第103話 素材を求めて その3
「それでミトさん、カメラのレシピに心当たりが有るんですか?」
「ん〜、無いと言えば無いし、有るといえば有る」
雨燕が工廠を後にして直ぐに、悠吾は核心となる部分をミトに問いかけたが、彼女から返ってきたのはそれだった。
なんともつかみ所のない返答に困惑する悠吾。
「え〜と……どういう意味です?」
「なんとなくね、想像はつくんだよね。ほら、カメラって要はレンズと……フィルムに光を投射させる鏡みたいなのがくっついてればいいんでしょ?」
「……めちゃくちゃ大雑把ですね」
確かに間違ってないとは思いますけども、そこからどうやって生産レシピを想定するんだろうか。ジャガーノートと違って、完成品のカメラが有るわけじゃないから「分解」でカメラを生成するための素材数が判る訳じゃないし。
「大雑把でいいの。あたしのクリエイティブはぼんやりとした所から生まれるんですから」
「……ま、確かにあんたの裁縫師の腕を見る限りじゃ、その言葉に説得力は有るわね」
これまで悠吾達の会話を聞くことに徹していた小梅が、頬付けを突き、気だるそうに呟く。
確かに小梅さんの部屋にあったミトさんが作ったと言う衣類は他にみたことが無い独特の物だった。地人達が着ている服とも違い、もちろんプレイヤー達が着ている戦闘服とも違う、小梅さんの小柄な体型と線の細さを活かして女性的な美しさを追求したような──
「何赤くなってんのよ、悠吾」
「えっ、いやっ、なんでもないです」
プライベートルームの「あれ」を思い出して思わず赤面してしまう悠吾。
イカン、つい想像してしまった。僕はそう言うキャラじゃないですから。
「……兎に角さ、ミトに考えがあるなら良いんだけど、一応皆が戻ってきてからカメラについて聞いてみたら?」
ひょっとすると誰かしらレシピとか知ってるかもしれないし。
小梅の言葉に顔を見合わせた悠吾とミトは小さく頷き合った。
雨燕さんは『蓄電機』と『磁性材料』2つの素材と引き換えにカメラを欲してるわけだけど、カメラを渡すのは何時でもいいと言っていた。時間はある。確かに小梅さんが言うとおり情報収集してからミトさんのカンを便りにレシピを模索しても遅くはないと思う。
「じゃぁ、とりあえずトラジオさん達が戻るのを待ちましょうか。小梅さん達は……部屋に戻ります?」
「息が詰まるし、つまんないからここに居るわ。別にいいでしょ?」
「いいですけど……相手してあげてね?」
「へ?」
小梅さんが保護者みたいなモノでしょ。
そういってミトが指さしたのは波に乗っているかのようにうつらうつらと頭を揺らしているアムリタだ。
ここに来てからずっと半分夢の世界に足を踏み入れたままだ。
「なんであたしが……ってまぁ、そうなるよね。ふつーに考えて」
はぁ、と溜息をひとつつき、アムリタを見つめる小梅。
その姿に悠吾は「既に姉妹のような、親子のような微妙な距離感と空気があるなぁ」と笑顔をこぼしながら思った。
***
トラジオ達探索チームがブロッサムの街に戻ってきたのは、若夜に入る寸前の日が落ちてからだった。
数週間後に訪れる交戦フェーズ。その為に可能な限り探索し、工廠が必要とする素材を手に入れ、戦力を増強する必要があると誰しもが考えていた。
最優先にすべきは命であり、不必要な探索は控え、危険と感じたら直ぐに逃げるようにと口酸っぱく伝えていたルシアナのおかげか解放同盟軍の面々に被害は無く戻ってきたプレイヤー達は数多くのアイテムや素材を手に入れ、未だ興奮冷め上がらぬ空気の中談笑を交わしていた。
「悠吾」
「……あ、トラジオさん」
プレイヤー達の喧騒に包まれる中、ふと背後からトラジオに声をかけられた悠吾。
いつもと違い、しっかりとした下準備とサポートし合える仲間が居る為に心配はしていなかったものの、無事に戻ってきたトラジオの姿につい表情がほころぶ。
「すまんが荷降ろしを手伝ってくれないか? ノイエ達が裏に居る」
「了解です」
任せて下さい、と悠吾はトラジオに頷いて見せると小走りで木組みの扉を出て行った。
