第98話 少女と鍵 その2
狩場「蒼龍の番」で小梅がやられたと聞かされたのは、悠吾がキャンプに到着してからだった。途中遭遇した地人の少女に得体の知れない攻撃を受け小梅が倒れた、と。
他のチームから、犠牲になったプレイヤーの報告が上がってきていない為、安心していた所に届いた報告に悠吾は一瞬で顔から血の気が引いた。
「一緒に居たトラジオさんとノイエさんは?」
「無事です。彼女は医療テントに運ばれていますのでお急ぎ下さい」
相違点が見られる狩場の調査は、以前悠吾達が遭遇した多脚戦車の様に、推奨レベル以上の敵が現れる可能性が高い。だからこそ、万が一危険と感じた場合は直ぐ様脱出するように悠吾はルシアナを通じて、各チームには念を押していた。
何よりも最優先すべきは皆の命であり、生きる残る事。
──まさか、まさか、小梅さんに限って命を落としたって訳じゃないですよね?
次々に脳裏を過るネガティブなイメージを振り払う様に悠吾は小梅が居るテントへと一目散に向かった。
そして悠吾がたどり着いた場所、そこはまるで野戦病院さながらのテントだった。
所狭しと横たわるプレイヤー達──この世界で「出血」という概念が無かったのが唯一の救いだと誰もがその状況を見て思っていた。
「彼らは……」
「相違点によって配置されたレイドボスによって傷を負った方たちです」
彼らの治療に当っていた唯一の回復職である聖職者プレイヤーが手を休める事無く悠吾にそう答えた。
通常、受けたダメージは時間と共に自然治癒し、こんな状況にはならないはず。
「彼らはエンチャント効果による永続的ダメージを受けています」
「永続的ダメージ……!」
「遭遇したレイドボスによる攻撃です」
以前、廃坑でトラジオさんが受けた弾丸と同じ効果。あの時はエンチャントガンで事なきを得たけど、トラジオさんの体力は回復するどころか驚異的なスピードで減り続けていた。
「彼らは助かりますよね!?」
「継続ダメージを相殺する持続回復アイテムが投与されています。経過を見る必要がありますが、ひとまずは大丈夫だと思います」
「……そうですか、有難うございます」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす悠吾。
だがすぐさま悠吾の脳裏にはより大きな不安が生まれてしまった。
小梅さんの身にも同じような事が起きているんじゃないか。
そう考えた悠吾は直ぐ様、小梅が運ばれたというテントの奥へと駆け出した
「悠吾!」
幾人かの聖職者らしきプレイヤー達と一緒に、トラジオの姿が見えた。そしてその向こう、ベッドの傍らでうなだれているノイエの姿と、横たわる小梅の姿。
「小梅さんっ……!」
ぞわぞわと悪寒が身体を這い上がり、顔から血の気が引いていくのが悠吾自身にもはっきりと判る。
そして、彼らを押しのけ、小梅の名を呼びながら駆け寄る悠吾の眼に映ったのは──
「……あれ?」
「安心しろ悠吾。小梅は無事だ」
悠吾の心配をよそに、すやすやと寝息を立てている小梅と、何故か同じくベッドに横たわり、眠っている──小梅達と対峙したという地人の少女の姿だった。
***
小梅さんがプライベートルームを逃げ出したのはこれで3度目だ。
称号「亡国者」と「全能の鍵」を付与されている小梅さんを保護する意味があるとはいえ、まるで軟禁状態でプライベートルームに押し込めていた為にそうなる事は予想できたけど。
ブロッサムの街に住む地人達の人混みの中に逃げ込み、姿を消した小梅に悠吾はため息混じりで肩を落とした。
『ミトさんすみません、小梅さんがまた逃げ出したみたいで戻るのが少し遅れそうです』
頼まれたアイテムもまだ買ってないし。
長引きそうだし、連絡しておこうと小隊会話でミトに話しかけた悠吾だったが、返ってくるのは沈黙だけだった。
