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第118話 忍び寄る危機 その2

 タオが去って暫く経ち、宮廷内が立入禁止設定に戻った為にルシアナ達は宮廷を後にし、眼下に広がるノーゲンベルグの街に戻ることになった。

 雪化粧した美しい草花達に見送られるルシアナだったが、その足取りは重い。


「……ここに来て怖気づきやがったんスかね?」


 重い空気を放つルシアナとロディの後ろ姿に、何か言葉をかけるべきかと思案したレオンがぽつりとそう口にした。

 ロディの「スタンアタック」で気絶していた為に会合の内容が全くわからなかったレオンだったが、ふたりの雰囲気に会合の失敗を察知した。


「彼も一国を預かる身だからな。慎重になっても不思議ではない」


 そう答えたのはロディだった。

 彼の判断ひとつでヴェルドの将来は180度変わってしまうことになる。この状況で慎重にならないほうがおかしい。

 だが、そう考えつつも、物事は単純だともロディは思っていた。

 タオは勝算を気にしていた。それはつまり、勝てる要素があればヴェルドは動くということだ。


「東方諸侯連合はユニオンの動きにどう反応するでしょうか」

「わからんな。だがヴェルド同様、ユニオンと自ら剣を交えようとは思わんはずだ。国境のプロヴィンスを固め、侵攻に備えるはず」

「……ヴェルドが動くには東方諸侯連合の動向が鍵になりそうですね」


 雪がちらつく空を仰ぎ見て、ぽつりとひとりごちるようにささやくルシアナ。

 これからどうするか。ここに残ってタオの判断を待つか、それとも東に向かい、同じように東方諸侯連合のGMゲームマスターに会うか──

 しばし地人じびととヴェルドのプレイヤー達の流れに身を任せルシアナはそのまま思案する。


「……あの~、もしかしてこれから東方諸侯連合に行く、なんて言わないスよね?」


 何か嫌な予感を感じたレオンが恐る恐る問いかけた。

 話の流れだと、ヴェルドの重い腰を動かす為には東方諸侯連合を引っ張りだす必要があるって事だ。それはつまり……東方諸侯連合のGMゲームマスターを説得しに行く必要があるって事だ。


「その必要はある。黒部が東方諸侯連合のGMゲームマスターに援助の打診をしていたとしてもヴェルドと同じ結果になってしまう可能性が高い。直接話す必要はある」

「で、でもっスよロディさん、東方諸侯連合っつったら、こっから相当距離ありますし、メチャ危険じゃないスか!?」


 ルシアナ達が居るヴェルドから、東方諸侯連合がある東方地域に行くためにはどうしても中央地域を越さなくてはならない。

 すでにユニオンに支配されている地域だ。

 自殺行為ともとれる話に慌てふためくレオンだったが、ルシアナには考えがあった。


「遠回りになりますが、ヴェルドのプロヴィンスを通って北東部にまわり、そこから南下すれば……2日ほどで到着出来るはずです」

「ヴェルドを横断して……って事か!?」


 ルシアナの説明にレオンは思わず息を呑んだ。

 すでに探索フェーズは終わりを向かえ、強化フェーズに移りつつある。交戦フェーズまでの猶予はそう長くない。その時期にGMゲームマスターが遠出する事は一般的にあり得ない事だった。


 交戦フェーズが始まる前にGMゲームマスターが行うべき仕事は山のようにあった。

 滅亡している為に現在ノスタルジアでは行う事ができない「徴用」によって集まった物資を各クランに割り振り、そして各クランを戦術的にプロヴィンスに配置する。もちろん配置するには、どう守り、どう攻めるかをしっかり吟味し戦略を立てた上で配置する必要がある重要な役割だ。

 ヴェルドを横断して東方諸侯連合へ向かうということは、ブロッサムへ戻る時も同じ時間がかかるということになる。往復で4日、様々な事態を想定して、5日──


「……ギリギリ、だな」


 ぽつりとロディがそう零す。

 GMゲームマスターが行う交戦フェーズ前の準備には数日を要する事がある。さらに、失敗が許されないノスタルジアはその戦略策定にじっくり時間を掛ける必要がある。


「一度ブロッサムに戻って皆の意見を聞いたほうが良くねぇか? それ」

 

 そんな大事な事、ここで直ぐ判断できねぇし。

 そう続けるレオンだったが、ルシアナは即座に小さく首を横に振った。


「戻って意見を聞いている時間はありません。私達はこのまま東方諸侯連合に向かいます」

「……マジかよ」


 それが最善の策。もしこの場に悠吾くんが居てもそう判断したはず。

 これまで幾度と無く交渉でノスタルジアを救ってきた悠吾の姿を想い浮かべながら、ルシアナが決断したその時だった。


「ルシアナ殿」


 辺りの喧騒の中でもはっきりと判る芯の通った声がルシアナの耳に届いた。

 丁度ロディやレオンの背後、行き交うヴェルドのプレイヤーや地人じびと達の中に見覚えがある顔があった。


「あいつは……?」

「……バルバスさん」


 そこに立っていたのは、ヴェルドを中心に活動している情報屋「ブリガンダイン」のバルバスだった。

 バルバスさんと会うのは竜の巣ドラゴンス・ネストの襲撃以来だ。


「お久しぶりです、バルバスさん」


 変わらない熟練者特有の隙の無い空気を放っているバルバスに言葉をかけるルシアナだったが、彼が以前よりもどこか張り詰めたような表情を浮かべている事にふと息を呑んでしまう。


