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第116話 行動開始

「すみませんミトさん。本当なら工廠チームのリーダーであるミトさんが残るべきなのに」

「ま、気にしないで。工廠チームのリーダーって言っても、ノスタルジアにずっと所属してるってだけでリーダーらしいこと全くやってないから」


 アセンブリとの会合が終了した翌日、ぎい、とトタン張りの長屋の扉が開き、ブロッサムの朝日を正面に受けながら姿を現したのは悠吾とミトだ。

 悠吾はいつもどおりの青い迷彩柄の戦闘服だが、ミトも同じように赤い迷彩柄の戦闘服に身を包み、愛銃の短機関銃サブマシンガン9mm機関拳銃を1点スリングで肩から下ろしている。1点スリングは銃のストック部分に金具を付け、銃口が下に向くように吊り下げる形式で、咄嗟のシューティングポジションに移る際に非常に便利なアイテムだ。


 ミトが戦闘準備を行っているのは他でもない。

 これからルシアナやノイエ達と現状報告ミーティングを行った後、アセンブリメンバーに合流し、イースターエッグの調査を行う為だった。

 工廠メンバーからイースターエッグ調査に選ばれたのはミトと数名のプレイヤーだった。


「それにさ、もし悠吾さんの代わりにアタシがここに残るとするじゃない? そうしたら、万が一の時にはアタシひとりで工廠メンバーを守ンなきゃいけないわけでしょ? 無理無理、そんなの」

「でも……何も起きない確率の方が高いとおもいますよ?」


 現に、これまでブロッサムの街に起きた事件といえば、小梅さんの脱走ぐらいしか無い。結構骨が折れたけど。


「悠吾さん、確率は確率だよ。90%でも外れるときは外れるし、10%でも当たるときは当たるの。確率を甘くみると……痛い目みるよ?」

「うっ……そうですね」

 

 目を細め、無邪気に悠吾に視線を送るミトに思わず悠吾は苦笑いを浮かべてしまう。

 そういうの僕弱いんですよね。なんというか、10分の1を引いちゃう自信ありますもん。今回は引かないことを願っています。


「雨燕さんとか黒部さんと一緒の方が安全だったりするっしょ。なにせ雨燕さんは単独ソロで高レベル狩場シークポイントの最深部に行けるくらいだもん」

「う~ん、考え方によってはそうかもしれませんね」

「それに、さ、あの黒部さんって人……いい男だよねぇ。ああいうのがタイプなんだあたし」

「……オジサマがタイプなんですね」

「野性味あふれるダンディな男性って言って」

 

 心外だわ、とふてくされるミト。

 こんな状況に置かれながら、全く変わらないミトに悠吾は呆れながらも、そのミトの姿に己を戒めた。

 特にメンタルが弱い僕は追い詰められた状況であれば有るほど、心を忘れてしまいがちになる。心に余裕を持つ事が出来れば機転のひらめきが生まれる可能性も上がる。

 僕もミトさんを見習わなくては駄目だな。

 

「んでさ、小梅さんとはどんな感じなわけ?」

「……え?」

「たまに行ってる? 小梅さんのトコ」


 ふと放たれたミトの言葉に悠吾は返答に困ってしまった。

 そういえば、あの「ビーフストロガノフ事件」以降、小梅さんと話してないな。ノイエさんの話によるとプライベートルームでアムリタちゃんに師事して料理の特訓をしているみたいだけど。


「いえ、あまり会っていません。探索チームの準備とか色々忙しくて」

「だったら顔出してあげなよ。アムリタちゃんが居るとはいえ、ずっとひとりは寂しいと思いますよぉ?」


 茶化すように悠吾の顔を覗き見るミト。

 ユニオンがマスターキーを手に入れたという情報が流れて以降、小梅の外出はさらに厳しく監視されることになっていた。もし小梅を失う事になってしまえば、イースターエッグをユニオンに渡してしまうことに成りかねないからだ。

