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第97話 少女と鍵 その1

新章スタートです!

ストックが切れるまで毎日更新です。

 PC版戦場のフロンティアのサービス開始時、その世界情勢は混沌とした状況だった。

 プロヴィンスが僅かひとつしかない小国家にはじまり、20を越える広大な領土を持つ大国家まで、様々な規模の国家が「世界の統一」を目指すというまさに群雄割拠の創成期──

 

 国家の存亡に深く関わるのがプロヴィンス数だ。

 プロヴィンスが多ければ探索できる狩場シークポイントが増え、そこを目的にプレイヤー達が集まり、そして、そのひとつにでも「レアアイテムが取れる」という事が判れば、プロヴィンスを収める国の所属プレイヤーが増え、徴用が増加し、国力が高まる事に繋がる。


 そして、サービススタート時に国家が所持するプロヴィンス数はその国家に所属するプレイヤーの数と比例し増減するよう決められていた。

 所属プレイヤーが多ければ、所持プロヴィンス数は多くなり、逆に所属プレイヤーが少なければ所持プロヴィンスは少なくなる。一見アンバランスに見えるルールだったが、それが戦場のフロンティアの開発者が語った「この世界はひとつの生命体」という言葉を色濃く表す為の施策だった。


 初期段階で少ないプロヴィンスを割り当てられ、不利な状況からスタートすることになった小規模の国家は自然の摂理に従い最初の交戦フェーズで姿を消す事になったが、そのすべてが滅び去ったわけではなかった。

 様々な形で彼らは生き残る術を模索し、そして創成期を生き抜いた。


 ケースのひとつとしては「小規模国家が同じレベルにある小規模国家を喰らい、国力を高める」というケースだ。地力を高めるという意味で小国がのし上がる為には最もベストな選択で小国家のほとんどがこの戦略を取ったが、交戦中に背後から大国に飲まれるというリスクがあり、地理条件やタイミング、そして周囲のパワーバランスが重要で、失敗に終わるケースも多く見られた。


 ケースのふたつめは伝説的クラン、オーディンがあったノスタルジアに代表するように「少数精鋭の軍隊で大国を返り討ちにする」ケースだ。

 運良く手練のプレイヤーが集まることで少数でありながら大国の侵攻を防ぎ、疲弊した敵を反撃によって押し返す事で、逆に敵プロヴィンスを奪い取るというカウンターに近い戦術だ。もちろん量に勝る質が必要になるため、ごく限られた国家で見られるケースだった。


 そして最後のみっつ目は、交渉によって大国の侵攻を防いだケースだ。

 小規模同士で協力し、生き残る為に連合体を組織したり、あるいは大国の影に隠れ戦火を免れる。

 創成期ではないが、連合体によって大国の侵攻を跳ね除けた「東方諸侯連合」、そしてたったふたつのプロヴィンスしか持ち合わせていないにもかかわらず、ラウルを挟む南北の国家、「ヴェルド共和国」「ノスタルジア王国」と友好な関係を築き、今に至るまで滅亡を免れてきたラウル市公国がそれに該当し、この戦略を取った小国家の多くが今も存続しているのが特徴だ。


「御免なさいミトさん、ちょっと外の空気を吸ってきます」


 ラウルの領土である2つのプロヴィンスの北方部分、ヴェルド共和国と国境を接したプロヴィンスにとある街があった。

 ブロッサムと呼ばれる中規模の街だ。

 ラウル特有の赤い大地「テラロッサ」は変わらずだが、ノスタルジアと国境を接していた南方のプロヴィンスと比べ高レベルの狩場シークポイントが多く確認されており、ラウルの中では賑わっている部類に属する街だった。とはいっても、ラウル所属のプレイヤーはそう多いわけではなく、街を利用しているのは北方のヴェルド共和国のプレイヤーがほとんどだった。ヴェルド共和国との国境が近い為に、ラウルの出土品を狙って探索しているプレイヤーが多いらしい。


