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第12話 初めての探索 その2

 耳の奥で鳴り響いているのはあの爆発の余韻が鳴らす鐘の音。そして感覚が麻痺したような痺れに支配された身体。

 今自分が立っているのかも座っているのかも、さらには目を開けているのか閉じているのかさえ判らなく成る程真っ暗な場所に悠吾は居た。

 身体がジンジンと麻痺したような感覚。この感覚には覚えがある。

 確かトラジオさんと会った林道で地人じびとにライフルの弾丸を受けた時。

 ──つまり、今僕は瀕死の状態ってことか。


「痛っ……」


 四肢から伝わるジンジンとしびれる身体の芯を呼び覚ますような激痛に思わず悠吾は苦悶の表情を浮かべた。

 あの時、銃で撃たれた時は痛みは一瞬で、その後は自分が瀕死になっていることすらわすれてしまうくらいに普通だった。

 だけど今は動く事すらままならないほどの痛みがある。


『貴方は致命傷を負っています。体力が少なくなったら離脱して体力を回復しましょう』

「……ッ!」


 突如、ぼんやりと闇の中に円形に光るオレンジ色のそれが冷ややかな警告を発した。

 一体何がおきたんだったっけ。

 悠吾は冷静に先ほど起きた事を思い起こした。

 確か廃坑の奥からRPG-7が飛んできて、天井と壁、そして床が崩れ落ちた所までは覚えている。トラジオさんの顔が視界の端に映って、それから──


 そうだ。僕は下の階に落ちたんだ。


『……ステータスを』

『ステータスを表示します』


 悠吾の声にトレースギアがそう返答し、トレースギア上に悠吾のステータスを表示させた。

 そこに表示されていたのは、赤く点滅する体力の残り数値。

 やっぱり致命傷を負っていた。危なく即死してしまうくらいのダメージを受けていた。

 恐ろしい。本当に危なかった。

 ゲームの世界で廃坑の崩落に巻き込まれて死にそうになるなんて勘弁して下さい。


「……まだかかる、かな」


 トレースギアのステータスを見る限り、少しづつ体力は回復しているが、全快するまでもう少しかかってしまうだろう。

 このままここでじっとしていても良いけど、今出来ることをやったほうがいいかもしれない。

 

『……トラジオさん、聞こえますか?』


 そう考えた悠吾はとりあえずトラジオに連絡を取るため、小隊会話パーティチャットでトラジオに語りかけた。

 だが、返答は無い。

 確かトラジオさんは小隊パーティを組めば遠くの小隊パーティメンバーと会話が出来ると言っていた。フロアが違うとしても、多分会話が出来るはずだけど。

 と、ふと何かに気がついた悠吾は、何かを確認するように、トレースギアのメニューを開き「小隊パーティ」メニューから「一覧」を開いた。


「やっぱり……」


 そこに表示されていたトラジオの現在位置という項目を見て悠吾は固まった。

 NotApplicable。

 トラジオの現在位置は判らないとトレースギアはエラーを吐いていた。


 小隊パーティ以外のプレイヤーの情報を取得するためには一定距離まで近づく必要があるとトラジオさんは言っていた。そして、小隊パーティメンバーは離れていても情報は表示される、とも。

 だけど、今小隊パーティメンバーのトラジオさんの情報は見れない。


 推測するに、これはPC版の戦場のフロンティアと異なる部分が有るという事だろう。きっと一定距離以上離れてしまった場合、小隊会話パーティチャットはできなくなってしまうんだ。


「小梅さんの現在地は……S85D773-B4F……」

 

 トラジオの名前の下に表示されていた小梅の現在位置に続けて悠吾は視線を落とした。

 S85D773って……確かこの狩場シークポイントの番号だったはず。うろ覚えだけど。S85D773のB4F。小梅さんも僕と同じく崩壊に巻き込まれて、今僕と同じこのフロアに居るんだ。

 MAPを開き、現在位置が「地下4階」になっていることを確認して、悠吾はそう思った。

 

『……小梅さん……大丈夫ですか?』


 かすれるような声で悠吾が小隊会話パーティチャットで小梅の名を呼んだ。

 近くにユニオンプレイヤーや地人じびとが居るかもしれない。なるべく音を立てず、声を立てず小梅さんの安否を確認する必要がある。


 そう思い、悠吾がもう一度MAPに視線を落とした。

 MAPに光っているブルーの点。これもトラジオさんが言っていた「小隊パーティメンバーの現在位置」というやつだ。MAPを見る限り、すぐ近くに小梅さんは居るはず。

 MAPをぐいと拡大させ、光るブルーの点の詳細位置を確認しながら悠吾は辺りを探り始めた。

 

