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第107話 遊び心

 悠吾達が狩場シークポイントを離れ、ブロッサムの街に戻ってきたのは空が薄い柑子色に染まりかけた頃だった。

 ブロッサムの街にはちらほらと解放同盟軍らしきプレイヤーの姿や、冬季迷彩柄の戦闘服を身にまとったヴェルド共和国所属のプレイヤーらしき姿がある。


「予定通りの時間ですかね?」

「そうだな。俺はルシアナに報告してくる。悠吾とミトは工廠に向かってくれ」

「ルシアナさん、残っているんですか?」

「ああ。今日の『分隊長』はルシアナだ」

 

 解放同盟軍の探索チームは長いようで短い1週間の「探索フェーズ」を効率よく活用する為に戦闘職と生産職が上手く連携しあう仕組みを作っていた。


 まず、各探索チーム全体の動きを把握し、的確に指示を出す「分隊長」という立場を設けた。

 アセンブリより提供された狩場シークポイントリストに基づき各所にチームを割り当てたり、小隊会話パーティチャットの通信可能範囲を広げる中継機ルーターによって各チームとリアルタイムで情報交換を行い、被害を未然に防ぐなど探索の「司令塔」となるポジションだ。

 これはノスタルジアのGMゲームマスターであるルシアナが担うことが多く、状況によってはノイエや解放同盟軍の上層部プレイヤーが担当することもあった。


 そして、実際に探索を行う戦闘職によって組まれた探索チームにも幾つか厳守すべき事例を設けられることになった。まず、分隊長との連絡を繋げる為に狩場シークポイント付近に中継機ルーターの設置を義務付けられ、各チームの移動にはハンヴィーを用いる様に決められた。

 ハンヴィーは移動手段の確保という意味以上にプレイヤー達の生命を守るために重要な意味を持っている。

 探索中にドロップしたアイテムをできるだけ多く持ち帰る為に、必然的に各プレイヤーのアイテムポーチには最低限の装備しか入れないという流れになってしまった事に危惧したルシアナ達は、強力な火砲を搭載した飛行型ドローンやメディカルキット、弾薬や装備品の予備などをハンヴィーに載せ、万が一の時の言わば「前線の補給基地」としてハンヴィーを活用しようと考えていた。


 そして、生産職プレイヤーとの連携を強める為に、戦闘職全員の装備品や所持アイテムについても細かく管理されることになった。

 その情報は分隊長を通じて生産職プレイヤー達に伝えられ、生産チームは探索チームが狩場シークポイントで探索している間に各弾薬の生成や装備品の予備の生成に当たった。


 このプレイヤー同士の連携を強化する仕組みのお陰で、探索終了後から次の探索開始までのインターバル時間を格段に短くすることに成功した解放同盟軍は、大きな被害を被ること無く、ノスタルジア王国時以上の組織的な探索を行うことに成功していた。  


「了解しました。それでは……僕達は先に行きましょうかミトさん」

「あ。あたしちょっとアイテムブティックに寄ってから向かいます。ルシアナへの報告あたしがしちゃいますよ、トラジオさん」


 ついでだし。方向同じだし。

 だがそう言っているミトの表情が緩んでいる事を悠吾は見逃さなかった。


「……本当それだけですか?」

「へ? どど、どういう意味?」

「いえ。何かしら良からぬ事を考えてそうな表情をしていらっしゃったものですから」

「……ッ!」


 どこからどう考えても、狩場シークポイントでの僕の話をルシアナさんに話すつもりなんでしょ?