 まるで町工場の様なトタン張りの長屋の一角、がらがらと扉を引き、顔を覗かせたのはくるくるとパーマがかかったツーブロックマッシュヘアの冴えない男だった。

 ユニオン連邦の侵攻を止める立役者のひとりである、悠吾だ。


「はーい……あ、じゃあさ、ついでに素材買ってきてくンないかな?」

「判りました!」


 扉の奥から聞こえてきたミトの声に、悠吾はからっと澄み渡った空に向かって通った声で答える。


「ちなみにアイテムブティックって……この街にありましたよね?」

「えーっと、うん、ある……と思うよ」

 

 たぶん。

 自信なさげに答えるミトの声にトレースギアのMAPでアイテムブティックの位置を確認しながら、周囲を見渡す悠吾。

 以前に立ち寄ったルルさんが居た「ベルファスト」やルシアナさんを救出した「トットラ」よりも町並みは整い、ひと通りのショップが軒を連ねてはいるけど……どこか寂しい。

 秋空と表現できる寒々しい空のせいなのかと考える悠吾だったが、よくよく考えて直ぐに答えが見つかった。

 周囲にプレイヤーらしき人影が少ない。辺りに見えるのは、ブロッサムの街に住む地人じびとばかりだ。


「……まぁ、交戦フェーズが終わって今は探索フェーズだから仕方ないか」


 つい2日前にこの世界は交戦フェーズを終え、新しい1ヶ月の始まりである探索フェーズがスタートしていたが、交戦フェーズが始まって今に至るまでの1週間、これほど胃がキリキリと悲鳴を上げる緊張感に苛まれた1週間を悠吾は経験したことがなかった。


 本当は相違点と出土品に関連性は無いんじゃないか。

 解放同盟軍の調査報告がすべて集まるまでそんな嫌な予感に苛まれてしまった悠吾だったが、結論として、悠吾が想定していた通り相違点と出土品に関連性は──有った。

 そして、クラウストが指定した日時通りに、悠吾達ノスタルジアは約束通りユニオンへ「相違点と出土品に関する相関分析データ」を渡し、無事交戦フェーズを越えたのだった。

 

 一時は決死の抗戦を考えていた解放同盟軍とラウルが血を流すこと無く交戦フェーズを越える事が出来たのは幸運と言っても過言ではなかった。

 そしてさらに幸運が解放同盟軍にもたらされた。

 ラウル市公国GMゲームマスターバームからの正式な援助だ。

 

「ではミトさん、何かあったら小隊会話パーティチャットかメッセージ下さい」

「は~い」


 ミトのどこか上の空の声がトタン張りの長屋の中に響いた。

 このトタン張りの長屋はラウルGMゲームマスターバームより貸し与えられていた、解放同盟軍の拠点の1つ、ノスタルジアの造兵廠とも言える「工廠」に属する生産職プレイヤー達が生産に勤しむ工場だ。

 

 ルールでの一件の後、ラウルへ戻った悠吾達は解放同盟軍のキャンプにて今後の事について意見を交換した。

 ユニオンとの交渉に至る前はルシアナに対して強気だったバームだったが、最終的にノスタルジア復興の為に協力する事を約束し、ここブロッサムの街を解放同盟軍の拠点として貸し与える事になった。

 1ヶ月後、次の交戦フェーズでユニオンの侵攻を止めることは出来ないと身を持って知った、ということと、会で顕になったベヒモスのクランマスター、ラノフェルの思惑が判り、自国のクランでありながら彼らに頼ることは危険だと判断したからだった。


