第101話 素材を求めて その1
解放同盟軍の軍需工場とも言える生産職で構成されたグループ「工廠」の面々が集まるトタン張りの長屋──
防寒など施されているわけはない長屋の隙間から流れこんで来る隙間風がばたばたとトタンを揺らし、さながら「死の行進曲」を彷彿とさせるリズミカルな絶望をミトに与えていた。
それほどまでに悠吾から依頼されていたアーティファクトアイテムの生成は難航していた。
14個の素材に分解された超レア兵器であるジャガーノート。運良く「工廠」内に素材があったため、その14個の素材で兵器生成を行ったが完成したのは鉄くずだった。
生産が失敗した場合に生まれる、何の役にも立たないゴミ。
それが鉄くずだ。
1発でジャガーノートが生産できる可能性は低かったものの、産まれた鉄くずを見てミトは頭を抱えてしまった。
生産において鉄くずが生まれる原因は、2つあった。
間違った素材を選択してアイテムを生成した場合と、各アイテムに割り当てられている生産の成功率によって失敗してしまった場合だ。
通常、トレースギアや街の各クラスの工房で「リストに載っているアイテム」を生産する場合、生産したいアイテム名を選択し、そこから素材を選択するという過程をふむため、間違った素材を選択して鉄くずが生まれる可能性は低い。
だが、今ミトが行っているのは「リストに載っていないアイテム」の生産の為、産まれた鉄くずが「間違ったレシピ」によるものなのか「確率で失敗した」ものなのか判断がつかなかったからだ。
通常であればレアクラスのアイテムであっても生産成功確率は5割を切る事が多い。レジェンダリーの上、アーティファクトクラスともなれば成功確率は1割を切るかもしれない。
14個以外に素材が必要なのか、それとも単純に失敗してしまったのか。
まずはそのどちらかを確かめたいと考えたミトだったが、判明したその14個の素材の中には「レア」レベルの素材も含まれていた為、簡単に試すわけにも行かなかった。
「ミトさん、この鉄くずどうしますか?」
「……えっ?」
解決の糸口を探し、頭を抱えていたミトの耳に届いたのはとある工廠メンバーの声だった。
ミトの直ぐ脇に立っていたのは、背の低い少年の様なプレイヤーの姿。
まだあどけなさが残るその少年プレイヤーの姿に──ミトは見覚えがなかった。
「……捨てましょうか? 鉄くず」
「あっ……大丈夫。それよりも生成リストの方をお願いね」
生成リストというのは、今探索に出ている戦闘職プレイヤー達の消耗品を補うために工廠に与えられた仕事のひとつだ。
様々な生産職が居る工廠では、回復アイテムから弾薬、摩耗してしまった戦闘服や武器、兵器などを生産し戦闘職プレイヤー達に提供している。
「大丈夫です。リストにあるものは先ほど終わりました」
「あ、ホント? だったら……少し休憩したら?」
少しづつ日が傾きつつ有る。もうしばらくしたら探索に出ているチームが戻り始める頃だ。そうなれば、探索品の荷降ろしや装備、兵器のチェック、生産物の支給に負傷したプレイヤーの手当てなどやることは沢山出てくる。
休める時に休む。それが良いプレイヤーってもんですよ。
「そうですね、少し掃除したら休ませて頂きます」
「……うん、そうして」
にこりと笑みをこぼす少年プレイヤー。
その名前を思い出そうと考えたミトだったが、その記憶の掘り起こしに使う時間すら惜しいとレシピブックへと視線を戻す。
ミトは1つの可能性として膨大にあるレシピブックの中から、アーティファクト生産に必要なヒントを探していた。
判明している14個の素材が必要とされるレシピをピックアップして、そのレシピから必要な残りの素材を探り当てる事ができるかも知れない。かなりの数になっちゃうけど、無限にある素材を1つ1つあてずっぽうに混ぜていくよりはいくらかマシだ。
「ミトさんすみません、ちょっと教えてほしい事があるんですけど」
「何?」
