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第11話 初めての探索 その1

 トラジオさんの言うとおり、廃坑前でキャンプを張っていたプレイヤー達は熟夜が訪れても街に帰ることは無かった。


『行きましょう、トラジオさん、小梅さん』


 小隊会話パーティチャットを使い、小さく悠吾が囁く様に言う。

 今なら行けます。

 悠吾はそう思っていた。


 辺りを支配しているのは耳が痛いほどの静寂と闇。先ほどまで木々を揺らしていた冷たい風も無くなり、焚き火の炎がぼんやりとまるで陽炎のように闇の中で揺れているだけだ。

 この闇は僕達に味方する。


『できるだけ奴らの視界にはいらない様に逆側から入り口に向かう』


 廃坑へつながる林道の向こうを指さしながらトラジオがそう答えた。

 このままこの林から廃坑の入り口に向かうとすれば、どうやってもあのキャンプの近くを横切らないといけなくなる。確かにトラジオさんの言うとおり、ぐるっと逆側に回りこんで壁ぞいに入り口に向かった方が安全だ。


『じゃぁ、先頭ポイントマンはあたしがやるわ。『暗視』と『サイレンス』スキルがあるからね』


 任せて、と小梅が小さく自信あり気に囁く。

 「暗視」と「サイレンス」。両方ともさっき教えてもらった小梅さんが取得している盗賊シーフのスキルだ。

 確かどちらともスキルレベルは1だけど、暗視Lv1は「若夜、熟夜の間、視力が10%向上する」スキルで、サイレンスLv1は「自分と小隊パーティが発する足音を10%カットする」スキルだった。

 夜の潜入に力を発揮するスキル。なんだかんだ言って小梅さんが仲間にいて良かった。


『わかった。殿しんがりは俺に任せろ』

『油断は出来ませんが、気楽に行きましょう。まさかユニオンの連中もノスタルジアのプレイヤーがこんな所に来るとは思っていないはずです』


 鈍感力を発揮しているのか、リラックスして、とでも言いたげに悠吾があっけらかんと言い放った。


『……ぷっ』

 

 一体何を言い出すの。

 この状況で楽観的とも取れる悠吾のその言葉に、小梅はつい吹き出してしまった。


『な、なんですか、小梅さん』

『てか、普通こういう状況ではさ「気を引き締めて」とか「油断しないで」とかそう言う事言うべきじゃない?』

『ま、まぁ、そうですけど……』


 なんというか、気を引き締めて、なんて言っちゃったら必要以上に緊張するかも知れないじゃないですか。

 ……主に僕が。


『フッ、まぁ悠吾なりの励ましの言葉という事にしておこう、小梅』

『……なにそれ。なんであたしが悠吾に励まされないと行けないワケ? 生意気!』

『ちょ、ちょっと小梅さん!』


 苛立ちを浮かべる小梅に悠吾はまた殴られるのではないかと身を竦めたが、あの拳は飛んでこなかった。


『後で覚えてらっしゃい』


 恐ろしい事を言いながら悠吾に一瞥した小梅が林をゆっくりと抜け出していく。

 小梅さんの言葉が全く冗談に聞こえないのは、僕の気のせいだろうか。

 あ、そうだ、無事小梅さんのトレースギアを復活できたら、まずはこの傍若無人なワガママ娘を叱ってもらうようにお兄さんにお願いしよう。うん、それが良い。


 悠吾は嫌な汗を額から滴らせながらトラジオと顔を見合わせると、小梅の後を追い、小さな林道へと足を踏み入れた。


***


 小梅さんのアクティブスキル「サイレンス」の効果はすごかった。10%とはいえ、明らかに歩く足音が軽減されているのが自分でもはっきりと判る。

 数名のプレイヤーの姿が見えるキャンプに注意を注ぎながらも悠吾はそう思った。

 深い暗闇と静かな足音。

 想定以上に廃坑の入り口にたどり着くのは簡単だった。

 

『それで、プレイヤーのアイテムをハイエナするのはどこがいいの?』


 廃坑内に入ってくるプレイヤーを警戒しつつも、淡々と足を進める先頭の小梅がポツリと小隊会話パーティチャットで問いかけた。

 そうだ、問題はここからだ。

 奥に行けば行くほど、配置されている地人じびとは強くなり、探索するプレイヤーがやられる可能性は高くなるが、落としたアイテムを拾い僕達が脱出する時間がかかってしまう。その時間が長ければ長いほど、危険は高まる。敵の強さと脱出時間、その2つのバランスがとれた場所がベストだ。


『小梅さん、ここの探索対象レベルはいくつでしたっけ?」

『15ね、確か』

『とすると、地人じびとのレベルがが20位なのはどの辺りでしょうか』

『ン……と、ちょっとトレースギア、良い?』


 MAP見せて、と小梅が悠吾のトレースギアを指す。

 そういえば、こういった狩場シークポイントに入った場合は、この場所の地図が表示されるんだろうか?


