第114話 ルシアナの苦悩 その2
悠吾の耳に彼の名を呼ぶ小さな声が届いたのは、探索チームの手伝いが一段落して一息ついた時だった。
小走りで行き交っているハンヴィーへ中継機や装備、兵器に回復アイテムを積み込んでいるプレイヤー達の向こう、沈んだ表情で見つめるルシアナの姿が悠吾の目に映った。
「……ルシアナさん?」
「悠吾くん、ちょっといいですか?」
「は、はい。なんでしょうか」
ルシアナの空気に不穏なものを感じた悠吾は慌てて彼女の元へと駆け寄った。
こんな顔をしているルシアナさんは初めて見る。推測するに、良い話じゃ無さそうだ。
「御免なさい、準備で忙しい所なのに」
「いえ、大丈夫ですよ。ほぼ終わりましたからね。探索チームは腹が膨れたら直ぐに出発できますよ」
腹が減ってはなんとやらと言いますからね。
探索チームのプレイヤーで混雑している食事処を想像して悠吾は小さく肩をすくめた。
探索チームと工廠チームの動きはシステマチックに管理され、現実世界の軍隊のような分刻みのスケジュールで行動していた。
探索から戻ってきたチームは荷降ろしをした後、装備品のチェックと弾薬・アイテムの補充、そして次の担当狩場の場所を管理者である分隊長から通達され、食事処でステータスアップの食事を取った後出発する。
出発前の食事は楽しみの1つであり、探索を成功させるためには重要な要素だった。
「……それで、僕に何か?」
「悠吾くんにアセンブリとの会合に参加してほしいと思いまして」
「アセンブリとの会合? 彼らと何を話し合うんです??」
突然放たれた話に、内容が全く掴めない悠吾は首をかしげる。
情報提供や、物資・人材提供の為にアセンブリとは定期的に会合を行っているけど、たしか次の会合はもう少し先のはず。
「例のユニオンがマスターキーを手に入れたという件なんですが」
「マスターキー……あ……」
小さく切り出したルシアナの言葉に、悠吾は彼女が今日そのマスターキーの件でラウルのGMであるバームと会合をする予定だったことを思い出した。
「ひょっとしてバームさんが何か?」
「私達がマスターキーの件を隠していた事でラウルプレイヤー達の中にも不信感が広がっている、と」
「……成る程」
その言葉に眉根を寄せる悠吾だったが、それは彼にも予想できている事だった。
ジャガーノートのプロジェクトが漏洩してしまったように、特定のプレイヤーにだけ来たユニオンの声明はすぐに噂となって広がるとは思っていた。そして、無駄な混乱を避ける為に隠していた小梅さんの件が裏目に出て、状況が悪い方向へ行くんじゃないかとも。だけど──
「でも、僕はあの時のルシアナさん達の判断は間違って無かったとおもいます。マスターキーの件を公表してしまっていたら、今以上に混乱が生まれて、交戦フェーズへの準備に影響がでていたと思いますし、それにユニオンが何かしら策を打っていたかも知れません」
「……悠吾くん……」
思わず言葉を詰まらせてしまうルシアナに悠吾は大丈夫です、と小さく頷いてみせる。
ルシアナさんのような上に立つ人の苦悩は痛いほど判る。ルシアナさんが取った情報統制はなにもルシアナさんの独断で決めた事じゃない。マスターキーの事を知る人達の総意で決めた事だ。
だから今僕にできることは、ルシアナさんをサポートすること。
心の中でそう自答する悠吾だったが、ふと偉そうな事を口にしてしまったことに気がつき、思わずどきりと心臓が跳ねてしまった。
「ご、御免なさい。僕がこんなこと言うの変ですよね」
どちらかと言うと、フォローされる方ですもんね、僕。
鼻の頭を掻きながら照れくさそうに言う悠吾だったが、ルシアナは首がとれてしまうと思うほど激しく首を振り、否定した。
「そんなことありません。悠吾くんは……心の支えですから」
「え、僕がですか? いや、そのー……あー……うー……」
心の支えとかやめて下さい。
まるで爆発したかのように顔を赤く染め上げながら、気まずそうに俯いてしまう悠吾。そんな彼に少し表情が和らいだルシアナが続ける。
「それで……バームさんとの会議で、探索チームからイースターエッグを捜索するチームを選出することにしたんです」
「……え? イースターエッグ捜索チーム、ですか」
そう言ってちらりと視線だけをルシアナに送る悠吾。
「はい。それでその探索チーム選出にアセンブリの協力を仰ごうと」
「ああ、成る程。その会議というわけですね」
悠吾の言葉にルシアナは小さく頷く。
イースターエッグの調査は正式にアセンブリに参加している情報屋達に依頼しているわけじゃないけど、在処につながる情報であればどんな小さなものでも買い取るという話をしている。
でも、これまでその情報が来てない事から察するに、進展はないんだと思う。片手間で調査しているから仕方が無いけど、今度は彼らに正式に依頼して本腰を入れてもらうというわけか。
「でも……イースターエッグの情報となれば、彼らはかなりの報酬を要求するかもしれませんね」
ノスタルジアに協力しているとはいえ、あくまで彼らとは対等な立場だ。依頼を出せば当然費用が発生する。
「現在提供している人材と物資の対価として提供して頂いている情報をイースターエッグのに関する情報のみの提供にしてもらおうと考えています。合わせて、追加で解放同盟軍からプレイヤーを幾人か派遣して、彼らに情報屋達の協力を」
「……その対価分だけで良いから、というわけですね」
「ええ。交戦フェーズの準備の為に多くの人材をそちらに裂くわけには行きませんから。あまり情報は得られないかもしれませんが、それでも今よりはいくらか進展が有ると思います」
「そうですね……」
ルシアナの言葉に静かに答えつつも、悠吾は訝しげな空気を漂わせる。
悠吾の中にはネガティブな予感とポジティブな予感が同時に過っていた。
情報屋の方々にはラウルプロヴィンス以外で相違点が見られる場所を中心に情報収集を行ってほしいと伝えている。だけど、イースターエッグにつながるヒントのかけらすら見つかっていない。気休め程度の増員で本当に状況は一変するのだろうか。
でも、結果を変化させるには行動を変えないと不可能だとも思う。
……ルシアナさんが言うとおり、いくらか進展が有ることを祈って行動するしかない、か。
「やってみないとわかりませんね。それで、アセンブリとの会合はいつ?」
「すでに彼らにアポイントは出しています。間もなくブロッサムに到着する予定です」
「え、もうですか? ……早いですね」
思わず目を丸くする悠吾。
だけど、ルシアナさんはそれほど危機感を持っていると言うことだ。タイムリミットがある僕達に躊躇している時間はない。
「……分かりました。同席します」
「ありがとう、助かります」
悠吾の言葉に小さく笑みを浮かべたルシアナ。
だがその笑顔は硬く、表情は明らかに曇っている。
「……まだ何か有るんです?」
不安げなルシアナにそう問いかける悠吾。
だが、ルシアナは直ぐに言葉を返さなかった。
腫れ物を触るように優しく問いかける悠吾の声が次第に待機所に戻ってき始めたプレイヤー達の声に紛れ、静かに消えていく。
「……いえ、大丈夫です。行きましょう」
もう一度にこりと笑みを浮かべるルシアナ。
その表情からは先ほどの不安げな色は消え、いつもの毅然とした表情へと戻っている。
しかし、そんな彼女の笑顔にも悠吾は不安を拭い切る事はできなかった。