「君達がヴェルドに来ているという事をタオから聞いて、探していた」

「探していた? どうしてです?」


 ルシアナの返答に、バルバスは小さく溜息を漏らした。安心したような、少し呆れたような吐息だ。

 

「……いらっしゃるタイミングが悪すぎましたね。兎に角こちらへ」

「何処へ連れて行くつもりだ?」


 何処か敵意が混じった警戒色が滲む声でロディが問う。

 ルシアナの反応から顔見知りであることは判ったロディだったが、彼女が警戒を強めたのはバルバスの背後に立つ、数名のヴェルドプレイヤーにだった。

 街を行き交う地人じびとやプレイヤー達と比べて、異様な程に重武装している数名のプレイヤー達。

 静かに腰に下げたホルスターに手をのばすロディ。

 だが──


「大丈夫です。彼らはアセンブリに参画いただいている情報屋『ブリガンダイン』の方達です」

「ブリガンダイン? ……情報屋か」


 小さく手で制したルシアナにホルスターから手を離すロディだったが、彼女の中に芽生えた違和感はまだ払拭出来ていなかった。

 情報屋が何故武装して私達の前に──


「何かあったんですか?」

「……」


 ロディと同じ違和感を感じたルシアナが問いかけるが、バルバスは即座に返答を返さない。


「……なんで答えねぇんだ?」


 なんか胡散臭ぇ奴らだな。

 吐き捨てるように追求したレオンの言葉にバルバスは一瞬眉間に皺を寄せる。

 そして暫く思案したのち──ゆっくりと口を開いた。

 

「……実は先日、ヴェルドの国境が破られました。武力でヴェルド国内に侵入した敵がいます」


***


 ルシアナ達がバルバスに案内されたのは、街の郊外に止められた歩兵輸送用のトラックだった。

 目立ちにくいつや消しオリーブドラブで塗装され、荷台に補が張られた歩兵輸送に用いられる非装甲車両ソフトスキンのトラックだ。

 バルバスとともにあらわれていたヴェルドのプレイヤーに運転するよう指示を出したバルバスは、ルシアナ達に荷台に乗るよう促す。


「このトラックで何処に?」

「もちろんブロッサムにです。あなた達に危険が迫っている可能性があります」

「……ッ!?」


 即答するバルバルにルシアナが目を丸くする。

 危険が迫っているって、そんなはずはない。解放同盟軍のメンバーでさえ私のタイムスケジュールは知らないし、ヴェルドへ行くことを決めたのはほんの数日前だ。


「……先ほど言っていた国境を越えて来たという奴らが私達を追っている、と?」

「あくまで可能性ですが」

「ユニオンの連中か?」


 それ意外考えられないが、と付け加えロディが溜息混じりで問いかける。

 

「推測するに。しかし、国境を破る程の連中です。相当の手練かと」


 通常プロヴィンスを移動するためには、プロヴィンス同士をつなげている「街道」を通り、そして国境を跨ぐ必要がある。重装備かつ高レベルの地人じびとが守る国境だ。

 友好関係にある国家に所属するプレイヤーであれば問題なく通過することができるが、敵対している国家に所属するプレイヤーが通過しようとした場合、問答無用で攻撃を受ける事になる。


「だが、高レベルの中隊アライアンスであれば、突破出来なくもないだろう?」

「確かに、おっしゃる通りです。しかし、今回の問題は……私達ヴェルドが全く気が付かなかった事なんです」

 

 一般的に、高レベルの小隊パーティ中隊アライアンスであれば犠牲を出しつつもなんとか切り抜ける事ができる程の難所ではあったものの、成功確率は非常に低いものだった。

 というのは、国境を守る地人じびと達との戦闘が長引き、戦闘音やトレースギアのMAPに表示される敵影に気が付き、プレイヤー達が侵入を阻止せんと加勢に現れる為だった。


「ちょっと待て。気が付かなかったっつー事は……地人じびとは速攻やられたって事か?」


 そんな事あり得ねぇ、と自答しつつレオンが問う。

 

「あり得ない話ではありますが、間違いなく国境を守る地人じびと達は僅かな時間で、それも大規模な戦闘に発展する前に倒されたと考えられます」

「まさか!?」


 驚きを隠せないルシアナが思わず声を荒らげてしまう。

 そんな事は絶対に無理だ。かつてのオーディンであっても100%不可能──


「どのようなカラクリで地人じびと達を倒したのか、それは本人らに聞かないとわかりません。ですが、敵意を持った手練のプレイヤー達がヴェルドに侵入しているのは事実です」