『大体地下4階ってとこじゃない? あたしもここは初めてだから、多分だけど』


 悠吾のトレースギアをスワイプさせながら、小梅が「地下4階」と表示された場所で指を止めた。


『おお、普通に狩場シークポイントの地図、見れるんですね』


 と、自分のトレースギアに表示された周囲のMAPを見て悠吾が感嘆の声を上げる。

 MAPが見れるのはデカい。

 周囲の状況が確認できて、もしもの時に逃走経路を迷う事も無くなる。


『ちなみに、この狩場シークポイントは地下10階まであるわ。配置されている地人じびとは主に戦士ファイターで、5階以下では魔術師ウォーロックも現れるらしい』

『ほう、妙に詳しいな、小梅』


 トラジオが小さく言葉を漏らす。

 確かに、初めてと言っていたけどこの狩場シークポイントに関する情報を幾つかすでに持っているという感じだ。そういえば、チャラ男に脱出経路について情報を少し貰ったと言っていたけど、それなんだろうか。


『事前に買ったのよ。「情報屋」から』

『……情報屋?』


 聞いたことが無いな。

 トラジオが訝しげな表情を浮かべた。


『知らないのは当然。情報屋はこの世界になってから作られた組織みたいだから。こういった狩場シークポイントの情報を集めて金で売っている連中よ』

『成る程な。攻略本も攻略サイトも無いこの世界では情報は金になる、か』


 当然といえば当然だけど、皆生きるために必死なんだ。

 小梅とトラジオの小隊会話パーティチャットを聞きながら悠吾はそう思った。

 相手の命を奪い、己の命を守る最大の武器は「情報」だ。例えば僕達が経験した「野生動物モブはレベル上げに向いていない」という情報ですらきっとお金を出して買ってくれる人は居るはず。

 そして、その事に気がついてすでにそれを商売にしている人達が居る。


『ま、レベルが低い狩場シークポイントだったから、そんなに高く無かったけどね。あ、ちなみにさ、悠吾』

『なんですか?』


 前方を警戒しながら足を止め、ちょいちょいと自分のアイテムポーチを指さしながら小梅が続ける。


『拾った武器はどーすんの?』

 

 プレイヤーが倒れれば、アイテムとともに武器も落とす。この前のチャラ男と同じように、アイテム保険に入っていないいい武器が落ちているかもしれない。

 Magpul PDRが今だ諦めきれていなかったのか、小梅はそれを狙っているようだった。


『いい武器があれば奪えばいいとは思いますが、アイテムポーチに限界があるので、無駄に所持品を増やす必要はないと思います』


 必要最低限のものを拾いましょう。

 そう言い放つ悠吾に小梅は悔しそうにしかめっ面を作った。


『ああ、もったいない。街で売りさばけば良いお金になるのに』

『……そういうことは小梅さんのトレースギアが治って、お兄さんとラウル市に脱出できてから考えましょう』


 ね? と、子供に諭すようにわざとらしく悠吾が答える。

 なんというか、現実的と言うか、己の欲に忠実というか、図太い女の子なんだな。小梅さんは。

 ──と、そう思った悠吾の左脚に突如激痛が走った。


「痛……ッ!」


 思わず小隊会話パーティチャットではなく肉声で叫びそうになってしまった悠吾だったが、慌てて両手で自分の口を抑え足元に視線を送る。

 何か踏んだのだろうか。もしかして、プレイヤーのトラップか何かだろうか。

 だが、悠吾の左脚を襲った激痛の正体は……小梅の踵だった。


『フン! ほら、さっさと地下4階に向かうわよ!』

『こここ、小梅さんッ!』


 僕、体力が減りましたよ今、絶対。トラジオさんと出会ったあの林道で腹部に食らったライフルの弾と同じくらい痛かったですもん。

 ぴょんぴょんと跳ねながら小梅の後を追う悠吾に、トラジオは「仲が良いんだな」と的外れな事をつぶやきつつ、3人は目的地である地下4階を目指した。 


***


 廃坑に入ってからしばらくは足元も見えない危険な状況だったが、先導する「暗視」スキルを持った小梅のおかげで大きな障害にぶつかること無く3人は地下3階まで降りてきていた。

 途中ユニオンのプレイヤーらしきレベル15の小隊パーティを見かけたが、やはり探索対象レベルよりも低いレベルの地人じびとが出るここ辺りで苦戦するわけもなく、立ちふさがる地人じびとを蹴散らしながら奥へと消えていった。


 そうして降り立った地下3階で悠吾達は標的にぴったりな3人の小隊パーティを発見した。

 レベルは20程。戦士ファイター聖職者プリースト、そして遠距離での戦いに特化したクラス、弓師アーチャーの3人だ。途中数回、地人じびととの戦闘を見たが連携が取れていて、手練だと伺える小隊パーティだ。

 さらに、運が良かったのは──


『あったよ悠吾』

『やはり、でしたか』


 その小隊パーティが倒した地人じびとの死体をあさっていた小梅から影で待機していた悠吾に小隊会話パーティチャットが届く。

 