「この鉄くずって、何かに使えたりしないんですか?」
「……え?」
片耳で少年プレイヤーの言葉を聞いていたミトが、その言葉にはっと顔を上げた。
鉄くずといえば使用用途が無く、売ることも出来ないゴミアイテムだけど、これも紛れもないアイテムのひとつに間違いない。
可能性として何かに使えるということはあるかも知れないけど、そんな話聞いたこともない。
「あたしの経験では……全く役に立たないゴミ、のはずだけど」
「鉄くずって、生産に失敗した時に出来る『生成物』ですよね?」
「そうだよ」
「単純な疑問なんですが、だとしたら……鉄くずを『分解』したら、どうなるんですか?」
少年プレイヤーはまだレベルの低い裁縫師だった。
その浅い経験故なのか、ミトが考えもしなかった疑問を投げかける少年プレイヤー。
「……なるほど。鋭い意見」
少年プレイヤーにミトは小さく笑みを浮かべてみせる。
鉄くずを分解する──それは完全に想像すらしたことがない盲点とも言える言葉だった。
鉄くずが生成アイテムとするならば、鉄くずを生成するレシピは無限にある。生成できる素材が無限にあるアイテムを分解したら、どうなるんだろう。
ふつふつとミトの中に好奇心が生まれる。
「……試してみよっか?」
鉄くずはいやというほどあるし、消えてしまっても何の問題もないからね。
ミトの言葉にこくりと頷く少年プレイヤー。
彼もその結果が気になるのか、そわそわと落ち着かない様子だ。
ミトはとりあえず小さな鉄くずを手に取った。アサルトライフル生成時にできてしまったただの鉄くずだ。
何かヒントがもたらされるといいな。
そんな事を考えながら、ミトはトレースギアのスキルメニューから「分解」スキルをタップすると、その対象に鉄くずを選択した。
***
「……それがきっかけだったって事ですか? その少年プレイヤーがヒントを?」
「そうなのよこれが」
でも立役者であるその少年プレイヤーは、悠吾さんを探しに行ってまだ帰ってきてないけど。
興奮が未だ冷め上がっていないミトは、目の前の椅子に座る悠吾と小梅、そして一体ここは何なんだろうと目を輝かせているアムリタにそう言葉を投げかけた。
ゴミアイテムである鉄くずを分解するとどうなるのか。
結果の予想すらつかなかった疑問だったが、結論として鉄くずを分解することで、ジャガーノートの生成に繋がる重要なヒントがミトにもたらされる事になった。
そのヒントとは──
「ええと……話をまとめますと、鉄くずを分解すると『そのアイテム生成に素材がいくつ必要なのか数だけ判る』ってことで合ってますか?」
「イエース!」
すごいでしょ! と鼻息を荒らげるミトだったが、一方でその話を聞いていた小梅には全く意味が判らなかった。
「……どーいう意味? ぜんっぜん解かんない」
「わかりやすく説明すると、ですね」
首をかしげる小梅にわかりやすく説明するために、ミトはアイテムポーチの中から幾つかアイテムを取り出した。
「弾薬生成に必要なアイテムは『ガンパウダー』と『鉛玉』、それと『硝石』なんだけど……」
「うん……それで?」
「この弾薬生成はノーマルレベルのアイテムなので、生産成功確率は100%です。でも、ここに『鉄鉱石』を混ぜちゃうと、出来上がるのは──」
「鉄くずだわね」
単純に考えて。
そう答える小梅に、ミトはこくこくと何度も頷く。
「そうなんです。でも、問題はそこから。その弾薬生成を失敗して生成された鉄くずを分解すると──不思議な事が起きたんです。……なんと! 鉄くず3つに分解されちゃうんです!」
「……へぇ、それで?」
鉄くず3つに分解されて、それがどうなるわけよ。
興奮で声を荒げるミトとは対象的に、未だ話の内容がつかめていない小梅が冷静にミトに続きの説明を求める。
「えーと……説明終わり」
「へ? 終わり? 鉄くず3つに分解して、それがどーなるのさ?」
まったくわかんない! もっとわかりやすく端的に説明してよ!
