第106話 気楽な探索にて その2
『ルシアナの事はどう想っているんですか?』
『ど、どうって言われましても』
トラジオを先頭に狩場の出口へと向かう中、ミトの質問が絶え間なく、そして一撃一撃が重い、まさにレイドボス、多脚戦車のズーニー・ロケットのように悠吾に襲いかかった。
『だってあんな可愛くてお淑やかな女性、そう居ないですよ? それに高校が一緒だったんですよね!?』
『た、確かに美優さん……じゃなくてルシアナさんとは学校が一緒でしたけど』
『噂では、学校でも一二を争う位可愛かったって話じゃないですか、ルシアナ』
そこんトコ詳しく教えて下さいよ、と気まずそうに視線を逸らす悠吾の顔を覗きこむミト。
『確かに……すごく綺麗で憧れの存在でしたけど……』
『憧れの存在っ!?』
『痛っ!!』
その言葉にミトは目を輝かせ、興奮のあまりどすんと悠吾の身体に体当たりしてしまう。
『あ、憧れと言うのはつまりひとりの女性としてですね……あ、いや、そう言う意味ではなくて』
『きゃ〜っ! ひとりの女性として!? やっぱり悠吾さん、ルシアナのコト?』
『違いますよッ!』
まずい。落ち着け。落ち着くんだ僕。
今のミトさんの雰囲気に飲まれてしまったら思ってもいない事を口走ってしまう。冷静に、冷静に。
心を落ち着かせる為に、すーはーと深呼吸する悠吾だったが、お構いなしにミトが続ける。
『この世界での姿は現実世界のものを反映しているっぽいですからね。多分ルシアナは同じくらい可愛いと思いますよ?』
『え、そうなんですか……いやいや、違うそうじゃない』
危ない。
ニヤニヤと笑みを浮かべるミトを見て、思わず身震いしてしまう悠吾。
でも正直な所を話すと、高校時代僕は美優さんに恋をしていた。恋をしていたという表現が合っているのかどうかわからないけど、彼女の存在が気になって仕方が無かった。
学校でもひときわ輝いて見えた美優さん。整った姿もそうだけど、何より自分の気持ちに正直に言いたいことは言うって所がすごく魅力的だった。
だけど、そんな事ミトさんに話したら、明日には解放同盟軍……いや、ブロッサムの街中の噂になっていてもおかしくない。「滅亡したノスタルジア王国のGMにストーカーか」なんて噂、想像しただけで恐ろしい。
『じゃあ、小梅さんはどうなんですか? ルシアナを天秤にかけるくらい好きなんですか?』
『ス、ストレートに聞きますねミトさん』
ミトの言葉に悠吾は思わずぎょっとしてしまう。
ミトさんって何処かチャキチャキの江戸っ娘な雰囲気がある。きっと東京の下町出身なのだろう。
『小梅さんは──大切な人です。この世界に来て色々と苦難を共にしてきた仲間ですから』
高鳴る鼓動を押さえ込み、冷静にそう説明する悠吾。
小梅さんだけじゃない。トラジオさんも僕にとっては大切な人だ。こうやってブロッサムの街で気楽に探索できるようになったのは小梅さんやトラジオさんのおかげですもん。
悠吾から発せられた言葉はミトが予想していたものとは違っていた。
そういう事を聞きたいんじゃなくて、と咄嗟に茶化そうと思ったミトだったが、ふと悠吾の言う「仲間」という言葉に引っかかってしまう。
『仲間、かぁ。あたしはこの世界に来て直ぐにラウルへ避難したから、仲間と言えるプレイヤーって……昔から一緒だったルシアナくらいなんだよね』
『ミトさんは……オーディンのクランメンバーではなかったんですか?』
『誘われたんだけど、断りました。ルシアナには直接話したんだけど……その頃のオーディンってあまり良くない噂が多くて』
『良くない……噂?』
初めて耳にした事実に眉を潜ませる悠吾。これまで聞き流していたトラジオもその事は気になったのか、どういう事なのかとちらりと視線を送っている。
『ルシアナとはかなりの付き合いなんだけど、あたしがルシアナに誘われたのは、この世界に来る前だったんですよね。オーディンはすでに伝説的な存在だったんだけど、一方でキナ臭い噂も流れてた』
『……どんな噂なのだ?』
『メンバーの一人ひとりが戦況を左右するくらいに卓越した戦略眼とスキルを持ち合わせているから仕方なかったのかもしれないですけどね。結構クラン内でもめることが多かったらしいです。特に最近は』
クランの進む方向性でも衝突することがあったらしいとミトは言う。
確かに強者揃いで誰しもがリーダーになりうる素質を持っているのであれば、まさに「船頭多くして船山に登る」状態になってもおかしくない。
方向性の不一致、そしてそこから生まれる不信感、そして離脱──
ふと悠吾の脳裏に「多数のメンバーが離脱するきっかけを作った」というユニオンのGMクラウストの姿が浮かぶ。
PC版には無かった国家であるユニオン連邦と、そのユニオン連邦のGMである元オーディンメンバー、クラウストさんの存在。
時期的に考えて、ミトさんが言うその噂とクラウストさんが作ったというきっかけが重なる様な気もする。くすぶっていた小さな火がクラウストさんのきっかけで爆発し、そして次々と離脱していった。
きっとロディさんもそんな中、離脱したひとりだったんじゃないだろうか。
──クラウストさんが作ったきっかけってなんだったんだろう。
悠吾の中に単純な疑問がふわりと浮かんだ。
『というか悠吾さん! そんな事よりも! 小梅さんのコト、大切な人って言いましたよね今!』
『……え? 言った……かな?』
記憶にないです。
逸れそうになった話題を強制的に元の位置に戻すミトに悠吾は尻込みしてしまう。
『言いましたよ! 大切ってコトは……言い換えれば好きだって事ですよね?』
『え? いや……そ、そうなるんですかね……』
でも僕にそんなつもりは無いんですけどね。
そう続ける悠吾だったが、ミトの耳に後半の言葉は聞こえて居なかった。
『きゃ〜っ! トラジオさん聞きました今の!』
『うむ、確かに』
凄いこと言っちゃいましたよね、今。
興奮して背中をぱしぱしと叩くミトに悠吾は困惑した表情を向ける。
『なな、何、何ですか』
『「何ですか」じゃ無いよっ! いや、そうですよね。過去の女性よりも愛するは今の女性! 小梅さんはガサツな部分がありますけど、ああいうの男心に響くんですよね。何でしたっけ……ツンデレ?』
『愛するって……』
何を言っているんですか、と否定に入る悠吾だったが、みなまでいうなとミトが人差し指を口元に当て、悠吾の言葉を制した。
『静かに! えへへ、もう大丈夫ですよ。あたしには悠吾さんの気持ちがよ〜く分かりました』
『だからちょっと……』
『あ〜もういいですいいです。あたしは悪いようにしませんから』
だから、安心してくださいね。
ニヤけた表情でそう言うミトが悠吾には悪魔に見えて仕方がなかった。
だから言動には最新の注意を払うべきだと言ったじゃないですか、僕──
鼻歌まじりでずんずんと出口へと足を進めるミトの背中を見ながら悠吾はとんでもないコトをとんでもない人に言ってしまったのではないかと、この世界に来て初めて心底後悔した。




