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第102話 素材を求めて その2

 ブロッサムの街に似つかわしくない、白を基調とし、まばらにグレーやブラウンのパターンがプリントされた冬季迷彩柄の戦闘服を着た女性が地人じびと達の間を縫い、目的の場所に向け足を進めていた。

 防寒具であるフード付きのコートから覗く白銀の巻き毛に隠された冷ややかな視線に周囲の地人じびと達はびくつきながらまるで海が裂け、そこに道が造られていくかのように彼女の目前から逸れていく。


 その女性──ヴェルド共和国を中心に活動を行っている情報屋「カナリヤ」のリーダー雨燕あまつばめは憂鬱だった。

 先日、解放同盟軍のキャンプで情報屋を取りまとめるグループである「アセンブリ」への参加を表明したカナリヤだったが、それ以降、アセンブリの参加メンバー同士で情報交流と協力体制が築かれ、カナリヤの元にも以前よりも倍近い依頼が舞い込むことになった。

 単純に考えると、仕事が増える事は依頼金が増え、カナリヤの評判も高くなる。

 しかし一方で自分の為の探索に割く時間が無くなり、以前のように気ままに探索することが難しくなった事に雨燕は複雑な心境だった。

 

 そして今日も、新しい依頼があるとメッセージが届いた雨燕は最深部近くまで到達していた探索を切り上げ、ブロッサムの街へと向かうことになっていた。


 雨燕はその独特のプレイスタイルから、戦場のフロンティア内では名の知れたプレイヤーの1人だった。

 彼女のプレイスタイル、それは徹底した「単独ソロ」でのプレイだ。


 彼女はヴェルド共和国のクランランキング2位の強豪クランに所属し、クラン内でも上位に位置するほどの手練で、クラス盗賊シーフの特化ルート「暗殺サイレントキル」を取得しているプレイヤーだった。


 「相手が雨燕の存在に気がついた時は、すでに自分の体力ゲージがゼロになった時だ」と同じヴェルド共和国のプレイヤーに言わしめるほど単独ソロプレイに特化している彼女にとって、誰かと小隊パーティを組む事は自分の身を危険に晒す意外の何者でもなかった。


「解放同盟軍に呼ばれて来た雨燕だ」

「雨燕様ですね。お待ち下さい」


 ブロッサムの街を暫く進んだ先、待ち合わせ場所に設定されていた「仕事の斡旋場」であるヘッドクオーターで雨燕は受付の地人じびとにそう告げる。

 そうして暫くしてヘッドクオーターに現れたのは雨燕も良く知る男だった。


「すみません、雨燕さん。わざわざ起こしいただいて」

「いや、構わない。それにしても待ち合わせ場所にヘッドクオーターを選ぶとは。このような使い方をしたのはお前が初めてだと思うぞ、悠吾」

「ユニオンがどんな手段で手を出してくるか解らないですからね。念には念をと思いまして」


 小さく肩を竦める悠吾に、雨燕はブロッサムの街を訪れて初めて表情を崩す。


 ノスタルジア王国と協力関係を結んだアセンブリに悠吾はルシアナを通じてコンタクトしていた。目的はもちろん『蓄電機コンデンサ』と『磁性材料フェライト』の情報を得る事だ。

 そして悠吾が合流場所に設定したのは、ブロッサムの街に設けられている、プレイヤー同士の仕事を仲介するヘッドクオーターだ。

 ヘッドクオーターに「雨燕が訪れたら連絡をしてほしい」という依頼を出しておけば、お金はかかるものの安全かつ確実に雨燕と会うことが出来る。

 危険に身を晒すわけには行かない悠吾達にとって、安全は何よりも優先すべき事だった。


竜の巣ドラゴンス・ネストの襲撃チームには参加しなかったが、上手く行ったようだな」

「ええ、色々と新しい問題は発生しましたけど」

「問題?」


 それは聞いていないな、と眉を潜ませる雨燕に悠吾はこくりと小さく頷く。


「今回雨燕さんに依頼したい事とつながりが有るのですが……詳細は後ほどお話します。とりあえず、行きましょう」


 ここで話す訳にはいかない重要な事ですから。

 そう言いたげにもう一度肩をすくめて見せた悠吾は、雨燕を引き連れミト達が待つ工廠へと向かった。


***


「成る程、ユニオンのGMゲームマスタークラウストは、元オーディンメンバーだったというわけか」

「ええ、名前を変えていたらしく、オーディンのクランマスターであるルシアナさんも会うまでは気が付かなかったようです」


 工廠メンバーが集まるトタン張り長屋の一角、小さい机を幾つか合わせた簡易的な会議室。

 そこに居るのは雨燕と悠吾、雨燕とは初めて会うミトと小梅、そしてうつらうつらと頭を靡かせているアムリタだ。

 