 運が良かったのはトレースギアが発光していることだった。頼りない光ではあるものの、トレースギアの光は多少辺りをオレンジ色に照らしてくれている。


 弱々しいトレースギアの光とまだ痺れが残る右手で隈なく辺りを調べていく。そうして周囲を探る悠吾の指に、硬い岩の中にあった何かが触れたのはすぐだった。


『……小梅さん……ッ!?』

「う……」


 悠吾の小隊会話パーティチャットに反応するように闇の中から小梅の呻き声が漏れた。うっすらとツインテールの女の子の姿が悠吾の目に映る。

 小梅さんだ。無事みたいだけど、僕と同じく致命傷を負っている可能性が高い。

 そう判断した悠吾は、負傷箇所を確かめようと小梅の身体に手を伸ばした。

 と──


「う……ひっ!!」

「わっ!」


 悠吾の手が小梅の身体に触れた瞬間、小梅が悠吾の手を振りほどこうと急に暴れだした。

 錯乱状態にある。悠吾は瞬間的にそう直感した。

 痺れた身体と恐怖を呼び寄せる漆黒の闇。それが一時的に小梅を錯乱させてしまっていた。


『こ、小梅さん、静かに……落ち着いて下さい!』

「な、何、誰!? 何なのよッ!?」


 不味いな。

 暴れる小梅の姿をうっすらと視界の端に捉え、必死に押さえつけながら、悠吾はそう思った。

 さっきの崩落でこの地下4階にもかなりの衝撃と爆発音が聞こえたはず。このフロアで探索をしているユニオンの小隊パーティが様子を見に来てもおかしくない。

 今一番優先すべきは、一刻も早くこの場所を離れること。

 だけど……


『小梅さん、落ち着いて下さい。僕です。悠吾です』

「ゆ、悠吾! どこ!? 何処なのよッ!?」


 悠吾の声に少し落ち着きを取り戻した小梅が、辺りを手探りしながら小さく叫んだ。


『すぐ近くにいます。『暗視』スキルを使って下さい』

「あ……」

『もう大丈夫です。ユニオンのプレイヤーに聞かれるかもしれないので、小隊会話パーティチャットで話しましょう』


 暗視スキルを使い、悠吾の姿が見えた小梅が、慌てるようにこくこくと頷いた。

 ……さすがにこの状況では素直ですね。ずっとそうであって欲しい。ほんとに。


『悠吾、一体何が起きたの……?』

『僕達は地人じびとの攻撃の巻き添えを受けて、先ほど居た地下3階から4階に落ちてしまったみたいです』

『落ちたって……痛ッ!』


 身体を起こそうとした小梅が苦悶の表情を浮かべた。

 やはり僕と同じように致命傷を負っていた。となればもうしばらく動くことはできないな。


『だ、大丈夫ですか?』

『……トレースギアが無いから判らないけど、多分相当ダメージをもらってるわ』


 RPG-7の爆発と、落下によるダメージを受けたんだ。小梅さんは僕よりも高いレベルで、体力も多かったとしても同じように致命傷を受けていてもおかしくない。

 そう思った悠吾の脳裏に、トラジオから貰ったアイテムの名前が浮かんだ。


『小梅さん、これを』


 悠吾がトレースギアのアイテムリストから1つのアイテムを選択肢し、「使う」ボタンをタップした。

 悠吾の目の前に、キラキラと光る四角い塊が集まり、次第にそのアイテムの形を形成していく。


『……? これって……キュアレーション?』


 トラジオから貰った素人クラスの回復アイテム。

 きっと微々たるものかもしれないけど、今の小梅さんには効果が十分あるはず。


『はい……えーと、これってどうやって使うんですかね?』


 キュアレーションをアイテムボックスから出したものの、片手に悠吾が右往左往する。

 重要な所をトラジオさんに聞き忘れていた。

 形からすると栄養ドリンクのようなので、多分蓋を開けて飲むんだと思うけど、もし塗り薬だったら回復するどころか、ダメージを受けちゃうかもしれない。


『見たらわかるでしょ。飲むのよ』


 悠吾からキュアレーションを受け取った小梅がパキンと蓋を開け一気にそれを飲み干した。一瞬小梅の身体が緑色にぼんやりと発光し、体力が少し回復した。……気がする。


『……あんがと』

『……!』


 気まずそうにぽつりと呟く小梅の素直な反応に、悠吾は心臓が飛び出したのかと思うほど驚いてしまった。

 一体どういう風の吹き回しか。彼女が素直にお礼を言うなんて。

 ……かわいいじゃないか。


『い、いえ。気にしないでください』


 一瞬考えた後、当り障りのない返事を選び、悠吾がそう返した。

 変な返事を返しちゃったら、また生意気といって殴られてちゃうかもしれない。

 せっかく女の子らしくなっているから、なるべく刺激しないように……


