表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/159

第113話 ルシアナの苦悩 その1

「何故我々に隠していた」


 探索チームの準備で慌ただしい空気が流れこんでくる解放同盟軍の本拠地の一角、会話が外部に漏れないように締め切られた小さな部屋の中でルシアナはひとりのプレイヤーに厳しい言葉で追求されていた。

 パイプ椅子に足を組んだまま腰掛け、長い黒髪を掻き上げるその男は、ラウル市公国のGMゲームマスターバームだ。

 相変わらず鼻につく空気を放っているバームに一瞬顰め面をのぞかせるルシアナだったが、直ぐにその表情を潜ませた。

 今回は状況が違う。正義は目の前に居るバームにあるからだ。


「申し訳ありませんバームさん。ですが、私達は隠していたわけではありません。情報が漏洩する危険性を感じ、ジャガーノートと同じく情報統制していただけです」

「……情報統制、ね。まさか『全能の鍵マスターキー』を手に入れた事を隠し、ノスタルジアだけ現実世界に戻ろうと画策していたわけではないだろうな」

「……ッ! そんな事を考えるはずは無いでしょう!!」


 疑惑の目でルシアナを見つめるバームの言葉に、思わず声を荒らげてしまうルシアナ。

 激昂したその声が外に漏れてしまったのか、一瞬探索準備を進めるプレイヤー達の声が薄まった。


「ジャガーノートもそうだ。我々はこうやって君達を最大限サポートしているにもかかわらず事後報告だった。それにそのレシピも渡せないときている」

「……何度も申し上げていますが、ユニオンへの情報漏洩を避ける為です。この世界で情報はどんな兵器にも勝る武器だと貴方も判って居るはずでしょう?」


 ルシアナの言葉にバームはフン、と得心が行かない表情のまま鼻息あらく椅子の背もたれに身体を預ける。

 遡ること数時間前、ユニオン連邦のGMゲームマスタークラウストが直接発信したメッセージは、ルシアナとバーム、そして情報屋に所属するプレイヤーに一斉に発信された。


『我々ユニオン連邦は、解放同盟軍が極秘裏に入手した全能の鍵マスターキーと同じ物を手に入れた』


 鍵を手に入れた、という情報と合わせて、解放同盟軍についても言及していたそのメッセージは瞬く間に解放同盟軍とラウル国内に広がり、彼らに衝撃を与えた。

 ユニオンが現実世界に戻るきっかけを掴んだということと、その鍵を解放同盟軍が手に入れていたという知らされていない事実に。


 現実世界に戻る鍵になるイースターエッグとマスターキーの存在は余計なリスクを避ける為に、解放同盟軍の中でもルシアナやノイエなど、小梅と関係がある一部のプレイヤーのみが知る機密事項だった。

 滅亡した国家だとはいえ、100名近いプレイヤーが居る解放同盟軍内にその情報を流せばリスクが増えてしまうという懸念と、プレイヤー達の戦意を低下させないためだ。

 だがルシアナが取ったその情報統制は裏目に出てしまった。


「……先ほど言った言葉は私だけの言葉ではない。ラウルプレイヤー達の中に反感を抱いている者が増えてきている。ブロッサムから君たちを追い出せという意見が出るほどに、だ」

「……」


 静かに語るバームにルシアナは言葉を返せなかった。

 隠していたと言われても仕方がないマスターキーの存在は、竜の巣ドラゴンス・ネスト以降、以前より硬い協力体制を作り上げていたラウル、特にGMゲームマスターバームとの信頼関係を傷つけ、さらに解放同盟軍内にも少なからず不信感を産んでしまっている。

 その事はルシアナ自身が肌で感じている事実だった。


「……ここに来てこんな状況になるとはな」

「全て私の判断ミスです。完全に後手に回る事になってしまいました」


 クラウストはこれを狙ってあのメッセージを発信したに違いない。こちらの状況を鑑みた上での手痛い一手。そして彼の思惑通り、状況は悪くなる一方だ。

 ルシアナは深くうなだれてしまった。


 状況が悪いのはラウルや解放同盟軍の中に疑惑が広がった事だけではなかった。

 最も危惧すべきは、ユニオンがマスターキーを手に入れたという事にある。

 ユニオンがマスターキーを手に入れたと言う事は、解放同盟軍が掴んでいたイニシアチブが完全に水の泡に帰し、彼らが同じ立場に立ってしまったという事を意味する。そして、解放同盟軍の比にならない程の圧倒的な物量でイースターエッグの在処を探し当てられるのも時間の問題だ。


