したアサルトライフルだ。極めて信頼性が高く、今でも発展途上国ではコピー品が使われている。チャラ男のAK-47はレール部分やストックに近代化装備が施され、各種アタッチメントが装備出来るようになっているバージョンだ。
僕にMagpul PDRを奪われて買い直したんだろうか。……保険、入ってますか?
「許してくださいって泣きつくなら考えてもいいぜ」
勝ち誇ったような表情を浮かべ、チャラ男が吐き捨てるように言った。
だけどそれが嘘だってことは僕でも判る。
泣きついた所で、お前は殺す。チャラ男の目がそう語っている。
「……レベルの低い生産職の僕に2度も倒される事になったら、貴方は笑いものになりますよ」
じり、と詰めよりながら悠吾が小さく呟く。
心臓の鼓動音がはっきりと自分で判る。もう少し、もう少し我慢して。僕の心臓。
「て、てめぇ……ッ!」
と、チャラ男が一瞬怯んだのが悠吾にも判った。
どうやらレベル1の初心者にハンドガンで脳天をぶち抜かれ、倒されてしまった事が少なからずトラウマになっているんじゃなかろうか。
だいぶ近づけた。ここまで近づけたらさっき拾った「あれ」で──
「小梅さんを離せ。小梅さんは渡さないし、僕は貴方には殺されない」
そう言って悠吾がちらりと小梅にアイコンタクトを送る。
小隊会話は使えない。口を動かさないにしても、表情でバレてしまう。経験豊富な小梅さんが反応してくれる事を信じるしか無い。
「アイテム使用──スモークグレネード」
「……!」
ポツリと悠吾が囁いた。
チャラ男は悠吾が何を言ったのか聞き取れなかったようだが、何かを感じAKの銃口で威嚇するように悠吾へとさらに突きつけた。
と──
『アイテム使用。スモークグレネードを転送しました』
悠吾のトレースギアから声が発せられたと同時に、光の塊が悠吾の目の前に現れ、それが瞬時に円筒形の形を形成した。
そして次の瞬間──
「なッ!」
ピンが外れたスモークグレネードが破裂音とともに、辺りに白色の煙をまき散らした。視界が悪い暗闇に広がる、白い壁。
悠吾の身体がその煙の中に溶けると、チャラ男と聖職者、魔術師の視界から悠吾の姿が消えた。
「くそっ! ふっざけんな! お前ら、撃て……」
「させるかッ!」
悠吾が煙の向こうに姿を消したその瞬間を狙い、小梅もまた動く。
躊躇すること無く、小梅が地面に向けられたクリスヴェクターの引き金を引くと、クリスヴェクターから放たれた弾丸は、寸分違わずチャラ男の右膝を捉えた。
「あがっ!」
凄まじい激痛がチャラ男を襲う。
思わず小梅のツインテールから手を離し、撃たれた患部を両手で抑え、悶える。
「あたしに馴れ馴れしく触ンなッ!」
小梅が背を向けたままの状態で地面に項垂れるチャラ男の後頭部めがけ、肘を振り下ろした。
小さい身体の小梅だったが、プロレス技のエルボードロップの要領で放った肘は、小梅の全体重を乗せ、鋭い凶器と化した。
「うぐッ!」
「おらっ! これで終わりじゃ……」
「こ、小梅さんッ!」
と、後頭部にエルボーを受け、地面に叩きつけられるように悶絶したチャラ男に止めの蹴りを入れようとしていた小梅の腕を悠吾が掴んだ。
「そんな奴放っておいて逃げましょう!」
チャラ男は出し抜けたものの、他の2人はどうなるか判らない。チャラ男にかまっている暇は無い。
ほんとにこの子は。止めないとすぐこれだ。
「……ッ! 悠吾、後ろ! グレネード!」
悠吾の予想通り、聖職者と魔術師が動く。
魔術師が携帯していたM79グレネードランチャーが発射された音が悠吾の背後から聞こえた。
散弾銃のような姿をしているが、様々な種類の弾丸を投擲することが出来る中折れ式の擲弾銃だ。
発射されたのは、多分対人用の榴弾。
「伏せてください!」
咄嗟に悠吾が小梅の頭を抑え、倒れこむ様にその場に伏せる。
と、同時に空気を震わせ、凄まじい爆発が悠吾達の直ぐ側で起きると、衝撃波が悠吾と小梅の身体を襲った。
「くっ……!」
直撃はしなかったものの、受けたダメージは大きい。
一瞬、トレースギアを確認した所、体力が半分ほど持って行かれていた。だが、M79グレネードランチャーは単発式だ。弾の装填に少し時間がかかるはず。
そう考えた悠吾が小梅の手を取り、素早く起き上がると逆側の坑道に向かい走り出す。
「ちょ……ッ!」
「このまま走り抜けますよ!」
あの道がトラジオさんの居る3階に続く道。
聖職者がチャラ男を回復させ、AKをこちらに向けて発砲するのが先か、僕達があの坑道にたどり着くのが先か。
念の為にもう一発スモークグレネードを投げておいたほうが良いかと、悠吾がトレースギアからアイテムポーチを開こうとした、その時だった。
気圧の低下で外気が身体を圧迫するような違和感が悠吾を襲う。
あの時、Ka-52ホーカムが現れた時と同じ違和感だ。
これはまさか──
「ま、待って悠吾!」
何かを察知した小梅が叫ぶ。
そして、彼女が響き渡ったと同時に、キラキラとした細かい塵のような小さな四角い塊が幾つも集まり、悠吾と小梅の目の前に「悪魔」の姿を形成した。
「パ……多脚戦車……!!」
悠吾の手を引っ張るようにその場で急ブレーキをかけた小梅が悲鳴に近い声を上げた。
悠吾の前に現れたのは戦車の砲塔はそのままに、車体を四足にしたような機械兵器だった。薄暗いここでも判る異様な存在感。唸り声をあげるエンジン音が肉食獣の咆哮の様にも聞こえる。
「……多脚……戦車?」
聞きなれない言葉に悠吾はまるで「蜘蛛」のような4つの足を持った灰色の兵器を前にしながら、思わず首をかしげてしまった。
多脚戦車って現実世界ではイギリスが開発しているって話を聞いたことがある。キャタピラやタイヤを持つ戦闘車両と違い、多脚型は廃坑のような起伏の激しい地域でも比較的自由に動けるらしいけど、まだ実用化はされていないはず。
「こいつ小さいけど、50口径重機関銃と125mm装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)、127mmズーニー・ロケット弾で武装した凶悪な高レベル機械兵器よ!」
小梅が一気にまくし立てるように説明する。
な、何を言っているのかよく判らなかったけど、うん、とてつもなくやばい状況になったという事だけは良く判りました。
「レ、レイドボス……ッ!」
背後から聖職者の叫び声が悠吾の耳に届いた。
ああ、アイツがあの小隊が言っていた「レイドボス」なのね。なんというか……そんな気はしました。
小梅と聖職者の声に反応するように、4本足の上に乗った戦車の砲塔が稼働し、巨大な砲身をこちらにゆっくりと向ける。そして、身構えるように重心を低く落とし、4本の足をしっかりと地面に固定した。
こっちに向かって撃つ気だ。
「ま、ままマズイよ悠吾! 逃げるわよッ!」
今度は小梅が悠吾の手を引き、逆方向に駆け出す。
そして、悠吾と小梅が多脚戦車に背を向けた瞬間、レイドボスと遭遇してしまった悠吾の絶望に更に拍車をかけるように、多脚戦車に搭載された125mmの主砲が咆哮した。