悠吾達が今いる場所は、工廠がある長屋ではなく、そこから少し離れた場所に建てられたレンガ造りの倉庫だった。元々はこの地で地人が収穫したラウルオレンジや農作物などを保管するために建てられた倉庫だったが、ラウルGMバームがオーナーである地人から倉庫を買い取り、解放同盟軍に無償で提供している。
バームから提供されたのは、このレンガ造りの倉庫と工廠の長屋、そして彼らを警護する人材だった。
それだけでも十分な支援だったが、バームは付け加えて解放同盟軍メンバー達が住む住居も貸し与えるという提案をした。亡国者の称号が有るためにマイハウスに戻れないノスタルジアプレイヤー達にマイハウス代わりとして使ってほしいと考えたからだ。
だが、それはルシアナが丁重に断った。
滅亡した国家とはいえ、解放同盟軍のメンバーは百人を越す規模だ。長屋と倉庫だけでも相当な広さの施設なのに、さらに住居までとなればブロッサムの街に住む地人や他のプレイヤー達に迷惑がかかってしまうし、それにメンバーが街に分散してしまえば非常時の招集に時間がかかってしまう。
協力的になったバームの好意を無下に出来ないと考えるルシアナだったが、彼女がまず優先すべきと考えている事は、今を生き残り、戦力を増強した上で来る次の交戦フェーズでユニオンへ戦いを挑み、祖国であるノスタルジアを復興させること、それだけだった。
倉庫の入り口とは逆側、少し高くなった搬入口に悠吾は回った。装備の搬入出や整備に使っている待機所にずらりと並ぶ高機動多用途装輪車両が悠吾の目に飛び込んできた。
4人で1チームに区切り、各チーム一台づつ割り当てているハンヴィーから戦利品達が荷降ろしされ、倉庫の中へと運ばれている。
「悠吾」
トラジオに言われた通り、ノイエの姿を探していた悠吾の耳に1人の女性の声が届いた。プレイヤー達の声に飲み込まれる事なく、凛とした芯の通った声。
思わずきょろきょろと周囲を見渡す悠吾だったが、辺りにはプレイヤー達がごった返しているだけで、声の主は見えない。
「こっちですよ、悠吾くん」
「ど、どこですか?」
別の声がさらに悠吾の名を呼んだ。
そして慌てて辺りを見渡していた悠吾の目に映ったのは、小さく手を振るルシアナと、竜の巣の後、解放同盟軍に参加することになったロディだった。
「ルシアナさん、ロディさん。全然判らなかった」
「この人混みの中では仕方ない」
ルシアナとロディは同じチームで探索を行っている。元オーディンメンバーであり、同じ女性同士であるロディとは何かと息が合うようで、ルシアナ自身の要望でチームを組む事になった。
「荷物は平気です?」
「中継機は別のプレイヤーに手伝ってもらってもう降ろした。それより、お前は何故ここにいる?」
「トラジオさんにノイエさんの手伝いを頼まれて」
「ノイエ?」
そういえばつい先程見かけたな。
そう言って辺りを見渡すロディ。
と、彼女の目に1人のプレイヤーが止まった。
「……おい、レオン」
プレイヤー達の間をすり抜けながら、辺りを見渡している男。
どこか垢抜けた空気を放っている肌黒く、金髪に染め上げられたくせ毛のショートヘアのチャラ男、レオンはロディの声を聞きつけるとまるで飼い主を見つけた子犬の様に嬉しそうに駆け出した。
「はいっ! 何ッスかロディさんっ!……ってお前も居ンのかよ」
ロディの元にいの一番で駆けつけたレオンだったが、悠吾の姿を見て即座に表情が一変し、その姿に似合った悪態を突く。
そんなレオンに悠吾は辟易とした表情を浮かべた。
チャラ男が「暁」のメンバーになって、さらにユニオン連邦からノスタルジアへ移籍したと聞いた時はすんごく驚いたけど、どうやらロディさんに気があるのか、すっかり毒を抜かれてしまっている。
性格は相変わらずな人だけど、しつこい敵の1人が居なくなったのは正直ありがたいです。
「居ちゃ駄目ですか、レオンさん」
「てめぇ……まさかロディさんになんかメンドクセー事お願いしてるんじゃねぇだろな?」
「してませんよ」
まるでチンピラかの如く、悠吾を威圧するチャラ男、レオン。