そう続ける小梅にミトは次第に苛立ちが募ってしまった。
「……小梅さん! これはひっじょ~に重要な事なんですが!」
「ぎゃっ!」
あなたには判っていますかこの素晴らしい事が、と小梅の肩を掴みぐりぐりと揺さぶるミトに、小梅は得体の知れない恐怖を感じ、思わず悲鳴を上げてしまった。
しかし、そこまで言われても全く意味が判らない小梅。
だが、その傍らでじっと聞いていた悠吾は違った。
「すごい……すごいですよミトさん!」
「……えっ!?」
何? 何よ?? 今ので何かわかったわけ?
呆れた様な声を出す小梅をよそに、悠吾は思わず立ち上がってミトの机の上に残っている巨大な鉄くずを手にした。
「つまり、ですよ、ジャガーノート生成で出来た鉄くずを分解する事で、ジャガーノート生成に必要になる素材の数だけは判ったって事ですよね!」
「キャーッ! 流石ッ! 流石悠吾さんッ!」
やっぱりひと味ちがうわッ!
思わず拍手を送りたい欲望に駆られるミト。
「まだまだ不明な箇所は多いんだけど、多分一種の『バグ』だと思うんです。素材を間違って生成された鉄くずと、生産確率で失敗して生成された鉄くずが同じアイテムになってる」
幸運にもね。
やっと理解者が現れたミトは目を輝かせながらそう説明した。
そして、そうまくし立てるミトの言葉に思わず握りこぶしを作ってしまう悠吾。
「……それでね、既に分解したわけよ、あたし!」
「ッ! けっ、結果は!?」
「それが──」
驚いて下さい、とミトが鼻息あらく説明を続ける。
興奮しながらの説明だった為に半分以上が余談だったが、結論から言うと、ジャガーノート生成に失敗して生まれた鉄くずを分解したところ16個の鉄くずに分解されたという。
「16個? ということは……」
「後2つ素材が必要ってわけ」
なんという幸運。分解してドロップする素材の数は完全にランダムだったはずなのに、必要素材16個のうち14個はもう判明したというわけじゃないですか。
「それってかなり近づいたってことですよね!?」
「そうなのよ! でもね、それだけじゃないのよ、これが!」
そういってレシピブックを広げるミト。工廠が独自にまとめた通常の生産リストに載っていないレシピをメモした本だ。
そしてミトはぱらぱらとページをめくりながら、幾つか生産リストをメモに書き写す。
「……何やってんの?」
「マジで大変だったんだけど、見つけちゃったんだアタシ!」
ひょいとレシピブックを覗きこむ小梅に、見て、とメモを渡す。
そのメモに書かれて居たのはいくつかの兵器生成リストだった。
暫くそのメモを眺めていた小梅だったが、わかんないとそのメモを直ぐに悠吾に渡した。
「これは……?」
「これと見比べて。これ、ジャガーノートを分解した時に判明した14個の素材リストね」
「ッ!! これって……!」
その2つのメモを見て、悠吾は直ぐにミトが何を言いたいのか理解できた。
ジャガーノート生成に必要な素材のすべてが、ミトが書き写したいくつかの兵器の生成素材に含まれていたのだ。
「『鉄鉱石』に『サーボモーター』、『シリンダ(油圧)』で生成出来るのが機械兵器の心臓部になる『水冷V型8気筒ディーゼルエンジン』」
『鉄鉱石』に『サーボモーター』と『シリンダ(油圧)』です。
もう一度素材を口にして指を3つ折るミト。
「『潤滑剤』に『ナイロン繊維』が3つ、そして『誘電性エラストマー』で生成出来るのが『人工筋肉』──これは元々生産リストに無かった物で、工廠チームが発見したアイテム。何に使うかは不明」