『悠吾さん、欲しいものメッセージで送ったからよろしくっ!』


 ぼんやりとアイテムブティックへの道を歩いていた悠吾の耳に、小隊会話パーティチャットで明るいミトの声が届く。


『は~い』


 ミトから送られたメッセージを見ながら、気の抜けた返事を返す悠吾。

 メッセージには、幾つもの生産素材が書かれている。

 これまで判明した──ジャガーノートの生産に必要なアイテムの一部だ。


 ユニオンとの会合前にミトさんに依頼していたジャガーノートの量産は未だ実現していない。していない、というよりも、暗礁に乗り上げているという表現のほうが近いけど。


 悠吾達がルールへ出発して直ぐに、ミトは「分解」スキルでジャガーノートを分解していた。

 そして、分解された素材は……14種類に及ぶ素材、それも半分以上がランク「レア」以上の素材だった。

 その14種類の素材でジャガーノートが出来るのかどうか、念のために生成してみたものの、出来上がったのは──巨大な鉄くず。

 至った結論は、やはり分解された14種類の素材以外に必要な素材がいくつかある、という事実だった。


 あといくつ、何の素材が足りないのか──

 手探りでそのアイテムを探すミトだったが、生成されるのは巨大な鉄くずだけで未だに解決の糸口すら発見できない状況だった。


「まぁ、そう簡単には行かないよな」


 これまで誰も実現できなかったアーティファクトの量産体制だもん。簡単にできるなら、すでに誰かしらやっているはずだし、情報屋にそのレシピが流れてきていてもおかしくない。


「……う~ん、何もヒントがないまま手探りで続けてもなぁ」


 何かヒントになる事はないかと、柏手を打ち、天を臨む悠吾。

 と、悠吾の視界の端にひとりのプレイヤーが映った。

 アイテムブティックの品揃えを眺めている女性らしき姿──白いワンピースを着ているその女性の横顔に悠吾は見覚えがあった。


「……小梅さん?」

「あッ!! やばッ!」

 

 悠吾の姿に驚いた表情を見せるのは間違いなく小梅だった。

 だが、悠吾の前に立っている小梅はいつもの姿と大きく違っていた。彼女のトレードマークだったツインテールはとかれ、黒く艶やかなストレートヘアが風に小さく揺れている。


 全然誰だか判らなかった。なんというか、いつものツインテールよりも少しばかりお淑やかに見えるのは……ストレートヘア詐欺のせいなのだろうか。

 ……

 …………いやいや、そんな事はどうでもいい。そんなことよりも、小梅さんは「ここには居てはいけない人」なんだ。

 

「小梅さん、どうしてここに……っ!?」

「いやさ……なんつーか、息が詰まってさ?」


 だから、ちょっと、ね。

 両手を背後に回し、気まずそうに答える小梅だったが、じっと睨みつける悠吾の姿に引きつった笑みを浮かべてしまう。


「……あーもう、いいじゃんか! 少しくらい!」

「あっ、ちょっ!! 小梅さん!!」

 

 盗賊シーフのスキルである歩速が速くなる「スプリント」スキルを使い、一目散に逃げ出す小梅。

 すかさず小梅を捕らえんと悠吾も駆け出した。

 

「駄目ですよッ! 外に出ちゃ!」

「分かってるったら! 戻る! 戻るからッ!」

「絶ッ対嘘だっ!」


 すかさず悠吾はアイテムポーチから自動追尾型の小型偵察ドローンを取り出すと、小梅にマーキングした。

 これで地人じびと達の中に小梅さんが紛れ込んでもすぐにわかる。


 トラジオやノイエ達が狩場シークポイントに探索に出ている中、戦闘職でありながら小梅だけがこの街に残されているのには理由があった。


 悠吾が竜の巣ドラゴンス・ネストで烈空と対峙していた時と同じく、狩場シークポイント「蒼龍のつがい」で小梅達の前に現れた「鍵」を持った地人じびとの少女。

 そしてその少女から渡された鍵を受け取った小梅の身体にひとつの変化が起きていた。


 「全能の鍵マスターキー」と名を打たれた新たな称号が小梅に付与されたのだ。

 亡国者と同じく、これまでの戦場のフロンティアには存在すらしていなかった称号──


 そしてそれは紛れも無く、ユニオン連邦のGMゲームマスタークラウストが探し求めている「イースターエッグ(隠しメッセージ)」を開く為の鍵だった。

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