 訝しげな視線を送る悠吾にミトは小さく頬を上げると答えを待たずにぱたぱたと走りだす。


「ちょ、ミトさん!」

「直ぐ工廠に戻りますから~」


 制止する暇もなく、地人じびととプレイヤー達の中に溶け込んでいくミト。

 悠吾はその後ろ姿を見送る事しか出来なかった。


「……まぁ、女子はああいう話が好きだからな」


 仕方ないだろう。

 悠吾と同じくミトの背中を眺めていたトラジオが眉根をハの字に上げながらポツリと呟く。


「本当にうかつでした」

「小梅の事か?」

「ええ。なんというか、曖昧な返事をするべきじゃなかったです」

「……だが、嘘というわけでもあるまい?」


 ちらりと悠吾に視線を送るトラジオ。

 俺は知っているぞ。

 トラジオの表情はそう語っている。


「まぁ、その……100%嘘ってわけじゃありませんが……それに、そういう浮ついた話はこの状況ですべきじゃないでしょう」


 生きるか死ぬかの状況でそんな話、皆の士気を落とす事に成りかねません。

 そう言い切る悠吾だったが、トラジオの考えは違った。


「どんな時であれ、遊び心は必要だと俺は思うぞ悠吾。噂話など良い酒の摘みになる」

「……そうでしょうか」

「それが生きたいと願う力に繋がるのであれば、尚更だ」


 その言葉にはっと息を呑んでしまう悠吾。

 確かにトラジオさんの言っている事には一理ある。

 大切な人を想って、生きたいと本気であがいたからこそ、廃坑でユニオンの追手を退ける事ができたし、トットラの街からルシアナさんを助ける事ができた。

 明るい話題や大切な人を思う気持ちが、生きたいと願う力に繋がるなら、それほど素晴らしい事は無い。

 ただ、僕の噂が広まるのはちょっと勘弁してほしいけど。


「第三者へとは言え、小梅とルシアナへの気持ちをはっきりと言い切ったお前の心意気は素晴らしいと思うぞ」

「そ、そうですか?」

「ウム、俺が同じ状況だったとしたら……あそこまではっきりとは言えん」


 以前も言ったが、やはりお前もこの状況で成長しているというわけだ。

 そう言うトラジオに悠吾は照れくさそうに頬を掻く。

 だが──


「ただ、その結果がお前の身にどのような形で降り注ぐか、それは俺にも判らんが」

「……うっ」


 悪い方へ行かん事を祈る。

 真剣そのものの表情でそう言い放つトラジオに、悠吾の胃はきゅうと小さく悲鳴を上げ、これから降り注ぐであろう災難を予感させた。


***


 悠吾とトラジオの中で、ミトが言っていた「アイテムブティックでの買い出し」はでまかせだったという結論に至った。

 彼らが工廠に戻り、カメラ生成に必要な素材をまとめていた時に、彼女がアイテムブティックで購入する必要が有ると言っていた「ポリエステル」と「銀塩」は工廠内に数多く残っていたとわかったからだ。


「この街で購入できる素材は一定数以上、常に在庫を残すようにとミトさんに口酸っぱく言われていますので」

「やはり、か」

「……あんにゃろ……」


 工廠内で作業を行っていたプレイヤーの言葉に軽い殺意が湧いてしまう悠吾と呆れた表情を浮かべるトラジオ。

 やっぱりミトさんの目的は、ルシアナさんとの「女子会」だったというわけか。


「どうしますか? 言っていたカメラ生成、人手が必要であればお手伝いしますが」

「あ、いえ、大丈夫です。……でも、素材だけ頂けますか?」


 悠吾の言葉にプレイヤーは「分かりました」と一礼し、工廠の奥へと消えていく。

 その姿を見て悠吾は改めてむず痒さを感じてしまった。

 

 ブロッサムの街に移る前、あのテントで作られたキャンプを拠点にしていた時は工廠チームは僕や小梅さんに無関心を貫いていた。それが、明日への希望を見いだせない状況から産まれたものなのか、得体の知れない僕達が現れた事に対するものだったのか解らないけど、事実としてブロッサムの街に移ってから彼らは非常に僕達に協力的になった。


 ふと何か裏が有るんじゃないかとすら勘ぐってしまう悠吾だったが、流石にそれは彼らに失礼だ、とその考えをぐっと喉奥へと押し込める。 

 と、その時だ。


「悠吾、トラジオ」


 狩場シークポイントで採取した鉄鉱石を取り出し、必要な素材の整理を行っていた悠吾の耳に自分の名を呼ぶ小さな声が届いた。

 視線を長屋の入り口に移した悠吾の眼に入ったのは、入り口からひょいと顔を覗かせているロディの姿だった。


「あれ、ロディさん? どうしてここに?」 

「前回の探索で銃の調子が良くなくてな。何度も排莢不良ジャムが起きてしまって、メンテナンスの為に工廠に銃を出していたのだ」

「ああ、成る程。それで今回は待機組に?」


 悠吾の返答に小さく頷くロディ。

 前回の探索後、ルシアナに銃の不調の伝え、メンテナンスの為に街に残る事を指示されたロディだったが、ノスタルジアの為に1分でも早く探索チームに復帰したいと考えて、銃の按配を確認しに工廠に顔を出した、というわけだった。


「知り合いが居ない工廠に行くのは気が引けていたんだが……お前達が居るのであれば安心だな」

 

 何処か嬉しそうに入り口から身を滑り込ませ、悠吾が腰掛けているテーブルの向かいへと腰を下ろすロディ。

 沈黙をむさぼるように、もくもくと生産に勤しむ工廠チームはロディにとっても立ち入り難い空間だった。


「今日はレオンは一緒じゃないのか? 確か同じ探索チームだったと思ったのだが」


 解放同盟軍によって定められたルールでは、探索は常に決められたチーム単位で行動する必要があった。

 その中の1名でも探索に参加できない状況に陥った場合、別のプレイヤーを割り当てるかそのチームは待機要員になる。今回ロディが参加出来ないため、そのチームであるレオンもまたブロッサムで待機しているはずだった。

