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第104話 トラジオの秘密

 トラジオが現実世界で何の仕事をしていたのか。

 解放同盟軍に参画したばかりのプレイヤーだったトラジオだったが、解放同盟軍の中でも比較的熟練者に位置し、探索チームのリーダーを務める事もあったトラジオの正体は解放同盟軍の中、とりわけ女性プレイヤー達の中でちょっとした噂話になっていた。

 ひょっとして学生なのではないかという話も出るが、その見た目と同じくダンディなオジサマなのではないかという話も出る。

 だが、その答えは誰にも判らなかった。

 

「それでトラジオさん、カメラ生成のヒントになる知識というのは……」


 日がすっかり落ち、野生動物モブ達が活発化する若夜から、この世界のすべてが闇に包まれる熟夜へと変わったブロッサムの街、レンガ造りの倉庫の中に設けられた解放同盟軍に所属する料理人クリナリアンが食を振る舞う食事処に悠吾とトラジオ、そしてミトの姿があった。

 辺りには酒をつまみに談笑しているプレイヤー達も多く、さながら酒場といった体をなしている。

 

「ウム、本当にその情報がカメラ生成に繋がるかどうかはわからんが──」


 そう言ってトラジオは小さなジョッキを無造作に手に取った。

 ジョッキに注がれた琥珀色の液体がゆらりと揺れ、天上のライトから放たれた光が美しい煌きを作る。

 トラジオの野性的な姿にぴったりと合うそのジョッキに注がれているのはビールの一種である「ペールエール」だ。

 日本でもよく飲まれているビールの種類であるピルスナーよりも色が濃く、一般的なピルスナーよりも香りが強く、苦味と麦芽の甘味が濃ゆいビールだ。

 このペールエールも元々は料理人クリナリアンの生産リストに載っていないアイテムだったが、今はそのレシピは世界中に広がり、地人じびとが運営する食事処でも口にすることができるほどメジャーなアイテムになっている。


「トラジオさんあたしの予想では、レシピに載っていないアイテムの生成は、現実世界での生産過程にヒントがあると思うんだよね」


 だからトラジオさんの知識はヒントになる可能性が高いと思うんです。

 既にトラジオと同じジョッキを半分空けてしまっているミトがそう答えた。

 

「……ミトさん、お酒平気ですか?」

「え? 何が?」

「いや……もう顔赤いですし」


 この世界にアルコールがあるって聞いた時は驚いたけど、アルコールが有るということは「酔い」があるってことですよね。

 きょとんとした表情を見せるミトだったが、その頬はすでに紅潮し、視線は少し溶けかけている。


「大丈夫ですっ! あたし、こう見えてお酒には強いんだからっ!」


 さぁ、トラジオさん聞かせて下さい、とジョッキを置き、ぴしっと姿勢を良くしたミトはトラジオの言葉を待った。


「……俺が持っている知識はカメラの仕組みなのだが」

「カメラの仕組み?」

「ああ、カメラで重要な物は大雑把に言って3つある。レンズとフィルム、そしてシャッターだ」


 指を1本ずつ立てながら説明を始めるトラジオ。


「レンズは……そのままだな。複数のレンズを合わせたもので、光の量を調整したり、ピントを合わせたりするものだ」


 一眼レフカメラに付いているアレだ。

 そう続けるトラジオに、悠吾とミトは理解できたと頷く。


「フィルムはレンズから入ってきた光の情報を記録するものだな。そしてシャッターは光を遮ったり光を通したりする装置の事だ。昔はシャッターの代わりにレンズに蓋をしていたのだが、技術の進歩で暗い場所や動きの有る被写体を撮影できるように、高速で光を遮るシャッターが開発された」

「へぇ! そうなんですね」


 トラジオの説明に悠吾は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 知らなかった。すごい勉強になる。

 シャッターのスピードが早いほど写真がぶれなくなる原理にはそう言う理由があったのか。

 ……というか、なんでトラジオさんはこんなに詳しいんだろ。


「ということは、カメラの生成に必要なのはその3つの可能性があるかもしれない?」

「細かく掘り下げていけばもっとあるのだが……基本原理としてはそれで良いはずだ」


 レンズとフィルム、そしてシャッター。

 必要な素材はなんとなくわかったけど、それで合っているのか確かめる為にどうやってその素材を手に入れれば良いんだろうか。

 顎に手を置き、眉をひそめる悠吾だったが、隣のほろ酔いミトは少し様子が違った。


「レンズだったら銃の光学機器で作った記憶がありますよ悠吾さん。フィルムとシャッターは解らないけど」

「フィルムはポリエステルで出来た薄い膜に感光剤を塗布したものだ。感光剤は……銀塩だな」

「ポリエステルと銀塩、ですね」


 トラジオの説明をメモ帳に書き残すミト。


「シャッターは数枚のシャッター羽根を空気のシリンダで開け閉めしている場合が多い。考えられるとすれば……シャッター羽根とシリンダだろうが」

「シャッター羽根って何で出来ているんですか?」

「様々だが、スチールかプラスティックだろう」

「ふむふむ」


 シャッターの素材になりうるアイテムを続けてミトは書き残していく。

 そして書き残しながら、ミトは同時にその素材達のありかを探っていく。


「唯一判明しているレンズの生成素材は『ケイ酸塩』が5つ。これは工廠にあります。フィルムの『ポリエステル』と『銀塩』はマテリアルブティックで買える、と思う。シャッターの『スチール』と『シリンダ』は──」