『「なめし革」と、あと「石墨」もあったよ。「石墨」も落ちてたのは、ここが廃坑だったからかな』

『奴らが奥に行きます。急いで戻ってきて下さい』


 悠吾の言葉に、小梅は「あいよ」と小さく返事を返す。

 そう、運が良かったのは、採取する必要があったトレースギアの修理に必要な残りのアイテムを拾う事ができたことだった。


『狙いが当たったな悠吾。奴らの目的地はよりレベルの高い地人が居る奥だ』


 そしてそれから得られる情報は重要な情報だった。

 あの小隊パーティは重要でないアイテムをそのまま放置して先を急いでいる。そこから推測するに、目的のアイテムを取る前に、アイテムポーチを無駄なアイテムで圧迫する訳にはいかないと思っているからだろう。だから彼らは放置している。

 多分、彼らの目的は奥に居るレベルが高い地人じびとがドロップするレアアイテムか武器・防具。


『おまた。どう? 奴らの動きは』

『トレースギアで確認しながら慎重に進んでますね。相当な手練だと思います。全く油断していない』

 

 トレースギアで浮かび上がる3人のプレイヤーの姿を見ながら悠吾が囁いた。

 改めて見ると結構な装備をしているプレイヤー達だ。瞬間火力が高い魔術師ワーロックが居ないものの、戦士ファイターは火力が高いロシア製の分隊支援火器、軽機関銃ライトマシンガンのRPDを持っている。1分間に650発を撃ち出す事が出来る、東欧諸国や中国などでも運用されている銃だ。

 

『……また戦闘が始まるぞ』


 静かにトラジオが言った次の瞬間、辺りに甲高い発砲音が響き渡った。

 戦士ファイターが持つRPDの制圧射撃だろうか。銃を安定させるために設けられた二脚銃架バイポッドを盛り上がった岩に乗せ、射撃を行っている姿が発射炎の光でランダムに浮かび上がっている。


『今回はやけに苦戦しているわね』


 小梅がぽつりと呟いた。

 確かに、対峙する地人じびとに多少押され気味になってるみたいだ。通常であれば、後方で回復などのサポートを行う聖職者プリースト短機関銃サブマシンガンを構えて発砲している。


「退がれッ! こいつらはいつもと違うぞッ!」


 小隊会話パーティチャットではない、戦士ファイターの肉声の叫び声がのこぎりのような音を発する軽機関銃ライトマシンガンの発砲音の合間を縫って響き渡った。


『いつもと違うって、何の事なんでしょう?』


 いつも、ということは彼らはPC版の戦場のフロンティアでも共にプレイをしていたということだろうか。それとも、すでにこの世界で探索を繰り返している経験豊富なプレイヤー達ということだろうか。

 でも、あの声から判る事は、彼らの想定外の出来事が起きていると言うこと。それはつまり──


『判らんが、あの小隊パーティが全滅する可能性はあるぞ』


 トラジオが彼らの動向を見つめたまま呟いた。

 いよいよだ。結構な装備を持っている小隊パーティだ。しばらく補充する必要が無いくらい弾薬を持っているかもしれない。

 そう思った悠吾だったが──事態は急変した。


「伏せろッ!」


 再度戦士ファイターの叫び声が響く。その声と同時に彼が放っていたRPDの射撃音が止まった。

 そして、RPDの銃声の余韻が残った廃坑の冷たい空気を切り裂いて飛んできたのは──


「……ッ! 悠吾ッ! 小梅ッ! 伏せろッ!」

「えっ!?」


 突如トラジオも同じように肉声で叫んだ。

 と、次の瞬間、廃坑の奥からまばゆい光を放ちながらまっすぐにこちらに向かってくる「それ」が悠吾の目に飛び込んできた。


「……ッ!!! RPG-7!!」


 ロシア製の携帯対戦車擲弾発射器、RPG-7。ゲームや映画で途上国の兵士やゲリラなどが良く使っている安価なロケットランチャーだ。燃焼させたガスを後方に射出することにより反動を相殺し、無反動砲からロケットを撃ち出すことができながらも、高い威力を持っている。

 あろうことかあの小隊パーティを狙っていたロケットが軌道を逸れ、悠吾達が隠れる岩陰に向かってきた。


「うわッ!」


 ロケットの弾道を確認した時と、凄まじい爆発音と衝撃が悠吾と小梅を襲ったのは同時だった。

 装甲車両の装甲を貫き、内部を破壊する凄まじい威力を持ったロケットが岩肌に命中し、壁と、悠吾と小梅が立っていた床をも粉砕した。


「悠吾ッ! 小梅ッ!」


 運が悪いとしか言いようが無かった。

 元々採掘の為に掘られていたこの場所は地面に幾つも穴が開けられ、その上を板で覆っている箇所があった。そして悠吾達が立っていたのはその場所。

 いとも簡単に崩れた地面が瓦礫と共に悠吾と小梅の身体を闇の中に引きずり込む。

 

「うわぁぁっ!」

「きゃぁぁぁぁぁっ!」


 咄嗟に2人の腕をつかもうとトラジオが駆け寄るが間に合わなかった。

 無情にも、廃坑の壁と天井が崩れ落ちる音と共に、2人の叫び声が闇の中に響き渡る。

 地面にぽっかりと開いた闇の中に消えた2人をトラジオはただ呆然と見下ろすしか無かった。

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