ロディさんに無駄な力使わせンじゃねぇぞ、と威嚇するレオンに悠吾はどっと疲れがこみ上げてくる。
「レオン、お前に聞きたい事があるのだが」
「はいッ! 何ッスかッ!?」
コロリと表情を一変させ、レオンが鼻の下を伸ばす。
その姿に悠吾はさらに肩を落とす。
さっきまで悪態をついていた同じ人だとは思えない。本当に──恋の力ってすごいな。
「ノイエを見たか?」
「見てないッスけど……俺、探してきます!」
直ぐ見っけてきますから。
任せて下さいと言い残し、人混みの中に消えていくレオン。
そんな彼の姿に、悠吾とルシアナは呆れた様な笑みを浮かべた。
「大丈夫ですか、ロディさん?」
「ん? 大丈夫とは何がだ?」
「彼……レオンさん」
「ああ、どうしようもない部分もあるが意外と役に立つ男だ。……鍛えれば一端のプレイヤーになると思うぞ」
ウム、と腕を組むロディの編んだ金髪がふわりと風に揺れた。
ルシアナさんや小梅さんとは全く違うタイプの女性だけど、消えたレオンの背中を見るロディさんは──姉御、というかすごく鬼教官な空気が流れている。
「あ、悠吾くん、そういえばアーティファクトの件ってどうなりました?」
消えたレオンの姿をぼんやりと見つめていたルシアナが思い出したかのようにぽつりとつぶやいた。
そしてその言葉に、悠吾は雨燕の件を思い出す。
「あ、そうだ。おふたりにちょっと聞きたいことがあるんですが……カメラってこの世界でみたことあります?」
「……カメラ? カメラとは、写真を撮るあれか?」
首をかしげるロディに、悠吾は小さく頷いた。
「はい。実は今アーティファクト生産に成功の兆しが見えまして」
「えっ!? 本当に!? すごいッ!」
思わず両手をぱんと叩き、喜びを露わにするルシアナ。
「そうなんです。でも、アーティファクト生産に特別な素材が必要で、カナリヤの雨燕さんに協力してもらって素材集めをしてもらうことになったんです」
「成る程、それでカメラと言うことか」
実にあいつらしい。
ロディは苦笑しながらそう続ける。
「え? ロディさん、雨燕さんと面識があるんですか?」
「以前に一度、な。趣味は写真を撮ることだと言っていたのを覚えている」
意外な場所につながりがあるものだと悠吾は舌を巻いたが、よくよく思い出せばロディさんと雨燕さんは似たような性格なきがすると納得してしまった。
同じような性格の者同士、気が合ったのだろうか。
「それで……カメラを生成したいと?」
「そうなんです。カメラのレシピをミトさんとこれから模索するんですが、ヒントになる情報が何かあればと思って」
「なるほど。カメラ、ですか……」
ロディとルシアナはお互い顔を見合わせ、記憶の糸をたぐり寄せる。
最近の記憶から、以前ノスタルジア王国で共にオーディンメンバーだった頃の記憶まで──
だが、2人にカメラを見たという記憶は微塵も無かった。
「すまない。見た事も無いな」
「私もです。お力になれずすみません」
「あ、そんな謝る程のものじゃないですよ。知っていたら程度の話なので」
丁寧に頭を下げるルシアナとロディに悠吾は慌ててそう返す。
オーディンメンバーだったら知っているかと思ったけど、そう簡単に判るわけは無いか。
他にカメラに繋がりそうな人は居ないかと視線を宙に漂わせる悠吾。
と、その時だった。
「ゆぅぅぅごッ!」
「ッッ!!」
待機所に甲高い声が響き渡った。キンと突き抜ける様な女性の声だ。
その声に一瞬辺りの喧騒が静まり返る。
そして、思考をはたりと止め、振り返った悠吾の目に映ったのは、トレードマークのツインテールを解いてはいるものの、変わらないツンとした空気を放っている小梅だ。
「小梅さん?」
「あんた何サボってんのよ! さっさと仕事終わらせなさいよねっ!」
「……ええっ!?」
どんだけ待たせるつもりよ、とでも言いたげにまくし立てる小梅。だが、そんな約束などした覚えが全く無い悠吾は、いきなり現れた小梅が何を理由に怒っているのか全く解らなかった。
だが、次の瞬間、困惑する悠吾の姿をきょとんとした表情で見つめているアムリタが語ってはいけない言葉を口にしてしまった。