「……タオさんは対処を?」

「ええ、すでにクランの一部を各所に配置しはじめています」


 そう答えるバルバスだったが、ルシアナの見解は厳しかった

 でも、バルバスさんは突破されたのに気がついたのが先日、と言っていた。すでに数日前にヴェルドの中に侵入していると考えると、対策を打つのは非常に難しいと思う。


「成る程な。ノスタルジアの協力依頼を蹴った罪滅ぼしに、あんたらに俺ら護衛を依頼したと、そういうわけだな」

「やめろレオン」

 

 ケッ、と吐き捨てるように苦言を零すレオンにロディが言葉を刺す。

 だが、その言葉を聞いたバルバスは目を丸くしてしまった。

 

「どういう事です? タオはノスタルジアへの協力を断ったんですか?」

「断られた、というわけではないのですが、時間が欲しい、と」


 落胆するルシアナに、バルバスは小さく溜息を漏らした。

 バルバスもヴェルドに所属している以上、タオら上層部の対立はよく耳にしていた。同じ国を守るという結果を求めてはいるものの、手段が異なる幾つかのグループによる争いだ。


「ですがまだ結論はでていませんし、私達はこれから東方諸侯連合に向かうつもりなんです」

「……なんですって!? 一体何をする為に──いや、目的は1つしかありませんね」


 ルシアナが口にした言葉にバルバスは呆れつつも、その目的を理解し、眉根を寄せる。

 ヴェルドが首を縦に振らなかった以上、東方諸侯の協力を得るしか道はない。

 しかしそれは非常に危険な道だ。


「いけません、ルシアナ殿。貴女が襲われては元も子もありません」

「お心遣いは非常に嬉しく思います。ですが、交戦フェーズを生き残る為には危険な道を進む必要があるんです」


 皆が皆できることに全力をかけている。今私にできる事は、東方諸侯連合のGMゲームマスターに協力の確証を得る事だ。

 そう答えるルシアナだったが、バルバスもまた折れる気配はなかった。

 ヴェルドに所属するプレイヤーとして、GMゲームマスタータオから申し付けられた依頼をやすやすと不履行させるわけには行かない。力づくでもトラックに押しこめブロッサムへと連れて行く。

 そう考えたバルバスが仲間達に指示を出そうとした──その時だった。


 突如ズシンと地面が揺れ、バルバス達の体を衝撃が襲った。

 思わずその場にへたり込むプレイヤーやトラックにより掛かるプレイヤーの姿がバルバスの目に映った。


「なんだ今の衝撃は」

「わっ、判りませんッ」 

 

 他のプレイヤーと中隊アライアンスを組んでいるのか、バルバスに問いかけられたプレイヤーは即座に小隊会話パーティチャットで確認するものの、返答は返って来なかった。


「周囲警戒! 戦闘準備を!」


 全く状況が判らなかったものの、何か嫌な予感を感じたバルバスは仲間達に即座に戦闘準備を指示を出した。

 地震かと一瞬考えたバルバスだったが、即座にその推測は頭から消去した。この世界に地震は無い。

 そして次の瞬間、バルバスの嫌な予感は的中した。

 一瞬の間を置き、ノーゲンベルグの西側から慌てて走ってくるのは幾人もの地人じびと達。

 そしてその向こうに見えるのは、巨大な黒煙──

 

「敵の襲撃ですッ!!」


 先ほど小隊会話パーティチャットで状況を確認していたプレイヤーが叫ぶ。

 例の国境を突破した侵入者か。

 何の確証も得られていないが、バルバスは咄嗟にそう予想した。

 侵入者がルシアナ殿らを狙っていたとすれば、このタイミングでノーゲンベルグを襲撃するのは何ら不思議じゃない。

 

「ルシアナ殿、荷台に早く」

「しっ……しかし」


 未だ頑なに拒否するルシアナだったが、業を煮やしたバルバスはその腕を掴むと、よく聞けと言わんばかりに彼女を引き寄せる。


「ブロッサムに戻るにしろ、東方諸侯に行くにしろ、この街を抜けねばどちらも敵わない。今はまずトラックの荷台に乗りなさい」

「……ッ」


 静かに吠えるバルバスの気迫に思わず気圧されてしまうルシアナ。

 確かに彼の言うように、まずこの街を抜ける事を最優先に考えるべきかもしれない。


「……判りました。ロディ、レオン、行きましょう……!」


 そう答えたルシアナの腕を離したバルバスは、周囲警戒しつつルシアナや仲間達全員がトラックに乗り込むのを待ち、そしてトラックの助手席へと飛び乗った。

 黒煙が上がっているのは生産職の工房がある街の西側だ。ブロッサムへ戻るにはは西側へ向かう必要があるが、黒煙が上がっている西側へ向かう事は出来ない。


「南だ。南へ向かえ」


 ドライバーに指示を出すバルバス。

 そして彼の言葉が終わって間もなく、もう一度ノーゲンベルグの街に爆音が鳴り響いた。

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