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第105話 気楽な探索にて その1

 結局悠吾達がブロッサムの街を離れ、カメラ生成の素材となる鉄鉱石を探しに出発したのは太陽が天に登り切った正午過ぎだった。


 熟夜が終わり、ブロッサムの街に陽の光が差し込んで来始めた頃、悠吾達はノイエの元を訪れていた。鉄鉱石の探索の事を誰にも伝えずに出発するのは流石に心配されると考えた為だ。

 「低レベルの狩場シークポイントを探索地に考えているから、軽く返事を返されて終わりだろう」と軽く考えていた悠吾だったが、ノイエの反応は全く違うものだった。


「探索に行くなら護衛に数人の戦闘職プレイヤーを付ける」

「……え?」


 例え低レベルの狩場シークポイントであっても、油断は出来ない。どうしても行くというのなら、護衛を付けると表情硬く言い放つノイエ。

 だが、悠吾としてはそれは避けたいと考えていた。

 

 確かに、ラウルへの脱出で潜ったあの廃坑の様に相違点として多脚戦車パウークレベルのレイドボスが配置されていた事を考えるとノイエさんの考えは間違っていないと思うけど、これから行く狩場シークポイントはアセンブリから提供された「相違点リスト」に入っていないし、それに鉄鉱石は奥に潜る必要無く、へたをすれば入り口付近で採取出来る可能性もある。

 僕達の方に人員を割くくらいなら、別の狩場シークポイントで探索をしてもらいたい。


 悠吾の考えとノイエの思惑は理解し合ってはいるものの、平行線を辿り、結局、同行するトラジオが「定期連絡と合わせて危険と感じたら即撤退させる」と約束したためにノイエは折れたものの、出発が予定の時間よりもかなり押すことになってしまっていた。


狩場シークポイントの探索ってすごく久しぶりな気がします」 

「そういえばそうだな。廃坑以来か?」

「ええと……確かそうですね」


 広大な赤いテラロッサの大地を西へと向かう3つの人影。その中の1人、いつもの戦闘服に身を包んだ悠吾が思い起こすようにそうつぶやいた。

 あの廃坑を出た後に行った場所といえばパムさんと交渉したラクーナ。それにルシアナさんを救出したトットラ、そしてルールの竜の巣ドラゴンス・ネスト

 そのどれもが失敗が許されない状況だった。

 ──プレッシャーが無い探索ってこんなに気楽なんだな。


「ところで悠吾さん。小梅さんに探索の事、話さなくて良かったの?」


 そういったのは悠吾とトラジオの背後、今までと全く違う出立ちのミトだ。

 工廠に居た時はTシャツにカーゴパンツとラフな姿のミトだったが、今はしっかりとテラロッサの大地で迷彩効果が高い、赤い迷彩柄の戦闘服に身を包み、その手には小さな短機関銃サブマシンガン、「9mm機関拳銃」が握られている。

 その小柄な身体にマッチした短機関銃サブマシンガン、9mm機関拳銃は自衛隊が制式採用している純日本製の銃だ。長野県の電気機器メーカーが製造し、「エムナイン」とも呼ばれる全長120mmほどの小柄な銃で、ハンドガンと同じ9mmパラベラム弾を使用する。

 銃下部に左手で握り、反動を押さえるフォアグリップが標準で装着されており、銃床が無く容易に取り回しが出来るよう設計されている。


「そうですね。小梅さんはなんか忙しいみたいでしたし」


 ミトの言葉にぱっと視線を逸らす悠吾。

 その表情には幾許か罪悪感に似たものが滲んでいる事にミトは気がつき、含みの有る笑みを浮かべる。


「……えへへ、それって小梅さんへの気遣いですか? 小梅さんを危険に晒したくないっていう」

「え? あ、まぁ……それも有りますけど……ねぇ?」


 そう言ってトラジオの顔を覗き込む悠吾に、トラジオは小さく肩をすくめて見せた。

 悠吾はノイエに出立を告げた後、小梅やルシアナにはこの件を伝えず出発した。

 解放同盟軍の拠点になっているレンガ倉庫で小梅が何かをやっているという話は聞いていた悠吾は、それを邪魔したくないという事やミトが言う小梅を危険に晒したくないということよりも、「絶対一緒に行く」とゴネられるのを恐れたからだった。


「はぁ〜……言葉にしなくても分かり合える関係って素敵」

「……言葉にしなくても判るという部分は否定しません」


 恋を夢見る少女のようにぼんやりと虚空を見上げるミトに、悠吾はきっぱりとそう言い放つ。

 小梅さんに話してたら日が落ちても出発できなかったと思います。絶対。


「それにしてもミト。9mm機関拳銃とは珍しい装備だな」

「えへへ、良いでしょう? 久々の探索で張り切っちゃって色々武器を作ったんだけど……日本人だから日本の装備で行こうかなって」

「良いセンスだ」


 ニヤリと笑みを浮かべるトラジオに、ミトは照れ笑いを浮かべる。

 