「それで、どうするつもりかね?」


 この状況をどう覆すつもりだ。

 足を組んだまま忙しなく地面を叩くバームの足音が小さな部屋の中に響き渡る。


「結論は出ていません。ですが、取るべき道はそう多くありません。交戦フェーズの準備を中止し、全プレイヤーによってイースターエッグの捜索を行うか、イースターエッグを無視し今まで通りに探索を行うか」

「そのどちらも無理だね」


 ルシアナが語り終わる前にバームが高圧的に遮る。

 バームのそれはトゲがある言葉だったが、言っていることは間違ってはいなかった。

 イースターエッグの在処にいくらか推測がつき、さらにそのイースターエッグにより現実世界に戻れるという確固たるものがあるのであれば、交戦フェーズの準備を中止するメリットはある。しかし、推測も確証も無い以上、交戦フェーズの準備を止めてしまうことは自殺行為に近い。

 そして、現在アセンブリに各狩場シークポイントの調査のついでにイースターエッグについての情報収集を依頼してはいるものの、本腰を入れて調査を行っているわけではない為、ユニオンに出し抜かれてしまう可能性は高い。


「……では、チームを2つに分けるしかありませんね」

狩場シークポイントを探索するチームと、イースターエッグを捜索するチームに?」

「ええ」


 頷きながらそう答えるルシアナだったが、表情はすぐれない。

 この3つ目の策にも十分リスクはあるからだ。


 ルシアナや解放同盟軍の上層部は、ユニオンとの戦いに必要とされるアイテムや武器、兵器の収集や生産は半月を切った交戦フェーズの開始までになんとか間に合いそうだという見解だった。

 組織的な探索が功を奏している事と、探索フェーズのボーナスが加算されている事がその理由だが、探索チームを半分に分割し、イースターエッグの捜索に充てるということは、探索や生産スピードを落とす事につながる。 

 交戦フェーズ開始までイースターエッグの捜索に半数のプレイヤーを持って行かれた場合、ほぼ確実に間に合わない。

 ルシアナ本人はもちろん、眉根を狭めるバームにもそれはわかりきった未来だった。


「足りない物資はどうする?」

「……アセンブリに援助を求めます」


 最後の頼みの綱です。

 渋い表情でルシアナが小さく漏らす。


「物資を? 彼らに?」

「逆です。イースターエッグの調査に本腰を入れてもらうよう彼らに依頼を出します」

「彼らは君達ノスタルジアと協力関係を結んではいるが、二つ返事で協力してもらえるのか?」


 悠吾くんが提唱したアセンブリはボランティアでもなければ、非営利の慈善団体でもない。旨味がある利益の元に集まった情報屋の集合体だ。金を積めば親の敵にすら情報を売る彼らが損得なしに協力するとは到底思えない。

 

「彼らには物資と人材を提供しています。定期的な情報提供と引き換えにです。彼らに同行しているノスタルジアプレイヤーを多少増員し、同時に提供してもらう情報をイースターエッグ関連に絞ってもらいます」

「成る程。上手くいけば、プレイヤーの半数を裂くこと無く情報収集が行えるというわけか。しかし──」


 バームはとある事を危惧していた。


 前回の交戦フェーズ終了以降、情報屋達への依頼が急増している。

 ラウルへの侵攻を止めるカードの一枚として解放同盟軍が切った「ユニオンへの情報提供の遮断」は交戦フェーズの終了とともに解除されている。しかし、解除と同時になだれ込んでくると想定されていたユニオン連邦からの依頼はパタリと途絶えていた。そして増えてきたのは、ユニオン連邦のプレイヤー達からの個人的な依頼だった。

 ユニオンからの組織的な依頼を出せば、ユニオンがどのような戦略を組み、どう動いてくるかが解放同盟軍に筒抜けになってしまう。それを恐れたクラウストの戦略なのかもしれない。 

 その真意は未だ不明のままだったが、現実としてそれがクラウストの息がかかった依頼なのか、個人的な依頼なのか判別がつかない依頼が山のように情報屋に流れ込み、そして彼らはその依頼を遂行している。


 人材を提供しているとはいえ、人材不足にあえいでいる彼らに首を縦にふる余裕があるのか。

 そう問いかけるバームにルシアナは無言の返事を返すしか無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