 

「それが私の銃を状況を確認して来ると言って工廠に向かったはずなんだが」

「……一向に戻ってこないと?」

「その通りだ」


 何処で油を売っているのか。あいつにも困ったものだ。

 そう言うロディだったが、その表情には憂慮の色が見え隠れしている。


「彼は……レオンさんは暁の皆さんと上手くやってるんですか?」

「意外とな。何処か憎めない性格で……そうだな、良い言い方をすればムードメーカーという所だ」

「ムードメーカー、ですか」

「悪い言い方をすれば適当な男だ」


 そう言い放つロディに悠吾は思わず吹き出してしまった。

 チャラ男、レオンさんの事はよく知らないし、話したこともあまり無いけど、確かに会話は上手いのかも知れない。騙されていたとは言え、小梅さんを引っ掛けるくらいだもんな。


「殺伐とした世界だからな。ああいう性格のプレイヤーは重要だ。ムードメーカーはチームの雰囲気を一変させる。こんな状況だからこそ遊び心は必要なものなのだ」

「……遊び心、ですね」


 ロディの口から放たれた意外な言葉──トラジオと同じ言葉を聞き、改めてその重要さを噛みしめる悠吾。

 遊び心、か。

 僕にそんなユーモアは無いけれど、雨燕さんの写真のような娯楽や息抜きと一緒でこの世界を生き抜くための重要なヒントなのかもしれないな。


「それに奴は、意外と仲間思いの部分もある」

「え、レオンさんにですか? すごく意外です」

「私もそう思う」


 と、小さく笑うロディ。

 話を聞けば、レオンさんが今は亡きアジーさんが立ち上げたクラン「暁」に参加したのは廃坑で僕達を助けに来てくれた前だと言っていた。

 背中を任せ合う事ができる信頼関係を作るには共に歩んできた「時間」か「内容」のどちらかが必要になる。多分、ロディさん達は僕が想像もできないくらいの「内容」を乗り越えて来たんじゃないだろうか。


「あっ! ロディさ~んッ! ……と、悠吾のクソガキッ!」


 と、長屋の奥、先ほどカメラ生成の素材を取りにプレイヤーが向かった方向から発せられた気の抜けた声が響き渡った。

 1発でわかる、レオンの声だ。


「……レオン、何故お前がそこに居るのだ」

「それがッスね! ロディさんの装備を受け取りに来たんスけど、まだ出来てねぇっつーもんでね。ちょいとお手伝いなんかを」

「手伝い? お前がか?」


 戦闘のサポートですらままならないお前が、生産の手伝い?

 思わず目を丸くしてしまうロディに、レオンは慌てて弁解の言葉を口にした。


「いやいやいや、安心してください! ロディさんのヘカートの修理を手伝ったわけじゃないスから。雑用ッスよ、雑用。それにこの素材も持っていけって言われたんスけど……何に使うんスか?」


 そう言ってレオンがアイテムポーチから取り出したのは「ポリエステル」と「銀塩」それにカメラ生成に必要と想定される「レンズ」を生成する素材「ケイ酸塩」だ。


「……あ、それ僕のです」

「お前のかいッッ!!」


 ふざけんなこのクソガキッ!

 そう叫びながら握りしめた素材を勢い良くテーブルに投げつけるレオンだったが、その手から放たれた素材達はまるで粘着テープでも付いているかのように、テーブルにぴたりとくっついただけだった。


「……アイテムは投げても派手には跳ね返らんぞ、レオン」

「……ッ!!」


 冷静なトラジオの突っ込みに苛立ちを更に募らせるレオン。

 派手にアイテムが四散する絵を想像していたレオンは、振り上げてしまった拳の落とし所に困り、残りの素材をどすんとテーブルに叩きつける。


「……テメェ悠吾、覚えてやがれ」

「ぼ、僕何もしてないですけど」

 

 凄まじい言いがかりですよ、それ。

 テーブルの上に載せられた素材を集め、悠吾はじろりと睨みつけられるレオンの視線を躱しながら小さくそう答える。


「ロディさん、本当にレオンさんって……ムードメーカーなんですか?」


 どうも僕にはそう思えないんですけど。どこからどう見てもただのチンピラですよ。

 

「私と居る時はそうではないのだがな」


 幾分大人しいのだが、何故お前の前ではこうも牙を剥くのか。

 おかしいな、と首をかしげるロディ。


 だが、悠吾にはその理由が即座に理解出来た。

 ──人を想う力って、性格を矯正してしまうほどすごい力なんですね、と。

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