「……ママ、作ったご飯をあのオジサンと一緒に食べたくて呼びに来たんじゃ無かったの?」
「ギャッ!!」
その言葉に瞬間的に頬が発火してしまった小梅。
慌てて両手でアムリタの口を塞ぐと即座に踵を返し、倉庫の中に逃げ込もうと駆け出す小梅だったが──
「何をしているんだお前は」
「……ッ!」
逃がさんと言いたげに、背後に立っていた男から首の根っこを掴まれる小梅。
小梅の直ぐ背後に立っていたのはトラジオだった。
「はっ、はなっ……離しなさいよ!」
その鋼のような腕から逃れんと暴れる小梅だが、トラジオの腕はびくとも動かない。
「お前は……もう少し素直になれ」
「なっ……!」
そのままトラジオは暴れる小梅と口元を押さえられたアムリタをひょいと持ち上げると、悠吾の前にとすんとふたつの小さな身体を降ろす。
トラジオに動きを制されている小梅に許された事は、ただ目を泳がせるだけ。
そしてそんな小梅を冷ややかな面持ちで見つめるルシアナ。
「……小梅さん、悠吾くんに料理を作ったんですか?」
「そうだよ。私がママに教えてあげたの」
「へぇ〜……」
「ち、違うっ」
何処か探りを入れるように小梅に問いかけたルシアナに、ふたりの事情を知るわけもないアムリタが笑顔で答えた。
いつもの丁寧な口調でありながら、どこかトゲトゲしくも感じるルシアナの声。
そしてその瞳はいつもとは違う色に輝いているように見える。
「……あ〜……悠吾?」
話しても良いか? と少し気まずそうに切り出すトラジオ。
張り詰めた空気を纏いながら静かに睨み合う小梅とルシアナにさすがのトラジオも気圧されて居るように見える。
「な、なんでしょうか」
「先ほど小梅に聞いたのだが、お前はカメラを探しているのか?」
「……え?」
トラジオの口から放たれた言葉に意表を突かれたように呆けてしまう悠吾。
「トラジオさん、知ってるんですか?」
「いや、レシピを知っているわけではないが……俺の知識が役に立つのではないかと思ってな」
「……え、ホントですか!?」
そう言いながら珍しく気恥ずかしそうに頭を掻くトラジオに悠吾は思わず目を丸くしてしまった。
失礼だけど、生産に一番疎いと思っていたトラジオさんから情報が来るなんて思ってもみなかった。でも、以前にサブクラスで薬師を取得していると言っていたし、意外と生産に精通しているのかもしれない。
やっぱり皆に聞いておいて良かった。
心の中で安堵した悠吾の言葉を合図にしたかのように、搬出が済んだハンヴィーを移動させるために火を灯したエンジン音が辺りに鳴り響いた。
各探索チームのハンヴィーから降ろされた荷物はすでに殆どが倉庫の中に搬入され、喧騒に満たされていた待機所には静寂が戻りつつ有る。
だがそんな中で、その一箇所だけは異様な空気を放っていた。
トラジオの言葉を完全にスルーして静かに睨み合う、小梅とルシアナの2人だ。
彼女たちの瞳に燃え上がっているのはまるで仇敵と相対したかのような紅蓮の炎──
「え〜……っと」
どうしましょうか。
掠れた様な悠吾の言葉に、トラジオは小さく肩をすくめ返す。
彼女達には触れないほうが良い。トラジオの瞳はそう語っている。
「ロディさん!」
そんな中、待機所にロディの名を呼ぶ声が響き渡った。
ノイエを探していたレオンの声だ。どうやらノイエを発見できたのかレオンの嬉々とした表情がロディの目に映る。
「いやぁ、マジ大変でした。滅亡したクセになんでこんなにプレイヤーが居るんだっつの」
さすがの俺もすこーし苦労しましたよロディさん、とニヤけながら続けるレオンだったが、次の瞬間その表情が凍りついた。
さすがのレオンも何やら異様な空気を放つ小梅とルシアナにぴたりと身体が硬直し、視線だけを2人に送る。
「な、何なんスかロディさん……」
「……」
アバズレ小梅とネーチャンが放つこのクソ重っ苦しい空気は。
だがロディは返す言葉なく、小さく溜息をつくだけだ。
「……悠吾」
観念したかのようにぽそりと口を開くロディ。
そしてロディは悠吾に一言「お前も色々と大変だな」と小さく囁いた。