「装備といえば、お前のその武器はどうした?」

「これですか? ミトさんに作ってもらいました」


 悠吾が持つ見慣れないアサルトライフル「CZ-805」を指さすトラジオ。

 そういえばトラジオさんに話して無かったな。


「ほう、攻撃力に特化したアサルトライフルだな」

「ええ、以前のMagpul PDRよりもかなり攻撃力が上がりました。と言っても、まだ実戦で使ってないので、今回の探索でテストしてみようと思ってまして」

「なるほどな。では狩場シークポイントでの地人じびと処理は悠吾に頼むか」


 俺はバックアップに回る。

 そう言って悠吾の背中をぽんと叩くトラジオだったが、その表情に油断は見えない。


「だが悠吾、今回の目的はあくまで鉄鉱石の採取だ。あまり奥までは行かんからな」


 低レベルの狩場シークポイントとはいえ、油断は禁物だ。

 十分余裕のレベルではあるものの、事故が即、死に繋がる状況ではどんな狩場シークポイントであれ、楽観視はできないとトラジオの表情が語っている。


「ですね。低レベルの狩場シークポイントだからこそ、気を引き締めて行きましょう」


 悠吾の言葉に、静かに頷くミトとトラジオ。

 そしてそれから直ぐ、目的としていた狩場シークポイントに悠吾達は到着した。


***


 正直を言えば、武器だけじゃなくてミトさんにパッチを強化してもらったおかげで新しく作る事ができるようになった兵器も試したいんですけどね。

 到着したオーソドックスな洞窟タイプの狩場シークポイントで最初の戦闘を終えた悠吾はCZ-805の弾倉を交換しながらそう考えていた。

 

『悠吾さん、銃の感じどう?』

『すごくいい感じです』


 ミトの小隊会話パーティチャットに笑顔でそう返す悠吾。

 CZ-805は想像していたとおりの銃だった。

 フルオートの発射速度は遅く、反動もMagpul PDRより強いけど、その数値通りかなりの攻撃力があった。さらに強い反動と言っても右上にコツンと来るだけで制御しやすいレベルだ。


『低レベルとは言え、見事に敵が溶けていったな』

『弾薬の節約にもなりますし、良い銃です』


 ミトさん有難うございます。

 そして、悠吾のその言葉に気を良くするミト。


『その銃、ハンドガードの側面にレールがついてるでしょ? アタッチメントでそこにグレネードランチャーが装備できるから、ブロッサムに戻ったら作ってあげますね』

『へぇ、グレネードですか!』


 アサルトライフルは短機関銃サブマシンガンやライトマシンガンよりも拡張性に優れているという特徴がある銃だ。

 悠吾のCZ-805にかぎらず、アサルトライフルには反動を押さえるフォアグリップやグレネードランチャー、それにショットガンなどのアタッチメントを装備出来るものが数多くある。


『グレネードは良いかもしれんな悠吾』

『……? 何故です?』

『生成素材があれば機工士エンジニアの弾薬生成スキルでグレネード弾を無尽蔵に生成することが出来る。基本的に前線を張ることがない生産職ゆえに、状況に左右されること無く前衛をサポート出来るのはかなり大きいぞ』


 関心したように唸るトラジオ。

 その言葉に悠吾は確かに、とひとつ頷く。


 やはり生産職、特に機工士エンジニアは戦い方ひとつで化けるクラスだと思う。例えばトラジオさんのような戦士ファイターに前衛をしてもらい、背後から弾薬供給や戦闘ドローンでサポートすれば、それは簡単に突破できない前線を守る強固な「砦」に化けるという事を意味する。

 さらにそこに回復職である聖職者プリーストや回復アイテムを生成できる薬師ディスペンサーが加わればより粘り強く敵を食い止める事ができるはずだ。

 ブロッサムに戻ったら、ルシアナさんとノイエさんに探索小隊パーティの中に原則機工士エンジニア聖職者プリースト薬師ディスペンサーをセットで入れるべきだと提言してみようかな。


『あ、悠吾さん、トラジオさん。アレ』


 周囲警戒を行っていたミトが何かを発見したらしく、悠吾とトラジオとは逆方向を指さした。

 その指の先に有るのは、いくつか鉱石が転がっている「採取ポイント」と呼ばれる場所だった。


 戦場のフロンティアでは鉱石の採掘や植物の採取などはどこでも出来るというわけではない。ランダムに現れる採取ポイントで一定の回数採取することができる。


『フム、では採取してブロッサムに戻るか』

『なるだけ多く持って帰りましょう。皆で持てるだけ持つ感じで』

『そうですね。トラジオさん、周囲警戒をお願いできますか?』

『承知した』


 そう言ってトラジオが周囲に目を配りながら、ミトと悠吾が採取ポイントで鉱石を探り始める。

 狩場シークポイントの深い場所の採取ポイントであれば、採取出来る回数は少ないけど、鉄鉱石が取れるレベルの採取ポイントであれば直ぐにアイテムポーチが満杯になる位の回数が取れるはず。