『……いい気にならないでよ』

『は、はい』


 素直になったかと思ったのは、やっぱり気のせいでした。

 いつのまにかツンとした空気を纏っている小梅に悠吾は引きつった笑いを浮かべてしまう。

 ──と、その時だった。


 廃坑の奥、静まり返った闇の中から、近づいてくる足音が悠吾の耳に届く。

 数は4つ。

 ゆっくりと、辺りを警戒するように近づいてくるプレイヤー達の足音だ。


『小梅さん、そのまま伏せていて下さい』


 小梅の身体に手を添え、動かないでと悠吾が囁く。

 やはりあの騒ぎを聞きつけたユニオンのプレイヤーだろうか。

 だけど、こっちは闇の中だ。息を殺して瓦礫の影に身を隠せば早々見つかりはしないと思う。絶対とは言い切れないけど。

 次第に大きくなってくる足音とともに、絞め殺されてしまうような恐怖が悠吾の胸をノックした。


「……ここらへんか?」


 その声と同時にライトの明かりが天井を照らした。

 あれは、耐衝撃性 耐腐食性に優れた小型のSUREFIRE制ライトだ。

 思わず悠吾の背中に冷たいものが走った。ライトで照らされれば一発でバレてしまうかもしれない。

 動かないで、と悠吾がもう一度小梅の耳元で囁くと、小梅も状況が理解できたのか、プレイヤー達を見つめたまま小さく頷いた。


「崩れてンな」

「3階にいた地人じびとか」

「やっぱ、おかしいぜ。あんなやつら3階で見たことねーもん」


 彼らが話している内容、あの3階でPRG-7を放った地人じびとの事だろう。あれは3階に居るはずのない「魔術師ワーロック」が放ったものだ。

 小梅さんが「情報屋」から買ったという情報では、魔術師ワーロックは5階以降に現れると言っていた。なのに、魔術師ワーロックは入り口に比較的近い3階で現れていた。

 

「やっぱ俺らが知る『戦場のフロンティア』とは少し違うみてーだな」

「警戒を怠ンなよ」

「うるせぇ」


 やはり、ユニオンのプレイヤー達も僕と同じ印象を持っていた。確かにおかしい。経験値がもらえるはずの野生動物モブから経験値がもらえず、遠くはなれていても話せるはずの小隊会話パーティチャットが機能せず、現れるはずのない場所に強力な地人じびとが現れている。

 これまでのPC版の常識や情報が通用しない世界になっている。

 ユニオンプレイヤーの会話を聞いて悠吾はそう確信した。


「行こうぜ。レイドボスがこのフロアに湧いてるって話だ」

「それも変な話だよな。ま、高レベルのプレイヤーと中隊アライアンス組んでっから余裕だとおもうけどな」


 レイドボス? 一体何のことを言っているんだろう。

 じっとプレイヤー達の動向を目で追いながら悠吾は疑問に思った。

 MMOゲームで聞いたことがある単語だ。たしか多人数で戦うボス……だったはず。


 ……ええと、あ、あまり考えないでおこう。この状況でそんなボスキャラと会いたく無いし、会う必要もない。

 

 嫌な予感を必死に頭の中から追い出す悠吾をよそに、ユニオンプレイヤーはひと通り辺りを見渡した後、また同じ闇の中に溶け込む様に消えて行った。

 チラチラと見えていたライトの光が全く見えなくなるのを待ち、悠吾は肺に貯めた二酸化炭素を一気に吐き出す。


「ぶはっ」

「た、助かった……」


 思わず小梅もそう漏らした。

 生きた心地がしなかった。トレースギアで確認した所、あのプレイヤーはレベル25の小隊パーティだった。

 トラジオさんが居ない今、もし戦闘にでもなってしまえばひとたまりもない。


『相手に盗賊シーフが居なくて良かったわ』

『……盗賊シーフが居るとまずいんですか?』

盗賊シーフのスキルに『リーコン』っていうのがあるの。周囲数メートルの敵対プレイヤーの位置を探る事ができるスキルよ』


 なんというスキルだ。

 小梅の説明に悠吾は背筋がぞっとした。 

 盗賊シーフが居たらライトで照らされるどころの話じゃない。


『とりあえず、行こう。クマジオと合流しなきゃ』

『そうですね。ここにいても危険なだけですね』


 すっかり体力が回復したのか、そう言って小梅は瓦礫の間から身を出し、すぐ傍らに落ちていたクリスヴェクターを手にとった。


 きっとトラジオさんも僕達を探しているに違いない。一刻も早く合流しないと。

 そう考えた悠吾もまた、Magpul PDRを拾い上げ、弾倉を確認すると小梅の後を追い闇の中に身を滑り込ませた。

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