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第99話 少女と鍵 その3

 小梅が着ている白のワンピースはミトが作った物だ。

 裁縫師テーラーが生成する防具には機能性を重視した戦闘服から、ファッション性を重視した衣服まで多種多様な物がある。

 亡国者の称号がある限り、探索や戦闘行為を禁じられた小梅のストレス発散の為にファッションは楽しんでほしいとミトは定期的に小梅の元にファッション性を重視した衣服を送っていた。


「……失礼しま~す」


 恐る恐るプライベートルームの扉を開けた悠吾が、ひょいと顔を覗かせた。 

 プライベートルームに到着した小梅が、どうせならあがってけば、と悠吾を部屋へと案内したのだ。

 小梅の為にそこそこ広いプライベートルームを購入したとルシアナに聞かされていた悠吾は一度見てみたいと常々思っていた。


「……めちゃ広いですね」

「ん~、だけどもう飽きちゃった」


 ぽかんとその部屋を見渡す悠吾に、小梅は小さく肩をすくめる。

 そこは竜の巣ドラゴンス・ネストで烈空が用意していたプライベートルームとは比べ物にならないほど豪華な、まるで高級ホテルの一室かと勘違いしてしまう様な空間だった。

 現実世界の部屋を模したベージュや白を基調とした落ち着いた配色の壁面に、間接照明を当てたラグジュアリーな雰囲気。この世界ではあまり見ないガラス張りの窓と思わずダイブしたくなってしまうふかふかのソファーが見え、思わず悠吾は溜息を漏らした。


「……と、言いますか……」


 ぐるりと部屋を見渡していた悠吾の視線が、ある一点でピタリと止まった。

 悠吾の視線の先、ふかふかのソファーの上に脱ぎ捨てられているのはミトからプレゼントされた小梅の衣服達。それに──


 あれはまさかいやそんなはずはない。僕を部屋に招き入れたのに。でもあれは間違いなく、パン──

 目を泳がせながら白黒させている悠吾に、小梅も脱ぎ捨てていたソレに気がついたようで、瞬間的に頬を火照らせてしまった。


「……ギャッ! ヘンタイ!」

「なっ、何を言ってるんですか! ちっ、違いますよッ! これは不可抗力といいますか! それに、そもそもそんな所にパ──」

「あーっ! 言うなッ! てか、もう早く帰ってよ!」

「え、ええっ!? 小梅さんが招いたんじゃ……」

「う、うっさい!」


 慌ててソファに脱ぎ捨てられていたソレらを拾い上げ、クローゼットの中に押し込む小梅。

 マジ最悪っ。ずっと部屋に缶詰だったから気が緩んでたっ……!


 クローゼットの扉を背に、視線の置きどころに困り、辺りを彷徨う小梅の視線。一方の悠吾も同じようになるべく変な想像をしないように話題を探すべく視線を漂わせる。

 と、宙を漂っていた2人の視線が1点で重なった。

 半開きになっている部屋の扉、その隙間から覗いている、小さな影に。


「あ……」


 思わず悠吾の喉からうめき声とも取れる声が漏れた。

 息を殺してこちらの様子を伺っている少女の視線が悠吾に突き刺さる。


「……アムリタ?」

「……ッ!」


 小梅に名を呼ばれたアムリタはびくりと身をすくめると、慌ててぱたんと扉を閉めた。

 悠吾が声をかける前に閉じられた扉の余韻がしんと静まり返ったプライベートルームに広がり、後に残っているのは黒い扉が返す沈黙の返事だけだ。


「えーと……」


 ひょっとして、僕を怖がってる?

 ノイエやトラジオから聞いていた、「恐ろしいナイフ使いの少女」という言葉とは正反対なアムリタの行動に悠吾は戸惑ってしまった。


「ずっとあんな感じなんですか?」

「まさか。あたしと居る時はふつーの子だよ」


 狩場シークポイントであたし達を苦しめた同じ女の子とは思えないくらいに。

 そう語る小梅の言葉を聞きながら、視線を感じた悠吾はちらりと扉に視線を送ったが、またしてもぱたんとその扉が閉じられてしまった。


 当初、アムリタを小梅と同じプライベートルームに保護する事をノイエとトラジオは反対した。彼女の中に本当の殺意が無かったとはいえ、危険な地人じびとであることには間違いないからだった。