 そう考えるミトの予想は見事的中した。

 時間にして10分足らずで3人のアイテムポーチは鉄鉱石でうめつくされた。


『良し、戻るぞ』

『……う〜ん』


 周囲に地人じびとの姿が無いことを確認し、出口までのルートを確認するトラジオを見て、何故かミトが何処か得心が行かない様な表情を浮かべる。


『どうしました? ミトさん』

『いや、鉄鉱石は手に入ったけど……何か物足りなく無いなぁって』

『物足りない……って……アイテムがですか?』

『いや、そうじゃなくて……なんと言いますか……その……刺激が』


 言いにくそうにそう続けたミトに悠吾は彼女が何を言いたいのか直ぐに理解した。

 工廠でずっとこもりっぱなしだった為、もっと探索を楽しみたい──

 多分ミトさんはそう思っている。


『ミトさん!』

『は、はいッ!』


 言いたいことはわかりますけども!

 まるで子供を叱る大人の様に、声を荒らげた悠吾にミトはぴんと直立してしまう。


『トラジオさんが言っていた通りに、奥へ進むのは危険です。この狩場シークポイントが低レベルの場所だったとしても、何が起こるかわかりません』

『そ、そうだけど──』

『それに! ここの所ピンチの連続でしたからね。刺激も何もない探索もたまにはいいじゃありませんか』


 ここの所、というよりもこの世界に来てからずっとピンチの連続だった。

 確かに僕も色々と試したい欲求はありますけど、最優先に考えるのは安全です。


『悠吾の言うとおりだミト。それに、これくらいの物であればまた連れてきてやる』

『……え、本当?』


 悠吾の言葉にどんよりとした空気を放ちつつあったミトだったが、トラジオのその言葉にぱあっと表情に光がさした。

 トラジオの言葉は、ただの気休め程度の言葉ではなかった。

 亡国者の称号がなければ、生産職であるミトが単独ソロで探索したとても誰も止める者は居ない。狩場シークポイント地人じびとにやられたとしても、マイハウスで復活リスポンするだけの話だからだ。

 しかし、今の状況は違う。ミトがやられてしまう事は解放同盟軍にとっても由々しき事態であり、ノスタルジアの復興が遠のく事に繋がる。

 常日頃工廠に保護されるように押し込められ、外に出ること自体があまり喜ばれない解放同盟軍の生産職にトラジオは何か援助出来ないものかと考えていた。


 そしてこのレベルの探索だとしても、ミトにとっては十分すぎる「息抜き」だった。


『本当だ。お前達工廠のメンバー達には世話になりっぱなしだからな。返せるのはこれくらいのものだろう』

『……トラジオさん、イケメン過ぎます』


 笑顔で茶化す悠吾に、トラジオは「今気がついたのか」と冗談半分で答える。

 あらためて気がついたけど、トラジオさんは気配り上手だとおもう。ルシアナさんやノイエさんの様な上層部の方々意外で工廠のメンバーを気遣っているプレイヤーはあまり居ない。


『わかりました、じゃあ……戻ろう!』


 お楽しみは次回ということで。

 そう言って、にんまりと満足気な笑みを浮かべるミトだったが、ふと何かを思いついたかのように視線を悠吾へと送った。


『……これ以上の探索を諦める代わりにという訳じゃないですが……悠吾さん、ひとつ質問してもいいですか?』

『え?』


 こんな場所で何を質問するというんだろう。

 ミトの言葉にふと疑問に思う悠吾だったが、何やら含みのあるミトの表情を見た瞬間、その疑問は疑惑に変わり、そして嫌な予感へと変貌した。


『な、なんですかミトさん』

『えへへ、悠吾さんは……ルシアナと小梅さん、どっちを取るつもりなんですか?』


 ニヤニヤと良からぬ笑みを携えながら、低い声でそう問いかけるミト。

 その質問に悠吾は瞬間的に思考が停止し、顔を強張らせてしまった。


『どっちを……と、とと、取る?』


 どどどど、どういう意味でしょうか。今何かとんでもない質問を投げかけられた様な気がしますけど。

 それってつまり、ルシアナさんと小梅さん、どっちが──

 

『どっちが好きなのかってことだよっ! もう! 鈍いんだからっ!』

『……ッ!!』


 いわゆるコイバナってやつですよ、悠吾さん!

 わかってるくせに、と悠吾の肩をぽんと叩きながらミトの表情は如何わしい微笑みで支配されていった。


『そ、それは……』


 まるでレイドボスと遭遇したかのような衝撃を受けてしまった悠吾は咄嗟にトラジオに助け舟を求めたが──傍らでミトの質問を聞いていたトラジオは、一言「お前もはっきりせんか」と苦言を呈しただけだった。 

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