小隊会話を返すのも億劫に感じるほど熱中しているのか。
すでにミトの性格を理解し尽くしていた悠吾は、こちらにもひとつ溜息をつく。
「……全く」
呆れ返った表情でトレースギアのMAPを開く悠吾だったが、そこに表示されている青い点を見てとりあえず安堵の表情を浮かべた。
直ぐに小梅さんを捕まえないといけない。小梅さんに称号「全能の鍵」が付与されたのを知っているのはごく一部のプレイヤーだけだけど、ラウルの街に間借りしている状態では100%安全とは言えない。
トレースギアのMAPを見ながら、地人達の間をすり抜けていく悠吾。
そして、悠吾を巻いたと思っていたのか、堂々と地人の行商人が広げているアイテムをちょこんと屈んで眺めている小梅の姿が直ぐに悠吾の視界に入った。
「……小梅さん」
「……ッ!!」
背後から投げかけられた悠吾の声に、びくりと身を竦める小梅。
「さぁ、帰りましょう」
「ちょっと待ってよ」
「待てません。小梅さんはもう自分一人だけの身体じゃないんですから」
小梅が狩場探索チームに参加せずに、ブロッサムの街に居る理由はそれだった。
小梅を失うことは、現実世界に戻る為の鍵を失うことになる。
小梅に付与された称号を知ったノイエとルシアナは、悩んだ挙句、小梅を隔離し、保護する結論に至っていた。
──小梅自身の意見を半ば無視する形で。
「……なんかイヤな感じ」
「……え?」
「急にあたしを特別扱いして。あんたまでまるであたしを物みたいに」
「そ、そういう訳じゃないですよ」
小梅の言葉に悠吾の心臓はどきりと跳ねた。
小梅さんはガサツに見えてすごく繊細な部分がある。周りに居る人間の自分に対する心境の変化は特に。
「べつに良いんだけどさ。あんたや皆の考えている事、判るし」
そう言いながらも、何処か悲しげな表情を浮かべる小梅。
その言葉に悠吾の心はちくりと疼いてしまった。
ブロッサムの街で小梅さんが頼ることが出来るプレイヤーはそう多くない。兄であるノイエさんかトラジオさん、そして僕くらいだ。
探索に出ている為にノイエさんとトラジオさんが居ない今、小梅さんの力になれるのは僕だけなのに──もっと気を使ってあげるべきだった。
「すみません、小梅さん」
「……何あやまってんのさ。悠吾は悪くないし」
そう言って小梅は行商人の地人に数枚の銅貨を渡すと、いくつかのアイテムを受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、と。戻ろか」
「……何を買ったんですか?」
「ま、色々ね。あの子がうるさくてさ」
「あの子? ……地人の……えっと……」
「アムリタ、ね。……てか、女の子の名前忘れるなんてサイテー」
減点1だね、と笑みを浮かべる小梅。
その表情に悠吾は少し救われた気がした。
狩場「蒼竜の番」で小梅達を襲った地人の少女。名前をアムリタと言った。
アムリタに「鍵」を渡された後、意識を失った小梅と同じくその場に倒れたアムリタをノイエとトラジオはキャンプに運んでいた。
小梅さんと同じくキャンプに運ばれていた事には驚いたけど──鍵を守る「護り人」である彼女に、鍵と、その鍵で開くことが出来る「イースターエッグ」というモノについて情報を聞き出せるかも知れないと判断したノイエさんとトラジオさんは正しかったと思う。
「戻りましょう小梅さん。お伴しますよ」
「うむ、苦しゅうないぞ」
よきにはからえ、と腕を組みふんぞり返りおどける小梅。
その姿は以前と変わらない小梅の姿だった。
「次から何か欲しい場合は僕に言ってくださいね」
「……う」
次脱走したら許しませんから。
そうばっさりと切り捨てる悠吾の言葉に小梅は苦笑いを浮かべるしか無かった。
そんな小梅の姿に、悠吾は呆れながらも笑顔をこぼしてしまった。