そっちも興味あるけど。
そう漏らしながら続けて5つを数え、合計8回ミトは指を折る。
「はい、つづけて『油圧モーター』、『シリンダ(油圧)』『制御センサ』『電磁弁』で生成できるのが、同じく工廠が発見した生産リストに載って無く、用途不明のアイテム『ソレノイドアクチュエータ』ですっ!」
にんまりと笑みを浮かべて続けて4回指を折るミト。
これまでミトが口にした素材12個。そのすべてがジャガーノートを分解した際に判明した素材リストに含まれているものだ。
「ンで最後。『蓄電機』『通電コイル』『大型バッテリー』、そして『磁性材料』で生成出来る『電磁装甲』」
続けてミトの口から放たれた4つの素材、そのうちの2つ「通電コイル」と「大型バッテリー」がジャガーノートの素材の中に入っている。
「……ッ!! これは!!」
もう一度ミトから渡されたジャガーノートの素材メモに目を落とし、息を呑む悠吾。
ということはつまり……必要な残り2つの素材は『蓄電機』と『磁性材料』という事──?
「……お、おおおおっ!」
「……えへへへへっ!」
2つのメモを見比べ、驚嘆の声を上げる悠吾と、そんな悠吾を見てニヤニヤと笑みを浮かべるミト。
これは、ひょっとしてひょっとするんじゃないですか!?
「『通電コイル』と『大型バッテリー』が生成素材に含まれていて、残り2つの素材で生成できるのは今のところ、この電磁装甲だけなンだよね!」
「こ、この『蓄電機』と『磁性材料』って何処かで購入できたりするんですか!?」
興奮で思わず悠吾も声を荒らげてしまう。
もし購入できれば、直ぐにでも確かめる事ができるじゃないですか。
しかし、そんな悠吾を見てミトの表情が少し曇った。
「それが、わかんないんだよね。全ッ然」
「……え?」
「その素材は生成する必要があるのか、どっかに売ってるのか、それとも狩場でドロップするのか」
まるで燃え上がった炎がしぼんで消えるかのようにミトの声のトーンが落ちた。
『蓄電機』と『磁性材料』──
残念ながら、僕も聞いたことも無い素材だ。購入できる素材であるならば、今直ぐにでも買いに行きたい所だけど、少なくともこの街には売っていない。
またしても壁にぶつかったと感じた悠吾。
だが、騒ぎ立てる彼らを何処か冷めた目で見ていた小梅が意外な言葉を口にした。
「……わかんないなら、情報屋に聞けばいいじゃん?」
「……ッッ!!」
小梅のその言葉に、一斉に彼女の顔を見つめる2人。
その表情がとても恐ろしかったのか、思わず小梅は顔をひきつらせてしまった。
「なっ、何よ? なんかまずいこと言った? あたし」
「それですよっ、小梅さんっ!」
「どれよ!?」
情報屋……情報屋をまとめた組織、アセンブリの力を借りれば『蓄電機』と『磁性材料』の情報は直ぐにでも判るはず。
「ミトさん、直ぐにアセンブリの方々に連絡してみます」
「オッケ! 買い出しだったら工廠メンバーが動けるから言って!」
喜びが溢れ思わず飛び跳ねるミトと、心の奥底から力が湧いてくる感覚に身を震わせる悠吾。
暗礁に乗り上げていたアーティファクト生成のゴールがたしかに見えた──
それは次の交戦フェーズを越え、ノスタルジアを取り返すことが出来る兆。
悠吾とミトは、確かにそれを感じていた。
悠吾とミトの歓喜の声が響き渡る長屋。
しかし、2人の傍らに居ながら結局何がなんだか判らなかった小梅はただ目を丸くし──難しい説明を子守唄に、アムリタはすやすやと夢の世界に入っていた。