 だが、そんなノイエとトラジオの危惧をあざ笑うかのように──キャンプで目覚めたアムリタは、狩場シークポイントでの立ち回りの記憶が無いといわんばかりの、見かけどおりの幼い少女だった。

 ノイエやトラジオ、そして他の解放同盟軍プレイヤー達に恐怖し、小梅にすがりつく姿は何処からどうみても、歳相応の反応。


 結局小梅自身の提言もあり、アムリタは小梅と同じプライベートルームで監視下に置かれる事になった。

 

「……それで、彼女からイースターエッグについて何か情報は聞き出せたんですか?」

「ン、まぁね。色々と」


 何故か小恥ずかしそうに、両手を絡める小梅。

 

「……? どうしたんですか?」

「な、なんでもないわよ。詳しくはクマジオ達が戻ってきてから話すけどさ。アムリタの正体が何となく判った」

「……正体が?」


 アムリタの正体。

 彼女は相違点と見て間違いないとノイエさんは言っていたけど、凶悪なレベルの地人じびとで、鍵を守る「護り人」だと言うこと意外まだ何も判っていない。

 正体がわかったって事は、ひょっとしてそれはイースターエッグに繋がる情報に──

 

「と、その前にまず、あたしに付与された称号『全能の鍵マスターキー』なんだけど、これはやっぱりイースターエッグを開く『鍵』らしいわ。鍵の『護り人』だったアムリタが言ってたから間違いない」

「……つまり、ノイエさん達が予想していたとおり、小梅さん自身が鍵になった、ってことですよね?」

「そう」


 悠吾の言葉に小さく頷く小梅。

 狩場シークポイント「蒼龍の番」で小梅さんはアムリタに鍵の形をしたピアスを渡されたと言っていた。でもそれは求めている鍵ではなく、渡されたプレイヤーに「全能の鍵マスターキー」の称号を付与させるアイテムだった。

 ──ノイエさんの予想は的中したって事か。


「ンで、その鍵なんだけど、どうやらアムリタが持っていたそれだけじゃないみたいなんだ」

「……と、いいますと?」

「護世八方天、って知ってる?」

「護世八方天? ……って仏教の?」


 いきなり小梅の口から放たれたその名前に悠吾は首をかしげた。

 護世八方天って確か仏教徒を守る神様達の名前だったはず。東西南北と東北、北西、南西、東南を守る8人の神様、だったかな?

 それが鍵と何の関係が有るんだろう?


「うん、結論から言うとさ、アムリタは8本の鍵のうちのひとつを護っている護り人、『護世八方天』のひとりだったってわけ」

「……8本の鍵!?」


 護世八方天という存在に驚く悠吾だったが、それよりも8本の鍵という言葉に彼の脳天に衝撃が走った。


「ちょっ……ちょっと待ってください。イースターエッグを開ける鍵は8本あるってことですか?」

「そういうことになるわね」


 アムリタの話を聞く限りは。

 そう言って小梅がソファにぽんと腰掛ける。

 

「あ、でも、イースターエッグを開ける為に8本の鍵が必要ってわけじゃないみたい。そのうちのひとつあれば開けられるって」

「ッ!! マジですか。あぁ、良かった……」


 ひょっとして8本全部集める必要があるんじゃないかと考えてしまった。

 ユニオンより先に鍵を手に入れて、有利な状況になったと思ったけど、8本全て揃える必要があるなら奴らに先を越される可能性がある。


 小梅の言葉にほっと胸を撫で下ろす悠吾だったが──直ぐに別の問題が悠吾の脳裏を過った。

 

「……待ってください。でもそれってつまり──残り7つの鍵をユニオンが見つける可能性があるってことですよね?」


 つい先日、彼らに相違点と狩場シークポイントに関する見解と、相違点が見られる狩場シークポイントのリストを送っている。

 彼らがすでにその狩場シークポイントへプレイヤーを派遣していてもおかしくない。


「多分ね。奴らの中の誰かにあたしと同じ称号が与えられるのも時間の問題かも」

「となれば、奴らよりも早くイースターエッグを発見しないとまずいって事ですね……」


 頭を抱え、そして柏手を打ち、天を仰ぐ悠吾。

 先日の会合でユニオンのGMゲームマスタークラウストさんが言っていた事から推測するに、現実世界に戻れる可能性があるイースターエッグに今一番近いのは僕達だろう。だけど、その差はユニオンの物量であっという間に縮まってしまうほどの差だ。