「仲間だったオーディンメンバーにノスタルジアは滅ぼされたというわけか。皮肉だな」

「まったくだわ。一体何があったのかあの女(ルシアナ)に問い詰めたいわよ」

  

 冗談半分で言った雨燕に、吐き捨てるように真剣に答える小梅。

 その言葉に一瞬怪訝な表情を浮かべるミトだったが、悠吾も少なからずその真相をルシアナに聞きたいと思っていた。

 ルシアナさんは車の中でクラウストさんを「多数のメンバーが離脱するきっかけを作ったプレイヤー」だと言っていた。その事件がPC版戦場のフロンティアには存在していなかったユニオン連邦という国家の誕生につながっているのかもしれない。

 

「それで、クラウストと私に依頼したい仕事というのはどう関係しているんだ?」

「雨燕さんに依頼したいのは、とあるアイテムの情報提供です」

「とあるアイテム?」

「……ええ、とても重要なアイテムなんです」


 ミトが悠吾と代わるようにそう続ける。


「ノスタルジアとユニオンで締結されたと言っても良い『停戦期間』は1ヶ月なんです。1ヶ月後の交戦フェーズでユニオンは間違い無くラウルの国境を越え、ラウルのプロヴィンスに雪崩れ込むと思います。だから、あたし達には強力な武器が必要なんです」

「雨燕さんには隠さずお話します。今僕達が取り組んでいる事は、『アーティファクト兵器』の量産です」

「……!!」


 前触れもなく、悠吾の口から放たれた言葉に雨燕は目を丸くした。

 アーティファクトの量産──そんな話は聞いたことがない。そもそもアーティファクトはドロップのみで手に入るレア中のレアアイテム。生産する為のレシピなど存在しないはず。


「アーティファクトアイテムに生産レシピは存在しないと私は認識しているが」

「はい、存在はしていないと思います。ですが、この世界では生産レシピに載っていないアイテムを生成することが出来るんです。以前お話しした相違点ですよ、雨燕さん」

「……相違点、か。なるほどな」


 納得したと笑みをこぼす雨燕。

 以前の戦場のフロンティアの常識がこの世界では通用しない。私も何度かそれを経験している。

 

「ヘッドクオーターを待ち合わせに使う柔軟な発想を持っているお前ならではのアイデアだな」

「え? そ、そうですかね……」

 