 腫れ物に触れるように皆の対応が神経質になってしまっている為に、小梅さんは以前よりもさらにストレスを感じてしまっているかも知れない。

 ミトの言葉を聞き、悠吾はあらためてそう感じた。


「そうですね、会議が終わったら行ってみます」

「それがいいと思います。……うふふ、あたしはルシアナを推しますけど、選ぶのは悠吾さんですからね」


 デートの件があるとしても、今の感じだと小梅さん一歩リードってトコですかね。

 にやにやと楽しそうな笑みを浮かべるミト。


「ミトさん……小梅さんがどうこうってよりも、単純にそういう話がしたいだけじゃないですか?」

「あはは、バレた?」


 キラキラと目を輝かせながらミトが嬉しそうな表情を浮かべる。

 その表情に口に出す気力も無くなってしまった悠吾は肩を落としつつ、ミーティングが行われる解放同盟軍の本拠地であるレンガ倉庫へと足を進めた。


***


 このプロヴィンスを支配していた身を斬りつけるような寒冷期は終息に向かっていた。

 ブロッサムの街にも春の足音が聞こえ始め、探索フェーズも折り返し地点を過ぎ終わりが見え始めていたが──解放同盟軍を取り巻く状況は悪化の方向へと向かっていた。


 解放同盟軍の本拠地であるレンガ組みの倉庫の一室、いつもの会議テーブルを囲む一同の表情は相変わらず硬く、そしていつもの同じ重苦しい沈黙が彼らを覆っていた。


「……マズいなこれは」


 冷静な口調で口火を切ったのは、探索チームの代表のひとりとして会に参加しているトラジオだ。探索チームからはトラジオ、風太、そしてノイエ、工廠チームからはミトと悠吾がこの会に参加している。

 トラジオのその言葉を皮切りに、小さく溜息で返事を返す一同。

 彼らが落胆している理由は、各所から提出されている分隊長への報告をまとめた資料にあった。


「交戦フェーズまでに必要な量のアイテムを確保できない可能性が出てきています。さらに、ジャガーノート10体の動力源となるダークマターの確保にも遅延が見られています」

「……今はあたしたち工廠チームに最優先に回してもらってます」


 報告書に目を通しながらこの会で「分隊長」の役割を担っているノイエへと説明する風太に、工廠の全てを把握しているミトが言葉を添える。

 報告書に記載されていたのは、すでに浮き彫りになりつつあった探索チームの懸念だった。

 その資料によるとイースターエッグ調査に人員を割く前に、すでに探索チームの探索スピードに遅れが見え、ユニオンとの交戦準備が整わない可能性が出てきているとあった。

 

「組織化されたとはいえ、休みなく行っている探索でプレイヤー達が疲弊してきています。この状況で犠牲者が出なかった事だけが唯一の救いですが、やはり探索か調査のどちらかに注力すべきでないでしょうか」


 イースターエッグの調査に人員を割けば更に探索ペースは落ち、結局どちらつかずで時間だけ浪費する結果が待っているかもしれません。それだけは避けなければ──

 風太が苦言を呈しながらそう締めくくる


「二兎を追うものは、というからな。探索チームには今は犠牲者が出ていないが、何時出てもおかしくない。俺達が上げた報告書は見ているか、ノイエ?」


 風太に援護を送るようにそう続けたトラジオにノイエは小さく頷いた。

 トラジオや他の探索チームリーダーから分隊長に上げている報告書には「探索ペースの低下原因の理由」として「疲労」の他に重要な事が記載されていた。

 それは探索チームから上がってきている「不安」とマスターキーの件で解放同盟軍内に広がった「不信感」だった。

 

「メンバーに対する信頼の回復と、人員不足に装備品整備の遅れ。それに回復職の不足による探索時間の長期化は最優先に手を打たなければならないと思っています」


 だが、直ぐに解決できる方法は無い──

 それはノイエはもちろん、この会に参加している全員が判っている事だった。


 ユニオンがマスターキーを手に入れたと声明を出してから、問題が次々と溢れだしてきている。その問題は交戦フェーズが近づくにつれ、より深刻化していくだろう。

 必要なのは問題を解決する策だ。

 そう心の中で自答するトラジオだったが、その解決案は何も浮かばなかった。

 小さく唸る声だけが部屋に広がり、痛い静寂が辺りを支配する。


「……ところでルシアナは?」

 

 見えない解決方法に、場に重くのしかかった空気を払いのけるようにひとつ咳払いをしてミトが続けた。

 その事はこの会に参加した誰もが気になっていた事だった。

 いつもならこの会に必ず参加しているルシアナの姿がどこにも無い──

 この会議において、分隊長としての役割はノイエが担っている為に、ルシアナの参加は絶対に必要というわけではなかったが、「GMゲームマスターとして状況を把握しておきたい」と、これまでルシアナが不在の会は一度も無かった。