 彼らが鍵を見つける前に、何処かの狩場シークポイントに眠るイースターエッグのありかを発見しないと、ユニオンに奪われてしまう可能性は大きい。

 それに、僕達ノスタルジアにとって次回の交戦フェーズでは、ユニオンに武力で勝たなくてはならない戦いになる。その為にジャガーノートの量産体制も組みたい所だけど、そっちも見通しは立っていない。


 うんうんと唸りながら、小梅のすぐ隣に腰掛ける悠吾。

 その、さも当然のような悠吾の行動に、小梅は思わずどきりと鼓動が高鳴ってしまう。


 ──と、その時だった。

 ふと2人の耳に小さい小動物の鳴き声の様なドアの軋み音が届いた。

 恐る恐る開かれた様な、どこか申し訳無さそうな気弱な金切り音。


 その音がプライベートルームに広がると同時に悠吾と小梅は咄嗟に視線をドアの方へと送る。


「……」

 

 悠吾は続く言葉を失ってしまった。

 そこに立っていた少女の姿があまりにも儚く、そしてとても弱々しく見えたからだ。

 2人の視線の先、半分ほど開け放たれたドアから顔をのぞかせているのは、黄金色の透明感がある長い髪を持った少女、アムリタだった。


「……こ、こんにちは」


 悠吾はやっとの思いでひねり出すように挨拶の言葉を口にする。彼はまるで人形のような佇まいのアムリタに動揺を隠せなかった。

 引きつった笑顔を見せる悠吾の姿に、アムリタは怪訝な表情をにじませる。


 そしてアムリタの視線がふわりと小梅へと移されたのが見えた次の瞬間だった。


「……お腹すいたよ、ママ」

「……マッ……?」


 ずしんと後頭部をハンマーで撃ちぬかれたような衝撃が悠吾の頭を貫いた。なんとも言えないじんわりと身体の中に染み渡って行くような心地良い声だったが、悠吾にはそれどころではない。


 ママ──

 今、ママと言いましたか。

 今のは僕への催促じゃないですよね。だって僕は貴女のママじゃないですもん。


 …………いやいや、この場所の何処にも貴女のママは居ないはずですよ!? 


 ですよね? と問いかけるようにくるりと驚嘆の表情で小梅の顔を見る悠吾だったが、小梅はただ遠くを見つめたまま笑顔をのぞかせているだけだった。


「こっ、こここ、小梅さん!?」

「……良くわかんないンだけどさぁ……ママって呼ぶんだよね、あたしの事」

「ファッ!?」


 ぽつりとこぼす小梅の言葉にすっとんきょうな情け無い声を上げる悠吾。


 じ、実は小梅さんの娘だったとかいうオチは無いですよね。

 どういうワケなのか全く検討もつかない悠吾は、あり得ない答えを思い浮かべながら、警戒の空気を放つアムリタと、どこか諦めた様な表情を浮かべる小梅を交互に見るしか無かった。


「……ご飯」

「あー、はいはい、材料ちゃんと買ってきたからさ」


 めんどくさい、とトレースギアから幾つかアイテムを取り出す小梅。その手には、料理人クリナリアンが使う食材がいくつか握られていた。

 ひょっとしてさっき小梅さんが行商から買っていたのは──この子の食事?

 小梅さんがこの子の食事を?

 ──あり得ない。


「やった! ご飯だっ!」


 ぱっと部屋の中に光が差し込んだかの如きアムリタの明るい声が辺りの空気を一変させた。

 そして呆気に取られる悠吾の脇をアムリタは満面の笑顔でぱたぱたと駆け抜け、そして小梅の身体にダイブする。

 

 ノイエさんやトラジオさんがこの子に困惑した理由がわかった。

 この子は疑いようもなく──普通の幼い女の子だ。


「私が作るね! ママ達はお留守番!」

「あいよ……」


 何故か楽しそうにキッチンに向かうアムリタ。

 その姿に悠吾は引きつった顔で小梅に説明を求めたが、小梅は「何も聞かないで」と力なく睨み返すだけだった。

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