 雨燕の言葉に、謙遜しつつも「でへへ」と嬉しそうに頭を掻く悠吾だったが、隣から放たれた小梅の肘が横腹に突き刺さり、即座にその表情は姿を消す。


「それで、そのアーティファクト生産の為のアイテムを探してほしい、と?」

「はい。でも目星はついています。『蓄電機コンデンサ』と『磁性材料フェライト』という素材が必要なのですが……」

「『蓄電機コンデンサ』と『磁性材料フェライト』……」


 その名前を聞いて、雨燕は視線を宙に漂わせた。


「聞き覚えが?」

「……ああ、確かヴェルドの狩場シークポイントで何度か拾った記憶がある」

「……マジですか!?」


 思わず立ち上がったのは鼻息あらく、今にも雨燕に食いつかんがごとく目を爛々とさせているミトだ。

 また一歩アーティファクトアイテムの生成に近づいた事を感じ、興奮を押しとどめられず息が荒くなってしまったミトに、雨燕は思わず気圧されてしまった。


「ほ、本当だ」

「その狩場シークポイント、場所を教えてくれませんか!?」

「それは構わないが……」


 どうしようか、と一瞬雨燕が考えこむ。


「あ、もちろん報酬はお支払いしますよ」

「あ、いや、そうではないのだ……」


 依頼金について悩んでいるのか思った悠吾だったが、彼女が悩んでいたのは、今回の依頼金ではなく──その狩場シークポイントの危険性だった。


「『蓄電機コンデンサ』と『磁性材料フェライト』がドロップするのは推奨レベルが40以上の高レベル狩場シークポイントなのだ」

「ぶっ!!」


 その言葉に小梅が小さく吹き出す。

 推奨で40って事は、奥に行けば50近い敵が現れるってことじゃない。今の解放同盟軍に40以上のレベルプレイヤーって居たっけ。


「確かに、危険ですね」

「亡国者の称号を持つお前達には尚更だ」


 命がけの探索になる──

 脳裏に浮かんだその言葉に、今度は悠吾が頬杖を突きながら思案に暮れた。


 『蓄電機コンデンサ』と『磁性材料フェライト』はジャガーノート生産の可能性がある素材だとはいえ、それが100%だという確証はない。

 でももしその2つが「当たり」だった場合、一体ジャガーノートを生産し、ジャガーノートを装備したチームで探索すれば量産体制は確立出来る。

 最初の1回。その1回を探索できるチームを編成する必要がある。

 でもそれは、まさに命がけの探索だ。


「……そこでだ悠吾、私からひとつ提案があるのだが」


 と、しんと静まり返った部屋に雨燕の声が響いた。


「なんでしょうか?」

「その狩場シークポイントは行き慣れた場所だ。故に……私が代わりに行ってきてやろう」

「……えっ?」


 雨燕から放たれた言葉に、言葉を失ってしまう悠吾。


「どういう事? あんたが探索するって事? ひとりで?」

「ああ。私は元々単独ソロの人間で、ひとりで狩場シークポイントを回る事も多い。問題なく行けると思う。ただ──」


 言うべきかどうか悩んでいるように雨燕は目を泳がせる。

 そして一瞬の間を置き、小さく彼女は言葉を続けた。


「その……ひとつやってもらいたい事があるのだが」

「……何でしょう?」

「お前達は先ほど、生産レシピに無いモノを作れる、と言ったな?」

「ええ、何でも、というわけじゃありませんが」


 そう言う悠吾の言葉に付け足すようにミトが「ある程度のモノだったら」と続ける。


「作ってほしいものがあってな。その……カメラなのだが」

「カメラ? カメラって……写真を取るあれですか?」

「そうだ」


 こくりと頷く雨燕は何故か恥ずかしそうに少し頬を赤らめている。

 

「私は元々写真が趣味でな。こちらの世界に来てから世界を転々としているうちに、その……どうも疼いてしまって」


 恥ずかしいことだが、と雨燕が続ける。


 ──写真が趣味。 

 クールでどこかミステリアスな雨燕さんの趣味は写真だった。

 その事実に悠吾は雨燕という女性に少し親近感を抱いてしまう。


「雨燕さん、写真ができるんですね」

「いや、その……趣味レベルなのだがな。それで……可能か?」


 自分の趣味の話から話題を逸らそうと雨燕が念を押すようにもう一度問いかける。

 悠吾がその言葉に視線を送ったミトは、すでに彼女の経験内でカメラの生産レシピを探っているかのように、眉間にしわを寄せ考え込んでいた。

 

「どうですかね、ミトさん?」

「……カメラ、ね。う〜ん、作った事は無いけど多分いけるんじゃないですかね?」

「本当か!」


 ミトの言葉に思わず笑顔が溢れる雨燕。

 その笑顔はまるで子供のような純粋無垢で「好きなことがやっとできる」という安堵に似たものが滲んだ笑顔だった。

 そしてその姿を見て、ふと悠吾の脳裏にとあることが過ってしまった。

 この世界に必要とされている娯楽についてだ。


 ゲームの世界だから当たり前といえば当たり前なんだけど、この世界では娯楽というモノは全くない。

 これまでいろんな武器や装備にばかり頭が回っていたけど、雨燕さんが欲しているカメラのような「娯楽」に繋がるアイテムって多分需要は有るんじゃないだろうか。

 娯楽や息抜きは生きるために必要な事だ。娯楽によって張り詰めた緊張は薄まり、明日の活力につながる。

 「忙しい中でも遊ぶという事が良い仕事人の条件だ」と会社の先輩が言ってたっけ。

  

「依頼は確かに受けたぞ悠吾。明後日お前達が希望する『蓄電機コンデンサ』と『磁性材料フェライト』を幾つか手に入れる。報酬となるカメラは──まぁ、何時でも良い」

「有難うございます、雨燕さん」


 何から何まで申し訳ありません、と頭を下げる悠吾に雨燕はこれまでに無い程の笑顔を返す。


 一見何の変哲もない雨燕の笑顔。

 だが、その笑顔がほんの僅かに歪んだものに変わっている事を悠吾達は気付かなかった。


「では、な」


 また連絡する。

 そう言って工廠を後にする雨燕。


 雨燕は怪しくほくそ笑む。

 この依頼で手に入る、報酬カメラ以上に重要なとそれを夢みながら──


 雨燕が欲していたもの。それは、狩場シークポイントへ堂々と潜ることが出来る時間。

 依頼を受けたからには他の依頼に邪魔されず、ひとりの時間を堪能しながら狩場シークポイントに潜る事が出来るその時間は雨燕にとって何ものにも代えがたい物だった。

 

「……最高の依頼だな」

 

 工廠を後にした雨燕の心は、ブロッサムの街を天から見下ろす晴れ渡った空のように晴れ晴れと澄み渡ってる。

 そして、浮かれた彼女がつい口ずさんでしまった鼻歌に、ブロッサムの街に住む地人じびと達は恐れおののき、彼女の前にまた道を作っていくのだった。

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