「シリンダだったら僕が作れますよ」


 機工士エンジニアの生産リストに幾つかのシリンダが載っていた事を思い出し、ひょいと手を上げる悠吾。

 低レベルの生産リストに載っていたアイテムだから、その素材も街で買えると思う。


「オッケ、とすればあとは『スチール』だね」

「……それは街に売って無いんですか?」


 ポリエステルと銀塩が売っている位なら、スチールもあるんじゃないか。

 そう考えた悠吾だったが、ミトは小さく首を横に振った。


「スチールは『鋼』です。鉄を鍛えた素材。必要になる鉄鉱石はフィールドか狩場シークポイントで採取する必要があるんだけど……」

「あ〜……」


 ミトの言葉に悠吾の脳裏にラウルへ脱出する時に抜けた廃坑の風景が浮かぶ。

 確かあそこで鉱石が採取できるみたいなことを小梅さんが言っていた。


「まぁ、鉄鉱石ならレア度は低いから低レベルの狩場シークポイントでも採取出来ると思うンだけどね」

「そうなんですね。じゃぁ……あまり危険じゃない場所で採取しましょう」


 そう語る悠吾にミトは小さく頷いた。

 低レベルの狩場シークポイントであれば、僕とミトさんだけでも十分なはず。

 解放同盟軍のメンバー達はすでに次の探索の準備を初めているし、低レベルの探索に人員を割くわけには行かない。


「……フム、ということであれば俺も同行しよう」

「え?」


 そう言ってトラジオは気付けと言わんばかりにぐいとペールエールを流し込むと、どすんとテーブルに叩きつけた。 

 

「ちょっと待ってください。トラジオさんは別の探索に──」

「そのカメラがジャガーノートの量産に繋がるのであれば十分重要なものだ。それに──生産職のお前たちだけを野に放つ訳にはいかんだろう」

「とっ、トラジオさん……」


 ニヤリと笑みを浮かべるトラジオに、自分の胸が締め付けられた音が確かに聞こえてしまったミト。

 その目がハートマークになってしまっているのが悠吾にもはっきりと判る。

 

「ミ、ミトさん?」

「お願いしますトラジオさんッ! あたし達を……じゃなくて、あたしを守って下さいッ!」

「ええっ!?」


 既に酔がまわってしまっているのか、どういう意味なのか全く解らないがまるでラブレターでも渡す少女かの様に両手でジョッキを握りしめ、トラジオに突き出すミト。

 その言葉にトラジオよりも先に悠吾が困惑した声を上げてしまう。

 

「ム……ムゥ」


 そして、まさかそういう反応をされるとは思ってもみなかったトラジオもただ戸惑い、小さく唸り声を上げるしか無かった。

 その姿に、トラジオもまた自分と同じように女性に苦手だったということを思い出す悠吾。


「かなり酔いが回っているようだな。探索は明日日が昇ってからにするか、悠吾」

「そ、そうですね。何も夜に行くことないですしね」


 ミトが握っているジョッキをひょいとつまみ上げ、呆れた表情で顔を見合わせる悠吾とトラジオ。自分はお酒に強いと言っていたミトはすでにその瞳だけではなく、身体全体がとろんと溶けかけている。


「……ところでトラジオさん」

「何だ?」


 ふわふわと酔いの波に踊らされるミトを見ながらふと思い出したかのように悠吾は1つの疑問を口にした。最初、待機所(モータープール)でトラジオさんに会った時からひっかかっていた疑問だ。


「……なんでトラジオさんはそんなにカメラに詳しいんですか?」


 写真が趣味といっていた雨燕さんでもここまでカメラについて詳しいとは思わない。

 まるでそれを生業にしているかのような──

 

「ひょっとしてトラジオさんの仕事って……」

「……」


 と、悠吾の言葉を聞き流すように、トラジオはふと立ち上がるとふらふらと漂っていたミトの身体を優しく抱きかかえ、悠吾達が腰掛けていたテーブルの直ぐ脇に設けられているソファーへと運ぶ。

 女性が苦手と言っていたトラジオだったが、その手慣れた様な行動に何処か驚いてしまう悠吾。

  

 そしてトラジオは、ゆっくりとテーブルに戻るとジョッキに残ったペールエールをすべて流し込み──悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「秘密だ」


 その言葉に同じ男性なのにどきりと鼓動が跳ねてしまう悠吾。

 トラジオさんって、カッコイイ。

 変に下心が有るわけじゃない何処か紳士的な行動と、一貫して自慢したり、偉ぶらない姿勢を見て悠吾はそう感じた。


 そして悠吾には、トラジオが女性プレイヤーの中で密かに人気がある理由がなんとなく理解できた気がした。

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