 何故ルシアナが居ないのか。

 その事を一番判っているであろう男、ノイエに一同の視線は集中する。


「実はルシアナには……この問題を解決するために別行動してもらっています」

「問題って……人員を確保するため?」

「ええ。アセンブリの各メンバーの口添えでヴェルドと東方諸侯連合に協力の打診を」

「……あっ」


 ノイエの説明にふと悠吾の脳裏にアセンブリを立ち上げたあの会議で話された言葉が呼び起こされた。

 そういえばアセンブリの会議で、ヴェルドのバルバスさんや東方諸侯連合の黒部さんがGMゲームマスターに解放同盟軍への協力を促すと言ってた。


「何時の間に?」

「イースターエッグの調査に工廠チームが同行することが決まってすぐに」


 全く知らなかったと驚きを隠せないミトに、ノイエが静かに答える。

 イースターエッグの調査へ人材を割くと決定した日から、ヴェルド共和国と東方諸侯連合のGMゲームマスターとの会談を行うために、最低限の護衛を従えてルシアナは極秘裏に活動を開始していた。


 ラウルの裏切りによって捕縛されてしまったトットラの一件で、特にこの時期ルシアナを国外に向かわせるべきではないと考えたノイエだったが、半ば強行的にルシアナは隣国のヴェルドへと向かった。

 その理由はひとつ。すでに時間は経っているものの、未だにヴェルド共和国や東方諸侯連合からの返答が無い為だ。 


 ジャガーノートの量産体勢が整い、そして現実世界に戻るための鍵になるマスターキーを手に入れた事で解放同盟軍単独でも十分対抗できると考えていたルシアナだったが、状況が変わりこの2国の協力が必要になると考え直していた。


「ヴェルドと東方諸侯連合が協力する可能性があるのか?」

「アセンブリへの参加を打診した会議で各国の情報屋の方々が所属する国家のGMゲームマスターに口添えをしてくれているはずです。可能性としてはかなり高いと思います」


 トラジオにそう返す悠吾。

 だが、その言葉に納得しながらも、トラジオは眉を潜ませる。


「成る程な。しかし、探索フェーズ終盤に……危険ではないのか?」

 

 トラジオの懸念も最もだった。

 探索フェーズの終盤は、ボーナスが消える前に探索をやり切るべく、特に戦闘職プレイヤー達の動きが活発化する次期だ。各狩場シークポイントには各国のプレイヤー達が溢れ、各プロヴィンスに点在する街にも探索を終えたプレイヤー達で賑わうのが常だった。


「ルシアナが国外に出ている事は僕しか知らない情報です。それに詳細のタイムスケジュールはルシアナ以外だれも知りませんし──護衛はロディにお願いしています」

「ロディか」


 元オーディンメンバーであり、ルシアナともよく知る仲であるロディ。

 彼女ならば安心か、とトラジオも溜飲を下げる。

 しかし、その言葉を聞いて、今度は悠吾の脳裏にふと嫌な予感が過ってしまった。


「ノイエさん、護衛メンバーにロディさんが居るってことは……その……レオンさんも?」

「ああ、彼にも同行をお願いしているが……何か問題が?」

「……いえ、特に問題というわけじゃないんですが」


 質問の意図が判らず、小さく首をかしげてしまったノイエに悠吾は肩をすくめ返す。

 問題、というレベルのものじゃないけど、いい加減なレオンさんが何かチョンボをしてしまうかもしれない。腕利きのロディさんの足すら引っ張ってしまうくらいの──

  

「まぁ、悠吾さんの言いたいこと分かるけど、大丈夫っしょ。逆にロディさんとお近づきになるチャンスだから張り切ってるかも」

「悠吾の懸念の理由がわからなかったが……そういうことか。だが、ミトが言うとおり、逆に実力以上の力を発揮するかもしれんぞ」


 奴の性格を180度変えてしまった女だからな。

 そう続けるトラジオに「でしょ?」と笑顔をのぞかせるミト。

 確かに、狼のように欲望のまま動いていたレオンさんはロディさんの前では飼い猫のように大人しくなっていた。多分ロディさんの前ならいい格好を見せようとあの多脚戦車パウークすら単独ソロで退ける事ができるかもしれない。


「兎に角、人員の件はルシアナの報告を待ちましょう。イースターエッグ調査への増員はルシアナの返答があり次第決定します」

「了解です」


 状況は良くないけど、最悪でもない。

 ノイエの報告にそう感じた悠吾。

 そしてミトの返事を合図に、ノイエは会議の終了を告げた。

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