第112話 地獄の始まり
お待たせしました、第七章スタートです!
本日はこの第112話と19時に第113話をアップします!
そこには死が満ち溢れ、まさに地獄と形容できる光景だった。
立ち並んでいた家々は瓦礫の固まりと化し、未だ燃え続ける炎が夜の闇に包まれた街を赤く照らし、びゅうと吹き抜ける風が燃え続ける炎の熱と──ツンと鼻に刺す硝煙の匂いを運ぶ。
つい数時間までは地人や解放同盟軍のプレイヤー達で賑わっていたここブロッサムの街は破壊と死、そして絶望と混沌が満ちた死の街と化していた。
『ジャガーノートオフラインまで60秒』
光の塵に変わることが無い、銃を構えたまま倒れる解放同盟軍のプレイヤー達の死体をまたぎ、ひとりのプレイヤーが重い足取りで歩いていた。
トレースギアから放たれた冷めたその声に耳を傾ける様子もなく、彼はただおぼつかない足取りで一歩、また一歩と足を進める。
彼がその身体に纏っているのは、漆黒のフェライトに覆われたアーティファクト兵器、ジャガーノートだった。
電磁装甲に覆われ、高い防御力を有しているジャガーノート。
だが、彼が着ているジャガーノートは身体の半分程の装甲が残っているだけで、完全に装甲が剥がれた右腕は力なくぶらりと垂れ下がり、破壊された頭部からは頭髪と絶望に満ちた瞳が見えている。
熱い──
満身創痍の彼はふとそう感じた。
だがそれが燃え続ける炎の影響か、それとも受けたダメージの影響で自分の身体が発熱しているのかは判らない。
ただ、彼自身にもわかっていることがあった。
心の奥底から溢れ出してくるのは、後悔。
もう進むなと自分の足に止まるよう命じていた彼だったが、引き裂かれた彼の心の中にほんの僅かに残った「希望」がその足を突き動かしている。
『ジャガーノートオフラインまで30秒』
いったいいくつの死体をまたいできたのだろうか。
いったいいくつの瓦礫を乗り越えてきたのだろうか。
視界の端に映った解放同盟軍の本拠地として活用していたあの倉庫の残骸が見えたが、彼が足を止めることはなかった。
彼の目的地はその倉庫ではない。
まるで夢遊病者のような足取りで彼はただ、ある場所を目指す。
希望を信じて。
「彼女」が生きていることを願って。
『ダークマター残量ゼロ。ジャガーノートオフライン』
トレースギアからその言葉が放たれたと同時に、彼は足を止めた。
キラキラとフェライトの電磁装甲が光の粒に変わり、わずかに装甲が残っていた部分から生身の身体が現れる。
グレーの迷彩柄、UCPの戦闘服と、悪趣味と言っても良い矢で射抜いたハートがレリーフされたパッチ──
「……嘘だろ」
その身体から光の粒が完全に消え去ったと同時に、彼はその場に膝から崩れ落ちてしまった。
それは彼の中から希望の光が消えた事を意味していた。
ぎゅうと胸が締め付けられ、息をする事が出来ない。体中の血が逆流していくような違和感と悪寒。喉が一瞬でからからに乾き、ぞわぞわと這い上がってくる恐怖に彼──悠吾は慟哭の叫びを上げずには居られなかった。
「うゥゥゥッ!!」
全部僕のせいだ。僕があの時……あの時この街を、小梅さんのそばを離れなければ。
視界が赤く染まり、指先まで力を込めた悠吾の身体は哀しみに震え、まるで身体が石になってしまったかと錯覚してしまうほど硬直してしまう。
涙は出なかった。
微かな希望を奪われ、本当の絶望の波に飲み込まれた悠吾は、ただ吠えた。
感情が入り混じり、怒りとも哀しみとも喜びともとれる声で。
「うぅぅうぅぅッ!!」
どくんどくんと脈打つ悠吾の視界が次第に赤く、どす黒い赤色に支配されていく。
次第に小さくなっていく悠吾の視界。
その先に見えていたのは、幾層にも重なった瓦礫と天を焦がす程の巨大な炎。
──それは小梅とアムリタが保護されていた、あのプライベートルームの変わり果てた姿だった。
「……ぐっ」
抑えようのない後悔が哀しみに代わり、天を仰ぐ悠吾の頬にやっと一筋の涙が伝った。
そして身体を引き裂き割いてしまいたいほどの怒りが彼自身へと向けられる。
リセットしたいと悠吾は思った。
これがゲームなのであれば、数日前のあの時に戻ってくれ、と。
しかし目の前に広がっている光景と、じりじりと肌を焦がす炎の熱、そして舌の奥に感じる苦い哀しみは誰かが作ったデジタルデータではなく、どうすることも出来ない、残酷な現実だった。
113話は19時にアップです




